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企業経営のガバナンスとシナジーを再考する

わたしの勤務先は数年前、ホールディングス体制に移行した。ご存知の通り、ホールディングス体制と言うのは、親会社が持ち株会社となり、子会社がそれぞれの事業を担う形で、企業体を運営していく方式だ。従来ひとつの会社だったものが、事業分野ごとに分社化したとも言える。

たまたま、わたし自身は、ホールディングスの所属となり、経営企画部門で仕事をしている。分社化する前から、足掛け10年位にわたり、経営企画とIT戦略の仕事を行ったり来たりしていたので、仕事の内容自体に大きな違いはない。

ただ、一つだけ変化した点がある。事業部門との距離感が微妙に、しかしはっきりと、遠くなったのだ。言い換えると、より気を使わなければならなくなった(佐藤に「気を使う」ようなセンスがあるのかどうか、とのご批判はさておくとして)。その代わり、事業部門側の意思決定が速くなった面もあるはずだが。

さて、経営企画部門の仕事には縁遠い読者諸賢も多いと思うので、念のために書いておくと、日本企業の経営企画のおそらく一番重要な仕事は、「中期経営計画」の立案とモニタリングだろう。

「中期」がどれくらいの期間を指すのかについては、会社によって幅がある。多分一番多いのは3年間だろうか。ただし、わたしの勤務先は5年間としている。大型のプラント建設プロジェクトは、4〜5年かかるものも多いので、3年間では1つのプロジェクトさえ終わらないからだ。

経営計画だから、当然ながら向こう3年なり5年間の、売上高や利益額を規定することになる。会社全体の計画数値があり、事業分野・事業会社単位の計画値も当然並ぶことになる。

計画を立てたら、当然、その実行も追いかけなければならない。つまり毎年ないし半年ごとに、計画通りの売上や利益額を上げているかどうか、モニタリングするのである。そして、計画から乖離していたら、何か是正策をうたなければならない。

ここら辺はまぁ、ちょっとプロジェクト・マネジメントに似ている。最初にプロジェクト計画を立案する。そして遂行段階に入ったら、ベースライン計画と実績を比較する。進捗や費用が乖離していたら、是正策を講じる。

実際には、外部環境が色々と変化するから、計画通りいかないのもプロジェクトと同じだ。ところでプロジェクトなら、プロマネが週次ミーティングで、メンバーに対して、ここをこうしろ、あそこをああ変えろ、と指示することができる。

ところが、ホールディングスと事業会社との関係では、ここにちょっと厄介な面が生じる。一般にホールディングス体制では、事業会社は事業の成績、すなわち売上や利益に対して最終的責任を持つことになっている。事業会社の役員や社員の賞与なども、普通はその会社の業績に連動する。他の姉妹会社が黒字でも、その会社の業績が赤字だったら、それなりの報酬しかもらえないことになる。こうしたことも含めて、業績に責任を持つわけである。

そうなると、もしもあなたが事業会社の社長だったとしたら、親会社のホールディングスがああしろ、こうしろと指示してきた場合、どう感じるだろうか。「貴重なご助言、ありがとうございます。しかし当社の業績には、わたしが最終的な責任を負っています。したがって、それに従うかどうかは、わたしが決めたいと思います」と言いたくなるかもしれない。

プロジェクトでは一応、プロマネがメンバーに対する指示の権限を持っている。プロジェクトの最終結果に責任を負うのはプロマネだからだ。ところがホールディングス体制では、個別の事業に責任を負うのは事業会社と言うことになる。すると、親会社であるホールディングスは、ルールやモニタリングのプロセスを決めることができるが、事業に対してはアドバイスできるだけで、従うかどうかは、事業会社側の一存である、ということになる。・・でも、本当にこれでいいのだろうか?

マネージャーをマネジメントすることを、ガバナンスと呼ぶ。マネージャーにはそれぞれ、独立した権限と責任が与えられている。そして、自分で判断する能力もある。そういう自主性・独立性の高いマネージャーを、どのようにマネージするかというのが、ガバナンスの本質だ。財務ガバナンスとか、ITガバナンスとか、データ・ガバナンスとか、いろいろな種類があるが、その点は共通している。

ではガバナンスには、ルールやプロセスを決めるだけで、何の強制力は無いのか? もしそうなら、そもそもガバナンスにはどういう実効性があるのか?

