今年も節分が近づいてきた。何だか年を経る毎に、1月の過ぎるのがあっという間に感じられるようになってくる。 ところで、もう10年以上前から、節分になると「恵方巻き」を方々の店で売るようになった。しかも、この宣伝を始めるタイミングが、毎年だんだん早くなっている。最近では、まだ年が明けて松の内なのに、コンビニでは恵方巻のポスターが、「年賀状あります」の張り紙の横に並ぶようになった。 わたしはこの、松の内の恵方巻の広告を見るたびに、なんだかせわしなく感じて、疲れるのである。そして、B2Cビジネスで働かなくてよかった、とつくづく思ってしまう。お節料理と年賀状の次は、恵方巻と節分豆。その次はバレンタインデーのプレゼント。さらにその次は桃の節句。そして卒業式と入学祝い・・。こうして、季節ごとに次々とイベントを打ち、新しくヒットしそうな商品を並べ、その売れ行きに一喜一憂する。そういうビジネスに、自分はとても耐えられそうにない。 もちろんこれは個人的趣向を言っているだけで、B2Cはつまらない商売だとか、恵方巻は嫌いだとか批判してるのでは、もちろんない。単に、わたしは他人の頭の中を読むのが苦手なのである。特に論理ではなく、他人の感覚的な好き嫌いを、推測するのがとても下手なのだ。 もちろん、感覚的なことが好きで、他人の気持ちを読むのが上手な人は、どんどん新しい商品の企画を作って、ヒットを狙えば良い。ヒット商品とブームこそ、B2Cビジネスの花形だ。一発当たれば大きく儲かる。急成長もできる(最近では「エクスポネンシャルな」成長ともいうらしい)。
ところで話は、(いつものことだが)ちょっと飛ぶ。昨年、ある方と「AIを使って商品の価格予測ができるか」について議論になった。その方はAI技術者だが、わたしと同じくプラント系の出身である。データ・サイエンティストとして、最新の機械学習技術を駆使し、プラント分野の熱交換器の価格を、そのスペック(仕様)から推定しようと考えておられた。 熱交換器という器械は、原理的には単純だが、非常に幅広い分野で用いられる。家の冷蔵庫も、空調もカーエアコンも、熱交換器を使う。プラント分野でも多用する。 ことにプラントでは、その熱交換の要求量(Heat duty)と、流れる流体の種類、そして運転温度と圧力に応じて、サイズも材質も構造も多種多様な熱交換器を、毎回個別に設計し、製作して据え付ける。いちいち設計して、製造業者に引き合いをしないと、価格も見積もれない。おかげでプラント・エンジ会社の予算計画の手間を、非常にくってしまう。 そこで、熱交換器の基本的なスペック値を与えたら、すぐに重量と価格を推定するシステムを作れば、かなり価値があろう、というのがその方のねらいだった。実際、予備的な分析で、重量はそれなりに予測可能であることが見えていた。 しかし、わたしは言った。「重量の推定は可能だし、設計情報としても有用でしょう。しかし、価格の予測はやめた方が賢明です。少なくとも、わたしは期待しません」 相手は当然、反論してきた。「プラント用熱交換器は金属のかたまりなので、価格の大きな部分は重量、すなわち材料費に支配されるはずです。」 わたしは答えた。「だからこそ、価格を計算するためには、地金の単価を予測する必要があります。しかし、もしAIにそんなことが可能なら、ロンドン金属取引所(LME)の素材価格が予測できる事になり、相場で大儲けできるでしょう。熱交の価格推定なんかより、ずっとましですよ。」 でも現実には、どこぞのAIベンチャーがLMEの価格を支配した、なぞとは聞かない。それは、AIに相場価格が予測できないからだ。技術は進歩するから、将来も絶対に不可能だと断言するつもりはない。ただ、現時点では難しいのだ。難しいのには、理由がある。
自由市場では、価格は対数的なランダムウォークをたどる。これは確か、ノーベル賞経済学者サミュエルソンが証明したんじゃなかったか。そしてランダムウォークは、平均値の周りに正規分布になる。突飛な事は滅多に起こらない、というのがその意味だ。 ところが現実には、希にだが突飛なことが、市場では起きるのである。1998年8月のアジア通貨危機による暴落は、リーマン後の我々が見ると、まだカワイイもののように記憶しているが、あのような変動が起きる確率は、ランダムウォーク理論から言うと10万年に1度しか起きない現象だった。 フラクタル理論の提唱者であるフランスの数学者マンデルブロは、著書『禁断の市場』で、金融市場における価格の性質を説明し、「価格の予想は無理と思え、しかしボラティリティなら予測可能だ」と言っている。ボラティリティとは、価格の暴れ方の指標である。 市場価格はなぜ、アバレるのか。それは、単純な消費量と供給量だけではなく、値段の上下に関する思惑が、売買の量に影響するからだ。ある商品(株式でもいい)の価格が上昇基調にあるとする。すると売買で利ざやを得ようとする買い手が集まってくる。そのため、ますます価格が上がっていく。他人がその株の値上がりを期待すると、自分も買うことが合理化される。このように、集中強化現象が起きるのだ。もしこれが逆に働くなら、価格は一定水準の回りを安定的に上下するだけだろう。だが、ここには原因と結果の一種のループが生じて、これが不安定性を生み出す。 このプロセスは、化学でいう一種の自己触媒反応だと言ってもいい。自己触媒反応とは、A→Bという反応があるとして、その生成物であるBが、反応自体の触媒の役目を果たすケースだ。Bができると、それが反応速度を速めるから、さらにBができる。こうして反応に加速度がついていく。フラスコ内の化学反応では、原料がなくなったり、化学平衡に達したら、系は落ち着く。だが大きな市場のように外部から供給が続く流通系では、ボラティリティは簡単にはおさまらない(ついでながらボラティリティとは元々、揮発性を意味する化学用語だ)。 ![]()
by Tomoichi_Sato
| 2023-01-31 16:43
| ビジネス
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