さて、製造スタッフレベルの仕事、すなわち「製造マネジメント業務」の機能をサポートするために、MES/MOMと呼ばれるITシステムが登場してきた訳ですが、これが、工場の外にいる(つまり本社や営業畑の)人たちには分かりにくい。というのは、すでにたいていの会社では、「生産管理システム」と呼ばれるソフトが動いているからです。 それは自社の手作りソフトだったり専用パッケージだったり、あるいはERPのサブモジュールだったりしますが、とにかく中規模以上の会社では、生産管理システムと呼ばれるものを持っています。では、MES/MOMシステムは、それと何が違うのでしょうか。 通常の生産管理システムの主要機能は、ざっくりいって、ラフカット生産計画の作成、指示書(注文書)発行、出荷請求、原価把握などをカバーします。 生産計画に「ラフカット」という形容詞をつけているのは、システムから出てくるのが、大まかなスケジュールだからです。製造現場がそれに従って動けるような細かな粒度・ディテールは、持っていません。そこで多くの現場では、それを補うようなExcelや手書きボードで、詳細な生産スケジュールを回しています。 また生産管理システムは、製造仕様や品質検査データも、扱わないのが普通です。品質判定の結果を取り込んで、製品在庫が出荷可能かのコントロールくらいはするかもしれません。しかし多くの場合、品質や製造条件のデータは、別のシステムや台帳に記録されます。 ということで、先にあげた製造業の主要なKPIのうち、C(原価)とI(在庫量)はきちんとカバーしますが、D(納期)はアバウト、Qは範囲外、というのが生産管理システムの実像なのです。また現場の機械・モノと、直接のデータのやりとりをするI/Fも、ふつうは持ちません。 他方、製造実行システムと呼ばれるMES/MOMは、生産管理システムがカバーしにくい4Mをコントロールし、3つの役割を果たします。 4Mとはもちろん、Method(レシピ・SOP)、 Machine(設備・金型等のリソース)、HuMan(人財とスキル)、Material(個物と製造ロット)です。MES/MOMは現場の機械・デバイスとI/Fを持ち、データをやりとりします。モノの識別記号をセンサ等で読み取る機能も持ちます。これにより、現場の4Mをトラッキングし、コントロールできるのです。これにより、より目の細かな進捗・納期把握、トレーサビリティ、SOP実行、稼働管理などを可能にするのです。 (ちなみに、SOPとはStandard Operation Procedureの略で、標準作業手順のことです。MESは現場作業者が、正しい手順にしたがって、ステップ・バイ・ステップで作業を進めることをガイドし、またその記録をとります。それにより、非熟練者でも一定品質の仕事ができるようサポートする訳です) 3つの役割とは、詳細スケジューリングと指図などの計画・指示系の機能、SOPの実行と記録という実績・報告系の機能、そして、本社系ITシステムと現場の制御系システムを「つなぐ機能」(データI/F系)になります。
ここにおいでの制御系技術者の皆さんはご存じの通り、自動制御分野の国際標準の一つに、ISA-95、略称S95があります。これは経営システムと製造マネジメント業務の間のインタフェースを定義した規格です。このS95のいうLevel-3=製造マネジメント業務をサポートするのが、MES/MOMです。我が国の多くの業界では、製造マネジメント業務は人間系による「すり合わせ」で成り立ってきましたが、スタッフ不足と要求の増大により、すでに限界に近づいています。だからこそ、MES/MOMの導入が急務となっているのです。 ところで、連続プロセス系と、組立加工などのディスクリート系を比較した場合、MES/MOMのあり方に、大きな違いがあります。それは、工場内の全体工程をカバーするようなデータ統合が、どのレベルで行われるか、という問題です。 この図はわたしが以前も自分のBlogに描いた図です。一番左に、ISA-95でいうレベルを示しています。上から順に、Level 4(ビジネス計画とロジスティクス)、Level 3(製造マネジメント)、Level 2(モニタリングと監視制御)、Level 1(センシングと操作のデバイス)、Level 0(生産プロセス)です。 そして図の左右に、プロセス系とディスクリート系の事情を示します。プロセス系の場合、中規模以上の工場ではふつう、DCSやSCADAシステムによって、全体工程のデータがとられ、Level 2で統合されています。 プロセス系のMESには、Historianと呼ばれる機能があり、これが下のレベルのDCS/SCADAから、工場全体の時系列データを受け取り、その履歴を圧縮して長期保存しています。 ところが右側のディスクリート系の場合、各工程の機械がそれぞれバラバラに制御システムを抱えています。製造ライン化された部分は複数機械のPLCを束ねたSCADAがあったりしますが、それ以外は個別のままです。したがって、工場レベルでこれらの現場データを統合し保存する役割は、Level 3のMES/MOMが担わなければなりません。 このため、ディスクリート系のMESは、制御系に近いOT的なデータを取り扱う機能と、上位系に近いIT的なデータを扱う機能を持つことになります。最近では、これをLower MESとUpper MESと呼んで区別することもあります。 化学工場が機能性材料を扱い、次第にディスクリート的な生産方式にシフトする場合、このようなデータ統合のレベルの違いを意識しなければならない訳です。 ただ、いずれにせよ、本社系と現場系をつなぐのがMES/MOMの重要な役割です。従来は、紙やExcelなど「情報」の形で、人間が加工・介在して、両者をつないできました。そこがボトルネックになって、伝達のスピードも精度も上がりませんでした。でも、本当は「データ」でつなぎたいのですよね。 ここで、最初にご説明した、情報とデータの違いを思い出してください。いやしくも「スマート工場」を名乗るなら、Level 3の製造マネジメント業務も、やはりデジタル化されているべきではないでしょうか?
