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スマート・ファクトリーとはMESを活用する工場である

前回の記事では、「スマート工場に学問的な定義はない」と書いた。この条件を満たせばスマート工場だ、と世界のアカデミアが共通して認めるような基準は存在しない、という意味だ。

だから、既存の機械や設備に、何かちょっとした新しいデジタル技術的な要素を付け加えれば、誰でも「うちの工場はスマート工場です」と主張できることになる。”そんな程度じゃスマートとは言えないだろ”、と他者が批判することも、難しい。そうした状況が、何年も続いてきた。

しかし、ここであえて、わたしは新しい定義を提案したい。それは、こういうものだ:

「スマート・ファクトリーとはMESを活用している工場である」

このような主張に、多くの人が賛同してくれるかどうかは、知らない。MESベンダーはまあ、それなりに賛成してくれるだろう(反対はするまい)。だが、IoTセンサーやエッジシステムのベンダー、ロボットメーカーやマテハン設備メーカーは、顔をしかめるかもしれない。彼らの製品を導入すれば、スマートな情報化や機械化が進む、との営業トークと、相容れないからだ。

もちろん、わたし自身はIoTセンサーや、エッジ、ロボット、マテハン設備の普及に水を差すつもりは、さらさらない。勤務先の仕事でも、必要に応じて顧客にそうした仕組みを提案してきた。ただ、それらを入れれば「スマート工場です」と言いうるか、が問題だ。台車を手で押していく代わりに、AGVが部品を運べば、スマートなのか。つまり、スマートとはどういう意味か、を問うている。

それは、人間をはじめとする生き物を考えれば、分かりやすい。我々には脳があり、中枢神経系があって、それが末梢神経を通じて、筋肉を動かし触覚視覚などの情報を得ている。つまり、集中した情報処理機能があるわけだ。脊椎動物はみな、そうだ。

これに対してもっと原始的な動物類では、全体を統括する情報処理機能がない。体の各部分が、ローカルに反応や運動指示をしている。だがそうした仕組みでは個体が、経験から学んだり考えたり、ということが難しい。つまり、あまりスマートとは言えない。ここまでは同意いただけると思う。

さて、仕事柄いろいろな工場を訪問してきたが、日本のマジョリティをしめる機械加工・組立系(ディスクリート型)工場には、かなり共有する問題がある。それは、モノの扱いである。材料や仕掛品など、工場の中で扱うモノは、それが固体である限り、どこにでも置けてしまう。置けてしまうから、「探す」ということが生じる。所在管理が必要になる。そのために、全体の在庫数量が把握しにくくなる。

しかも場所や数量だけでなく、モノの動きも捉えにくい。これが流体を動かすプラントなら、配管に流量計や調整弁がついている。だが、ディスクリート型工場では、そうしたモノの動きや速度を、総括して捉える方法がない。もちろんコンベヤやAGVですべてを運ぶなら別だが、大抵のモノは手でも運べてしまう。

そしてモノの動きが捉えにくいということは、工場内物流の無駄が生じても、分かりにくいことを意味する。

その結果、我々エンジ会社にとって困るのは、工場設計、特にレイアウト設計の良し悪しが、分かりにくいということだ。工場レイアウトは、工場内のモノの動きを規定する。良いレイアウトは、ムダな動きを低減する。しかし、ムダかどうか分からないなら、良し悪しも言えない訳だ。

わたしのよく使うたとえだが、もし家庭の台所が1階と2階に分かれていて、冷蔵庫と流しは1階にあり、ガスレンジが2階にあったら、いかに使いにくいか想像できるだろう。ところが日本の工場は、敷地の問題で多層階になっているところが多いのだが、そういう風に物流動線が分断され錯綜していても、それを問題と感じにくい。なぜなら、そこの工場は、もともと最初からそうなっていて、働いている人たちも、そんなものだと思いこんでいるからだ。

そして、モノの所在や動きが捉えられないという状態は、結果として、工場の操業状態が全体として見えにくい状況を生み出す。各工程の進捗や負荷状況も見えにくい。生産性や品質向上のデータもとりにくい。だから適切な指示や変更が出しにくい、ということになる。

