人気ブログランキング | 話題のタグを見る

コストセンターは本当に価値を生まないか?

  • コストセンターの貢献とは何か

前回の記事「工場はコストセンターか? そしてIT部門はコストセンターか?」 (2022-09-04)では、『コストセンター』という会計概念が、『プロフィットセンター』と対比されるうちに、いつのまにか組織と経営戦略を歪めていった経緯について説明した。その根底には、「コストセンターは価値を生まない」という信憑があった訳だ、だが、はたして、この考え方は正しいのか? まず、そこから検討していこう。

最初に、ごく簡単な例を考えてみる。あるところに、発明家(技術者)と実際家(セールスマン)がいた。二人は以前からの知り合いだが、発明家の方は最近、画期的なアイデアを思いついた。わずか20万円ほどの部品を使って、すばらしい価値を持つ新製品を作れるという。

セールスマンの方は、もしそんな製品が本当にできるのたら、自分が買い手を捜してやろう、ともちかける。そんな新製品だったら、100万円の値段をつけても、売れるだろう。かくて、二人はスタートアップ・カンパニーを設立することにした。この二人の事業は、「製造」と「販売」の2アクティビティからなる、きわめてシンプルな製品開発プロジェクトである。

ただし、発明家は、本当にその新製品を組み上げられるかどうか、初めての試みだけに、五分五分の見込みだという。他方、セールスマンは、もし製品ができさえすれば、9割方は買い手を見つける自信がある。製造のコストは20万円だ。販売のコストは、電話代や交通費が多少かかるが、ここでは無視してゼロと仮定しよう。
コストセンターは本当に価値を生まないか?_e0058447_12175971.gif

お分かりの通り、新製品の製造を担当する技術者は、完全なコストセンターである。お金を使うだけだ。これに対し、販売を行うセールスマンは、収入を得るので、プロフィットセンターと考えられる。

さて、ここで問題である。新製品が首尾良く出来上がり、それが100万円で顧客に売れたとしたとしよう。このとき、二人の貢献は、どちらがどれだけ大きいだろうか?

(1)技術者の方がずっと貢献が大きい
(2)セールスマンの方がずっと貢献が大きい
(3)二人の貢献はほぼ同じである


  • 貢献価値を計算する

わたしはこの問題を、大学のプロジェクト・マネジメントの講義の最後の方で出題し、皆の意見を問うことにしている。学生院生たちの答えは、いつもだいたいバラバラである。企業人に聞いても、見解は分かれる。

ところで、この問題は、見解だの価値観だので答えるべきではない。ちゃんと、数字で答えが出るのだ。二人が100万円の収入を得た際(原価が20万円かかったから利益は80万円だ)、各人のフェアな取り分が計算できる。以下、どのように考えるかを説明しよう。

彼らのプロジェクトは、2つのアクティビティからなる。第1のアクティビティは新製品製造で、最初にかかるコストは20万円。そして失敗のリスク確率は50%である。第2のアクティビティは販売で、コストはゼロ、失敗のリスク確率は10%だ。成功すると、100万円の収入がある。

さて、仮に今、プロジェクトが真ん中の段階まで到達したとしよう。発明家は20万円使って部品を買い、無事に新製品の組立と試験に成功した。万歳! さて、この時、彼らのビジネスの金銭的価値は、いくらだと考えることができるか?

まだ、売上の100万円は手にしていない。ただ、販売のリスク確率は10%、いいかえると成功確率は90%である。ということは、彼らのビジネスの収入の期待値は、100万円 × 90% = 90万円だ、と考えることができる。他方、20万円のコストは、すでに使ってしまった。だから、彼らのビジネスの価値は、プロジェクトの中間地点では、70万円である(知財の価値は? と思う人も居るだろうが、現時点では発明家もまだ真の成功要因が分からないのだから、ゼロ査定としておく)。

