先週の5月26日に、「アジア・シームレス物流フォーラム」https://mf-p.jp/aslf/ のパネル・ディスカッションに参加してきた。このフォーラムは日本マテリアルフロー研究センター(JMFI)が主催する展示会で、国内外の大手物流関連企業が集まっている。コロナ禍が過ぎて3年ぶりにリアル展示となり、来場者数も多くかなり盛況だった。物流関係の催しなので、本サイトの読者からは縁遠いかと考え、とくにお知らせもしていなかったが、SCMの関連テーマもあり、広報すべきだったかもしれない。
という豪華メンバーだった。ここに日揮の佐藤が加わったわけだが、わたし自身はエンジ会社の社員としてではなく、(財)エンジニアリング協会「次世代スマート工場エンジニアリング研究会」の幹事として呼んでいただいた、と認識している。 さて、ディスカッションのテーマである、「物流の高度人材」とは、何を意味しているのか。じつはその背景に、国交省が2021年に発表した、「総合物流政策大綱 2021年度~2025年度」 という文書がある。この中で、国は2025年までの政策方針として、以下の3点をあげている:
この①「簡素で滑らかな物流」の中で、物流業務のデジタル化や自動化・機械化の推進、標準化の取組み、データ基盤の整備、などと並んで、「高度物流人材の育成・確保」をサブテーマとして掲げているのである。 デジタル化・機械化・標準化・データ基盤・・と並ぶのを見ると、ほとんどまるきり「スマート工場」ないし「製造業のスマート化」の課題と同じではないか。これはつまり、主に経産省の配下にある製造業のスマート化と足並みをそろえて、物流センターや輸配送事業のスマート化を、監督官庁である国交省が進めようとしている、と捉えられるだろう。 ちなみに「総合物流政策大綱」は数年おきに制定されているが、この最新版の検討が始められたのは、ちょうどコロナ禍による都市のロックダウンが深刻化した、2020年の半ばからであった。グローバル化したサプライチェーンが寸断され、消費財や原材料もアジアから入ってこなくなりそうな段階だった。加えて、すでにトラックドライバー不足による「2024年問題」が社会課題として認識され始めていたときだった。
ところで政策大綱では「高度物流人材の育成・確保」の主なKPIとして、「大学・大学院に開講された物流・サプライチェーンマネジメント分野を取り扱う産学連携の寄附講座数」をとりあげ、2025年度までの目標値=50講座としている。つまり、大学における物流研究と教育のコースを増やそう、大学で物流人材を育てよう、というのである。 国の政策の実現を、民間の寄付講座に頼るというのは、なんだか素人目からすると奇妙に思えるが、それはおいておこう。ともあれ、物流講座を大学に設置しよう、というのである。 実際、東京大学では2020年度から、先端科学技術研究センターに「先端物流科学」 寄付講座が開設された。指導されるのは、今回のパネラーでもある渋滞学の西成活裕教授である。スポンサー企業は、ヤマトホールディングス、SBSホールディングス、鈴与、日本政策投資銀行、モノフルの5社だ。 ちなみに西成先生によると、東大に物流の講座を作ろうと考えてから実現するまで、10年かかった、という。「途中で2回挫折して、もう不可能かと思ったときもあります」と言われていた。それでもなんとか実現できたのは、もちろん西成先生のリーダーシップによるところが大きい。 他に、ネットで調べると、京都大学、大阪大学、横国大、早稲田、青山学院、法政、明治、上智、中央など、それなりの数の大学で物流関連寄付講座が開設されていることが分かる。学科としては、多くが商学部ないし経営学部のように見える。つまり物流の仕事とは、日本の分類では「文系」だと理解されているようだ。東大のように理系に置くのは、例外である。 ところで読者の皆さんに質問したい。かりに「スマート工場」実現の人材教育を設置するなら、皆さんは理系に置くだろうか、文系に置くだろうか。寄付講座のためにお金を出す経営者の立場になって、考えてみてほしい。また勉強して、就活に活かしたいと願う学生の立場だったら、どう思うか。 世の中の物事を「理系・文系」に強引に分割して、平気でいる日本文化のおかしさについては、以前も批判しているので繰り返さない。だが、もし「工場スマート化」は理系だが、「物流スマート化」は文系の仕事だ、と思っているのだとしたら、どこか何か奇妙だと感じるセンスが、肝要だ。
もう少し踏み込んで、あえて聞くことにしようか。読者諸賢は、皆さんの子女や知り合いの学生が、大学で物流を学んで、『高度人材』として物流業界に就職したら、「おめでとう! これで将来は立派な物流プロフェッショナルとして嘱望されるね!」と、お祝いするだろうか。MBA(経営学修士)の資格を取ったとか、それよりは大分落ちるが工学修士(笑)とか、と比肩するような期待をかけるだろうか? わたし自身だったら、きっと、そう伝える。だが、そんなわたしが世間で少数派であることも、知っている。わたしは物流マネジメントが、生産マネジメントやプロジェクト・マネジメントと同様に、重要かつ難しい仕事であると信じている。でもそう思っていない人が、世間ではおそらく大半なのだ。 あなたの会社では、物流部門への配属は、栄転だとみなされるだろうか。