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目に見えるスマート化、目に見えないスマート化

最初に、お知らせです。日本の医薬品業製造に関する最大のカンファレンス・展示会である、「インターフェックス・ジャパン東京」(7月13日~15日)で、スマート工場について講演します。専門技術セミナーという枠組みで、初日に下記の通りお話する予定です。

<記>

日時: 2022年7月13日(水) 11:30~13:00 (小生の講演時間は40分です)

タイトル: 「医薬品工場のさらなるスマート化 ~ 産業間比較から考えた特徴と課題

概要:医薬品工場は自動化・情報化の面で、通常の組立加工系工場よりも、スマート度が高いといえる。ただし多品種化や需要変動への対応など、計画系機能では課題も見受けられる。工場全体のスマートさをどう実現するのか、直近のMES実態調査を参考に検討する。

主催: インターフェックス・ジャパン事務局(RX Japan株式会社)

会場: 東京ビッグサイト

セミナー申込み詳細: 下記をご参照ください


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  • 医薬品工場は、どれほど「スマート」か

じつは最初、スマート工場化をテーマに講演依頼を受けた時、今さら何を話そうかと思った。というのも、医薬品工場はすでに、他の平均的工場に比べ、相当に自動化の進んだ「スマート工場」であるからだ。

医薬品は、クリーン環境で製造するため、そもそも手作業をきらう。だから製造工程の自動化・機械化が進んでいる。おまけにクリーンルームなので、紙の持ち込みも避けたい。しかし製造作業や品質検査作業の実績を、正確に記録しなければならない。いきおい、電子記録も重視されることになる。

しかも医薬品では、厳格なロット管理が要求される。このため、原料や中間品に対して、きちんと識別子IDを貼付し、読み取ってていかなければならない。これもコンピュータ化を要求する。医薬品製造にはGMP(Good Manufacturing Practice)という法規制が世界的にかかっていて、記録と証拠が重視される・・といった理由により、結果として医薬品工場ではMESシステムの普及が進み、工場を作る際も、最初からMESがあるのが当たり前、になった。

ところで、スマート工場とは、自動化の進んだ工場だと考えていいだろうか?

以前は、外国首脳などが来日した際に、よく先進的な工場として自動車工場のボディ溶接ラインなどを見学している様子が、ニュースになった。プレスした大型の板を自動溶接し、またたくまに自動車のボディを形作っていく、いわゆる「ボディ・ショップ」見学である。無人のラインで多数の溶接ロボットが火花を散らして動き回る様子は、派手で分かりやすく、何か先進的なものを見たような気になる。

もっとも今どき、「先進的工場」を見たくて日本に来る欧米人はほずいぶん減っただろう(そういうのが見たければ、中国かシンガポールに行くのが現在の常識である)。またそもそも、日本の製造業は工場をあまり人に見せないようになった。

一般消費財を作る工場は、それでも小学生向け見学コースなどをしつらえて「地域貢献」している。だが生産財を作る工場は年々、非開示的になっている。コロナ禍がそれを加速した面もあるが、企業がだんだんと秘密主義的になっているのかもしれない。何を隠すのか? 見られるとまずいような先進的な製造機械なのか? 

元々、工場見学では「ライバル企業様はお断り」が普通だ。で、他の業界の素人にも見られるとまずいほどの、先進的設備投資をしている工場が、今の日本にどれほどあるかは不明である。それとも実は、「隠すものが何もないことを隠している」のかもしれぬ(これは探偵小説「ブラウン神父もの」の著者、G. K. チェスタトンが好んだ逆説だが)。

とはいえ、同じ業界同士で工場見学しあう、仲の良い業界もある。医薬品業界が、まさにそれである。医薬品の場合、製品の競争力の根源は、錠剤や液剤に(量的にはほんのちょっぴり)含まれる有効成分だ。そこは官庁許認可と知財権ががっちりガードしているから、他社は真似しようにも簡単には真似られぬ。そして、工場のラインを見学したって、その薬効成分の内容など分かる訳もない。この点、製品の目に見える形状や構造自体が、差別化ポイントになる機械業界や電機業界との違いである。だから医薬品業界は、学びあい、競い合って、工場の自動化・情報化を推し進めてきた。


