C・N・パーキンソンといえば、かつてベストセラー『パーキンソンの法則』 で、一世を風靡した経営学者だ。元はアカデミックな歴史学者だったが、行政組織の研究に転じ、「役人の数は仕事の量にかかわらず、一定の率で増えていく」と言う法則性を示して有名になった。社会における矛盾を、思いもよらない角度から、機知に富んだ文体で描き、読んでいて非常に面白い。 わが国に紹介された3冊目の本『パーキンソンの成功法則』(原題:In-laws and Outlaws)は、彼が明確に経営論に踏み出す意図をもって、それもアメリカ流の経営学を意識して書いた本だ。とは言え、読んでいると時々、英国風のエピソードが出てきて、いかにもと思ってしまう。 本書は、読者(「君」)を架空の主人公にして、企業で下から上に出世し、上り詰めていくストーリーを骨格に持っている。日本版には「はだかの経営学」とサブタイトルがつけられているが、ウィットに満ちた語り口で、ある意味、著者の最良の本なのではないかと思う。今は絶版で入手困難のようだが、図書館などで見かける機会があったら、ぜひ手に取ってみることをお勧めする。 その本の最後のほうに、企業のナンバーワン、すなわちトップになるための3つの資格、ないし条件が書かれている。その一つが、部下の首を切らなければならないときの冷酷さだ。少し長くなるが、以下引用する。 「君はジョー・ウィッターリングをクビにする覚悟がおありですか? どんな組織でも、ジョーみたいな男はいる。(中略)ジョーが、評判のいい女房と学校へ行っている五人の子供のいる気のいいグズおやじだということは誰でも知っている。ジョーを会社に残しておく口実もあるかもしれないが、ここではそれができず(中略)ジョーをクビにしなければならない。 ジョーを呼んで次のように言ってやるのは、ナンバー1としての君の仕事であって、君以外のものの任務ではない。 『この会社では君は用がないんだ。 十月一日限りで、君を解任する。それまでに別の仕事をみつけたまえ。 及ばずながらできるだけお力になるよ』。 かれの顔はまっさおになり、手はふるえだす。 どもりながら自分のこれまでの仕事のこと、女房や子供たちのことを言いだす。それに対して君はこう答える、『お気の毒だが、ジョー、この決定はもう変えるわけにはいかんのだ』。 君はこういう覚悟をおもちですか? しかも、これはテストの全部ではない。ジョー・ウィッターリングにむかって『君はクビだ』と言ったあとで、うちへ帰ってぐっすりと眠り、くよくよと考えてはならない。 よきナンバー2となるためには、知識、技術、才能、気転といったものがいるが、ナンバー1となるためには、このほかに何か別のもの、つまり、長たることを示すこうした一種のドライで非情な気質が必要なのだ。対岸にまだ、味方の兵隊が残っているとわかっていても、橋を爆破するよう命じるのは将軍の責任だ。船長は、火夫をとじこめても防水壁を閉めねばならぬことがあるかもしれぬ。 『おれは間違ったことをしたんじゃなかろうか?』などと考えてはならないし、ウィッターリング一家がどうなるかなど考えてもならない。すぐに次の問題に考えをきりかえねばならない。そして、やりきれぬ話だが、それはまた別の男をクビにすることかもしれないのだ。」(同書「ナンバー2の技術」P. 219) * ーー * ーー * ーー * リーマンショックの少し後のことだったと思うが、久しぶりに旧友と会った。彼はある中堅企業の副社長で、父親の後を継いで、会社を統率する地位を嘱望されている。いつも通り闊達な感じだったが、目の色がさえない。やがてどうやら、彼はリストラの責任者になっているようだと分かった。 リストの対象者を一人一人会議室に呼んでは、「この会社に居続けてもあまり明るい未来は描けないので、他のチャンスを探すべきではないか」といったことを伝え、辞職するよう説得する。彼はそれを、もう一月も二月も、続けているらしかった。それは父親が彼に課した、一種の試練のようなものであって、経営者となるためには、そこも通る必要がある、と信じているらしかった。 世の中には「帝王学」という言葉を好んで使う人たちがいる。普通、歴史学と言えば、歴史を研究し、経営学と言えば、経営を研究する学問を指す。だが帝王学とは、学問ではなく、将来の帝王を育てるために、王子達に授ける教育プログラムのことを指すらしい。もちろん、現代世界に帝王などゾロゾロとは居ない訳で、実際には組織の長を育成するための、エリート・ ジュニアたちへの教育を意味するようだ。と言う事は、旧友が経験していたことも、その社長が考えた帝王学の一部だったのかもしれない。 経営者の仕事の中には、あまりやりたくない、嫌な仕事もある。それは事実だ。特に、社員の首を切る仕事など、その典型だ。日本企業は社員の雇用を守りすぎる、欧米の経営者はもっとドライだーーそんな議論もよく聞く。