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SCMにはアウトバウンドとインバウンドがある


  • 自社のサプライチェーンをマネジメントする、とは

サプライチェーン・マネジメントの話をもう少し続けたい。SCMは非常に広義な概念である。曖昧と言っても良い。そこで、その中身を区分し、分類しておかないと、何の話をしているか分からなくなりがちだ。

サプライチェーンには、自社内で閉じた範囲と、他の企業を含む広い範囲の2種類があることを、前回記事では書いた。自社内での原料調達から製品の保管・出荷までは、基本的に自社が統括する業務から成り立っているので、やろうと思えば、全体を調和的にマネジメントすることができる。

もちろん、マネジメント「できる」と、マネジメント「できている」は全く違う。できている企業は、滅多にない。なぜできないかと言うと、日本企業では経営層も中間管理職も縦割り思考が強く、その必要性を理解していないからだ。求めないものが実現する訳がない。

さらに言うと、製造業では、「マネジメントとはPDCAサイクルを回す事である」との理解が強い。だから物流倉庫でピッキング業務を改善し磨き上げ、そのスピードを数秒単位でも上げれば、あたかも「サプライチェーンをマネジメントした」みたいな主張がまかり通ってしまう。本当は、「そんな製品を在庫しておくべきなのか」とか、そもそも「そんな所に本当に物流センターが必要なのか」を問うのがSCMの問題意識なのだが。

それでも、自社内のサプライチェーンならば、まだしもコントロールはやりやすい。しかし、これが取引先を含むより広範囲なサプライチェーンとなると、とたんに難易度が上がる。他の企業とは基本的に、取引ができるだけだ。取引に付随して何かを「お願い」する事はもちろんできる。しかし、相手に命令することはできない。つまり、直接マネジメントすることができない。

マネジメントという行為は、強制力を背景としている。あなたの上司があなたをマネージすることができるのは、上司が予算の決済権や、あなたの給与の査定権限などを持っているからだ。上司に多少逆らうことはできる(サラリーマンだったらば誰でもある程度はやっているだろう)。だが、本当に重要な件で業務命令を聞かなかったら、「どうなるかわかってるだろうな」と上司は強制力を背景に言うだろう。

ということで、企業は他の企業の行動を直接、マネジメントすることができない。だから、自社の範囲を超えた複数企業の連鎖からなるサプライチェーンの、調和的なマネジメントは非常に難しい。世の中にも成功事例は極めて少ない。

  • アウトバウンドとインバウンド

ところで、サプライチェーンにはもう一つの重要な区別がある。それはインバウンドとアウトバウンドの区別だ。インバウンドとは、原料から製品になるまでの流れを指す。アウトバウンドとは、出来上がった自社製品が、最終顧客のもとに届くまでの流れだ。

自動車業界だとか、家電・ PC業界だとかいった、高度な消費財を作るメーカーには、アウトバウンドのサプライチェーンが、国を越えて全世界に広がっている大企業が多い。知名度も高く、多くの人がその業績や動向に注目する。広告宣伝費も大量に使うので、マスメディアの記者たちも、その言動を追うのに余念がない。研究開発費もたっぷりあるだろうから、学会・アカデミアへの影響力もある。

かくて、従来のSCMの話題は、こうした消費財メーカーのアウトバウンドのサプライチェーンに関するものがほとんどだった。どの製品をいつどれだけ作るか。それをどこに保管し、どのような手段で輸送し、どのチャネルを通して顧客の手元に届けるか。これがサプライチェーンマネジメントの中心的な話題だった。

  • アウトバウンドとPSI計画

ちなみに、製品をどう作り・保管し・売るかを考えること、すなわち生産(production)・販売(sales)・在庫(inventory)の計画は、頭文字をとってPSI計画と略称される。消費財メーカーで、販売網が全国や国外まで広がり、生産拠点も複数あり、物流センターや製品デポもあちこちに持つような企業では、こうしたPSI計画をきちんとまとる必要がある。そうしないと、かたや欠品、かたや過剰在庫、といったちぐはぐが生じるからだ。そしてもちろん、PSI計画を立てるためのソフトウェア・パッケージだって存在する。

とは言え、こうした自社内のサプライチェーンに関するPSI計画さえ、立てていない企業も非常に多い。そうした会社では、営業部門は予測なのか目標なのかわからない「販売計画」を作成し、生産部門はその販売計画の数字を勝手に「鉛筆を舐めて」修正し、独自の「生産計画」を立てていたりする。もちろん板挟みになって困るのは物流部門だ。

もう10年以上も前になるが、月刊ロジスティクス・ビジネスのインタビュー記事『まだ社内さえ統合できていない』で、VMIとかSCMとかいった夢みたいな将来像を語る前に、社内の営業と生産の計画さえちゃんと統合できていないじゃないか、と指摘したが、その事情は今日に至るまでさほど変わってないように感じられる。

ただ、こうしたPSI計画を立てるべきなのは、自社製品を市場チャネルを通じて売り出す、見込生産的な企業だ。個別受注生産のB2B企業、たとえば産業機械だとか造船だとかのメーカーは、そもそも製品在庫という発想がない(作ったらすぐ顧客に納める)ので、アウトバウンドのサプライチェーンはあまり問題にならない。大手の下請けである部品メーカーもそれに近い。