この問題のヒントは、実は意外なところにある。M&A=企業買収である。経営企画部門に入ると、実にいろいろなところから、M&Aの案件が持ち込まれる。秘匿性が高いので、社内でもごく一部の人間しか、その検討内容は知らされない。ともあれ、「こんなところが、売りに出ているのか」といった世の中の実情が、結構あらわにわかる仕事である。

おまけにM&Aの仲介業は、現在最も年収の高い職種の1つであると言われている。M&Aに関わる仕事は「かっこいい」と受け取る人たちも少なくないようだ。

そんなに素晴らしい仕事かどうかはともかく、M&Aでしばしば使われる言葉が「シナジー」だ。シナジーとは、買収や合併によって、事業価値が増大する効果を指す。つまり、1 + 1が2以上になる、そういう働きをシナジーと呼ぶ。

例えば、自社が持っていない製品を相手先が複数持っていたりすると、製品ラインナップを総合的に強化する働きが生まれる。あるいは、自社の得意とする販売先の業界や地域エリアが、相手先と重なっていない場合には、互いの製品を販売できるルートが増えることになる。こうしたことをシナジーと呼ぶ。

さらに、調達面でのシナジーもあり得る。単純に購入量が増大するから、仕入れにボリュームディスカウントが聞きやすくなると言うこともあるし、異なるサプライヤーと信頼できる関係を築いているのならば、調達における自由度や安定性が増す。

お互いに持っている知識・経験や技術などを共有できるメリットも大きい。さらに、人材や生産設備・物流設備など、経営資源を共有化することで、オペレーションのフレキシビリティーや効率性を上げることが期待できる。

時期的なものもあるかもしれない。自社は半導体のシリコンサイクルに売り上げが影響されるが、相手先は別の業界サイクルによって動いていれば、売り上げの総合的な安定性が増す面もある。さらに、ブランド面での相乗効果も期待できるかもしれない。

このようにシナジーは、いろいろな面で起こり得る。したがって、M&A =企業買収においては、どのようなシナジーが期待できるかが、買収価格決定における大きなファクターとなる。

もしもシナジーが全く期待できなければ(そういうこともしばしばあるわけだが)、その買収は「単なる足し算」と呼ばれる。売上も利益も単に合算されるだけ。まぁ、売り上げが見かけ上、増加するだけで喜ぶ株主もいないわけではないが、M&Aには、相当な費用と労力と、しばしば双方の苦痛を伴うので、それだけのコストを支払って、単なる足し算で一体何を得たのか、と問われることになる。

さて、このような観点で、ホールディングス体制と言うものを見つめ直してみると、気づくことがある。それはまさに、自社グループの事業会社間に、シナジーがどれだけ働いているのかと言うことである。もしも全く他とのシナジーのない事業会社があるのならば、その会社はグループ内にとどまっている価値がほとんどない。

逆に言うなら、コアの事業会社は、その企業グループ内において、他と大きなシナジーを生んでいるわけである。他のグループ会社を助けているわけであり、他から助けを得ているわけでもある。

こう考えてくると、事業会社の社長が、損益に最終的責任を持つ、と言うことの意味が少し変わってくる。その会社が、外とのシナジーを置き去りにしてまで、自社の利益を追求した場合、どうなるか。企業グループ全体では、価値を毀損するかもしれない。

シナジーと言うのは、『協力』の別名である。兄弟会社との協力をながらないがしろにして、自分だけの損得を優先するのでは、次第に信頼を失っていくだろう。そのようなふるまいは、中長期的にはサステイナブルとは言えない。

ガバナンスは、だから必要なのである。ガバナンスは、グループ内のシナジーを維持強化するために必要なのだ。事業会社の自由度を多少減らしても、シナジーの働きを確保すること。これがガバナンスの重要な目的の1つである。ガバナンス上の要請は、単なるアドバイスにとどまらず、事業会社に従ってもらわなければいけない場合もあるのである。

