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プロジェクトは不安定性な存在か

  • PM教育に関する、二つの問い

プロジェクト・マネージャーの教育について、ときどき社外の方から相談を受けることがある。こうしてプロジェクト・マネジメントについてBlogで書いたり、あるいはPMをテーマとした研究部会を主催したりしているからだろう。「社内のプロマネをどう育成したら良いか」だとか、「ちゃんとPMの方法論を勉強したいのだが、PMBOK Guideを読むだけで良いのだろうか」といったご相談である。前者は主に、社内のPMO的な立場の方が多く、後者は個人単位の自己啓発を考えておられる方だ。

前者のような問いに対するお応えの仕方は、様々なパターンがあり、ときには先方の社内研修などを引き受けることもある。後者のような問いだったら、たとえば「基礎知識として、PMBOK Guideくらいは一応お読みになってもいいと思いますが」とは申し上げている。

だが、PMの勉強としてPMBOKで十分かというと、答えはNOだろう。PMBOKは教科書風の第6版 にせよ、かなり改変され簡略化された第7版にせよ、あらゆる種類のプロジェクトに適応可能なように、非常にジェネリックな記述をしてあるため、自分の仕事に展開応用するには、カスタマイズのための知識が必要だ。

それに、率直に言うが、プロジェクト・マネジメントというスキルを身につけるには、本を読んで知識を得るだけでは足りない。自分で考える訓練が必要で、だからPMPの資格試験でも実務経験を必須としているのだ。

  • 学びに必要な時間と期間

当たり前だが、マネジメント業務の中核には、決断を下す、人を動かす、問題を解決する、などの仕事がある。だから意思決定能力、コミュニケーション能力、体系的な思考能力などが必須になる。これらは良い先生や手本となる人について学ぶ方が良い。

ということで、個人的な学びに対しては、このサイトでもときおり告知している、日本テクノセンターや浜松ソフト産業協議会主催の、有償セミナーなどをご案内することもある。1日ないし2日間のコースだ。でもわたし自身としては、より多面的に、かつインタラクティブにすすめるために、もう少し時間がほしい。大学のPM講義では1学期間・全15コマ(1コマ90分)を教えるが、本音ではそれくらいのペースが必要だと思う。

ちなみに、わたしが静岡大学でプロジェクトマネジメントの講義をはじめて、今年で7年になる。教えているのは大学院・総合科学技術研究科工学専攻の「事業開発マネジメント」コースである。

このコースは通称、MOT (Management of Technology=技術経営)と呼ばれる学科で、言ってみれば『理系向けのビジネススクール』のような位置づけのカリキュラムになっている。同様の学科は全国の国公立・私立大学に20あまり存在し、その多くが2000年代に設置されたものだ。

文化系のビジネススクールと同様に、MOT学科は主に社会人向けの大学院という位置づけであるため、土日や平日夜間の授業が中心になっている。わたしの「プロジェクト・マネジメント」科目は、1学期分・15コマだが、浜松キャンパスまで平日夜に毎週通うことは難しいため、月1回・土曜日に4コマを集中講義するスタイルで行っている(秋学期で10月〜1月までに4日間、最後の日だけは3コマ分)。

受講生の多くは社会人なので、講義する側も楽しい。わたしはこれまで、法政大学の学部3年生と、東京大学の大学院生に対しても、1学期間のPMを、それぞれ10年近く教えた。それはそれで面白かったが、学生や院生は、人と一緒に働いた経験が少ないし、その苦労もあまり知らない。でも社会人を2年でも3年でも経験すると、プロジェクトがずっと身近な問題と感じられるようになる。なのでPM能力の必要性も、身にしみて分かる。

学びの場において大切なのは、同じ意欲や問題意識をもった仲間の存在だ。何かを勉強すると言っても、社会人の場合は忙しいし、費用面の制約もある。だから仲間がいる方が、ずっと脱落しにくくなるのだ。そして、教える方もずっとやりがいが出る。

  • プロジェクトの不安定性について

先週末は、静岡大学での今年度の最後の講義日だった。そこで受講生の方と議論したトピックを一つ、紹介しよう。まさにちょうど、PMBOK Guideがカバーしていない論点であった。それは、プロジェクトの安定性に関することだ。

プロジェクトは、意思決定の連続である。プロジェクトの始まりの日から完了の日まで、プロマネはたえず、様々な決断を迫られる。設計はAでいくかBにするか。ツールはXを選ぶかYにするか。発注先はN社がいいかM社がベターか。客先に追加を要求して揉めるべきか、我慢して見かけは平静な関係に続けるべきか・・