では、彼らがスタートアップを始めた当初、つまりプロジェクトの開始時点では、どうなのか。売上の期待値は、100万円ではない。90万円ですらない。新製品製造の成功確率は50%なのだから、100万円 × 90% × 50% = 45万円、にすぎない。だが、プロジェクトの最初に、20万円コストは突っ込む必要がある。
ということで、最初の計画段階では、彼らのビジネスの金銭価値は45 - 20 = 25万円なのだ。それが、途中段階では70万円に、そして最終段階では80万円に、増大していくのである。

完了時点:100万 - 20万 = 80万円
途中時点:100万 × 90% - 20万円 = 90万 - 20万 = 70万円
着手時点:100万 × 90% × 50% - 20万円 = 45万 - 20万= 25万円
コストセンターは本当に価値を生まないか?_e0058447_12204147.gif

そして(ここからが大切なのだが)、「新製品製造」アクティビティは、彼らのプロジェクト価値を25万円から70万円に押し上げた。「販売」アクティビティは、70万円を80万円にした。つまり、

「販売」アクティビティの貢献価値 = 80万 - 70万 = 10万円
「製造」アクティビティの貢献価値 = 70万 - 25万 = 45万円

であるから、発明家の貢献の方が、セールスマンよりも、ずっと大きいという計算になる。二人のフェアな分け前は45:10、すなわち約65万円と15万円なのである。


  • バリューチェーンにおける貢献価値とリスクの関係

お分かりだろうか。「コストセンター」だと考えられた新製品製造の方が、「プロフィットセンター」である販売よりも、価値への貢献が高いのだ。

そして、このような結果になった主な原因は、リスク確率にある。新製品製造の方が、ずっと失敗の可能性が高い。すなわち、「難易度が高い仕事」なのである。

それは、このリスク確率の設定を変えてみれば分かる。たとえば、数値を正反対にしてみよう。製造自体は比較的簡単で、失敗のリスクは10%だとする。だが、そんな新製品を買ってくれる顧客を見つけるのは難しく、セールス失敗のリスク確率は五分五分、50%とする。

同じような計算をしてみると、こんどは、以下のようになる。

完了時点:100万 - 20万 = 80万円
途中時点:100万 × 50% - 20万円 = 50万 - 20万 = 30万円
着手時点:100万 × 50% × 90% - 20万円 = 45万 - 20万 = 25万円

完了時点と着手時点のプロジェクト価値は同じだが、途中時点での価値が大きく変わった。この結果、貢献はセールスの方がずっと大きくなる。

「販売」アクティビティの貢献価値 = 80万 - 30万 = 50万円
「製造」アクティビティの貢献価値 = 30万 - 25万 = 5万円

つまり、一般にリスク確率の大きいアクティビティ、難易度の高い仕事を仕上げて成功させた部門の貢献価値が、高くなるのである。それは、コストセンターであるかどうかには、関わらない。ビジネス収入の期待値は、バリューチェーンをさかのぼる程、小さくなるが、各段階での高低差こそ、各機能・各部門の価値貢献を示すのだ。

(ついでに言うと、失敗のリスク確率を0%と設定すると、その貢献価値もゼロになる。つまり、誰がやっても必ず成功する作業は、特段の価値はなく、それこそどこかにアウトソースすれば良い、ということになる)


  • リスクと「価値」は誰がどう決めるのか

ここまでの議論の要点は、『リスク確率』にある。リスクの存在を認めたからこそ、アクティビティの貢献価値が出てくるのだ。

しかし現在の会計基準には、リスクの出番がない。財務諸表を見ても、「リスク」だの「期待値」といった項目は、どこにも出てこない。なぜなら、リスクとは将来の可能性を示すのに対し、会計とは現実に起きたことの記録だからだ。

たしかに有価証券報告書には、事業リスクについて何やら定性的な説明文章がつくが、それはおおむね外的環境に関することだ。定量評価は原則、しない。まして内部の業務プロセスについて、リスクがあるなどとは、書かない。そんな事を書けば、「ちゃんと経営してるのか」という突っ込みが来るからだ。

だが製造の現場、設計開発の現場、ITの現場、物流の現場では、もちろん様々なリスクが存在している。それは数値化されていないかも知れないが、現場で働く者の実感である。

