「それは仕様ですか、特徴ですか、ソリューションですか?」 次のスライドは、わたしが社内のエンジニア教育用に作った資料の一部である。質問は5問からなっており、いずれも3択問題だ。さて、皆さんなら何と答えるだろうか? エンジニアで、客先への対応に悩む人は数多い。要求が曖昧模糊としている、気難しい、あるいはすぐ気がが変わる、いや、それどころか、技術をよく知りもしないのに無茶な要求をしてくる・・。 「そういう難しい顧客への対応は、営業の仕事さ」と言い切れる会社や、営業が身を呈して技術を守ってくれる会社に働くエンジニアは、幸せだろうな、と思う。だが大抵の場合、技術的なことに関しては、技術屋がいって説得しなければならない。それどころか、技術リッチな業種では、そもそも売り込み段階からエンジニアが営業に同行して、あれこれと説明したり提案したりするのが普通である。 さて、上記の問いにあげた5つの文章は、いずれもシチュエーションが共通している。いうまでもなく、「お客様に何かを説明しようとしている」文章だ、ということだ。つまり、一種の説得ないし売り込みの状況なのだ。お客様に何かを選んでいただく、決めていただく際に、仕様・特徴・ソリューションの3種類を、意識して使い分けられているかを、上の問題は問うている。 もちろん、この問題に答えるためには、「仕様説明」「特徴説明」「ソリューション説明」が、それぞれ何を意味するかを知らなければならない。仕様も特徴もソリューションも、わたしたちエンジニアが日常的に使う言葉だ。とうぜん皆、知っているつもりであろう。でも、その違いを説明しろと言われて、きちんと答えられるだろうか? 仕様とは、基本的にニュートラルなものだ。それは対象の製品なりサービスなりが、具現化すべき属性を規定している。横幅は50mm以下だとか、素材はステンレスSUS-316Lにしろ、とか、実効通信速度は30 Mbps以上あるべし、といった類いだ。 もちろんステンレス鋼は炭素鋼より値段が高いし腐食に強いから、高級な材料と言ってもいい。だが高級だとか高価だとかは、仕様が問題にすべきことではない。製品・サービスが性能を果たすために必要な条件を規定するのが、仕様だ。データ量から見て、通信速度が10 Mbpsで十分なら、30 Mbpsなどとムダに増量しない。そういう意味で、価値判断からニュートラルなのが、仕様だ。 ちなみに仕様は、形状・素材・構造など「つくり」に関わる条件と、性能・安定性・耐久性など「はたらき」に関わる条件の、2種類に分けることができる。「50mm以内」は、形状すなわち「つくり」に関する仕様で、「30 Mbps以上」は「はたらき」についての仕様だ。 そして設計とは、「はたらき」(=機能・性能)を実現するために、「つくり」(=形状・構造)を決める仕事である。だから品質機能展開に見られるように、はたらき系の仕様を先にきめて、それを、つくり系の仕様にブレークダウンしていくことになる。 そしてユーザの立場から見れば、本当は「はたらき」だけを約束してくれれば十分なのだ。だが、性能とか安定性・耐久性といった尺度は、実は非常に多元的なもので、ユーザや作り手があまり想定しないような使用シチュエーションもありうる。そうした際にも、製品が有用となり、害をなさないように、「つくり」に注文をつけておくことが、しばしば起きるのである。 では、特徴とは何か? 特徴とは、いうまでもなく、「他との際だった違い」を表す属性だ。つまり何か他に比べるべき製品・サービスがあり、それとの違い、それも優位な違いを示すのが、特徴である。世の中の普通や、比較する相手がなければ、特徴はいえない。もしも「50 mm以内」が競合製品に比べて優位に小さいなら、それは特徴と言って良い。 ただ、特徴を説明する時は、その違いを強調するようなニュアンスが必要だ。だから「この装置にはオプションが12種類あります」では、ただのニュートラルな仕様説明になってしまう。せめて、「この装置には12種類ものオプションがあります」と言わないと、特徴を訴えることにはならない。 では、ソリューションとは何なのか。この言葉は、昔はIT業界専用の用語だったが、今はずいぶん広い範囲で使われている。「お客様への最適なソリューションを提供します」「わが社はソリューション・プロバイダーとして・・」などなど。ただ元々の意味は、『解決』である。すなわちソリューションとは、問題解決に役立つものでなければならない。