  • 工場のスマート化=自動化+情報化(+グリーン化)

ところで以前も書いたことだが、「スマート工場」に学問的な定義はない。だから誰でも自分なりの定義を主張することができる。ただ、世の中の通例を見る限り、少なくとも「自動化」と「情報化」が大事な要素であることは見て取れる。

自動化(または機械化)とは、どんなことだろうか? 例を上げるなら、デパートのエスカレーターである。エスカレーターは、人が階段を上がる動作を、自動化してくれる。その気になれば5階だって10階だって、連続して登ることができる。

つまり自動化の主な効果は、人間の労力を減らすこと、あるいは人間ではできない速さや強さや精度で、仕事をできるようにすることにある。ただし、エスカレーターというアナログ機械には、誰がいつ乗り降りしたかを記憶するような、情報系の機能はない。自動化とは、必ずしも情報化を含まないのである。

では情報化とは、どんなことか? それは学校の出席簿を思い出せば良い。先生が授業のはじめに、「○○君」「はい」と点呼出欠を取り、その結果を紙の出席簿に書き込む。

出席簿自体はアナログで、まだデジタルデータにはなっていないことに注意してほしい。それでも、いつ誰がどの授業に出席したかを、ふり返って確認することができる(記録)。また学力低下など問題が生じた時の、原因を探る手助けにもなる。さらに、手書きの記録を数値化し、計算することで、傾向や、予測・計画のベースともなる。

自動化が、どちらかというと人や物を空間内で動かすのに対して、情報化は、現在・過去・未来の時間軸で視点を移動したり、集計によってより広い範囲を俯瞰するのに役立つことに注意して欲しい。もちろん出席簿をつけたからと言って、授業という苦痛な作業(?)が、楽になるわけではない。情報化は、必ずしも自動化を伴わないのである。

さらにいうと、現代で「スマート工場」という時は、環境負荷(CO2排出等)の低減や、作業環境の向上といった「グリーン化」も、大事な項目だと、わたしは考えている。だが今回は特に、工場の自動化と情報化を軸にしたスマート化について、主に考えている。実は、目に見える自動化と、目に見えぬ情報化があって、後者のほうが大事になってきている、という話をしたい。


  • 工場内の仕事の階層と、自動化

一般に、工場における生産に関わる仕事には、次の2つのレイヤーがあると考えて良い。

第1のレイヤー:実際のものづくりに関わる作業

これは「製造現場業務」と呼んでもいい。もう少し詳しく見ると、加工・組立等の付加価値を直接生む業務と、配膳・補充などに分けることもできる。後者は、それ自体では付加価値は生まないが、加工・組立を支えて効率化する仕事である。

第2のレイヤー:ものづくりの計画(指図/手配)・実績把握(記録/分析)・工場外との調整(問合せ/回答)に関わる業務

こちらは「製造マネジメント業務」と呼ぶことにする。具体的には生産計画・購買・保全・QAなどだ。これらの業務は、工場の間接スタッフがになっている。彼らは工場内の事務所スペースで仕事をしていて、工場見学などでも普通は見えない。この仕事の中には、第1のレイヤーの具体的仕組み作り(たとえばSOP=Standard Operation Procedure、標準作業手順書の作成など)が含まれる。

あえていうならば、第2のレイヤーの上には、さらに工場長(工場管理業務)があると言ってもいい。

図を見てほしい。この図のピラミッドは、わざと普通と上下を逆に描いている。通常だったらピラミッドの一番上に工場長が居て、その下にスタッフ層、そして一番下に現場職人、といった「上下関係」を示すだろう。だが、本当は、加工・組立など直接作業を、配膳・補充など間接作業がサポートし、さらに第1レイヤー全体を、第2レイヤーの製造マネジメント業務がサポートする。そして、一番下で全体を支えるのが、工場長だと、あえて考えている。
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ちなみに第2レイヤーは、本当は製造サポート業務と呼ぶべきだと、個人的には思う。「マネジメント」では偉そうに権力をふるう語感があるが、図のように、本来は『支える』機能だからである。だが、英語でManufacturing Operation Managementという言葉がISA-95の国際標準として通用しているため、やむなくそうしておく。

