かれこれ5年ほど前から、『次世代スマート工場のエンジニアリング研究会』https://www.enaa.or.jp/research/smart という研究組織を、一般財団法人エンジニアリング協会の中で立ち上げ、幹事を務めてきた。小さな研究会だが、それでもスマート工場化に関心を持つ約20社・50名以上の、企業および個人の参加を得て、それなりに活発な活動を続けている。 とはいえ設立から5年以上もたち、最近参加された会員も増えたため、研究会が何をねらい、どういった経緯で育ってきたかを、再度お伝えする方が良さそうだと、最近感じている。また、(財)エンジニアリング協会(略称ENAA)という機関は、いわゆるプラント・エンジニアリングの業界団体組織である。なぜプラント屋の集団の中で、一見無関係な工場作りの話をしているのか、といぶかる向きもある。そこで、当研究会のねらいと目標について、あらためてお伝えすることにしたい。 仕事柄わたしは、国内外のさまざまな製造業の工場を訪問してきた。ただ、国内に限っていうと、どこも悩んでいることは二つ、共通している。それは「人材不足」と「設備の老朽化」だ。 なぜ人材不足なのか。それは端的に言って、「工場で働きたい」という人が少ないからだ。国内工場の多くは大都市圏ではなく、地方にある。働き口は、限られている。それでも人が集められない。明るい職場というイメージが薄いのだろう。 それは、老朽化した設備とも関係がある。建物は地味で古くさく、中で動かしている機械設備も年代物ばかり。20年前、30年前の機械をメンテしながら、大切に使い続けている姿勢には、頭が下がるが、東アジアの競合相手の工場は、最新鋭の装置を導入したりしている。どうしてこうなのか? それは、製造業が国内の工場に、十分な設備投資をしてこなかったことを示す。 投資不足が、人手不足を生んでいる。人手不足なので、工場の生産性やパフォーマンスが上がらない。競争力が上がらないから、国内工場に投資などしてもムダだ、と本社側は考えて、投資不足になる・・ここには悪循環のループが生じている。このループを切らない限り、日本の製造業が元気を取り戻し、雇用を生むことなど考えられない。 ついでながら、自分の勤務先の都合も、ここで正直に申し添えておこう(笑)。エンジニアリング会社とは、製造業やエネルギー産業の顧客に、工場を作って納めるのが仕事である。ところで、日本の製造業が国内工場に投資してくれないので、わたしの勤務先もライバル企業も、ずっと海外売上比率が80%以上だ。グローバルに活躍するエンジ企業、などといえばカッコよく聞こえるが、本音を言えば為替リスクとも地政学リスクとも無縁な国内で、もっと仕事をしたい。だから、国内工場の競争力が低いままでは、とってもつらいのだ。 さて、日本の工場の大半を占めるのは、機械加工・組立系の業種である。自動車産業や電機産業が高度成長を引っ張ってきた結果、こういう産業構造になったのだろう。そうした工場に入り込んで現状調査をしてみると、気づくことが3つある(以下の図は研究会内部で使ってきたチャートだが、説明の都合上、下から上に向かって見てほしい): (1)現場依存の見えにくい運用: 工場内の操業状態が、各現場任せになっていて、どのオーダーがどこまで進んでいて、部品材料がどこにあり、人がどこであまりどこで不足しているかが、全体として見えにくい。見えにくいから、問題発見が遅れがちで、適切な手が打てない (2)つながらない機械・工程の集合: 工場内が各工程・機械ごとにばらばらに運用されていて、流れやつながりが乏しい。単一製品を大量生産していた時代なら、一定のタクトタイムでモノが流れていったのだろうが、多品種少量化した今日、工場内が「乱流状態」になりやすい (3)働きにくいレイアウト・空間: 工場のレイアウトが、まるで温泉旅館のように複雑化していて、人と物の流れが錯綜している。その上、建築空間が快適でなく、美しくもなく、働く人を引きつけない。 そして、こうした弱点の背景には、さらに共通する二つの事情があるように思われる。一つ目は、日本企業に特有な、「管理技術」=マネジメント・テクノロジーへの無理解だ。