昨年後半から何回か、スマート工場に関連し、製造実行システムMESに関するレクチャーをしたり、人前でお話しする機会があった。その中でいただいた質問やコメントについて、ここで少しばかり解説を補足させていただこうと思う。 最初の論点はMESとMOMの違いである。私が幹事を務める(財)エンジ協会「次世代スマート工場のエンジニアリング」研究会 では、一昨年、そして昨年と2回にわたって、MESに関するシンポジウムを開催した。そのシンポジウムでは、あえてMESとMOMをあまり区別せず、一括してMESと呼ぶことにした。また、野村総研・経産省に提出した「国内工場におけるMES(製造実行システム)導入動向等調査レポート」 では、MES/MOMという書き方をした。つまり、あえて両者を区別しなかったわけだ。しかしこの2つは同一の概念だろうか? 本当は、両者は違う。MESとMOMは、それぞれ別のグループの人たちが、異なった時期に、違う概念を指して作った造語だ。MESの方が先に提唱された用語で、MOMはより広義な概念として、後から作られた。だから{MES} ⊂ {MOM}という風に理解してもいいのだが、MESという言葉が先に普及し、業界によってはかなり広い用途に使われている。だからMES ≒ MOM だったりもする。 Manufacturing Execution System = MESは、もともとIT系の調査コンサルティング会社の米国AMR Research社の造語であった。彼らは多くの企業で、現場を制御する制御系システムと、本社におけるビジネス系システム(ERP)との間をつなぐ仕組みが欠けているとして、その『ミッシング・リンク』をMESと名付けた。この用語はその後、MESA Internationalという団体に引き継がれ広まっていった。 他方、自動制御工学の標準化団体であるISA (International Society of Automation)は、生産に関わるビジネス系と、現場の機械制御を橋渡しするために、ISA-95と呼ぶ技術標準の制定を90年代後半に始める。その中で、ビジネス系とショップフロア制御の間の業務領域として、Manufacturing Operations Management = MOMという概念を規定する。
ここでMESはITシステムの種類をあらわす語なのに、MOMは業務の種類を示す語である点に、注意して欲しい。だから、製造マネジメント業務を助けるシステムは、本来はMOM Systemとよぶのが正しいはずだ。だがERPとかPLMも、本来は業務領域の概念だったが、今ではシステムの略号として、皆が使っている。ということで、MOMも通常はシステムの種類を著す用語になっているのだ。 なお、ISA-95(後にIECの標準となり、IEC 62264という番号でもよばれる)では、MOMの業務領域の中に、製造、品質、在庫、保全に関わる業務があるとしている。そして、世の中的には、これら4種類をカバーするシステムとして、下記の用語が普及してきた:
したがって、{MES} ⊂ {MOM} という関係だと見ることはできる。ただし、上記の4つの略語は、ISA-95の規定する用語ではない。業界によっては、そもそもMOMという用語が普及していない(半導体業界など)。という訳で、まあ MES ≒ MOM という風に捕らえておくのが、無難なのだとわたし個人は思っている。
この問題には、関心を持たれる方が多い。MESはそもそも、上で述べたように、ビジネス系システムであるERPと、現場の制御システムをつなぐ役割なのだから、そのつなぎ方や役割分担に関心が向かうのも、当然である。 ところで、前述の通りMES・MOMの概念は、いささか幅を持っている。ERPはある意味、守備範囲がもっと混沌としている。ERP = Enterprise Resource Planningはもともと、SAP社の造語であった。ではSAP社のプロダクトを使っていたら、ERPを使っていると言えるのか? そんな事はない、とSAPのライバル会社達はいうだろう。 ちなみに、わたしの勤務先もSAP社のS4/HANAを使っているが、対象業務は財務会計のみである。プロジェクトのコスト・コントロール業務さえ、SAPの外側でやっている。これでERPを使っているといえるのか? それとも、人事や労務やプロジェクト・マネジメント系システムまで含めて、当社のERPです、と呼ぶべきなのか? とりあえずここでは、後者の言い方でいくことにしよう。つまり、ここでいうERPとは、財務・人事・販売・調達、そして上位系の生産管理等の機能をカバーするITシステム群を指す、とする(単一のパッケージであるか、自社開発システムかは問わない)。 次なる(やっかいな)問は、「じゃあ『上位系の生産管理』って、何?」という疑問だろう。それと製造実行系システムは、何が違うのか。うーむ。きっと多くの製造業で、皆が経営層への説明に困っているのだろうなあ。上の人達も、ITには苦手意識があったりするから、突っ込んで理解しようという気持ちも薄い。「生産管理ステムなら、もうあるじゃないか!」と、(営業畑上がりの)事業部長あたりに担当者がドヤされている姿が目に浮かぶようだ。 そこで簡単に区分してしまうと、配下にある複数の工場(生産機能)と、外部とのインタフェースをとりもつのが、上位系の生産管理なのだ、と考えることにしよう。具体的には、受注と出荷である。あるいは製品の在庫である。また調達と外注である。各工場と、顧客やサプライヤーとの間で、そして物流センターとの間で、受発注や入出庫や請求などを滞りなく行う機能を提供するのが、上位系の生産管理システムである。
