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エンジニアリングチェーンと製造の間に架ける橋 (+オンライン講演のお知らせ)

大学を卒業し、エンジニアリング会社に就職して最初に配属されたのは、設計部門だった。技術系の人間の配属先としては、設計部門、調達部門、建設部門、プロジェクト・マネジメント部門などがある。だが「エンジ会社」というだけあって、過半数は設計部門に配属される。ちなみに同期の大卒・院卒で総合職は100人居たが、事務系は10数名だった。そういう会社なのだ。

ところで『エンジニアリング』という言葉には、狭義と広義の二つの意味合いがある。狭義はもちろん「設計業務」の意味だ。だが広義には、プラントなどの対象物の「全体を実現する」意味にも使われる。その場合は、設計のみならず、調達・建設・PMなどの機能も含んでいる。だからこそ、「エンジニアリング会社」と呼ばれるのだ(この用法は、少なくともプラント・エンジニアリング分野では欧米など世界共通である)。

さて、新入社員のわたしは、設計部門、それも最上流の基本設計部門に配属された訳だが、数ヶ月も経たぬうちに、がっかりすることを知った。少なくとも石油精製プラントの世界では、中核となる反応等の製造設備の基本設計は、「ライセンサー」と呼ばれる欧米の技術開発型企業が、先に行ってしまうのだ。

じゃあエンジニアリング会社は何をするのか。その基本設計をデベロップする、あるいは中核設備を支える周辺的な設備を設計する。そして設計に基づいて資機材を調達し、工事会社に建設させる。全体プロジェクトをマネージする。これはこれで、重要な価値ある仕事だ。そう説明された。でも、うーん。基本設計は欧米がやるのかあ。わたしはちょっぴり、落胆した。(ちなみにこの事情は、対象分野によっていろいろ異なる。ただわたしの配属された部署は石油系がメインだった)

職業は何ですかと聞かれたら、「エンジニアです」と今でも答える。だが、わたしが次第にプラント設計の仕事から脱落(?)して、スケジューリングだとかプロジェクト・マネジメントだとかの仕事にシフトしていった最初のきっかけは、そこにあったのかもしれない。

設計部門は重要であると、たいていの製造業は考えている。新卒の最優秀な人材は設計部門に配属する企業も多い。ところで、その最優秀な若手にきくと、設計の仕事は案外つまらない、という感想がかえってきたりする。なぜか。たいていの企業では、すでに過去の多数の設計資産があるからだ。新規の仕事は、その流用設計である可能性が多くなる。あるいは発注先の仕事のチェックとデータの転記入力であるとか。

設計者の醍醐味とは、自分の知恵と創造力を発揮して、新しい製品の仕組みを構想するところにある。もちろん、それが可能になるためには、それなりの分野知識と経験が必要だ。新人が急にできる仕事ではない。だが、そういうキャリアパスが必ずしも見えないのが、多くの若手の悩みではないのか。それはとくに、基本技術を海外から導入した企業ほど、強いかも知れない。

ところで設計部門と製造部門との力関係は、企業や業界によって違う。設計部門が強くて、役員に上がっていくのは設計部門出身者ばかり、というところもある。逆に製造部門が強くて、下手な設計図を出したらボコボコにされる会社もある。

ちなみに欧米のエンジ会社は設計が強く、建設部門(=製造業の製造部門に相当する)は、出された図面と材料で働くだけ、という感じが強い。逆に日本のエンジ会社は、建設から逆算して、作りやすい設計を、必要なタイミングに出図する習慣が強い。後者の方が、プロジェクト全体としてはまとまりが良く、納期もコストも圧縮できる。

ただしそのかわり、複数部分の設計作業を並行して進めたりするので、上手にやらないと設計変更だらけになって、調達も建設も混乱し、全体が破綻する。錯綜した設計活動をまとめる業務を、「エンジニアリング・マネジメント」と呼ぶ。エンジ業界にはそのプロである「エンジニアリング・マネージャー」職種が存在する。

