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コストセンター論を超えて

  • コストセンターとサービス・レベル

『コストセンター』論について、このところ2回続けて考えている。「価値を生まないコストセンターは企業にとって重荷である。できれば外注化し、せめて子会社化してコストカットをはかるのが、正しい経営のあり方である」という信憑が、わたし達の社会の通念となってきた。

そしてこの通念こそが、実はさまざまなあり方で日本の産業界を歪め、その競争力を低下させる結果を生んできたのではないか?——これがわたしの問題意識である。これについてはずっと以前から考えており、9年半前にも「コストセンターとは何か」 (2013-03-13)を書いて、小さな警鐘を鳴らしたつもりであった。記事の中で、わたしは次のように書いた:

コストセンターは、サービス・レベルとコストに対して管理責任を持つ組織である

ところで、この『サービス・レベル』という言葉は、やや誤解を招きやすい。とくにIT業界の人は、サービスレベル・アグリーメント(LSA)という用語によって、年間どれだけの比率でサービスが利用可能だったか、という可用率を連想するだろう。1年で1日だけダウンタイムがあった、だからサービス・レベルは364/365 = 99.73%だった、という風に。

だが、上で述べたいのは、そんな狭い意味の基準ではない。念のためいうと、元の記事には、こうも書いた。

「製造のようにマテリアルを供給する機能の場合は、品質・納期になる。物流のようにサービスを提供する機能の場合は、誤配率に代表される物流品質ということになる。言いかえるなら、サービス・レベルである。」

だが、この説明だけでもまだ言葉足らずだったように思う。そこで今回は結びとして、コストセンターが管理責任を持つべきKPI、いいかえるならば価値評価指標を考えたい。

コストセンターが価値を生まない存在だ、という通念が間違いであることは、前回の記事でも書いた。とはいえ、ある機能部門が生み出す価値を、具体的に金額計算するのは、(たとえリスク確率の概念を導入しても)それほど簡単ではない。それでも、何らかの評価尺度は可能だし、必要だろう。では、それは何なのか。


  • コストセンターは受注生産型である

コストセンターとは、直接の収入は生まない機能部門である。そういう意味で、従来型の縦割り組織の会社では、営業以外の殆どの部門がコストセンターになる。もしも企業が事業部制やBU制度をとっていれば、製品群単位に開発・製造・販売がまとまった部門となり、多くはプロフィットセンターだ。それでも、人事・経理・法務・ITなど共通機能は、コストセンター部門になる。

そして機能とは、インプットをアウトプットに変換するプロセスである、ということができる。そのプロセスを支えるために、人的リソースや、機械設備・ITツールといったリソース、そして知識・技術情報などが利用される。コストセンターとなる機能部門とは、こうしたリソースと情報を維持し、それを活用してアウトプットを生み出す部署である。

コストは、リソースの採用・購入と維持、そしてインプットとなる原材料やデータの購入費用、などからなる。コストセンター部門が、コストに管理責任を持つ、というのは、こうしたリソース費用やインプット購入費用を、適切なレベルに抑えるべく、マネージするという意味だ。

そして、コストセンター部門が、(方や)アウトプットのサービス・レベルに責任を持つ、とはどういう意味なのか。なぜ、それがアウトプットの量や仕様ではないのか?

それは、コストセンターの生み出すアウトプットの数量・項目・仕様が、基本的に、そのユーザ部門のニーズによって決まるからだ。コストセンター部門側が勝手にアウトプットを生み出し、ユーザ部門がそれを活用して売るのも売らないのも自由、という企業は考えにくい。つまり、コストセンター部門とは、基本的に「受注生産」に相当するビジネスモデルなのである(ただしR&D部門の研究機能など、一部の例外はあるが)。

たとえば、法務部門という例を考えてみよう。法務自体は普通、外部から売上をもたらさない(仮に裁判で何かの賠償金を勝ち取っても、それ自体は法務部の売上ではない)。典型的なコストセンター機能である。法務部は問題解決が主務だから、自分から能動的に仕事を大量につくり出すことは難しい。他の部門のニーズに従って、機能を提供するのである。典型的な受注生産だ。

法務部のアウトプットの全体量は、何で測るのか。無論、産出する紙の量ではあるまい。契約書の件数などで測ることも可能かも知れないが、むしろ、専門知識を持つ法務部員の実稼働時間で測ることになろう。問題多発でフル稼働しても、あるいは問題が起きずに法務部員がヒマであっても、とにかくサービス可能な時間数でコミットする、というのが適当であろう。