  • インバウンド・サプライチェーンの特徴と悩み

逆に、こうした企業が悩むのは、原料や部品調達に関するインバウンドのサプライチェーンである。

インバウンドのサプライチェーンの特徴は何か。それは、アウトバウンドと対比してみるとよくわかる。

アウトバウンドで一番問題になるのは製品在庫の配置である。特に、地域的な広がりを持つ市場を相手にしている企業にとっては、どこに物流センターや製品デポを配置するかが、どの品種はどれだけもつか、悩ましい。そのかわり、アウトバウンドのサプライチェーンは、自社ないしは、自社の販売ディーラー網などが受け持っているので、采配はやりやすい。

特に自動車業界の場合、ビジネス規模も大きく物流量も非常に大きい。おまけに自動車業界と言うのは、ディーラーが完成車メーカーの系列下にある。たとえ資本関係はなくとも、特定メーカーの特定車種のみを扱うと言うことでビジネスを成り立たせている。したがって、メーカーとディーラーの間の力関係は、非常に不均等な、かなり強制力に近い力関係を持っている。販売流通網は、(国にもよるが)事実上メーカーのコントロール下にあると言っても良い。これがアウトバウンドの特徴だ。

ところが、インバウンドのサプライチェーンでは、普通、チェーンの途中段階で部品や材料の在庫を持つことはしない(VMIと言う例外的形態はあるが)。注文したらどこかにストックせず、すぐに納品させるのが原則である。そのかわり、他企業であるサプライヤーとすぐに直接、取引しなければならない。自社のサプライチェーンの範囲が短いのだ。

在庫を持たないから、マネジメントの中心は納期のコントロールになる。アウトバウンドの関心が、数量と場所のコントロールであるのとは、対照的だ。おまけにインバウンドは品種の数が多い。1つの製品は、多数の部品から成り立つ以上、当然であろう。納期とバラエティーの変動との戦いが、インバウンドサプライチェーンの主要テーマである。

そして、わたしの知る限り、インバウンドのSCMでは、輝かしい参照事例も、画期的な研究も、そして良質なパッケージソフトも、ほとんど見当たらない。アウトバウンドより、ずっと難しいからだろう。(もう一つの理由としては、米国大手企業の多くがB2Cのため、アウトバウンドの方に脚光が浴びやすい面もあったかもしれない)
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  • あらためて、サプライチェーンをマネジメントする、とは

それにしても、ここまで、「調和的なマネジメント」と言う言葉を、あまり明確に説明せずに使ってきた。最後に、それを論じたい。

もともと物流と言う仕事は、需要と供給にギャップが生じたときに必要となる。需要のタイミングと供給のタイミングが合わない時に、在庫が生じ、保管が必要になる。需要の場所と供給の場所が合わないときに、輸送が必要になる。
だから一番の理想は、需要の生じた場所とそのタイミングに、ぴったり供給することだ。言い換えると、需要と供給の時系列的な曲線を、どの場所でも一致させることにある。

これを実現するためには、販売計画と生産計画がバラバラに動いている状況では絶望的である。販売、物流、生産、調達など、社内サプライチェーンを構成する各プロセスが調和して、あるいは同期して動いていかなければならない。これは1つの企業の中でさえ、決して簡単ではない。まして複数の企業をまたいだ、広域なサプライチェーンとなると、極めて困難である。

サプライチェーンの中に複数の意思決定ポイントがあると、ブルウィップ効果とか、ダブル・マージナライゼーションといった現象が起こることが、研究によって分かっている。詳細の説明は長くなるのでまたの機会に譲るが、これは、複数の企業からなるサプライチェーンに、市場取引を任せているだけでは、全体が最適になりにくいことを示している。

ところで現代の経済学は、完全自由市場に取引を任せておけば、自然に全体が最適状態になると言う前提に立っている。つまり、サプライチェーンマネジメントの思想は、現代の経済学の枠組みからは出てこないのである。

前回もご紹介した圓川・東工大名誉教授は『SCMロジスティクススコアカード(LSC)』という診断調査で多数の日本企業のデータを収集されてきた。現実のサプライチェーンを導くための指針は、こういった地道な知見の蓄積を通じてしか、生まれない。海外の構想をそのまま輸入したって、日本の固有の現実を動かすのは難しいからだ。

サプライチェーンを何とかしたかったら、まず、自社のサプライチェーンの全体像を知らなければならない。ところが実際の多くの企業では、縦割り組織の弊害で、これができていない。さらに、本当は自社を含む業界全体のサプライチェーンの姿を理解し、どこに結節点や隘路があり、誰がパワーを握っているかを知って、はじめて適切な方針を考えられるのだ。

しかし企業間の壁があって、これがなかなか難しい。だから、わたし達エンジ協会の『次世代スマート工場のエンジニアリング研究会』では、これを超える「壁抜け」の仕組みを、ある業界において考えている。早く公表できる段階まで、たどり着くべく奮闘している次第だ。

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by Tomoichi_Sato | 2023-03-29 11:26 | サプライチェーン | Comments(0)
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