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プロジェクト・マネジメントを学ぶとは、どういうことか (+10/26・11/3 PM研修セミナーのお知らせ)

  • SIビジネスに将来はあるのか

「システム・インテグレーター(SIer)というビジネスは、本当に今後も存続できると思いますか?」——この問いを、わたしはときどき、IT業界の人に聞いてみている。

ご存じとは思うが、SIer(エスアイヤーと読む)は、ITシステムを受託開発する企業のことだ。分野は業務系システムが多いが、ECサイトや組込系のこともある。運用もときには受託するが、Integration(=まとめあげる)の語が指すように、構築が主な仕事である。そういう点で、同じIT業界でも、パッケージソフトを販売したりSaaS提供したりするビジネスとは区別される。

SIer企業は、デジタルに関わる高度な知識や技術を有しているし、今のDXブーム時代に、ユーザ企業から受託してシステム開発を行う、花形的産業であるはずだ。そのビジネスの将来性を問うているのだが、誰に聞いても答えは今ひとつ、かんばしくない。理由は、なかなか儲からないからである。

なぜ、儲からないのか。それなりに価格競争が激しい上に、ときどき手痛い赤字をこうむることがあるのだ。受託IT開発ビジネスは、毎回異なるシステムを設計し、作る商売だ。そういう点で、ビルや学校やマンションなどの建物を受託建設するゼネコン業界と、少し似ている。そして多重下請け構造である点も、建設業に近い。

毎回異なるものを作って提供する。それも複数の人間や企業が協力しなければならない。失敗のリスクもある。こういう仕事を『プロジェクト』という。SIとはプロジェクト・ベースのビジネスなのである。プロジェクトがときに失敗してひどい赤字になるのは、「プロジェクト・マネジメント」が上手くないためだ。だからIT業界は、プロジェクト・マネージャー人材を育てなければならない。こういう問題意識は、米国では90年代から広まり、日本では少し遅れて2000年代に言われるようになった。

  • プロジェクト・マネジメント(PM)への期待と不安

米国発で世界最大のPM団体であるPMI (Project Management Institute)が、'90年代初頭に策定した標準書「PMBOK Guide」が広く読まれ、それに基づく資格試験制度PMP (Project Management Professional)に大勢が取り組んだのは、こうした背景があるからだ。

だが、それでSI業界の問題が解決したのか? そこは難しいところだ。たしかに大手や中堅SI企業では、PMの考え方や手法を確立・普及するために、PMO (Project Management Ofiice)等と呼ばれる専門組織を作った。また見積時点でリスクレビューを行い、危ない仕事は受託しないようになった。そういう点では、一定の効果があったと言えよう。

しかし、まだ多くの案件で顧客要求と契約条件の折り合いに苦労している。またプロジェクト規模が大きくなると、外注先の納期や品質のコントロールに手を焼いているのが実情だ。

他方、受託開発の赤字で火傷を負った中堅以下の企業では、自社でのプロジェクト・マネジメントをあきらめ、ITエンジニアの実質的派遣業であるSES (Systems Engineering Service)にシフトした会社も少なくない。しかしこれはこれで、人材のモチベーション維持が難しくなる。業界は若手の人材流出に悩んでいる。

このような状況になった理由の一端は、PMBOK Guideだけを学んでも、あまり現実の役に立たないからだ。そういう声が次第に、米国でも強くなったようだ。日本と米国では、IT業界のあり方が大きく異なるが、ITプロジェクトが難しい点は、共通している。米国のPMやBA(ビジネス・アナリスト)の大会に参加すると、それを肌身で感じる。

かくてPMBOK Guideは、昨年の第7版から、内容を大きく改訂した。それは初期の"Do things right"=効率的なプロジェクト遂行、から、"Do right things"=プロジェクトのアウトカム重視、へのシフトだった。この変化の背景には、IT業界の不満があったはずだ。アジャイル手法を大きく取り入れたのも、その一例だ。ただしその分、プロジェクト・マネジメントの技術論が薄れ、背景に退いたと言えなくもない。そして前景の主文の方は、なんだか米国流の精神論を読んでいるような感触におそわれることがある。

  • 新しい、日本人向けのPM教育へ

わたしが主催する「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」で、PM教育分科会を立ち上げ、新しいプロジェクト・マネジメント教育の仕組みをつくり始めたのは5年ほど前のことだった。活動の背景には、既存のPM教育や標準書に対する不満があった。対象分野はITに限らないつもりだったが、興味を持って参加してくれたメンバーの多くは、IT系のエンジニアだった。