では、法務部門のサービス・レベルとは何なのか。稼働時間ベースでコミット(母体企業と約束)しているのだから、もちろん、稼働時間の可用率が主なKPIではあるまい。そこで登場してくるのが、品質と納期の概念である。


  • コストセンターをマネージするための適切なKPIとは

まず、品質について考えてみよう。コストセンター部門の生み出す、プロダクトおよびサービスの品質だ。
周知の通り、品質には、(1)提案力・開発力を含む前向き品質と、(2)規定された通り製造・実装する後ろ向き品質の、2種類の尺度がある。ここでは受注生産モデルを考えているので、当面、(2)の後ろ向き品質(「当たり前品質」ともよぶ)について着目しよう。

後ろ向き品質とは、その製品・サービスが当然備えているべき品質特性をいう。法務部門だったら? 訴訟に勝つ比率? いやいや、訴訟に100%勝つなんて、どの法律事務所にだって不可能だ。そうではなく、むしろ訴訟にならない比率、訴訟を未然に防ぐ比率の方が、順当だろう。契約書はそのためにあるのだから(それでも相手の不法行為で訴訟を起こすことはあり得る)。

では、物流部門の品質とは? 誤配送や、保管中の破損などの起きない比率だろう。IT部門の品質とは? システムの可用性もあるが、まずは機能仕様通りにシステムが運用されること、バグが重大な結果をもたらさない比率だろう。経理部門の品質とは? むろん、経理にミスが無く、末端の不正を見逃さず、きちんと決算ができる事、などなどが考えられる。

もっと抽象化して言うと、機能部門の品質(後ろ向き品質)とは、そのアウトプットが、余計な作業や、やり直しを誘発しない、という比率なのである。製造品質とは、製品が試験に通り、製造のやり直し(リワーク)を発生しない比率だと理解すると、分かりやすいかも知れない。


  • コストセンターの生産性は誰の責任か

ついでに言うと、生産性とは何か。生産性の定義とは、投入コストあたりの産出実績である。産出実績とは、産出したアウトプットのうち、品質がOKなものの量を言う。使えない物をいくら生み出しても、生産性にはカウントしない。

コストセンター部門は、投入するコストに管理責任を持っている訳だから、品質を上げれば生産性も上がることになる。したがって、品質を測る何らかの尺度を、用意するべきだということになる。人事サービスの品質とは何か? 詳細設計の品質とは何か? もし人事や設計がコストセンターだと認識されているなら(それは会社によると思うが)、その問に答える準備が必要である。

ちなみに、生産性はコストセンターに委託する業務量とバリエーションに依存する。製品・サービスの種類が少なくなるほど、通常は生産性が高くなる。逆に言うと、多品種化は生産性を低下させ、コストを増大させる。このことを、ユーザ部門側は認識しなければならない。

さらにいうと、生産性はふつう、稼働率が高くなるほど、向上する。ただし、ある臨界稼働率を超えて仕事量が増えると、待ち行列理論に従って仕掛かり在庫量が急増し、納期が延び、結果として逆にコストが上昇していく。ユーザ側はこのことも意識して知っておかなければならない。

コストの管理責任はコストセンター側になると書いたが、生産性は(受注生産モデルである限り)、品種数と量を決めるユーザ側との共同責任なのである。
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  • 納期=動的な適応能力

さて、品質から納期に、話を進めよう。納期とは、いいかえれば需要変動への適応力(リードタイムの短さ)を示す。

もしも事前(たとえば半期とか1ヶ月前)に示した数量・品種のとおり、現実が動けば、コストセンター側も一定レベルの品質・生産性を達せられるだろう。だが数量や品種が需要変動に従ってめまぐるしく変化する場合、品質・生産性は低下することになる。同様に、次々に新しい品種が投入される場合も、品質・生産性は低下する。

ちなみに、モノの世界では、納期とは『マイナス在庫』に相当する。逆に言えば、在庫とは、納期よりも早く供給してストックしている状態である。したがって、納期の短さと、在庫量の少なさは、表裏の関係にある。在庫だけ減らして納期が長くなったり、納期は短いがムダな在庫が山ほどある、というのはアンバランスである。需要と供給がぴったり同期化されていれば、納期も在庫もミニマムな状態になるはずなのだ。

モノではなくサービス的機能においても、納期の概念はもちろん適用できる。法務部門の例に戻れば、契約書1件あたりの、レビュー依頼から合意までの平均期間で測る(ただし相手側が消費した期間は除く)、などである。

ただし、需要と供給をぴったり同期化するためには、ある程度、需要が予見可能でなければならない。供給側のプロセスは、動かすための時定数があるからだ。需要の予測をユーザ側が与えるのか、コストセンター側が行うのか、予測精度はどちら側が責任を持つのかにもよるが、ここもある程度、ユーザ側の共同責任が生じる。