なぜ世間では、まるで江戸時代の「士農工商」みたいに、ある分野・業界を他より、低く見るのか。その原因を考えるのが、今回の記事の主題だ。 パネル・ディスカッションでは、物流人材とはどこに所属する人か、という問題を提起した。つまり、物流業務を発注する荷主企業側なのか、それとも受託する物流事業社側なのか、という問いかけだ。 じつは物流人材の問題は、IT人材の問題と相似形になっている。最近では広く知られるようになったが、日本ではITエンジニアの7割はIT業界、すなわち受託側に属していて、発注側の事業会社にいるのは3割でしかない。しかしアメリカではこの比率はほぼ逆転していて、事業会社側に7割、IT業界は3割である。 事業会社にIT人材の多い米国では、したがって経営戦略とIT戦略の距離が近いし、ITプロジェクトのマネジメントも、発注者側のプロマネが要件定義から実装まで、全体を把握している。IT開発はITベンダーにお任せ、の日本とは随分違う。そしてこの差が、近年におけるデジタル化やDXにおける日米の進度の違いをもたらした、と言われている。 日本では、「情報システムはコストセンター部門」という位置づけが多い。コストセンターだから、金食い虫のように言われ、運用費も開発費もギリギリまで抑えられる。ITベンダーへも値切り発注が手柄になる。そればかりか、そもそも社内の情シス部門自体が「コスト」だから、IT子会社化して人件費を抑えるのが良い経営戦略だ、みたいな動きが90年代後半から続いてきた。だから今になって世の中が、やれDXだ2025年の崖だ、と言いだしても対応できないのだ。 それと似たことが、物流分野でも起きていた。物流業務は「コストセンター」だから、物流部門は子会社化され、さらに3PLなど外部業者にアウトソースする流れが続いてきた。今になって世の中が、サプライチェーンの脆弱性だの、トラック輸送の2025年問題だ、と言い出しても手の打ちようがないのである。
パネル・ディスカッションでは、物流の範囲の定義についても議論になった。高度物流人材を育てるのなら、そのカリキュラムの範囲はどこまでをカバーすべきか、当然の質問である。 これについては、『物流の5大機能』という概念がある。それは、輸配送、保管、荷役、包装、流通加工の5つの機能を指す。だから、物流人材とはこの5大機能を熟知したプロフェッショナルだ、という風に通常は理解されるのだろう。(ただし、例によって、この概念は日本独特のものである。米国でLogistics key functionsというと、少し異なる答えが返ってくる。そもそも日本の「物流」と英語の"Logistics"の概念自体が、対応していない) ところで、わたしの物流理解は違う。そもそも、物流はなぜ必要か。物流の提供する、本当の基本機能とはなんだろうか? それは、「需要と供給のギャップを埋める」である。とくに、地理的なギャップと、時期的なギャップを埋める機能だ。供給(生産)される場所と、需要(消費)される場所が違う場合に、輸送が必要になる。そして供給の時期と、需要の時期がズレている場合に、保管が必要になるのだ。 たとえば農産物である米や麦を考えてみればいい。収穫(生産)の時期は1年のうちで決まっている。だが消費(需要)は年間を通じてある。だから米や麦の保管が必要になるのだ。また、とれる場所は農耕地だが、消費地は人口集中する都市などに多い。だから輸送が(まさに江戸時代から)必要になったのだ。荷役、包装、物流加工などは、この二つに付随する機能である。 そして、需要と供給のギャップを埋めるための機能は、他にも存在するのだ。たとえば需給の量的なギャップである。ふつう、生産は大口だが、消費は小口だ。そのギャップを埋めるのは、流通業の仕事である。 また、モノの性質(品質)のギャップを埋めるのが、製造業である。脱穀とか、精米とか、はたまた米粉・小麦粉に製粉するのは、すべて広い意味で製造の仕事だ。 ということで、輸送や保管は、製造や流通と機能的に対等なのである。サプライチェーン全体で需給ギャップを解消したいなら、この4種類の機能を適時組み合わせて使うべきだ。だから運送業界や倉庫業界は、製造業界や流通業界と、対等な機能を提供する業種なのだ。このように理解したほうが、明らかにサプライチェーン全体について、より洞察がきくようになる。 では、なぜ世の中には士農工商のような、業界への偏見じみた考えが蔓延するのか? それは、現在の財務諸表と会計制度に問題があるからだ。 「物流業務は付加価値を産まない」と言われる。わたし自身も『工場管理』の最近の原稿で、一応そう書いた。なぜなら、モノをA地点からB地点に運んでも、財務的な価値は変わらないからだ(正確に言うと輸送費の分だけ原価が上がる)。 でも、本当にそうだろうか? 消費地に近いところにある商品と、遠いところにある商品は、ほんとに同じ価値でいいのか? 消費者であるあなたにとって、家の台所にあるお米、近所の店にあるお米の方が、どこか遠い生産地にあるお米よりも、明らかに価値が大きい。仮にあなたが製造業の経営者だったとしよう。工場倉庫の手元にある部品材料と、海を隔てた隣国の倉庫に預けてある部材と、同じ価値だろうか。隣国の独裁政権が突然、輸出を全部差し止めたら、どうなるのか。 