そうした工場では、しばしば現場に「進捗追っかけマン」という職種が必要になる。生産管理において、何がどこまでどう進んでいるかを、中枢神経的につかめないから、現場を走り回って、状況を調べて追いかける職種がいるのだ。

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工場において、生産管理とか生産技術、品質管理や購買などのスタッフ・技術職は、しばしばフロアを見下ろす、中2階のオフィスにいるので、「中2階の人々」と呼ばれる。中2階の人々は、本社から来る計画・指示を、各工程・現場・業者に展開して「つなげる」のが仕事だ。そして各現場の情報を総合して、納期や進捗や在庫を本社に返す。工場の中枢神経の役割といってもいい。

その中枢神経が、末梢神経とデータでつながっていない。だから「進捗追っかけマン」が必要になる。ここでいう末梢神経とは、個別の工作機械や製造装置、ロボットやマテハン設備など(に装備されているPLC)を指す。というのも、日本の多くの工場では、製造のための設備や工作機械は、それなりにNC化ないし自動化されているからだ(なお、上の図では勤務先のグループ企業のHPから機械設備の例を引用させていただいた)。もちろん手作業の多い現場では、働く人の目と脳が、末梢神経に相当する。

そして本社はいわば、大脳の前頭葉だ。それが工場の中2階にいる中枢神経系を通して、現場とつながっていて、状況がほぼリアルタイムに分かる。それが、製造業がスマートな状態であるといえる、最低限必要な条件ではないか。

現状、日本の多くの工場では、現場の各工程と中2階が、データ通信の形でつながっていない。つなげるのは人間系だ。だから設備や材料に大きなトラブルが生じたとき、あるいは需要に変更があったとき、対応に時間がかかることになる。もちろん対応自体はできている。ただ、時間がかかる。そして、ひどく工数がかかる。スタッフも人手が足りないのに。

せんじつめると、こうした工場のあり方は、工程の集合体であって、スマートなシステムではない、ということになる。

では、中枢神経と末梢神経をつなげるのは何か。それがMES(Manufacturing Execution System = 製造実行システム、あるいはMOM: Manufacturing Operations Manangementともよぶ)なのである。

現場の末端の情報が、中枢神経系に運ばれ、判断や予測に使われる。そして脳からの指示は神経系を通して、末端に降りていく。この双方向の情報伝達によるサイクルが、きちんと、それなりのスピードと正確性を持って、回っている。これがスマートであることの必要条件ではないか?

とはいえ、こうしたことはバランスの問題でもある。MESのようなITシステムばかりが立派で、現場は生産性の低い単純労働だらけ、という工場は、別の意味でスマートとは呼びたくないだろう。ただ、日本では逆のケース、つまり現場業務は立派だが、情報系が弱いケースの方が圧倒的に多いから、こう書いているのだ。

もちろんMESがかりに入っていても、活用されていなければ、価値は乏しい。ある人のスポーツ能力(たとえばゴルフでも何でもいいが)を測るのに、その人がどういう立派な道具を持っているかだけでは、評価できない。その人が、その立派な道具をちゃんと使いこなしているかどうかが問われるのだ。

ということで、あらためてここで主張しておこう。スマート・ファクトリーである必要条件とは、MESを活用している工場であることだ。


(追記)
わたし達の『次世代スマート工場のエンジニアリング研究会』では、現在、日本の製造現場の実情に即した、MESの標準機能の再定義、という活動を始めている。これは現在、しばしばRFPなどで引用されている「MESの標準11機能」というリストが、使いづらく、かえって導入時の混乱の原因にさえなりかねないからだ。

この11機能のリストは、20年以上前にMESA Internationalが策定したものがベースになっており、問題点については以前もこのサイトで指摘したことがある。

ただ、批判だけしていても世の中は前に進まないので、あえて自主的に提案を作ろうと考えている次第だ。こうした活動に興味のある方は、研究会までよろしくご連絡ください。


<関連エントリ>
「『次世代スマート工場のエンジニアリング研究会』が目指すこと」

「IoT時代のMESをもう一度考え直す 〜 (2) MESの機能と階層を理解する​​」


by Tomoichi_Sato | 2023-12-02 10:18 | 工場計画論 | Comments(0)
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