もちろん、プロフィットセンターであるはずのセールスの現場にも、リスクが存在する。その最大のものは、「失注のリスク」である。顧客がつねに三者相見積をとるようだったら、互角な競合相手とたたかって受注できる確率は、1/3しかない。失敗のリスク確率は、67%である。

だが、こうしたリスク確率は、ふつう定量化されないし、財務部に報告されもしない。そうなると、社内的には「何となく」ムードで主観的評価が行われやすくなる。

もしあなたが、営業畑出身の役員なら、セールス現場の難しさは実感しているから、その難易度は高いと思うだろう。それに比べ、設計やITの難しさは、分からない。人は、経験したことがないものは、適切に評価できないからだ。

あなたが設計畑出身の経営者なら、工場は図面に出したものを作るだけ、物流は言われたとおりに物を運ぶだけ、と思うかもしれない。そんなところにリスクがあってたまるか、そこは価値を生まないコストセンターだ、と。

そう思う人間が多いのは、理由がある。なぜなら、製造の技術は成熟しているからだ。かつての高度成長期に、機械設備を導入し大量生産を実現するには、高度な技術が必要だった。だがもう、そういう時代は(一部の業界を除いて)終わっている。

製造だけではない。ITや物流もそうである。いずれも、うまく動いて当たり前。問題がおきれば「責任者が無能」とされた。かくて、こういった部門は、一括して価値を生まないコストセンターとよばれ、さっさとアウトソースすべき重荷と考えられるようになったのである。

・・では、そのような「コストセンター部門」は、本当はどのようにマネージすべきなのか。コスト以外に、適切なKPIがあるとすれば何なのか。コストセンター部門に求める能力べきとは何か。そういった事を論じるつもりだったが、例によって説明が長くなりすぎた。この問題について、次回考えよう。


なお、上に述べたリスク確率と貢献価値の問題については、いろいろと浮かんでくる疑問もあろうと思う。完全にビジネスが中断するリスクしか述べなかったが、ある程度成熟した技術分野では、それはリワーク(再作業)のリスクに転化するのが普通であり、結果はコスト超過やスケジュール遅延としてはね返ってくる。もしこれらの理論的な側面にご興味があるならば、小生の学位論文である「リスク確率に基づくプロジェクト・マネジメントの研究」(AmazonでDVDとして購入可能)を参照いただきたい。

また、実は当サイトでも以前、似た趣旨で論じたことがあった。だが、もう12年も前のことなので、あらためて書きおこした次第である

<関連エントリ>



by Tomoichi_Sato | 2022-09-11 12:36 | プロジェクト・マネジメント | Comments(2)
Commented by トネリコ at 2022-09-12 14:27 x
初めまして。
いつも学びにつながる記事を書いてくださりありがとうございます。
今回のリスク確率と貢献の関係性について、同じアクティビティであれば能力の高い人ほど失敗リスクは低くなり、貢献度が低く見積もられるのではないかと感じました。
作業者に依存しないアクティビティ固有のリスク確率は見積もり可能なのでしょうか。
Commented by Tomoichi_Sato at 2022-09-13 21:05
ご質問どうもありがとうございます。

通常、プロジェクトの計画段階でリスク・アセスメントを行います。その際、エキスパートを集めてリスクの洗い出しと評価をする事が多いですが、経験的に、エキスパートの意見はあまりばらつきません。ある人が「確率10%」といい、別の人が「いや、90%だろ」というような対立は殆どありません。

それはなぜかというと、リスク事象には背後にRisk Driverがあり、事象は個別(たとえば性能未達)でも、Risk Driverには共通性がある(たとえば設計ミスなど)ことが多いからです。

なお、スキルの低い人をアサインした場合は、成功確率が小さいので、そもそも計画時点でのプロジェクトの価値が、高スキルの人の場合より、ずっと小さくなります。選択できるなら、価値が大きい方を選択するはずです。

佐藤知一
<< コストセンター論を超えて 工場はコストセンターか? そし... >>