現在の財務諸表と会計制度には、明らかに問題がある。それはリスクを評価において考慮していないことだ。あるいは、アジリティ(俊敏性)やサステナビリティ(継続性)も、ちゃんとは評価しない。今、台所にあるお米と、秋になったらとれるはずのお米とは、同じ価値ではない。 それなのに、保管しようが輸送しようが、モノの価値は変わらないという頑迷な思想が、「物流は付加価値を生まない」という蔑視をつくりだす根底にあるのだ。 運べば、価値が上がる。保管すれば、価値が上がる。そしてその対価を、プロフィットセンターとしての物流に支払う。そうならなくては、誰が物流を立派な仕事だと認めるだろうか。そして誰が、自分も物流を学んで「高度物流人材」になろうと志向するだろうか? ・・ああ、また長くなってしまった。長い記事は、ネットでは誰も読まないよと、最近もアドバイスされたばかりだったのに。だが、上に書いたのは一つながりの論理なのだ。ここまで辛抱して読んでくださった、読者諸賢に感謝する次第である。 <関連エントリ> 「SCMにはアウトバウンドとインバウンドがある」 https://brevis.exblog.jp/30282813/ (2023-03-29) 「理系でもなく文系でもない」 https://brevis.exblog.jp/11439704/ (2009-10-25)
by Tomoichi_Sato
| 2023-06-04 19:31
| サプライチェーン
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Comments(3)
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2022年SP-T1 受講生の一人
at 2023-06-07 23:28
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長文失礼します。いつも本サイトの記事より多くの学びが得ております。個人でSupply Chain Management、Project Management、そしてSystems Engineeringに関心を持ち、ネットで調べものをするといつもここに辿り着く経験をして以降、新しい記事がポストされていないか、と頻繁にチェックしています。そして、先日は、先生の講義を受けたいとの思いから、遠方よりプライベート(受講料/交通費 自費)で年末のセミナーに参加させて頂きました。
>もし「工場スマート化」は理系だが、「物流スマート化」は文系の仕事だ、と思っているのだとしたら、どこか何か奇妙だと感じるセンスが、肝要だ。 >わたしは物流マネジメントが、生産マネジメントやプロジェクト・マネジメントと同様に、重要かつ難しい仕事であると信じている。でもそう思っていない人が、世間ではおそらく大半なのだ。 → 本サイトでの学びを通じて、私にもようやくそのセンスが身についてきました。もともと、書籍『失敗の本質』で「日本は伝統的に兵站軽視」という記載を見て以降、「とある会社」の本質的な課題がここにあるのではないか、という仮説を持ち、上記に至ります。欧米(いや、日本以外、という表現が正しいのでしょうか?)では大学院やビジネススクールでSCMの講義や修士課程があると知って衝撃を受け、最近、MITx MicroMasters program in Supply Chain ManagementというCertificateを取得しました。実務ではSCMに携わっていないのですが、先生が提唱されていた「システムモデラー」というコンセプトが自分の目指す姿としてピンと来ています。 >ああ、また長くなってしまった。長い記事は、ネットでは誰も読まないよと、最近もアドバイスされたばかりだったのに → 私のように楽しみにしている者が多いと思いますので、長短問わず、末永く投稿して頂けますと幸いです。(独自的で非常に示唆深い当サイトの記事がもしLinkedInに投稿されたらいつも大バズリするのではないか、と思っております。) 宜しくお願い致します。
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通りすがり
at 2023-06-14 09:50
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>長い記事は、ネットでは誰も読まないよと、最近もアドバイスされたばかりだったのに。
そんなことはありません。 情報の受信者側も「わかりやすさ」を求める人が多く、情報の発信者側も「何らかの意図」をもっている人が多く、webの情報のなかで、現代社会の抱える様々な課題を、モノの価値を生む工場やIT技術という「生産」を通して、考察の過程まで含めて詳細に記載しておられる文章は、極めて貴重だと思います。 ぜひともこれからも継続していただきたいですし、佐藤先生のご健康を心よりお祈りしております!
高校生(高専生)です。いつも読んでます。長くてもいつも楽しく読ませていただいてます。
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