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工場づくりに関する連載記事開始のお知らせ:月間「工場管理」8月号より

お知らせです。日刊工業新聞社の月刊誌「工場管理」8月号(7月20日発売予定)より、

 『ゼロから始める新工場づくり

と題する連載を開始します。わたしの勤務先の同僚で、ネクストファクトリー・ソリューション部の部長である丸山幸伸氏との共著で、全18回の予定です。雑誌は電子書籍でも購入可能です。

「工場管理」誌には、今年の3月・4月号にも、製造実行システム(MES)に関する記事を執筆しました。これは主に工場のデジタル化の側面について、自身の知見ならびに経産省からの受託調査の結果をもとにまとめたものです(こちらからもダウンロードできます)。幸いこの記事は好評だったようで、編集部から、より広い視野で工場づくりに関する連載記事を書いてくれないかと依頼を受けました。

もちろん、よろこんでお引き受けすることにしましたが、わたし自身は何年も前から経営企画部門におり、工場プロジェクトの現場業務からしばらく遠ざかっています。そこでこの分野に経験の深い、同僚の丸山幸伸氏と一緒に、執筆に取り組むことにした次第です。

ところで読者の皆さんが、ご自分の家を建てるとしたら、どこから考え始めますか。ちょっと想像してみてください。宝くじに当たって、大きな賞金を得たとしましょう。一生食べていけるほどではありませんが、家一軒を土地付きで建てるには、十分な金額だとします。せっかくですから、建売りではなく、自分の望む、ゆったりとしたオリジナルな家を考えてみたい。細かな設計は建築士に依頼するとしても、大きなプランは自分で決めたい、と思います。さて、皆さんなら、どこから考えますか。

まず、台所から考えよう。レンジなど最新の厨房機器を揃えて、冷蔵庫のサイズは大きめ、そして流し台のレイアウトは・・などと思う方は、たぶん、かなり少ないんじゃないかと思います。もちろん、台所は生活の必需機能です。また、家の中で一番、設計的に込み入った場所です。さらに、自分は料理が趣味だ、という方もおられるでしょう。でも、たとえそんな方でも、新しい家の構想を、台所という部分から考え始めるでしょうか?

いやいや、台所はどうでもいいが、自分だけの書斎が前からほしかったんだ、だから最新鋭のパソコンと大型ディスプレイを買って配置して、机はこうして、音声機器や無線LANは・・といった話を、当たりくじを前にして始めたら、ご家族はどう思われるでしょう? それがたとえ寝室や風呂でも、同じことです。

ふつうだったら、まず、家はどこに建てようか? どれくらいの大きさが良いか、家族の人数からいって、何部屋くらいあれば十分か? そんな風に考えるのではないでしょうか。

つまり、何か新しいものや仕組みを構想する際は、まず全体像から入り、ついで個別の要素について検討するのが、当然の順序でしょう。最初に台所や書斎などの部分から、それも機器のスペックや構成を真っ先に検討してから、その入れ物としての建物を考える、というのは、なんだか奇妙に感じられます。

ところが、この不思議なことが、工場づくりに際しては、しばしば見受けられるのです。

何年か前に、ある独立コンサルタントの方にインタビューしました。電機系の一流企業の、生産技術畑出身の方です。工場設計の手順についておたずねしたところ、まず製造のための加工機を何台、ラインに配置するか、その性能とスペックをどうするか、で話が始まりました。あとは適当にスペースをとって、それを収容できる建屋をつくれば良い、と。

でも、モノはどこに置いてどう搬送するのです? エネルギーや用役の供給の最適化は? ICTのための通信とデータは? そして働く人にとって最も重要な、執務空間の快適さをつくりだす建築のあり方は? ・・でもこの方にとって、工場の中核機能は製造であって、その他のことは付随的な問題にすぎない、という感覚でした。

ちなみに、日本の多くの企業では、なぜか「機械設備は生産技術部門、建屋は総務部門の所掌」となっています(この方の所属していた会社もそうだったようです)。そんな企業で新工場づくりに取り組むとき、典型的に起きるのは、三つの流れが並行して進む形態です。
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図をご覧ください。真ん中にあるのは、主要な製造機械に関する設計の流れです。生産技術部門が基本設計し、機械メーカーを選定して詳細設計を進め、さらに補助製造設備等を選びます。それと並行して、左には建築系の設計の流れがあります。総務部門が、設計事務所をつかって、基本レイアウトを決めます(といってもおさめる機器はまだ決まっていないのですから、体育館のようなスペースがあるだけの建屋です)。ついで実施設計はゼネコンに任せます。他方、右側にあるのは、物流設備の設計の流れで、ここは生産技術部門が物流(マテハン)メーカーの支援を得て、すすめるのが通例でしょう。

そして、これで全体がフィットすればOKです。しかし、まま起きがちなのは、レイアウトにおさまらなくて再調整、です。つまり三つの流れが元に戻って、やりなおしとなる訳です。これを避けたければ、機械 – 建築 – 設備の間の取り合いに、余裕を見ておくしかありません。つまり、余計なコストです。

とくに建築と機械の設計が別々に動く訳ですから、拡張性やレイアウト変更が容易でない空間構造になりがちです。日本は敷地が狭いため、多層階の工場がふつうです。そのため、しばしば動線が縦に分断されます。

よく言うのですが、もし家の台所が、1階に流し台と冷蔵庫、2階にガスレンジやオーブン、という風に分かれていたら、どんなに不便か想像がつくと思います。ところが、工場ではそんな縦割りの物流動線とレイアウトをよく見かけますし、働いている人達は不便とも思っていなかったりします。なぜなら、最初からそういうものだと思って、働いているからです。

このように、バラバラにすすめられる物流動線とレイアウト設計は、結果として、見えない非効率の温床になりがちです。それは、最初に主要素(製造機械)を設計してから、全体のシステム(レイアウトや物流)を考えるという、順序の問題から生まれるのです。

全体を考えてから要素に落とし込む、という思考の順序は、『システムズ・アプローチ』の中心にあたります。わたし達エンジニアリング会社は、少しカッコつけて申し上げると(笑)、工場づくりのシステムズ_エンジニアリングと、プロジェクト・マネジメントを専門にしている業種です。ですから、この18回の連載の中で、よりベターな結果を得られる工場づくりのプロセスについて、一緒に考えていきたいと思っています。

なお、「工場づくりと言っても、自分の会社は新工場の企画なんてないし、自分がその責任者になる可能性もないから、関係ないや」と感じられる読者も多いかと思います。ただ、そういう方も、今ある工場のハード・ソフト・運用については、いろいろ改善課題を意識されているのではないでしょうか。

ちょうど、自分の新しい家をゼロから空想してみると、今の住まいの改善点が見えてくるように、新しい工場を構想してみるのも、システム的な思考の訓練として、有用であろうと信じます。この連載記事が、より多くの読者の方の眼に触れるようでしたらまことに幸いです。


佐藤知一@日揮ホールディングス(株)


by Tomoichi_Sato | 2022-07-16 17:56 | 工場計画論 | Comments(0)
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