だが上記の本を読むと、彼らだって感情的には、わたし達とそれほど大きな違いは無いことがわかる(少なくとも同書が書かれた20世紀中盤の頃は)。 15世紀イタリアのニッコロ・マキャベリは「君主論」で、君主は愛されるべきか、恐れられるべきか、と言う問題を論じている。マキャベリの結論ははっきりしていて、愛されるよりも恐れられるべきだ、と主張する。そもそも人間は恩知らずで、偽善者で、欲得のために、いつ裏切るかわからない存在だ。そうした現実を正視し、君主は意志を持ってふるまえ。 「君主論」のテーゼを好む人は現代にも多い。「リーダー」と「非情 ないし 冷酷」を組み合わせて検索すると、驚くほどいろいろ出てくる。別に、自分の上司が冷酷で困る、と言った話を書いてるのではない。むしろ、リーダーを目指す人に、非情さを進めるタイプの言説がほとんどだ。 ところで皆さんは、プロジェクト・マネージャーと会社の経営者の一番の違いをご存じだろうか? あるいは、プロジェクト組織と会社組織の最大の違いと言っても良い。それは、プロジェクト・マネージャは、部下の首を切る必要がない、と言う事実である。 なぜなら、プロジェクト組織は一時的で、テンポラリーなチームだからだ。ほとんどのプロジェクトは少人数から始まり、次第に活況になると大勢を動員するが、集結段階ではまた少しずつ、人数を絞っていく。人が減っていく時期には、プロジェクトに従事していた人たちは、普通、元の所属の組織に戻っていく。無論、派遣社員の契約を切ることはあるだろう。しかしもともと、派遣契約は有期的なものだ。 これに対して、社員の雇用契約は永続的なものだ。これが通常の合意である。それに従って皆、生活設計を立てる。だから首を切られば、みんな困るし、首を切るのは避けるべき、嫌な仕事なのだ。人員整理が進んでいく職場がどういう雰囲気か、実はわたし自身にも経験があって、よく知っている。 経営者が非情にならなければならない喩えとして、上にパーキンソンが挙げた2つの例は、軍隊と船乗りの話だった。この2つの職業には共通することがある。それは現場に生命の危険の、可能性があることだ。軍隊は言わずもがなだが、船乗りも「板子一枚下は地獄」のシチュエーションで働いている。 それ故、これらの組織では、非常時にリアルタイムで人を動かさなければならない時がある。そういう場合は、メンバーのモチベーションだの何だのを、ごちゃごちゃ言っている暇は無い。緊急で有無を言わさぬ、リーダーシップが必要なのだ。 では、あなたの職場では、どれほどの頻度で、こうした緊急事態が生じるだろうか。それを乗り切るために、どれほど強く恐れられるリーダーが、望まれているだろうか。 中世末期の戦乱時代の君主や武将を、安易にリーダー論の模範とすべきではないとわたしは考える。その時代、身分制の壁は厚く、主従関係は隷属的だった。転職市場などと言うものは想像もできなかった。幸い今は、そうではない。命と引き換えに、武勲や名誉を家族に残す義務もない。 それでも、経営トップが、時に非常な決断を下さなければならないことがあるのは、わたしも理解している。だが非情さとか、冷酷さについて、1つ知っておかなければならないことがある。 実は冷酷になるのは、ある意味、簡単なのだ。残念ながら、人間の持って生まれた性質の中には、冷酷さのような部分もあるらしく、特に敵に対しては、ほとんどいくらでも冷酷になれる。これは現代にも歴史にも、いくらでも例がある。自分の部下を、自分の真の仲間だと思っていない人は、部下に対しても、冷酷になれるだろう。 だが一番難しいのは、非情でありながら、なおかつ、頼られるリーダーになることなのだ。これは離れ業のようなもので、このレベルに達した人は、わたしも本当に数えられるほどしか知らない。 マキャベリは愛されることと恐れられることが、並び立たない。2つの別々の事象であるように論じた。愛と言う言葉が、当時の地中海世界でどれだけの広がりを持っていたのかは知らないが、普通は「より頼む」ことも含む。そして信頼される・頼られる事は、組織を率いる上で、死活的に重要である。頼られなければ、平時の組織は動かせない。ましてイノベーションなど、恐れだけが支配する組織に生まれるわけがない。 ではどうしたら愛され、かつ恐れられる人間になれるのか。それはわたしには説明できない。そんなノウハウがあるかどうかも、わからない。だが、優れた経営者に必要なのは、この2つを、絶妙なバランスの上で両立させることなのだ。だからパーキンソンは、そうでない普通の経営者が会社を運良く成長させても、それは決して永続的ではないことを、「第3法則」の最後で示したのだ。 <関連エントリ> 「大企業病の作り方、治し方」 https://brevis.exblog.jp/21981951/ (2014-05-11)
by Tomoichi_Sato
| 2023-11-03 12:44
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