さて、わたしは(財)エンジニアリング協会で「次世代スマート工場のエンジニアリング」という研究会 の幹事をしています。この研究会では、経産省と野村総研から受託して、MES/MOMに関する導入実態調査を行いました。その2021年度の調査結果の中から、いくつか注目すべき点をご紹介したいと思います。 まず、調査した我々自身驚いたのですが、アンケート調査によると、回答してくれた製造業約90社のうち、約4割がすでにMESを導入していると答えました。業種は、プロセスもディスクリートも含む広範なものです。無論、これが日本の製造業全体の平均値を示すとは言えないかもしれませんが、4割はかなりの数字です。いわゆるマーケティング理論での製品普及曲線から考えても、MES/MOMはすでに普及期に入っていると言えるでしょう。 ただし、導入している4割の企業の約半分は、実績系(履歴管理)のみに利用していると答えています。計画系機能の導入はまだ、課題があるようです。また、他のシステムとの「つなぐ」機能についてたずねたところ、導入ユーザの半分が生産管理システム(EPP等)とつなげていますが、現場系とつなげているのは、回答者数の1/4強でした。 さらに、「あなたの職場においてMES/MOMの導入、機能強化・拡張の計画はありますか?」と質問したところ、製造業の回答者の33%が、MES/MOMの導入計画はないと回答しています。他方、拡張計画の有無は別として、すでにMES/MOMを利用中としている回答者の比率は31%(会社数ベースでは約4割)です。そして3~5年以内に導入予定との回答は19%に留まっています。 つまり、方やMES/MOMを導入し活用している企業群がある一方で、ほぼ同数の企業が、「導入の予定はない」と答えている訳です。すなわち、日本の製造業では、一種の「デジタル・ディバイド」現象が生じているのではないか? これが、アンケート調査をまとめたわたし達の懸念でした。
さて本日は、計装制御技術会議にご参加の皆さんに向けて、ながながとMES/MOMについてご説明してきました。日本の化学産業は機能性素材分野にシフトしています。ところが、そこはバルクケミカル製品分野で親しんできた、従来の操業の考え方が通じないばかりか、工場のあり方自体が変わります。システム工学的にいうと、機械設備群は、密結合から疎結合になっていきがちです。それを統合するために、工場の中枢神経系統としてのMES/MOMが、ますます重要になります。 ただし、ここで一点、あえて補足したいことがあります。それは、デジタル化は生産システムの矛盾を顕在化する、という事実です。「デジタル技術導入でスマート化」するぞ、というと関連各部はいろんなことが楽になると夢想します。しかしデジタル化は、それまで人間系でナニワ節的に調節されてきた、部門間のトレードオフやコンフリクトを顕在化します。 そうでなくとも、仕事のやり方が少しでも変わると、「やりにくくなった」と抵抗感をもつのが会社員というものです。皆さんは社内に対して、工場のスマート化で、関連する全部門が今迄より、例外なく仕事がやりにくくなるぞと、最初にクギを刺してから、導入を推進されるようお勧めいたします。 ご清聴、どうもありがとうございました。 <参考:「 国内工場におけるMES(製造実行システム)導入動向等調査 」(経産省/野村総研の委託調査)> <関連エントリ> →「 ディスクリート・ケミカル工場 ~ そのスマート化を考える (1)化学産業の変貌 」 (2023-02-28) →「 ディスクリート・ケミカル工場 ~ そのスマート化を考える (2)工場のシステム工学」 (2023-03-06)
by Tomoichi_Sato
| 2023-03-15 10:03
| 工場計画論
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