在庫理論だとか、スケジューリング理論だとかを、よく知らないまま、過去の延長線上で生産をマネジメントしようとしている。変化の多い時代に、それでうまく行くわけがない。 もう一つは、生産技術部門の弱体化である。これは2008年のリーマン・ショック時代に顕著になった動きだ。生産技術部門は、工場を拡張したり新設したりするときに必要な機能である。成長が見込めない時代には「不要」に見える。おかげで、一説によればほぼ1/3程度に人員が削減された。営業そのほかの部門に配置転換されれば、良い方だったろう。首を切られた技術者たちは、やむなく中国や東南アジアやインドの企業に再就職して、そこで身につけた知識・ノウハウを相手に移転していった。そういう技術者を、何人も知っている。 それにしても、こうした事情が、複数の業界をまたいで、同じように生じるのは、何か共通の原因があるからである。では、それは何か? それは、「工場をシステムとして理解・設計し、操業する能力の欠如である」というのが、わたし流の解釈である。ここでいう『システム』とは物理的実体や人を含む仕組み、の意味であって、コンピュータ・システムのことではない。 なぜそんな風に考えるのか。それはわたしが元々、プラント屋だからだ。化学や石油などのプラントには、「プロセス・システム」という概念が中核にある。反応だとか蒸留だとか吸着だとかいった機能を持つ、複数の装置・工程を、配管でつないで動かす仕組みを、プロセス・システムという。 これを設計するのが、「プロセス・エンジニア」という職種だ(これは世界共通の用語である)。プロセス・エンジニアは、最初に、プラント全体を、プロセス・システムとして設計する。そこから、反応器や蒸留塔といった、個々の要素の設計に降りていく。プラントには装置のアウトプットを上流側に戻す、リサイクルの流れがそこかしこにあるから、個別の装置の積み上げで、全体を作ることはできない(そんなことをしたら計算が発散してしまう)。わたしも駆け出しの頃、プロセス・エンジニアの端くれだった。 そういう元プラント屋から見ると、機械加工・組立系の工場の作り方は、不思議である。まず生産技術者が、中核となる加工・製造のための工作機械などを設計する。そうした機械を注文して作らせ、ポンポンと並べる。その器としての建物を、(これは総務部門などが出入りの建築業者を使って)設計させる。そして必要なら、マテハン装置などを補助的に入れていく。いわば、足し算の論理で作られていく。 だが工場の中で、多品種の物の流れが全体としてどうなるのか、どこで保管・滞留するのか、能力はバランスするのか、検討する職種は不明確である。わたしのようなプラント屋の目には、工場はモノの流れる場、モノを変化させて流していく仕組み=「システム」に見えるのだが、多くの顧客では、原料から製品出荷まで、全体工程を把握している人は、ほとんどいないのだ。 機械加工・組立系、いわゆる「ディスクリート型」の工場が、なぜシステムとして捉えにくいのか、その理由は明確にあるのだが、長くなるので説明は別の機会に譲ることにする。ともあれ、そこに変化のトリガーとして登場してきたのが、IoT技術であった。 IoT技術は、個別の機械稼働状況などを、遠隔モニタリングすることを可能にする。そこで運転データを蓄積分析して、工程の運転に活用する「スマート化」が、2015年頃からブームになり始めた。経産省なども、スマート工場実証事業などの形で予算をつけて普及にいそしんだ。 ところで、「ミクロを積み上げても、マクロにはならない」とは、亡き父の台詞であった(→前回記事 参照のこと)。これはシステムというものの本質を洞察した、すぐれた言葉だと思う。これにならうと、(工程単位の)「ミクロなスマート化を積み上げても、工場レベルのマクロなスマート製造は実現しない」と言うことができよう。 工場レベルのマクロなスマートさとは、どういう状態か。そこでプラント屋がすぐ思いつくのは、「中央制御室」の存在である。高度な石油・化学プラントには、必ずと言って良いほど中央制御室が存在し、そこから工場全体の状態を把握し、必要に応じて制御をかけることができる。少なくとも、現場で何が起きているのか分からない、といった状態にはない。 