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ディスクリート・ケミカル工場 ~ そのスマート化を考える (2)工場のシステム工学

  • 工場は「生産システム」である

日本の化学産業は、機能性素材に経営資源を傾斜しつつあり、その製造のためのプラントは「ディスクリート・ケミカル工場」と呼ぶべき形に変貌してきました。では、そのような機能性素材・電子材料を製造する工場とは、具体的にどんなところなのでしょうか。

イメージを掴んでいただくために、ネットで公開されている写真をいくつか並べておりますが、従来の屋外に機器が立ち並ぶプラントとは、随分様子が異なることがわかりいただけると思います。そして、このような工場の操業のあり方も、従来の連続型プロセスプラントとは異なったものになっていきます。
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そもそも、工場やプラントの操業のあり方を考えた際に、そのスマート化のポイントとはどこにあるのでしょうか。これは工場をシステム工学の観点から見てみると明らかになります。

システム工学の立場から見ると、工場とは生産のためのシステム(仕組み)、すなわち「生産システム」です。システムである以上、そのアウトプット、主要なインプット、そしてそのプロセスが問題になります。工場と言う名前の生産システムのアウトプットは、言うまでもなく製品です。

では、生産システムの主要なインプットは何でしょうか? もちろん原材料だ、と答えたくなりますね。それは30年前だったら正解かもしれません。しかし考えてみてください。原料があるから製品を作る、といったポリシーで操業している工場が今、どこにあるでしょうか。作っても売れるあてのない製品が、山のように積み上がる工場を、今どこの企業が許すでしょうか。需要のないところに製造は行いません。

つまり、実は、生産システムの主要なインプットは需要情報なのです。原料部品や用役・副資材は、いわば、サブのインプットです。これらは需要情報に従って量や種類やタイミングが決められます。

生産システムとは、需要情報というインプットを、製品というモノ(あるいは製品に実現された付加価値)に変換してアウトプットする仕組みです。

そのシステムは、働く人々と、製造のための機械設備と、物流設備、それらを支える作業空間(建築)と、情報をやりとりするICT・データ、などの構成要素から成り立っています。

このうち、働く人々と、製造のための機械設備類は、各社固有の競争領域に属するもので、それぞれ異なるでしょうし、あまり外部に開示されません。しかし、それ以外の物流・建築・ ICT ・データなどは、企業を超え、あるいは業種すら超えて共通性が高く、お互いに知恵を共有し合う価値のある協調領域に属します。だからこそ、今回みたいに計装制御技術会議などの催しが成り立つんですね。

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  • 工場レベルの「スマートさ」を実現するために

ところで、生産のためのシステムを操業運転するには、どのような神経系統が必要でしょうか。システムを目標通り動かすためには、当然ながらまず、工場の操業の全体像を把握する、中枢神経に相当する機能が必要です。そして、生産システムの状態やパフォーマンスを測るKPIと、指示の伝達系(神経系統)が必要ですね。そこに、目標値をセットする働きがいるはずです。

言うまでもなく、工場の全体パフォーマンスを測る代表的なKPIはQCD(I)です。QCD(I)は、Quality:品質、Cost:原価、Delivery:納期、そしてカッコにはいった(I)はInventory:在庫を表します。

ただし、これらは通常、製品単位、あるいは月単位などにとらえられるマクロな指標であり、より詳細には、現場における「4M」が支えています。4Mとは、Human:人員、Machine:機械設備、Material:部品材料、Method:製造方法の略です。

すなわち個別オーダー・レベルでの、品質トレーサビリティ・納期回答・個別原価把握のためには、4Mレベルでのモニタリングとコントロールとデータ蓄積が必要になります。

そして4Mを追いかけるには、現場(末端)とスタッフ層(中枢)をつなぐ、神経系が必要になります。
つまり工場のスマート化には、機械・ロボットなど「筋肉系」の増強だけでは足りないのです。また個別の機械にIoTセンサーをつけても、末端の感覚神経の強化にはなりますが、各工程がバラバラに動く「疎結合なシステムの問題」は解決しません。製造マネジメント業務に従事するスタッフ等の仕事を助ける、中枢神経の仕組みが必要なのです。

  • MES/MOMの重要性

ここで登場するのがMES/MOMと呼ばれるICTシステムです。MESとはManufacturing execution systemの略で、日本語では普通、「製造実行システム」と訳されます。MOMとは Manufacturing operations managementの頭文字で、「製造オペレーション管理」という概念を表します。

MESという語が先に普及し、後からMOMという概念が追いかけたため、業種業界によって2つの用語が混在したり、使い分けられたりしています。MESは製造に特化していて狭義、厳密にはMOMの方が広義とも言われるのですが、ここではMES/MOMと併記することにします。

図をご覧ください。製造業のデータの流れは、大きく、本社レベルと、製造スタッフレベル、そして製造現場レベルに区分することができます。

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複数拠点の生産・販売・在庫計画システム(SCM)、原価・人事・調達管理システム(ERP)、そして設計情報システム(PLM)などは、主に本社レベルで使われるシステムです。

図の1番下、製造、現場レベルでは、機械や装置の制御システムとして、DCS、PLC、IoTセンサー等が活躍しています。

問題は、その中段にある製造スタッフレベルの業務、すなわち、製造マネジメントの機能です。製造スタッフとは、生産管理、生産技術・設備保全、QC/QA、資材購買など、工場のオフィスフロアで働いている人々です。彼らはしばしば、製造現場を見下ろす中、2階にオフィスがあるため、中二階の人々と呼ばれたりもします。

そしてわたしが見たところ、どこの工場でも、製造スタッフの人が足りないのです。それは、品質トレーサビリティや頻繁な納期変更などの、外部要求が急速に高度化してきたためです。現場のワーカー不足はよく知られていて、次第に社会問題化しています。しかし、工場で働くホワイトカラーの人手不足問題は、企業もまだ、あまり認知していないようです。

MES/MOMシステムは、まさにこのホワイトカラーの担う製造マネジメント業務を助ける仕組みであり、現場と中二階と本社をつなぐ神経系統としての役割を果たすものです。それがどのようなものか、そして導入にはどのようなメリットとハードルがあるのかについて、最後にまとめたいと思います。
(この項つづく)

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by Tomoichi_Sato | 2023-03-06 12:16 | 工場計画論 | Comments(0)
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