ついでながら、国際標準ISA-95が依拠するPurdue Modelでは、第1のレイヤーをLevel 0〜Level 2と定義し、第2のレイヤーをLevel 3と定義している。これについても多少の議論があるのだが、ここでは省略しよう。ともあれ、自動化・情報化は、レイヤー1・2の各層において、進める事となる。


  • 自動化・情報化をはばむもの

そもそも自動化(オートメーション)という言葉は、単純な動力等の機械化にも使うし、「自動制御」のようにコントロールにも使う。ただ、さすがに現代では、単純そうに見える機械にも何らかのチップが組み込まれているので、純粋なアナログ機械の時代よりは、情報系との関わりが強い。あえて、そこを分類するなら、

(1) 手足の代わりとしての自動化(機械化・ロボット化と制御):OTの領域
(2) 眼の代わりとしての自動化(計測・画像認識):OT的AIの領域
(3) 頭(記憶・判断・予測)の代わりとしての自動化:ITの領域

といった形になるだろうか。もちろん、ここにあげたのは、人間の作業の置き換えとして自動化・情報化を考えるケースだ。

このうち、第1レイヤーの仕事に適用するのは、主に(1)と(2)だ。つまり多関節ロボットが並んで自動車のボディを溶接しているラインが、その典型例である。こうした自動化は見えやすく、効果も分かりやすい。

では、こうした第1レイヤーの自動化の障壁となるのは、何だろうか? それは現在の製造業が直面している、多品種化(個別受注化)と短納期化にあるのだ。

なぜか。品種が増え、生産スケジュールも撹乱されがちだと、作業の繰返し性が低くなる。繰返し性が低いと、自動化が難しい。ロボットやAGVやNC工作機械を動かすには、プログラム(ティーチング) が必要だ。だが多品種で1回限りで超短納期なのに、プログラムなんて書いていられるだろうか?

かりにプログラムは作れても、そもそも指示を与えなければ機械は動かない。ところで生産スケジュールが頻繁に変わり、あるいは細部は現場リーダー任せだったりしたら、どうやってAGVに、A地点からB地点まで品目Xを何時何分に運べ、と指示できるだろうか? 自動化機械は日単位のアバウトな日程計画では動けないのだ。


  • 目に見えぬスマート化の意義とは

こうしたハードルを乗りこえるためには、第2レイヤー(製造マネジメント層)が、もっと「スマート」に定型化されている必要がある。具体的には、以下の2つの状態を目指す取組みである。

(1) QCDに関するコントロールがほぼリアルタイムに行えている

製造業の三大KPIである、品質(Quality)・コスト(Cost)・納期(Delivery)にもとづいて、工場は普通、運営されている。つまり製造マネジメントの中核に位置する訳である。しかし多品種化し納期変動の多い状況下では、従来の方法、つまり紙と人間の記憶に頼ったベースでは、リアルタイム性も正確性も低くなる。これでは現場の機械類に対して、制御の指示を出すことができない。

そこで、現場の自動化を可能にするために、

・詳細な生産スケジュール計画・指示と進捗把握、
・製造条件と品質検査項目の指示、変更管理と製造ロットのトレース
・オーダー別の人員と機械など製造資源の占有時間、材料・エネルギー消費などの記録

などが、第2のレイヤーできちんと情報化されている必要がある。

(2) 4Mに関する情報がデータ化されており、それもバラバラではなく関係づけられている

4Mとは、いうまでもなく、人(Man)・モノ(Material)・機械(Machine)・方法(Method)を指す。人の記録は勤務台帳や製造日報で、モノの状態は現品票で、機械の状態は運転保守記録で、方法はベテランの頭の中に・・といった具合に、情報がバラバラにある状態では、上記QCDのリアルタイムなコントロールができない。