ただし、最初に決めた方針が一つあった。それは、「火消しの演習」にはしない、ということだ。IT業界にはどこか、プロジェクト・マネージャー=プロの火消し人、といったイメージが残っている。でも、火事を防ぐのがプロマネ本来の仕事のはずである(ちなみに火消しの方が目立つので会社で評価されやすい、という状況はあるが、それは人事評価に関する別の問題だ)。苦労しない方が、自分にとっても関係者の誰にとっても良い事である。

そこで、わたし達が重視したのは、プロジェクトの状況を把握し、問題を予見(予防)する能力の醸成である。そのためには、プロジェクトの構造を理解しなければならない。どういう要素から成り立ち、どこをどう押すとどう動くのかが、ある程度客観的・定量的に見通せなければならない。そこには技術的な頭の働かせ方が必要である。

  • プロジェクトを目に見えないシステムとして理解する

もともと現代PM理論の発端は、1950年代の米国にさかのぼる。大きくて複雑なプロジェクトも、単位的な作業(Activity)のネットワークによって表現(合成)できる。このことに気がついたのは、化学プラント建設に携わっていたデュポン社の人達だった。

それ以前は、プロジェクトを全体ひとまとまりを事業として、マネージしようとしてきた。それを単位要素とその機能的なつながりとして、すなわち目に見えないシステムとして理解し、予測できると気がついた点が、真のブレークスルーだった。

ほぼ同時期、海軍のポラリス・ミサイル開発プロジェクトに関連して、コンサルのブーズ・アレン・ハミルトン社が、プロジェクトを構成するActivityの期間や費用に三点見積法を導入することを思いついた。彼らはこの手法をPERT (Project Evaluation and Review Technique)と名付けた。PERTは後にデュポン社のCPM (Critical Path Method)と組み合わさって、PERT/CPMと呼ばれるようになった。

プロジェクトの構造を理解するとは、Activityのネットワークとその挙動を理解することである。これはまさに、システム工学に他ならない。だから本当は、システム・エンジニアこそ、PMに最も適した人達であるはずなのだ。

わたし達のPM教育の仕組みは、何回かの試行錯誤を経て、Activityのカードを実際に目の前に並べて、ネットワークを作る演習に仕上がっていった。手を動かすことで、本当に頭に残る事柄もあるのだ。もちろんネットワークを作るのが最終目的ではなく、それを見て、どこに弱点があり、どう改善すべきかを考えられるようになることがゴールである。
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  • お知らせ:10月26日・11月3日に2日間コースのPM研修を開催します

という訳で、お知らせです。10月と11月にかけて、われわれの研究部会が開発したカリキュラムによる2日間コースのPM研修を開催します。今年は4年目で、毎年バージョンアップしてきていますので、内容は自信を持ってお勧めできます。

初日は、静岡大学名誉教授の八巻直一先生によるPERT手法入門と演習です。八巻先生は日本のOR学会の大家ですが、実は元々ソフトウェア企業の経営者から学者に転じられた方なので、実務にも良く通じておられます。

二日目(祝日)は、わたしと串田悠彰氏が、PERT/CPMのケーススタディとリスクマネジメント演習を行います。串田氏もソフトウェア企業出身です。ケースは生産管理システム導入を題材とする予定ですが、もちろんIT以外の業種の方でも参加できるよう、工夫しています(例年、とくに製造業の開発設計に関わる方が参加されています)

有償セミナー、かつ直前のお知らせになってしまい恐縮ですが、まだ残席がありますので、ご興味がある方はぜひご参加ください。今年はハイブリッド開催ですので、浜松の会場参加も、オンライン参加でも可能です。また(自分で言うのも何ですが)講師との、Q&Aによるライブな意見交換も、セミナーならではの価値だと思っています。

開催案内と申込みは、下記をご参照ください:

プロジェクト・マネジメントに感心のある皆様の、積極的なご参加を心からお待ちしております。


佐藤知一@日揮ホールディングス(株)

by Tomoichi_Sato | 2022-10-06 22:48 | プロジェクト・マネジメント | Comments(1)
Commented by Tomoichi_Sato at 2022-10-14 09:39
以前もあったことなのですが、なぜか同じ記事が2重ポストになっていたため、片方を削除しました。Exciteのエディタの問題ではないかと疑っています。

佐藤知一
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