結局、ここで言う納期とは、そのセンターにとって予期しがたい変動に、素早く対処できる能力を表すのである。自動車にたとえれば、生産能力が最高速度だとすると、動的な適応能力は加減速や回転半径など「小回りの良さ」に相当する。


  • コストセンターに求める能力とは

動的な適応能力。これは、英語で言えば「ダイナミック・ケイパビリティ」ということになる(元のD・ティースの定義はもう少し広義だが)。本シリーズの第1回で説明した、製造実行システムMESのもたらす機能が、これである。これに対して、何の変化もない状態、単一品種をずっと生産していくような場合の生産キャパシティは、「オーディナリー・ケイパビリティ」と言えるだろう。車で言えば、前者が小回りの良さ、後者が最高速度や最大積載重量である。

そして自社は、その「コストセンター」とよぶ機能組織に、何を求めるのか。最高速度なのか、小回りの良さなのか。スポーツカーがほしいのか、宅配便の配送車がほしいのか。そこを明確にすることが大切だ。というのも、車で分かるように、最高速度と小回りの良さは、必ずしも両立しないからだ。

もしもスポーツカー的能力を求めるならば、営業する側も、それを活かすような売り方が必要だ。すなわち、「うちはこの標準品しか売りません、そのかわり最速でお届けします」というタイプの営業である。

もしも逆に「客先の要望は可能な限り全部聞く」が販売ポリシーならば、スポーツカーではなく、動的な適応能力の高い配送車が必要だ、ということになる。そして、小回りの良さを(つまりたとえば短納期を)価値にかえるような売り方をすべきだ。

そうした価値化の方策ぬきで、ただ気まぐれな顧客の需要に同じ価格で付き合うならば、それは自社の動的な適応能力を浪費していることになる。コストセンターのあり方が、じつはプロフィットセンターの戦略をある程度、方向付けることにもなるのだ。


  • コストセンターの中のコストセンター

ところで、コストセンターの機能は受注生産的だ、つまりユーザ側のニーズが起点だ、と上に述べた。では、コストセンターの中に、自発的な業務はないのだろうか? たとえば法務部門は、ただ持ち込まれる事案のみに対応する部署なのか?

そんなことはあるまい。まず、法務としての専門知識の蓄積がある。そして自社内の契約形態の標準化といった仕事もある。そして世の中の変化に応じた、法務やコンプライアンスの戦略を経営層に提案する、といった重要な仕事もある。これらはすべて、見込生産的なモデルである。別の言葉を借りれば、『Push型』の業務である。

そして、従来のユーザ側の問題対応は、『Pull型』の業務と呼べよう。Pull型は、後ろ向き品質を問われる。Push型の、提案型の業務は、前向き品質(魅力的品質)で評価すべき領域だ。

あるいは、前回のようにリスク確率で評価してもいい。新製品開発のアクティビティは失敗のリスク確率が高かったが、これは提案型・Push型の業務である。技術開発的な仕事は一般に、とりうる選択肢(自由度)が広いが、適切な答えが存在する領域はとても狭い。だから失敗のリスク確率が高いのである。

さて、このように考えてくると、従来の「コストセンター vs. プロフィットセンター」という図式は、いかにも表面的に過ぎることが分かる。本当は、一つの部門の中に、Push型の提案的業務と、Pull型の応対型業務が混在していて、そのどちらが主体かによって、部門の性格付けを考えるべきなのだ。

Push型の企画・戦略立案業務や、技術開発・蓄積業務は、中長期的な意味で、組織のダイナミック・ケイパビリティを向上させる。その意味で、きわめて重要なものだ。

ただし、いわゆる成熟したライン業務部門において、こうした提案型業務を担うのは、たいてい技術とか企画という名称のついた小さなチームである。そして、こうしたチームは、そのコストセンター部門内における、一種のコストセンターと見なされてきた。会社の経営者の論理に従えば、それは重荷であり、できれば切り捨てた方が良い存在だということになった・・

ということで、そろそろ結論をいおう。「コストセンター内のコストセンター」として、技術開発や企画提案能力を切り捨てていったことが、日本企業の技術力低下を、ひいては提案と競争力の低下をもたらしたのである。もしわたしたちが産業の競争力を回復したければ、「コストセンター=重荷論」ではなく、短期および中長期のダイナミック・ケイパビリティを向上させる「Push型の企画提案業務」を、組織の中に確保する必要があるのである。


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(2022-09-04)
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by Tomoichi_Sato | 2022-09-20 07:36 | ビジネス | Comments(0)
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