今年の正月は、5日と6日も休んで、比較的長く休暇をとった。昨年、比較的多忙だったので、少しは休養を取りたいと思ったからだ。しかし残念ながら、やるべき宿題を抱えていて、あまり十分に休めなかった。いや、もっと正直に言おう。わたしはじっくり考える時間を取りたかったのだ。だが年末年始の間も、やるべきことに追われて、あまり考える時間を取れなかった。 忙しさに追われて、考える時間がない。これはわたし達の社会の、共通の病気かもしれない。忙しいから、深く考える暇がない。深く考えないから、その場しのぎの仕事が増えていく。結果としてあまり大きな成果が上がらず、瑣末な問題ばかりが増えて、その解決に時間が取られる。おかげで深く考えることができないから… ここでは問題状況が、因果関係のループを形作っていることがわかる。わかりやすく言うと、卵と鶏の関係である。では、このような問題は、どう解決すべきか。 ここで1つ、逆手を思いついた。本サイトにおいて、しばらく、思考とモデリングの技術についてテーマに取り上げ、考えを整理していこうと思うのだ。というのも、本サイトの文章を書くことも、わたしにとって、取り組まねばならない宿題の一種だからだ。 高名な国際的経営コンサルタントだった故・今北純一氏との対話について、ちょっと前に書いた。20年以上前、日本を遠く離れた異国の地で、日本の不況に関し、わたしは率直な自分の意見を答えたのだが、あの問答には、じつは続きがある。今北さんは、なぜ日本がそんな状況に陥ってしまったかについて、わたしの見解を尋ねられたのだ。 その時、わたしは答えた。「考える力の低下が、不況の根本の原因だと思います。」この考えは、今も変わっていない。 考える力の喪失、とくに深く考える力が弱まっている。そのことが、わたし達の社会における、組織や個人の行動の有効性をかなり損なっている。日本人が働かないから、怠惰だから、不況になったのではない。皆、必死に働いているのだ。それなのに成果が上がらない。エネルギーが、どこかで無駄に浪費されている。そして皆、頑張ることに疲れ果てている。 長い不況を脱し、自信と希望を強めるためには、深く考える力を再興する必要がある。その事は明らかだ。 ところでこう書くと、「ではなぜ、考える力は低下したのだ?」との質問が出てくるだろう。そして教育制度だとか、国民性だとか、多忙のせいだとか、いろいろな原因説明が行われる。 でも多忙については、すでに書いたように、原因と結果の関係が卵とニワトリのようにループになっている。他の原因説明についても、やってみれば分かるが、似たような結果になる。それら複数のループが、「思考力の低下」と言う点で交錯しているのだ。 わたし達が考えるのは、問題解決のためである。だったら、思考能力を高めるためには、問題解決技法を学べば良いではないか? 調べてみたらすぐにわかるが、問題解決技法については、すでに書籍や方法や、セミナーコースの広告やらが、うずたかく積み上がっている。あまりたくさんありすぎて、どれを選んだらいいかが、むしろ問題だ。で、この問題を解くにはどうしたら良いかというと… でもここで1冊、とても良い本を紹介しよう。「問題解決大全」。著者の名は、読書猿。ペンネームで、正体は謎のブロガーだ。でもこの人は図書館の中に住んでいるんじゃないかと思うほど、非常に浩瀚な読書歴を誇っており、その守備範囲も広い。 本書のサブタイトルは「ビジネスや人生のハードルを乗り越える37のツール」である。そして37種類の技法が詳細にわかりやすく解説されている。 ただしこの本が真にユニークなのは、全体が、第一部「リニアな問題解決」と第二部「サーキュラーな問題解決」に分かれていることである。 著者は世の中の問題解決技法を、その問題認識に従って2種類に分類する。1つ目は、リニアな問題意識、すなわち、「原因→結果」がリニア(直線的)につながっているという立場である。2番目は、原因と結果が、ループのように円環を描いている、と考える立場だ。問題解決技法をこのように分類する視点を、わたしは他に知らない。 問題とは「目指すべき目標と現状のギャップである」、としたハーバート・サイモン(ノーベル賞受賞の経営学者)の定義は、よく知られている。サイモンの認識に従えば、ギャップとなる障壁を解決するための道具や手法を用いて、進めば良いことになる。 この問題認識の延長線上には、「ロジックツリー」や「特性要因図」といった分析技法が出てくる。とてもアメリカの経営学的な、論理的でわかりやすい、かつトップダウンな方法論にフィットした考え方である。 これで解決できる問題はもちろん多いので、身に付けておくべき基本だとも言える。ただしこのサイモンの定義は、リニアな問題認識である。「なぜ」を5回繰り返す「なぜなぜ分析」も、リニアな手法の1つだ。 だがリニアな問題解決技法は、原因と結果がループを描いている種類の複雑な問題には、なかなかうまく適用できない。ここに、「サーキュラーな問題解決」と言うカテゴリーを持ち込んだ点こそ、著者の独創性があると思う。 ただし本書には37の技法が開設されているが、サーキュラーな解決技法は全体の3割しかない。やはりリニアな技法のほうがずっと多いのだ。しかもサーキュラーの問題解決技法の多くは、問題の定義や理解、そして情報収集に比較的集中していて、解決策を見いだす部分がやや弱いと言える。 一例を挙げると、TOC理論で有名なゴールドラットの「現状分析ツリー」(Current Realty Tree=CRT)がある。