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スマートな台所は可能か・その(2)〜スマートなのは人間である

(前回から続く)
あなたは中堅ハウスメーカーの主任エンジニアだ。新しい「スマートなキッチン」の開発を指示されて、悩んでいる。最新式のスマートな調理器具を揃えたって、センサやIoT・AIでデータを集めたって、それだけで真にスマートなキッチンが実現しそうに思えないのだ。気分転換のためにカフェテリアにきて、厨房の中のトラブルを見ながら、あなたには急に気づいたことがあった。

そもそも炊飯器にマイコンがついていようがいまいが、一番大事な判断は、料理する人間がしているのだ。つまり、人間という、感覚も記憶も判断もそなえた、高度な情報処理機能をもつ存在が、システムの中心に居るのだ。マイコンのない単純な機械では、人間が情報処理の全ての役割を負っていた。センサとPLCを抱いた機械は、そのある部分を、機械側が代替してくれる。だが、それでも「スマートさ」の主要な部分は、まだ人間にあるのだ。

そして、そのスマートな人間が、様々な機械設備や道具類、そして什器や建築空間といった様々な要素の、インテグレーション=統合の中心にあるのだ。つまり、「システムとしてのキッチン」を考えたとき、それを統合するのはユーザとしての人間である。そして、その人間の『統合能力』というか、統合の強さは、その人間自身がどれだけ主要な情報処理に集中できるかにかかっている。つまり、人間がスマートに、創造的に働ける場こそ、真にスマートなキッチンと言えるのだ。

そのためには、神経系統に相当する通信が大事なのだ。そのことは、客とのトラブルでバタバタしている厨房を見れば分かる。それぞれのオーダーの調理の状態を知るには、現場を見て回らなければならない。末端の状態を知るために使える情報媒体は、視覚と、せいぜい音などの聴覚しかないのだ。

とすると、通信でキッチン内の各種デバイスからモニタリング・データを取る仕組みが、やはりほしくなるな。それをタブレット画面に表示して「見える化」するアプリだって可能だろう。じゃあ、センサの設置が必要なのだろうか。あるいは調理機械との通信が。ただ、調理機械に通信I/Fなんてあるのだろうか。LANケーブルのコネクタなんて見たことがないぞ。

仮にあったとしても、それでユーザの情報処理の負荷を下げられるのだろうか? 家のキッチンの広さなら、見渡すだけで状況把握には十分ではないか。どこかで、思考がどうどう巡りになっている・・なんで自分はこんな奇妙な難題で、頭を悩ませているのだろう。それよりまずは、「スマートな役員」を開発してくれよ。あなたはそう叫びたい気持ちになる。

そのうち、カフェテリアの客とのトラブルは収束に向かったように見えた。どうやら料理のできばえにクレームがつき、別の料理を慌てて作って出し直したらしい。こういうクレームって、やはり日報とかに記録するのかな。ただ、メニューの品目は多くても、働く人はすべてのレシピを覚えていて、瞬時に対応できるのだ。

そうか。キッチンというのは、ほぼ究極の多品種少量なのだ。その日の天気と、材料と、気分と、家族の体調で、作るものを考えなければならない。それにあわせて材料も買い出しに、つまり調達に行かねばならない。

幸い最近は、レシピはネットでいくらでも検索できるようになったが、それでも、それぞれのレシピで、ちょうど良い火加減や時間と、味(つまり品質)との関係を覚えていかなければならない。また、作るまでの手順と、どれくらい時間がかかるかも推定する必要がある。料理とは、とても頭を使う仕事なのだ。

現状の把握と、過去の記憶と、出来上がるまでの手順と予測。つまり、現在・過去・未来が見えている事こそが、スマートであることの中核なのではないか。

だとしたら、ユーザに対して、現状把握・履歴記憶・手順表示などを助けられれば、料理を作る仕事に、より集中できるようになるのではないか。また、その時どきの材料・調味料の量、調理時間や温度などを、自動的に記録してくれたら、新しいレシピを工夫するといった、創造的な行為だってやりやすくなるはずだ。

とはいえキッチンの全ての機器や道具に、いきなりセンシングや通信機能を求めるのは無理だ。手をつけるべきはどれだろうか。やはりガスレンジと、それと冷凍冷蔵庫かも知れない。冷蔵庫は中が見えないし、何が入っているかも分かりにくい。レンジも温度は目に見えないから。

そして、そこから得たデータを処理するCPUとソフトが、必要になる。台所に置くならタフな工業用PCが良いかもしれない。ソフトのことは素人だが、ある程度クラウドに連携して、UIの表示画面はスマホに出せれば、なんとかなるかもしれない。現状の在庫、過去の調理の履歴、そして完成予定時間を入れれば自動的にレシピの手順を表示してくれるようなソフトにしよう。

ソフトには何か名前が必要だな。やはりお母さん(MOM)かな。いや、それでは性差別だといって抗議されそうだから、別の名にしよう。それと、料理は案外孤独な作業だ。ソフトが、キッチンの外にも、SNSなどにもつながるといいな。

あなたはオフィスに戻って、早速関連する技術者達とブレストを始めることにした・・

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ここまでお読みいただいた読者諸賢には、キッチンという隠喩でわたしが何を指しているか、すでにご想像がついていると思う。ただ、少しだけ補足しておこう。

単純な道具に、センサと通信系統とPLCなどの情報処理機能を付加したものを、世間では「スマート××」と呼ぶことが多い。スマートメーターなどがその代表例である。プログラムを動かせるので、従来よりも多機能になる。UIも改善できる。スマートフォンと従来型携帯(ガラケー)を比べてみれば分かる。

ただしそれは、道具レベルのスマート化である。じゃあ部分的に「スマートな」道具を集めて足し合わせたら、スマートな全体システムが現れるだろうか? スマートな人が集まったら、スマートシティが出現するのか。それはNOだろう。全体とは部分の単なる集合ではない。

システムという言葉自体は多義語だが、かりにも「スマート」なシステムというからには、そこに情報処理の機能が必要である。そして、ほとんどの場合、それを担うのはユーザとしての人間になる。

つまり、人間をその中核要素とするシステム、「システム=道具+人間」という見方ができるかどうかが、スマート化の鍵になるのだ。そしてスマートなシステム設計とは、ユーザという人間のふるまいも含めた全体の、機能と構造と制御を考える仕事なのである。

そしてこのような全体システムの設計を支える工学は、まだ確立されていない、というのがわたしの意見である。従来のソフトウェアSE流の設計理論では不十分だし、欧米におけるSystems Engineeringもまだまだ、発展途上に思える。こうしたシステムの設計(デザイン+エンジニアリング)を助ける、真に新しいシステム工学を、少しでも築いていけたらというのが、いささか大げさだが、わたしの課題意識なのである。

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<関連エントリ>
「システムの科学理論は、はたして確立できたのか」 https://brevis.exblog.jp/29844619/ (2022-02-20)

by Tomoichi_Sato | 2022-11-17 15:02 | ビジネス | Comments(0)
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