とくに4つ目のM(Method=レシピないしBOP/SOP)が定型化され、マスタデータ化されている必要がある。そうでないと、第1レイヤーの自動化機械にプログラムを送れないからだ。だが、ここが形式知化されている職場は、決して多くあるまい。(医薬品工場というのは、その例外の一つだが、それはGMPという規制がかかっていて、事前に承認された適正な方法と手順で、製造することが求められるからである)

このように、第1レイヤーの自動化を支えるのも、第2レイヤーの情報化の重要な役割なのである。第2レイヤーの仕事自体は知識労働だから、その自動化とは「頭の代わり」であって、主に知識処理の高速化・大容量化、すなわち情報化(ITシステム化)に他ならない。


  • しかし情報化は、最後には目に見えるようになる

さて、問題なのは、第1レイヤーの自動化は現場に行くとすぐに目に見えるのに、第2レイヤーの情報化は目に見えにくいことだ。工場を見学する人も、注意深くないと(=生産管理にある程度通じていないと)、第2レイヤーがどれくらい情報化されているかを、見抜くのは難しい。

しかもやっかいなことに、頭の代わりの自動化・情報化は、投資対効果が見えない。なぜなら、それは生産量やコストの改善ではなく、俊敏性ないし適応能力の向上をもたらすからだ。車でたとえれば、積載量や最高速度や燃費が上がるのではなく、回転半径や加速性・安定性が向上するようなものだ。

しかしあいにく、わたし達の「生産性」「効率性」に関する評価尺度は、大量生産時代に確立された。それはちょうど、行き先の決まった一直線の道を走るトラックのような基準で定義され、測られる。くねくね曲がった都市の道を、宅配便の車のように個別に回るケース、すなわち多品種化し短納期化した昨今の状態では使えないのである。

つまり、わたし達の会計尺度には、何か重要なミッシング・リンクがある、といえるだろう。このことが、経営者や株主の、自動化に対する無理解・無関心を生んできた。前回の記事に書いたような、製造業のデジタル・ディバイドの遠因をつくってきたのである。

しかし第2レイヤーの情報化は、最終的には目に見える効果、それも結構劇的な効果をもたらす。それは工場のレイアウトにおける変化である。再び医薬品分野の話に戻るが、日本の医薬品工場のレイアウトは’90年代の終わり頃から、大きなイノベーションがあった。詳しくはセミナーで話す予定だが、物流搬送を自動化することで、従来と異なる発想の多層階レイアウトが可能になったのである。

それを可能にしたのは、MESとマテハン・システムの組合せであった。つまり、第2レイヤーの情報化と、第1レイヤーの自動化が組み合わさって、通常の工場と相当に異なる合理的なレイアウトが可能になったのだ。それは、行けば誰の目にも見える変化だ。それも、医薬品工場にMESがあることが前提となったから、実現したのである。ここまでいって初めて、工場の総合的なスマート化と呼べるのではないだろうか。

このような変化は、もちろん医薬品工場特有の条件はあるにせよ、他の産業でも潜在的に可能だと考えられる。正直に申し上げておくと、わたし自身は、医薬品工場プロジェクトには1件しか携わったことがなく、決してその分野の専門家ではない。ただ、幸か不幸か、わたしはいろんな産業の工場・プラントに関わってきた。その目から見て、すなわち産業間比較を通して、今後の製造業へのインプリケーションをお話しできればと思っている。


なお、上記でご案内したインターフェックスの専門技術セミナーは有償ですが、主催者からの優待枠が多少あります。もしご興味ある方がいらっしゃれば、ぜひ小生まで(勤務先のアドレスの方に)ご連絡ください。勤務先よりコンタクトさせていただきます。


佐藤知一@日揮ホールディングス(株)


by Tomoichi_Sato | 2022-06-21 22:07 | 工場計画論 | Comments(0)
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