同じように、ディスクリート型工場にも、遠からぬうちに「中央管制システム」が登場するだろうし、するべきだ。ちょうど、空港や高速道路に管制システムがあるように、工場の中の動きをモニタリングし、問題があれば解決するような仕組みである。 そして、こうした潮流を放置すれば、必ずや欧米企業が新技術や標準規格化などで、主導権を取りに来るだろうと、わたしには思えた。むしろ、この流れを先取りし、日本の中小企業を含めた製造業の、次世代の工場づくりの指針となり得る基本コンセプトを研究すべきだろう、と考えたのである。 このような取り組みは、当然ながら、わたしの勤務先の単体でできることではない。仲間作りが必要だ。 ちょうどその頃、経産省の「ものづくり白書」に、『ラインビルダー』という言葉が登場した。これは工場の製造ラインまるごとを設計し製造して納めるような、一種の機械設備インテグレーターを指しているらしい。こうした業種が広まることは、生産技術部門の弱体化した日本の製造業にとって、とても大事ではないか。工場作りをアウトソーシングする際の受け皿として、また海外に工場作りの仕事を輸出していくためにも、重要であろう。 その「ラインビルダー業界」の勇として、平田機工 という会社が熊本にある。わたしは野村総研の藤野直明氏のご紹介で、平田機工を訪問し、わたしが感じていた問題意識を平田社長に訴えた。突然の訪問にもかかわらず、最初30分だった面会枠を1時間半にひろげて、意見交換させていただいた。たしか2016年のことだったと思う。 今でもよく覚えているが、その帰り、熊本空港への車を待っている間のことだ。藤野さんに、これからどう動くべきかと意見を聞いたら、「佐藤さん、こういうことは日本では、お上を動かす必要がありますよ」という。なるほど、そうか。それから東京に戻って、藤野さんの手引きで、霞ヶ関を(初めて)訪れた。何度か通ううちに、ようやくこちらの問題意識が通じたらしい。「経産省内の私的な勉強会としてだったら、はじめても良いでしょう」という言葉を、担当された参事官から得ることができた。 それからは、当社トップの理解もあり、不思議なご縁などもあって、少しずつ研究会のメンバーが集まり、2017年に研究会が発足した。ただ1年ほど活動して、やはり根無し草では限界があることに気づいた。そこで、エンジニアリング協会を訪問し、唐突なお願いだが、研究会として軒先を貸していただけないか、広い意味ではエンジニアリング産業の育成につながるから、という理屈で、なんとか同意を得たのが18年の秋だった。 それからの経緯もいろいろとあるが、ここでは省こう。会としてラッキーだったのは、すぐれたメンバーの人材を得たこと、そして毎年それなりの仕事を受託して、運営費用を捻出することができたことだった。MESをテーマとしたシンポジウムを企画し、今年は3回目を実施できた。 わたしたちが目指していることは、ある意味、単純である。それは「次世代の」スマート工場なのだが、スマート工場に学問的定義があるわけではない。それを支えるものとして、スマートな運用管理技術、インテグラルな設備システム、フレキシブルなレイアウト空間、などという技術要素を並べることは、もちろん可能だ。 ただ、どうしても必要な条件が一つだけ、ある。それは、「見た人が『ここで働きたい』と感じる工場」であることだ。それがなかったら、どんなにITや自動化機械を並べても、むなしい。工場とはその企業が、「働く」とはどういうことかと考えている事の、表われだからだ。 そしてこの日本に、「働きたい工場」を一つでも、増やしていく。そのために、わたし達の研究会は活動しているのである。 (付記)当研究会は誰にも開かれたオープンな組織であるが、(財)エンジニアリング協会の会員企業の場合と、それ以外の場合で、参加の方式が少し異なる(活動内容に区別はない)。ご興味のある方は、協会事務局にお問い合わせいただくか、あるいは佐藤までご連絡ください。
by Tomoichi_Sato
| 2023-11-26 23:19
| 工場計画論
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