(前回からの続き) わたし達の作り上げた、『Auto Plot PATHFINDER』と名付けたレイアウト自動設計のシステム構成は、以下のようになっています: ![]() レイアウト自動設計システム『Auto Plot PATHFINDER』の機能構成(前回記事の再掲) 全体は大きく4つの機能モジュールからなります。 最初の「①機器グループ化」は、プラントのPFD (Process Flow Diagram)と、機器リストを主要なインプットとして、機器のグループ化を行います。PFDとは、プロセスシステムを構成する機器類と配管による機能的関係を図化したもので、いわば化学プラントの回路図に相当します。この回路図PFDは、業界内ではほぼ世界共通の記法で描かれています。機器リストとは、PFDの構成要素である機器の各種諸元データを並べた、一種のデータベースです。 プラントの全体を「ユニット」と呼ぶ機器グループに分割する作業は、従来プロセス・エンジニアが、機器間の機能的連関性を判断しつつ、行ってきました。これはこれで合理的だったのですが、今回わたし達は、Graph Clusteringの手法を用いて、より精密なグループ化をすることにしました。そして、従来よりも細かな単位の機器グループに分割することで、最適化の余地を高めています(この手法は当社の特許です)。 今回は、ある化学プラントを題材に、結果を示します。本プラントは137基の機器と、それらをつなぐ513本の配管からなります。我々はグラフ・クラスタリングにより、これらを27の機器グループに分解しました。 次の「②単位面積計算」とは、①で分割した各機器グループの所要面積を計算するモジュールです。この計算は二段階からなります。 まず、各機器それ自体の必要な専有面積を、基本的なサイズ等の諸元と、その機器回りの配管等の取り回し、ならびにメンテナンスのためのアクセス性を考慮して、3次元的な空間とその投影面積を出します。たとえば、先にお話ししたように、熱交換器は定期的に中のチューブバンドルを引き抜いて、洗浄しなければなりません。そうした引き抜きスペースも考慮に入れるのです。 次に、機器グループ内での相対的な位置を計算し、グループ全体が必要とする形状・面積、そしてパイプラックへのアクセス方向を割り出します。ここに、ベテラン・エンジニアの設計ノウハウを形式知化(ルール化)した知識が活きるのです。 「③最適なグループ配置」では、遺伝子アルゴリズムGA (Genetic Algorithm)を用いた多目的最適化エンジンを回します。インプットとなるのは、機器グループの形状・所要面積、対象エリアの全体形状、そしてパイプラックのトポロジーです。 パイプラックとは、プラントにおける配管用の通路で、多くの場合は中心軸にメイン・パイプラック、そして、そこから垂直に枝のように張り出したサブ・ラックからなります。 今回のケースでは、敷地の南北方向(縦方向)にメイン・パイプラック、そして西(左)側に1本のサブ・ラック、東(右)側に2本のサブ・ラックがあるようなトポロジーを与えています。4本のラックの太さは決めてありますが、絶対的な位置や長さは決めず、最適配置計算の中で自動調整していきます。 多目的最適化計算においては、配管コストとエリア面積の2つの評価関数をとり、全部で30ケースの希求水準を設定して、GAを回してみました。その計算結果を下図に示します(ただしデータが多いため、一部のケースのみを抽出しています)。図中の各点は、それぞれのレイアウト結果を表します。色はGAの世代によって分けています。◆は、満足化トレードオフ法で設定した「希求点」の例です。 遺伝子アルゴリズムGAは、世代を重ねる毎に、希求点に向かって近づいていこうと進化します。この図では、右上から左下に向かって、いくつかの進化系列が見て取れます。しかし、あるところまで進んでいくと、見えない壁にぶつかったように、進化が止まってしまいます。それは問題の性質上、超えられない限界です。 たとえば縦軸はエリアの面積ですが、これは機器グループの面積の合計より小さくなることは、理論的にあり得ません。また横軸の配管物量(配管径と配管長の積和)も、ある種の最小値があるはずです。しかもトレードオフがあるため、両者は同時に最小化できませんから、全体としてはグラフで左上から右下にかけて、「見えない壁」として下に凸のカーブが存在するはずです。これを多目的最適化のパレート境界 Pareto Frontといいます。 パレート境界上にある点は、どれも「最適解」(非劣解)です。このように多目的最適化問題では、全体最適の解がたくさんあるのです。たとえば上図の点A・B・Cは、いずれもパレート境界近くの設計結果を示していると考えられます。そこで最適解の中から、「さらにベストな」答えを探さなければなりません。ここから先は、定性的評価の出番で、まさに計算機ではなく人間の存在価値が活きてくる場面です。 そこでわたし達のAuto Plot PATHFINDERシステムでは、グラフ上に表示した任意の点を選択して、その配置イメージを表示できるようにしています(「④ 3D可視化」機能)。たとえば、代表的なレイアウト結果のA・B・Cを見てみましょう。パターンAは配管コストが比較的低く、プロット面積が大きくなっています。一方Cは小さな面積ですが、そのかわりに配管コストが高くなります。BはAとCの中間のスコアを持っています。このように個々の配置は大きく異なり、様々なレイアウトが自動生成されているのです。 エンジニアは、これらの3Dイメージを見て、操作性・保守性・安全性・建設性などの観点から、その良し悪しを吟味します。そして、必要があれば、一部の機器の位置を修正したり固定したりして、再度、最適化エンジンを回すこともできます。またOKであれば、配管の自動ルーティング・システムに持ち込み、さらに本格的な3D-CADシステムで詳細モデリングに進むことになります。 冒頭に申し上げたとおり、従来、Plot Planの作成には、熟練技術者でも2~3ヶ月の時間を要し、かつ複数ケースを作成・比較することは、ほとんど困難でした。本システムによって、ようやく複数の最適解を選択肢として選ぶことができるようになりました。複数の3Dモデルを比較・選択することで、設計の質を向上させ、また人間の発想に縛られぬアイデアを得ることができるのがメリットです。 以上をまとめます。本システムの特徴は、次の通りです。
そしてもう一つ、機械学習ではなく、多目的最適化技術による設計問題へのアプローチであることも協調しておきます。「AI設計」という標語を、我々も社内で使ったりするのですが、今、世の中で言われているAIとは主に機械学習です。機械学習は原理的にパターン識別であって、そのままでは設計問題には使えません。設計ルールに従い、解を自動的に生成し、それを進化・強化していく方法でなければ、自動設計のツールにはならないのです。 2018年末に、当社は「IT Grand Plan 2030」を発表しました。本システムによるプロットプランの自動設計は、設計のイノベーション・プログラムの重要なマイルストーンに位置づけられます。開発と実用化までには、3年半かかりましたが、少なくともエンジニアリング業界の最先端を行くツールであると自負しています。 そしてなにより、Auto Plot PATHFINDERは、単なる設計作業の効率化ツールではなく、最適設計ツールであることを申し上げて、本報告を終わりたいと思います。 (以上) <関連エントリ> (2022-09-26)
by Tomoichi_Sato
| 2022-10-01 18:48
| 工場計画論
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