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モダンPMへの誘い 〜 この質問の意味が分かりますか?

あなたは、ある化学企業の経営者だ。自社の業容拡大をはかりたいが、日本の国内市場はすでに飽和しているため、海外の新興国に権益を得て、新しく化学プラントを建設することにした。

そして、これはと思う部下をプロマネに任命し、現地に派遣する。しかし、プラントはなかなか完成しない。それどころか、現地のパートナー企業の不満の声も、あなたの元に届いてくる。そこでTV会議で現地のプロマネを呼び出し、話すことにした。では、あなたがまず質問すべき事は何だろうか?

・・これは、わたしが大学などでプロジェクト・マネジメントを教える際に、よく最初に出す問いかけだ。出席者に尋ねると、いろいろな答えが返ってくる。例えば「工事はどこまで進んでいるのか」「資材は十分に足りているのか」「労働者の質はどうか」などなど。

ここでは、プロジェクトに問題が起きている時、その全体状況を把握するには、どんな事柄を確認すべきか、を聞いている。そして、こうしたプロジェクトの状況把握の必要は、どんな業種の仕事でも、時々起こり得る。

わたし達の社会で、大きなプロジェクトにトラブルが生じた時、メディアや世間の人々が問題にするのは、どんなことか。典型的には、以下の3つの問いになるだろう。

− いったい今まで、いくらのお金を使ったのか?
− その仕事は、いつ完成するのか?
− そもそもこの仕事のリーダーは、どういう人物か? はたして信用できるのか。

例をあげよう。何年か前になるが、新国立競技場の建設プロジェクトが、世間の耳目を集めた。建築家ザハ・ハディドの超モダンなデザイン案が、国際コンペの結果、選ばれたが、当初からその実現が危ぶまれた。はたして、ほどなく経たぬうちに、建設コストの見積もりがみるみる増えていき、当初の予算を大幅に超えることが判明した。

建設工事的にも、極めて難易度が高い。本来この新国立競技場は、2020年に予定されていた東京オリンピックではなく、その前年・2019年のラグビー・ワールドカップに間に合うべく、建設する構想だった。果たして、本当に間に合うのか? そして、そもそもこの事業を引っ張っているのは、どこの誰なのか。

一体いくらのお金の話をしているのか、いつになったら終わるのか、リーダーは果たして信頼できるのか・・こうしたことが世間で問題とされ、メディアで識者と呼ばれる人たちが指摘しあった。日本では経営資源を人・モノ・カネ、そして時間、と考える傾向が強いけれども、プロジェクトの金と時間と人を問うているのだから、まあ、平仄はあっているのかもしれない。

ところで、この3つの問いは、プロジェクトという大きな仕事を、丸ごと全体として捉えている。全体でいくら、全体でいつ、全体を誰が、と言うわけだ。こうした物の見方は、現代のみならず、戦前でも、あるいは江戸時代でも、さらに遡れば中世や古代でだって、同じだったはずだ。平安京の建設は、古代のビッグ・プロジェクトだった。そこで、問題が起きたら、人々は同じ3つの問いを語り合っていただろう。

だが、今は21世紀だ。わたし達は1000年前の人たちと同じような議論をしていて、いいのか。

それではまずい、と考えた人たちがいた。21世紀中盤、アメリカでの事だ。化学企業・デュポン社で、プラント建設プロジェクトに携わっていた人たちは、プロジェクトを丸ごと全体で捉えるだけでは、らちがあかないと気づいた。彼らはプロジェクトを、より小さな、コントロール可能な単位要素の作業に、分解することを思いついた。

逆の言い方をすると、大きくて複雑な仕事も、単位要素の作業(Activity)の連鎖によって表現(合成)できる。そしてActivity間には、論理的な順序関係(Aが終わらなければBが開始できない、等)がある。そして、Activityの連鎖によって作られた一過性の仕事を「プロジェクト」とよぶのだ、と彼らは考えたわけだ。

ほぼ同じ頃、海軍でPolarisミサイルの開発プロジェクトに関わっていたコンサルタント会社ブーズ・アレン・ハミルトンの人たちも、同様の概念にたどり着いた。「大きすぎる問題は分解して考えろ」という大数学者ガウスの格言があるが、こうした西洋の合理的思考の系譜に従ったのかもしれない。

ともあれ、プロジェクトを「Activityの連鎖からなる一過性のシステム」とモデル化したことから、真に現代的なプロジェクト・マネジメントの考え方が始まったのである。これを『モダンPM』と呼ぶ。プロジェクトまるごと全体を、「リーダーの資質」「カネと時間」「気合いと根性」などで動かそうとする、旧来のマネジメントのやり方と区別するための用語である。

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モダンPMは1950年代にアメリカで現れ、’60年代のアポロ計画などによって育てられ、以後、成長と発展を続けている。その中心になっているのは、システム工学の理解=システムズ・アプローチだ。そして定量的な理論と技法が付随している。

もしも、あなたが現代の化学企業の経営者で、部下のプロジェクト・マネージャーに対して、モダンPMの考え方で状況把握をしたいならば、上に挙げた3つの問いに代わって、次のような質問をするはずだ。

・プロジェクトの『スコープ』はどうなっているのか。WBSを見せろ。
・このプロジェクトの『クリティカル・パス』は何か? Activity networkの上で示せ。 主要なリスクは何か?
・現在までのPV, AC, そしてEVはいくらか。完成時のCost EACを計算せよ!

これらの質問の意味が、おわかりだろうか。ここに現れる用語や概念が、現代のモダンPMの柱なのである。プロジェクト・マネジメントを学ぶとは、いいかえれば、この質問の意味を正確に理解して、きちんと答えられるようにすることなのだ。
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モダンPMなど知らなくても、もちろんプロジェクトは運営できる。実際のところ、数人がかりで数ヶ月程度の社内プロジェクトだったら、気合いと根性だけで回していけるだろう。しかしプロジェクトの複雑性が増したり、規模が大きくなり、あるいは制約条件がきつくなったら、そうはいかない。単なる出金管理以上の、何らかの定量的な考え方と道具立てが必要になる。

大規模で複雑なプロジェクトに関しては、少なくとも、わたしの勤務先の経営者だったら、(言葉遣いは多少違うかもしれないが)上のような3つの問いを発するだろう。だが、こうしたことを、経営者はおろか実務レベルのマネージャー層でさえ、理解していない組織が、わたし達の社会にはたくさん存在するのである。このような面での知的貧困が、わが国の産業競争力を大きく阻害しているとさえ、言えるだろう。

そこで本サイトではこれから時々、モダンPMのいくつかのトピックを取り上げ、わかりやすい簡潔な解説をしてみたいと思っている。題して、「モダンPMへの誘い(いざない)」。拙著『世界を動かすプロジェクト・マネジメントの教科書』https://amzn.to/2FFXbkf のサプリメント版と思っていただいても良い。

小規模のプロジェクトに携わる人でも、モダンPMの基本的な理解を持っているのといないのでは、それなりの違いが出る。そしてキーとなるのは、システムズ・アプローチ=システム工学の理解である。システムとプロジェクトに関心のある方々への、興味を引けば幸いである。

(→この項つづく

by Tomoichi_Sato | 2024-01-14 23:31 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)
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