誰の問題? もちろん相手(客先)の、である。 問題というのは、「本来あるはずの姿」と思っている事と、現実のとの間にギャップがある状態を指す。ちゃんと製品を納品した。ところが顧客は「品質不良だ」と突き返してきた。たしかに、これは問題だ。 ただし問題とは、当事者がそう意識していなければ、問題にはならない。電車が5分遅れた、問題だ、と感じるのは、電車が時刻表通りに来るのが当然だ、という社会にいるからだ。あなたが中東や南米で生まれ育ったら、5分遅れは上出来じゃないか、と感じるかもしれない。 「弊社の設計部門は、お客様のご要望でしたら何でも承ります」は、ソリューションの説明だろうか? それは、顧客が「近頃の業者は設計への要望を、こころよく聞いてくれない」という問題意識を持っていることが明白な場合だけ、ソリューション説明になる。あるいはせめて、「同業他社は設計への注文をあまり聞かないのが普通だ」という業界認識があるなら、特徴説明になろう。もし、どちらも不確かならば、それは単なる仕様説明でしかない。 そして、ここまでの説明を読んでこられた読者ならば、すでにご賢察のことと思うが、他人に何かを提案し、説得し、選んでもらうためには、「ソリューション説明」でなければならないのだ。繰り返すが、仕様説明はニュートラルなものである。また特徴説明は、他との違いをいいはするが、それが相手のニーズ・問題意識にマッチするとは、限らない。人が何かを選び、何かを買うのは、自分のニーズを満たし、自分の問題を解決してくれるとの希望を持てる場合に限る。 ここまでにあげた仕様・特徴・ソリューションは、よくマーケティングの分野で言われるFAB、すなわち「フィーチャー」「アドバンテージ」「ベネフィット」の概念に、ほぼ相当する(なお、これに「エビデンス」を加えて、FABEと呼ぶケースもある)。 ちなみに、マーケティング分野では、顧客にはまずベネフィットから説明しろ(Start with Why)、それからアドバンテージ(How)・フィーチャー(What)を補足しろ、とアドバイスする。なぜなら顧客は忙しく、辛抱強くこちらの言葉に最後まで耳を傾けてくれるとは限らないからだ。だから一番訴えかける、大事なことを先にいえ、と。 そして、このアドバイスは、顧客に提案するとき以外にも通用する。たとえば、上司を説得するとき。予算の追加や人の配員を求めるのには、まず上司の説得が必要だろう。また、社内に新しいことを提起するときもある。仕事のシステムを変えたり、取組への協力を求める際も、やはり「抵抗勢力」を説得しなければならない。 こう考えてみると、エンジニアの仕事では、単なる顧客への対応を超えて、いろいろな場面で「アイデアの売り込み・説得」、すなわちマーケティングのためのコミュニケーション・スキルが重要になるのだ。 最後に、ちょっとだけ頭の体操をしてみよう。 「他のみんなも使っています」 「競合他社も皆やっています」 という文章は、仕様だろうか、特徴だろうか、はたまたソリューションだろうか? この言葉は、現実にはけっこう有効な、セールスの殺し文句であったりする。 たとえば例を考えてみてほしい。誰もが持っているもの、あって当然だと感じるもの、たとえばスマホでもいい、車のカーナビでも良い。あるいは企業にとってのERPでもいい。どれも昔はなかった。 だが、「今ではみんな使っています」は、単純な仕様でも、特徴の説明でも、ソリューションでもなさそうな気がする。どれでもなかったなら、いったい何なのか? そして、なぜ、それがマーケティングの切り札になりえるのだろうか。霞ヶ関の人の話では、「同じ施策を中国でもやり始めています。このままでは追い抜かれます」が、今や予算獲得の一番のセールスポイントなのだそうだ(苦笑)。もしもこれがソリューション説明だとすると、わたし達の抱える「問題」とは何なのか。 問題とは、「当然あるはずの姿」と、現実とのギャップのことだった。わたし達の『当然』とは何で、それは言語化されているのかどうか、たまには立ち止まって考えてみるのも、有益ではないだろうか。 <関連エントリ> (2021-06-19)
by Tomoichi_Sato
| 2022-07-09 12:31
| E2 設計のマネジメント
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