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訳書「サプライチェーンサイエンス」(W・J・ホップ著)を出版しました

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サプライチェーンサイエンス

「サプライチェーンサイエンス」(W・J・ホップ著)刊行のお知らせこの7月に、近代科学社さんからW・J・ホップ著「サプライチェーンサイエンス」 の翻訳書を刊行しました。電子書籍と、紙の本(オンデマンド出版)の両方で販売されます。すでにAmazon, honto等のサイトからも注文可能です。
本書は、慶應義塾大学・管理工学科教授の松川弘明先生(日本経営工学会の前会長でサプライチェーンマネジメントの権威)と、わたしが監訳者となっており、実際の翻訳は、「次世代スマート工場のエンジニアリング研究会」 の技術開発分科会メンバーが担当しました。また出版にあたり、(財)エンジニアリング協会から助力を得たことも付記し、感謝の意を表します。もっともわたし自身は、翻訳にそれほど大きな貢献をしているわけではなく、本来であれば監訳者としては、本書の重要性を早くから見出して、初期の版の仮訳をご提供いただいた、元ニコンの太田裕文さんか、大勢の翻訳メンバーを率いて調整いただいた、SUBARUの野中剛志さんのお名前が上がるべきだったと思っています。では、どんな内容の本なのか、なぜ今、本書を訳す必要があったのか、少し説明したいと思います。
  • サプライチェーンとはそもそも、どんなものか?
本書はまず、サプライチェーンが「ステーション」と「フロー」からなるネットワークである、という基本的認識から始めます。ステーションとは、「1つのストックポイントから供給を受ける1つの工程」と定義されます。 工程の中には、複数の機械設備があってもいいですし、1人ないし複数の人からなる、手作業の工程であっても構いません。フローとは、「製品またはサービスを生み出す目的で、連続したステーションから構成されるもの」と定義されます。要するに、連続したモノの流れる道です。フローには、自動車生産におけるコンベア式の製造ラインのようなものもありますし、機械が縦に並んでいて、その間は手で搬送するようなタイプのものもあります。ただし、コンベアラインの中の小さな1つの工程は、ステーションとはみなされません。なぜなら、その前にストックポイントがないからです。前工程から流れてきたものを、その工程で貯めておく事は原則、許されません。このように、工程の前に滞留を生み出すことがあり得るかどうかが、ステーションかどうかの境目になります。ちなみにフローで流れるのは、モノとは限りません。人の流れもありうるし、情報の流れということもあり得えます。なぜならサービス業では、顧客や情報の動きと流れが大事になるからです。例えば金融業で、銀行の窓口を考えてみると良いでしょう。来客が行列を作り、順次進んでいく姿です。製造業の中でも、受注から設計のプロセスなどは、具体的なものが流れるわけではありません。ただ顧客からの情報が加工され、上流から下流に動いていく仕組みになっているのです。こうした仕組みも、サプライチェーン・サイエンスの対象と考えるわけです。それは、モノであろうが、情報であろうが、同じ科学的法則性に従うからです。
  • サプライチェーンにサイエンスなんてあるのか?
さて、途中で分岐も合流もしない、一本道のフローを「ライン」ないし「ルーティング」(工順)と呼びます。そして複数のラインが合流したり、途中で分岐したり、あるいは下流から上流にリサイクル的に戻ったりして、ネットワークができあがります。このネットワークのパフォーマンスはどのように決まるのか、これが本書の第一のテーマです。職場のパフォーマンスを決めるのは、リーダーの資質や気合いや人徳だ、という考え方が、わたし達の社会では根強いようです。 あるいは職場で働く人たちのモチベーションと改善の熱意だ、という信念も広く見受けられます。 それはそれで良いでしょう。ただし、いくら気合を込めたって、 毎時200kgの処理能力の機械に250kgのプロダクトを作らせることはできませんし、1日24時間しかないのに、30時間分の生産活動を期待するのは愚かというものです。