これ自体は図解を使ったわかりやすい技法で、例えばわたしが講師を今年度から手伝い始めた、社会人のための「ストラテジックSCMコース」(日本ロジスティクスシステム協会)でも長年、問題分析にこの方法を教えてきている。しかし実際に人にこれを描いてもらうと、リニアな因果関係図を作って満足してしまう事が多い。 とは言え、かなり幅広い分野の問題解決技法を概観できる点で、この「問題解決大全」はとても有用な本だ。いや、むしろこの本の1番価値のある部分は、著者による前書きではないかと思う。 この前書きの中で著者は、なぜリニアとサーキュラーと言う2つの区分を設けたかについて解説している。さらに、有限の問題解決技法が、無限に出てくる問題を解決できるためには、それ自身が「方法を生み出す方法」でなければならない、と指摘している。 加えて、問題解決者はその結果についての責任を、「運不運」の影響も含めて負わなければならない、だから問題解決には意志の力が必要であるという。「問題解決を学ぶ事は意思の力を学ぶことである」(p.11)との主張は、奇しくも、先にふれた故・今北氏の考えにも通じている。本書は、この比較的長い前書きを読むためだけでも買う価値がある。 ついでに言うと、深く考える能力を育てるためには、ある程度込み入った知識・文章を理解することが必要になる。だが忙しすぎる人、考える能力が低下している人は、長い話を呑み込む能力が、あまり無い。なので、ごく手軽な方法に飛びついたり、手近な成功例をそのまま真似たり、しがちである。ここにも因果のループが生じているのがわかるだろう。このように問題事象のあちこちに因果のループがあると、こじれてほどけぬ結び目のように、変革がとても困難になる。 要素と要素の間の、インプットとアウトプットの関係が、環状のループを形成している仕組みを、「システム」と呼ぶ。システムをどのように作り、どのように動かしていくか。これがシステム工学の課題である。だからこそ、思考とモデリングの技法を考える事は、すなわち、真に役立つシステム工学を考えていくことに他ならないのである。 <関連エントリ> →「問題解決への出発点とは」 https://brevis.exblog.jp/30196826/ (2022-12-14) →「意思を持つために――未来はわたし達の意思がつくる」https://brevis.exblog.jp/30153969/ (2022-10-25)
by Tomoichi_Sato
| 2023-01-10 11:26
| 思考とモデリング
|
Comments(1)
Commented
by
pometjing at 2023-01-12 14:40
初めまして。
MOSDEX裁定取引プログラムのパートナーシップマネージャーをしております、ケヴィンと申します。MOSDEX裁定取引プログラムは裁定取引市場にて急成長中のプラットフォームです。 当社の調査チームが、お客さまにMOSDEX紹介プログラムという当社の提供している紹介プログラムのインフルーエンサーになっていただける可能性を感じたため、本日メールを差し上げております。このプログラムは、他の方に当社の取引モジュールをご紹介いただくだけで収益性の高い不労所得が手に入る仕組みとなっております。紹介キャンペーンにはいくつかのレベルがあり、レベルが上がるほどに得られる報酬も大きくなります。 Mosdexは安心安全な裁定取引を提供するプラットフォームで、ユーザーの皆さまはリスクを負うことなく不労所得を得ることができます。非常に高度な自動裁定取引エンジンが特徴で、通貨を市場価格の低いタイミングで購入し、高いタイミングで売却する仕組みになっています。リスクフリーの裁定取引と日々の報酬においてユーザーの皆さまに換金能力を提供するプラットフォームです。 ご紹介を通じてお客さまご自身とご紹介された方々が収益化を図り、報酬を獲得していただけるプログラムとなっております。お問い合わせいただけましたら、PRO5レベルからスタートできる権利を差し上げます。 本紹介プログラムの詳細につきましては、https://docs.mosdex.com/referral-program/referral-programまでアクセスください。 もしこちらのオファーにご興味をお持ちいただけましたら、TelegramのmosdexKevinまたはメール(hello@mosdex.com)にてご連絡いただけますと幸いです。(https://Email:hello@mosdex.com/) ご質問等ございましたら、お気軽に本メールにご返信ください。 よろしくお願いいたします。 ケヴィン
1
|
検索
カテゴリ
全体 サプライチェーン 工場計画論 プロジェクト・マネジメント リスク・マネジメント 時間管理術 ビジネス 思考とモデリング 考えるヒント ITって、何? 書評 映画評・音楽評 English articles 最新の記事
記事ランキング
著書・姉妹サイト
ニュースレターに登録
私のプロフィル My Profile 【著書】 「世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書」 「時間管理術 」(日経文庫) 「BOM/部品表入門 (図解でわかる生産の実務)」 「リスク確率に基づくプロジェクト・マネジメントの研究」 【姉妹サイト】 マネジメントのテクノロジーを考える Tweet: tomoichi_sato 以前の記事
ブログパーツ
メール配信サービス by Benchmark 最新のコメント
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||