ERP層の生産管理システムが重視するKPIは、したがって、まずコスト(原価)であり、そしてデリバリー(納期)である。これらは注文書で確約するからだ。品質はまあ、不良率などの形でマクロに捉えればいい(部品の発注量に影響するので)。部品表も、購買部品表P-BOMがあればいい。 そしてERP層では、製造がどのようなプロセスで、どんなスケジュールで進んでいくかは、ラフにしか捉えない。極端に言えば、生産オーダーを工場に発行してから、製品ができあがってくるまで、全くトンネルの中で進捗が見えない、という例も珍しくない。それでもとりあえず、納期遅れが頻発しない限り、本社業務に影響は与えないからだ。 ところが、製造実行システムMESは、そうは行かない。現場の機械制御や人への作業指示に落とし込むためには、きちんとした製造部品表M-BOMと工程表BOPデータが必要だ。トレーサビリティのためには、製造ロット番号の発番や、工場内の物品の識別子も必要だ。上位系の生産管理では、品目別にマクロな在庫数量があれば用はすむが、MESでは物品のカタマリの識別やロケーションまで追いかける必要が出てくる。 ・・こう書いていくと、ERPとMESの間で、共通するマスタデータがいろいろあるのが見えてくる。マスタデータの対象となる代表選手は、4M(作業者Human・物品Material・機械Machine・製造手順Method)である。と同時に、マスタデータの粒度や構造が、ERPとMESで結構、違いそうだということが分かる。その違いは、誰が面倒を見て、どう同期化するのか。これがERP-MESの分担の一つのポイントだ。
もう一つのポイントは、計画系機能のあり方である。具体的には、生産スケジューリング機能だ。現在どこの工場でも、頻発する顧客の納期変更や部品の納入遅れなどに、手を焼いている。そのたびに生産スケジュールを組み直す必要があり、そこに手間がかかっている。指示がしょっちゅう変わるので、現場も混乱しがちだ。 ところで、ほとんどのERP/生産管理パッケージは、MRPをベースにした生産計画機能を実装している。MRPについては、このサイトで何度も書いているので繰り返しになるが、計画変更に弱い。また能力負荷の上限といった制約条件を考慮したり、BOMの一時的代替といったフレキシビリティにも乏しい。 そこで生産オーダーは一応、生産管理システムから帳票発行するが、そこに記されている日程は目安に過ぎず、実際の日程はExcelで、工場の誰か担当者が毎日更新して現場に配る、といった運用が広く見られる。 では、MESにスケジューリング機能はないのか? 高級なMESパッケージは、その機能を持っている。ただしここで、厄介な問題がある。部品の調達である。生産スケジューリングにしたがって、部品も納期を決めて発注したい。そして納入状況を見て、スケジュールを調整したい。 ところが「購買・調達はコスト管理にかかわるから、ERP層で行うべき仕事」という暗黙の前提が、多くの企業にはある。集中購買方式を取っているなら、なおさらだ。かくて、ERPの生産計画と、現場Excelスケジュールとの乖離が続くことになる。 もう一つの解決方法は、ERPとMESとは別に、生産スケジューラAPSを導入することだ。幸いにも我が国にはAsprovaとかFlexscheといった、優れたスケジューラ・パッケージがある。 APSで詳細な生産スケジュールを作成し、ERPには部品購買の納期を送ってやり、MESには工程別の製造オーダーを発行する。MESからは進捗データをAPSに持ち帰り、次のスケジュール作成に反映する。生産実績や在庫データはMESからERPに報告する。大変スマートなやり方だ。 実際に、このような3つのシステムの組合せで運用している会社にヒアリングしたこともある。いずれも非常に明確なIT化の指針を持って、仕組みを構築しておられた、レベルの高い企業だった。 ただし、このような仕組みを運用するとなると、マスタデータを3種のシステム間で連携しなければならない。BOM/部品表データを取ってみても、決して簡単でないことは想像がつこう。まして、受注後に設計業務が介在するような、受注設計生産形態だったりすると、難しさは大きい。 ということで、残念ながら「ERPとMESの連携・分担はどうあるべきか」という問題については、どの企業もこれでオッケー、という『銀の弾丸』はないのである。自社の生産形態、BOM/BOPの複雑さ、計画系機能の重さ、そして運用組織のあり方、などを勘案しながら、個別に考えていかなければならない。 そして、このような本社と工場の両方にまたがる製造分野に詳しいコンサルタントが、我が国では足りないのだ。本社系に強い戦略コンサル、現場改善に強い個人コンサルは、それなりに沢山、活躍しておられる。だが本社から現場まで、ERPからMES・制御システムまで、全体を見る能力のある人は極めて限られている。 だから、という訳ではないのだが、やはりこうした問題に悩むエンジニアが集まって、可能な範囲で情報共有や意見交換できる場が、必要だと思って、数年前からエンジ協会の下に研究会組織を立ち上げたのだ。 今年度から、従来の会社単位の参加という枠組みを超えて、個人レベルでも参加できる「スマート工場エンジニアーズ・フォーラム」制度を作る。当研究会の有償セミナー・シンポジウムのどれかに参加することが、唯一の条件となる。正式な募集はこれからだが、エンジ協会のHPを経由して広報する予定にしている。この種の問題に頭を悩ませている大勢の方々の、ご参加をお待ちする次第である。 <関連エントリ> →「MES(製造実行システム)を理解したいエンジニアのために 〜 この6編の記事で全体像が必ず分かる」 https://brevis.exblog.jp/30070564/ (2022-08-12) →「なぜ生産管理システムはちゃんと機能しないのか」 https://brevis.exblog.jp/23748681/ (2015-10-07)
by Tomoichi_Sato
| 2023-05-16 22:38
| サプライチェーン
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