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スマートな台所は可能か・その(1)

あなたは、ハウスメーカーの主任エンジニアだ。会社は今度、新しく中部地方にできる『スマートシティ』に参入するべく、新製品の開発に取り組んでいる。そのあなたに与えられた命題は、「スマート・キッチン」の開発だった。我が社が生み出す次世代住宅の目玉になるはずだ、ライバル企業が考えもしないような、斬新かつ有用な台所を開発しろ。プロジェクトを取り仕切る専務に、あなたはそう厳命された。

しかし、スマートなキッチン、って一体何だ。あなたは席に戻って、いささか途方に暮れる。建築学科出身で、建築設備については空調も給排水も熟知しているつもりだ。チェーン店のセントラル・キッチン設備だって、設計を手伝ったことはある。排気や消毒清掃に、独自の工夫が必要だった。しかしスマート化なんて掛け声は、当時なかった。ましてあなたが取り組むのは、普通の家庭向け住宅なのだ。

たとえばそれは、ロボットの働くキッチンだろうか。ロボットに何か料理を命じると、すべて自動的に調理して配膳してくれる、ロボティクス・キッチン。しかしそんなこと、技術的にまだ無理だ。特定の料理だけなら、まあ可能かもしれない。それでも材料の野菜や魚肉類の、大小や鮮度に応じた下ごしらえなど、不可能に近い。ある程度、半加工した材料を支給しなければなるまい。それに、特定のわずかなメニューしかできない全自動の台所など、誰がよろこぶだろうか。

それでは、スマートな厨房機械を並べるのは、どうだろう。ガスレンジ、オーブン、冷蔵庫、電子レンジ、炊飯器、食洗機、フードプロセッサー。考えてみると現代のキッチンは、機械類のオンパレードだ。そうした機械は、たいてい前面のパネルから、スイッチをひねったりボタンを押したりして入力するようになっている。そうだ、これらをすべて統一して、スマホやタブレットからリモコン操作を可能にしたら良いのでは? ベストなUX(ユーザ・エクスペリエンス)を提供できるキッチンに・・

いや、だめだダメだ。キッチンなど端から端までほんの数m、手を伸ばせば届くのに、わざわざスマホから操作するまい。まさか出先からスマホで、家のガスレンジに火をつける訳にも行かないし。それに料理には必ず、包丁や盛り付けなどの手作業が残る。そこはスマホでは代用できないのだ。

そもそも、スマホによるUXにこだわるから、おかしな方向に行くのだ。むしろ最近の調理器具は、独自にいろいろと進化してきている。ガスレンジは揚げ物の温度調節ができるし、空だき防止機能もある。電子レンジは簡単な調理メニューをボタンで提供するし、冷蔵庫だって内容量と用途に応じて、細かな冷温制御をしている。だとしたら操作性、安全性、省エネと低炭素化をそなえた、スマートなキッチンにすれば・・

しかし、それって要するに、最新の調理機械が並んでいるだけで、まるで総合電機メーカーのショウルームではないか。そこに自分たちハウスメーカーとしての独自性が、どこにあるのか。我々の存在意義は住宅空間のプロデューサーであり、設備と建築のインテグレーターだ。ただ調理器を並べるだけでは、何もインテグレーションしていないことになる。

あなたは気分転換のために、カフェテリアにやってきた。そしてカップを片手にしながら、ついキッチンの中を眺めてしまう。広々と明るい厨房では、大勢の人たちが、キビキビと働いている。清潔さと明るさは、機能性と並んで、キッチンの命だ。だったら、いっそのこと家の中心にキッチンを置いて、トップライトで天井から自然光を入れたら? いやいや、それは意匠設計家の考えること。自分の仕事はキッチンの中の構成を決めることではないか。

いったい、スマートとはどういう意味のことなのか。センサやマイコン・PLCを内蔵した調理器をスマートと呼ぶのは、機械メーカーの自由だ。だが、単体でスマートなものを並べたからって、それで全体がスマートになるのか? 全体こそが、すなわち「システムとしてのキッチン」である。それって、システム・キッチンか・・いやいや、それとは断然、別のものだ。あれは什器や建具に統一した外観を与え、サイズ的に標準化したという商品だし。

ふむ。では、こうしたらどうか。各調理器具に、温度センサや重量センサをつける。まな板・流し台・配膳台の回りには、天井カメラを設置する。そして、センサのデータやビデオ画像を、WiFiとIoTでクラウド上のサーバに蓄積するのだ。そして、それをAIで分析すれば、美味しいレシピのパターンが発見できるかも知れない。この材料は、この温度が最適だ、というような。うむ。これなら、たしかにスマートなキッチンと言えるはずだ。いっそ、「データ・ドリブンなキッチン」と名付けても良いくらいだ。

ただし・・そのデータって、誰が分析するのかな? ご家庭の主婦だろうか。それはムリがあるな。じゃあデータ・サイエンティストを、我が社から配員するか・・しかし、稀少な人材はすでに社内でも取りあいになっているのに、そんなサービス業務で外に出せるだろうか。また、そもそも「美味しかった」という品質データは、どう入力するのか。まさか、ダイニングテーブルにもカメラをつけて、家族の笑顔をデータ化するのだろうか。

第一、ガスレンジのような単純な燃焼装置に、温度センサとPLCとデジタル表示パネルをつけ、記憶デバイスとプログラムによる制御機構をつけて「スマートです」と称するのだって、どうかと思う。それだったら、自分の専門分野だったビルのセントラル空調だって、十分スマートではないかと、技術者のあなたは思う。あれだって多数の温度センサーと制御用のサーバをそなえ、自動制御してくれる立派なシステムである。

センサという感覚器官と、通信という神経系統と、CPUボードという記憶と判断機構があれば、なんでもスマートと言い得るのだろうか? 

・・そんな風に考えているうちに、何やらカフェテリアの厨房で人がばたばたと行き来して、フロア係と深刻な顔で相談している。どうも客とのトラブルが発生したらしい。おそらく注文が遅いとか順番が違うとかで、短気な客がクレームしたのだろう。ありがちなことだ。

ただ、夕方にむけた仕込みの忙しい時間帯だから、どのオーダーがどこまで進んでいるのか、フロアの主任も厨房のシェフもつかめないのだろう。ワークロードも見えないので、オーダーを受けてもいつ出来上がるか、確約できないにちがいない。

これじゃスマートなキッチンとは言えないよな。そう思って一人笑いをしながら、あなたには急に気がついた事があった。
(この項つづく)



by Tomoichi_Sato | 2022-11-13 08:10 | ビジネス | Comments(0)
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