ところで、このシナジー効果について、リストを作ったり、客観的に大きさを測ったりすることができるのだろうか? この点は率直に言って、現在の経営学ではまだあまり手付かずの状態らしい。

ネットなどを調べてみるとわかるが、シナジーの分類についても、ずいぶんと諸説ある。例えば、三井住友銀行は、以下の3つを挙げている(三井住友銀行「ビジネスにおけるシナジーとは?効果やメリット、生み出す方法を解説」)。

<以下引用>
  • 事業シナジーは、事業の推進に関するものです。売上の増加、コスト削減、スケールメリットの増大、人材の獲得・活用、ノウハウの統合によって付加価値が高まるといったものがあります。
  • 財務シナジーは、お金や税金に関するものです。合併などで増加した余剰資金の有効活用が可能になることや、単年度で所得が赤字だった際の繰越欠損金の税控除やグループ法人税制を利用した節税効果などが挙げられます。
  • 組織シナジーは、組織に関するものです。互いに協力してアイディアを出し合うことによる生産性の向上や事業部門の集約による業務効率化、高いパフォーマンスを発揮できる環境が整うことによる従業員のモチベーション向上などがあります。
<引用終わり>

ところが、日本M&Aセンターと言うところは、シナジーを、仕入れ・製造・物流・販売・事業・財務の6つに分類する(日本M&Aセンター「シナジーとは?企業経営におけるシナジー効果、企業事例を解説」)。他にもいろいろな分類の仕方があり、英語にまで検索を広げてみると、もっとバラエティーが増えてしまう。これはつまり、経営学の中で、まだ定説がない状態であることを意味している。

M&Aと言えば、現代の経営論の花形である。それなのに、なぜ、その重要なファクターであるシナジーについて、かくも未整理な状態なのか。

ここから先はわたしの単なる推量だが、現代の経営学には、企業の機能と構造を、システム工学の観点から見るアプローチが、欠落しているからではないか、と思われる。システムとは、それを構成する要素が、互いに支えあったり、強めあったりすることによって、特定の機能なり目的を果たす仕組みである。機能要素の助け合いの中には、しばしばループ的な強め合う関係も生じる。それが安定なシステムの特徴だ。

シナジーとは、まさに、このシステムとしての特徴を指す言葉ではないか。

ただし、人工衛星や携帯電話といった機械的なシステムと違い、企業とはそれぞれ思考能力も思惑も欲望を持った人間群から、成り立っている。そして意思決定は、組織の中の職員に従って階層化されている。こうした複雑性があるので、単純な機械論的アプローチでは、なかなか経営のシステム分析が進まないのだろう。

中期経営計画とは、いわば経営のシミュレーションである。定量的なモデルがあって、それを回すと結果が出てくるならば、ありがたい。しかし何しろ、外部環境にも内部状態にも不確定性が多く、そう単純にはいかない。ただ、中期経営計画は、投資家に対するコミットメントと言う性格も持つ。そこで計画から乖離した場合には、何らかの挽回処置が必要になる。

この時、企業グループ内の全体をハーモナイズさせ、より良きシナジーを見出そうとするのが、本社としての役割である。シナジーが期待される以上、グループの構成員は、完全に独立した自由裁量を持っているわけではない。

そしてこの関係は、もう少し一般化すると、社会と個人の間にも言うことができる。社会は、企業のような経済活動を目的とした組織ではないが、互いに支え合う協力関係によって成り立っている。だから各個人は、たとえ法律に明文化されてないとしても、社会の中で、お互いの振る舞いにある程度の制約を受ける。というより、このシナジー=協力関係こそが、個別の法律の根底にあるのかもしれない。

現状のわたし達の社会は、まだまだ成熟から程遠いのかもしれないが、「損得だけで動き、何をやっても自由」と言う論理だけでは、サステイナブルな社会は築けないのである。

<関連エントリ>
「ガバナンスの最適設計を考える​​」 https://brevis.exblog.jp/19964608/ (2013-03-18)

by Tomoichi_Sato | 2023-09-04 19:13 | ビジネス | Comments(0)
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