一つひとつの決断において、分かれ道があり、結果がプラスになったりマイナスになったりする。プロジェクトの採算を指標にした場合、黒字が増えたり減ったりする。それは言ってみれば、沢山の分岐のあるネットワークを通過していくようなものだ。あるいは、もっと卑近な例にたとえると、パチンコの玉が、並んでいるピンの列の間を、左右に転がり落ちていくようなイメージかもしれない。

しかし、だとすると、プロジェクトの結果というのは、ある平均値の回りに、適度な分散を描く正規分布的な形になりそうなものである。ななめの格子状に並んだピンにパチンコ玉を上から落とせば、結果はそうなる。左右の分岐確率に違いがあっても、二項分布になるはずだろう。

ところが、実際にはそうならないのだ。わたしは勤務先で、プロジェクト・マネージャーが毎月出してくるMonthly PM Reportをレビューする仕事を何年もやったが、むしろ、プロジェクトは良い方とわるい方に、二極分化していくのである。

良い方のプロジェクトは、レポートを見ると、先月はこんな風に客先と合意できた、翌月は発注先も適切なところを選定できた、翌々月は設計が予定より早く終わりそうだ、という具合に、良い出来事の報告が続いていく。

ところが、逆のパターンもある。まずいプロジェクトでは、先月も客先から強引なクレームをもらった、翌月はサプライヤーの品質でトラブルが起きた、翌々月は現場への動員が予定より遅れた、という具合に、苦しいことばかりが続くのだ。こうなると、レビューする側でさえ、PMレポートを開けるたびに、ため息をつくことになる。

  • 現在のモダンPM論に足りないもの

その仕事を続けるうちに、わたしは、プロジェクトとは山上のボールのようなものだと、感じるようになった。谷間に置いたボールは、左右どちらの方向から力を受けても、元の位置に戻るような性質がある。安定なのだ。しかし、山の上に置いたボールは、左右どちらかからちょっとでも力を受けると、逆の方向に転がり、いったん転がりはじめると、その方向に加速度をつけて進んでいく。
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プロジェクトも同じだ。良いプロジェクトは良い結果の方向へ、まずいプロジェクトは困難な結果の方向へ、二極分化していく。不思議なことに、PMレポートには、今月は良い、翌月はまずい、翌々月は良い、という風に、良し悪しの間を行き来するものは無かった。どちらかに偏っていくのだ。

これはつまり、プロジェクトという対象が、制御工学的なダイナミクスの点では、不安定であることを示す。では、どのようなメカニズムで、それは不安定になっていくのか。安定にするには、どうしたら良いのか。今のところ、このような観点からプロジェクト・マネジメントを論じた研究や指南書は、見た記憶がない。もちろんPMBOK Guideにだって、書いてはいない。

わたしの勤務先では、IT Grand Plan 2030という長期的なIT技術開発のロードマップを発表している。その中では、「プロジェクトデジタルツインの構築とシミュレーション(将来予測) 」という項目も、目指すべき目標として謳っている。これはつまり、プロジェクトのシミュレーターを作って、その着地点(完了期日と完成コスト)を予測しようという構想だ。ちょうど台風の進路予報のように、プロジェクトの経路と着地点を予測する。ただしそれは台風の予報円のように、幅を持った予測になるだろう。

これを実現するには、プロジェクトのダイナミクスを予測できるためのモデリングが必要である。そして、それはプロジェクトの本質的な不安定性も、再現できなければならないはずだ。

だが今のところ、PM分野における着地点予測手法は、EVMS的なモデルがベースにあるから、基本的に確定的なものだ。せいぜい、ちょっと乱数シミュレーションを付加した程度のものである。こんなモデルを何万回動かしたしたところで、平均値の回りに正規分布する安定な結果しか出てこないのは、見えている。

おわかりだろうか。現在のPM論には、何か大事な部分が欠けているのである。
材料科学に携わる人たちは、「第一原理計算」という方法論を使う。これは固体の性質を、量子力学の原理(波動方程式)に基づいて計算する手法である。あいにく、PMの世界には、まだ第一原理も、そのダイナミクスを表す方程式も存在していない。

プロジェクトは人間同士の営みであり、数理モデルが万能だとは思わないが、それでも参考にはなる。わたし達がプロジェクト・マネジメントに悩むとき、そして世の中の知識体系や教科書を勉強しようと志すとき、じつはまだ、これは第一原理さえ確立していない分野なのだ、と肝に銘ずるべきではないだろうか。


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by Tomoichi_Sato | 2023-01-24 06:14 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)
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