ここで登場する原理原則の1つが「リトルの法則」です。これは、WIP = TH x CT と言う単純な式で表現されます。WIPは 仕掛在庫量、THはスループット(生産量)、CTはサイクルタイム(実効リードタイム)の略です。もう一つ、重要な役割を果たす原理原則が、待ち行列の法則です。こちらは、WT = V x U x T という式で表されます。Vはばらつき係数、Uは稼働係数(稼働率できまる関数)、Tは平均実行処理時間です。どんなに有能なリーダーも、どんなに勤勉な現場のワーカーたちも、これらの法則から逃れることはできません。それどころか、稼働率を100%ギリギリに近づけようとすると、 かえって実行リードタイムが増大し、コストが増えてしまうという法則性を、これらの関係式から導くことができるのです。やる気に溢れたリーダーの司令が、かえって現場のパフォーマンスを下がってしまうことがあるのです。
  • 工場物理学の教え
では、これらのサイエンス法則から見て、パフォーマンスを最大化するためには、どのような形で、モノや情報の投入のタイミングを制御したら良いでしょうか。これが本書の第二の主要なテーマです。そのためには、まず、現場のラインやネットワークのパフォーマンスが、どの程度のレベルにあるか、簡単なアセスメントが必要になります。 このために、著者はPractical Worst Case (PWC)という指標を提案します。これを用いて、ボトルネックの同定、改善すべき部分の掘り出しを行うのです。さらに、CONWIP (Constant Work-in-Process)などの実用的な方法を提案し、改善案を構築していきます。ここら辺の理論と手法は、著者W. Hoppが、Spearmanらと研究を重ねてきた『工場物理学』 (Factory Physics) という分野の知恵の結晶です。ちなみに、ある工場から別の工場への製品の流れも、少し高いレベルでのフローとみなすことができます。 その場合、工場を1つのステーションとみなす訳です。 このように階層化できるのも、本書のアプローチの1つの特色でしょう。そして、この考え方によれば、工場の中の生産管理と、複数工場や物流センターをまたがるサプライチェーン・マネジメントを、全く別次元のものとして考える必要がなくなります。同じ手法やポリシーが、工場内でもサプライチェーンでも適用できるのです。というよりも、サプライチェーンというものを、ステーションとフローからなる『システム』として捉え、その科学的性質と合理的な設計方法を提唱するのが、本書のエッセンスなのです。
  • なぜ本書が今の日本に必要なのか
物事の関係する全体像をシステムとして捉えつつ、その科学的分析と合理的な構成手法を考えるのが、システムズ・アプローチです。残念ながら、このシステムズ・アプローチこそ、今の日本に最も必要とされながら、極めて欠落しているものだと思います。ビジネス上の問題に対して、個別バラバラの問題認識と対策があり、その中心になるのが気合と忖度だという状態で、今のような複雑な世の中を動かしていけるでしょうか? あらためて「わたし達には科学が必要だ」などということを、主張しなければならないのはいささか残念ですが、ともあれ、言い続けなければなりません。わたし達の「次世代スマート工場」の研究会では、この秋に技術シンポジウム『スマート製造への道のり ~ デジタル・ロボット・サプライチェーン』(仮題)を開催します。これは昨年・一昨年と続けた製造実行システムMESに関するシンポジウムの第3回で、MESから枠を少し広げてテーマ設定しています。このシンポジウムでも、監訳者である慶応大学松川教授のレクチャー「スマート工場と産業競争力 ~ サプライチェーン・サイエンティストが競争力を決める」が予定されています。日程は9月6日になる見込みですが、詳細が決まり次第、あらためてご案内します。ぜひご期待ください。そして、一人でも多くの方が本書を手にとっていただき、ともに工場とサプライチェーンのパフォーマンス向上に科学的に取り組んでいただくことを願っております。


by Tomoichi_Sato | 2023-07-04 20:28 | A6 サプライチェーン | Comments(0)
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