そういう眼から、製造業の情報化構造を規定した国際標準「ISA-95」を見ると、非常に奇妙なことに気づく。ISA-95には製造にまつわる様々な業務機能が定義され、その関係が規定されているのだが、その中に設計がないのだ。しいていえば、「製品開発」の中に含まれるといえるが、じゃあ工作機械や半導体装置メーカーや造船業が、注文を受ける度に設計する作業は、何なのか? あれを製品開発と呼ぶのだろうか。

ISA-95はERPとMESの界面を定めているが、設計はそのどちら側に位置するのか? そしてエンジニアリング・マネジメントの位置づけは? まことに不思議ではある。

国際標準ISA-95は米国生まれなので、おそらくその背後には、米国流の製造業観があるのだろう。それは何かというと、「エンジニアリング・チェーンとサプライチェーンは独立している」、という考え方である。製品企画から始まって、設計、量産準備、生産、そして改廃までの、製品のライフサイクルをつなぐエンジニアリング・チェーンと、受注から調達、生産を経て保守までのサプライチェーンは、独立した業務サイクルで動いており、両者は生産の一点でクロスする、という発想だ。

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このような発想は、iPhoneだとか電気自動車だとかコーラだとか、米国の得意とするB2C製造業の分野では、正しい。だが日本の得意とする工作機械・産業用ロボット・半導体製造装置・制御システムだとかいったB2B分野では、当てはまらない。

サプライチェーン全体を統制する基幹業務システムはERPである。その中で、製造業務の実行段階を担うITシステムがMESである(ISA-95の用語ではMOM)。エンジニアリングチェーンを統括するのはPLM(Product Lifecycle Management)と呼ばれる、設計系のツールである。部品表BOMは、ここから出てくる。

米国流の発想ならば、調達や生産の前に設計はもう終わっているから、ERPとMESだけが同期して連携すれば良い。BOMは事前にERPがPLMから受け取っている(だからISA-95では明示されない)。しかし、日本型のビジネスでは、受注後に個別に設計が関わるケースが多い。そしてその設計が、(たとえ流用設計だらけであったとしても)競争力のベースとなるのだ。だとしたら、エンジニアリングチェーンとサプライチェーンの統合、架け橋は、どのような姿であるべきか?

・・というような問題意識を持ちつつ、今年の6月にドイツのErlangenという街にあるSIEMENS社の工場を訪問した。SIEMENSはご存じの通り幅広い製品ラインを持つ重工メーカーだが、この工場ではまさに問題となる制御システム装置を作っていた。SIEMENSは、PLMソフトウェアも自社で持っている。MESも自社で売っている。ERPはもたないが、SAP社と提携し導入している。

そして彼らも、同じ悩みを持って、製造現場でこの問題に取り組んでいることを知った。なのでエンジニアリング協会で9月に開催したMESに関するシンポジウムでは、オンラインでドイツとつなぎ、その一端を紹介してもいただいた。ということで、そのお返しに(?)、SIEMENS社のオンライン・セミナーで講演させていただくことになった。いや、なりました(ここから急に「ですます調」になります、はい(^^))。

<記>

シーメンス 【サムライDX】Webinar 第4弾
 『次世代スマート工場を実現するために 〜 MESとエンジニアリングチェーンの重要性

 日時:2022年10月26日(水) 15:00-16:10
 費用:無料

いつものように、直前のお知らせになり申し訳ありません。
ただ、製造業における個別設計と生産の関わりについて、そしてまた製造のデジタル化について問題意識を持っておられる方に、ぜひ聞いていただきたい内容とするつもりです。シーメンス社のセミナーですが、わたし自身が同社のプロダクトを説明する訳ではありません(できませんし)。お伝えしたいのは、この問題の内包する難しさと、悩みつつも解決に前向きに取り組んでいる会社が、洋の東西にいるという心強い事実です。

関心ある大勢の方のご来聴をお待ちしております。


佐藤知一@日揮ホールディングス(株)

by Tomoichi_Sato | 2022-10-15 12:27 | サプライチェーン | Comments(0)
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