前々回の記事「その時間の使い方は投資? 営繕? それとも価値創出ですか」で、わたしの個人的タイムシートはToDoリストと一体型だ、と書いた。ところで、わたしのそのツールはもう一つ特徴がある。それは、『アンチToDo』リストの機能ももっている点だ。 『アンチToDoリスト』とは何か。あまり聞いたことがない人も多いと思うが、それはタスクの優先順位の決め方に関連している。 言うまでもなく、ToDoリストには、タスクの優先順位のカラム(欄)が必要だ。リストには自分が今現在抱えているタスク、すなわち、やらなければならない仕事が並んでいる。一度にできることには限りがあるから、当然ながら優先順位づけが大事になる。それぞれのタスクに優先度を考えてインプットし、大きな順にソートする。そして上から順に実行する。 優先度の入れ方はABCでもいいし、数字でも良い。あまり細かく分けても実際的ではないので、せいぜい3ランク程度でいい。そのかわり、優先度は毎日評価し直さなければならない。タスクの緊急性が、毎日変わるからだ。締切の2週間前と、締切の当日とでは、当然ながら緊急度が違う。 タスクの優先順位付けを、その「重要度」と「緊急度」の二つの評価軸で考えるとわかりやすい。縦軸に重要度を取り、大事なものほど上に置く。横軸には緊急度を取り、急ぐものほど右に置く。この図は、ベストセラー『7つの習慣』の著者スティーブン・コヴィーが広めたので、コヴィーのマトリクスと呼ぶこともある。 図の右上にあるのは重要で緊急なタスクだから、当然ながら優先度が高い。左下は、重要でも緊急でもないタスクだ。優先度は低く、慌てて手をつける必要は無い。問題は左上にある「重要だが緊急でないタスク」と、右下の「重要でないが緊急なタスク」の順位づけである。 「重要だが緊急でないタスク」とは、どんなものか。例えば自分が外国語の勉強を志しており、オンラインのレッスンを受けたいと思っている、としよう。ただしレッスンは今日でなくても、いつでも受けられる。これが、重要だが緊急でないタスクだ。ところが、今日中に客先に打たなければならない、事務的な連絡のメールがある。つまらない雑用だ。これが「重要でないが緊急なタスク」である。 そして、わたし達は大抵の場合、右下の緊急なタスクに追われて、時間を費やし、結果として左上の重要なタスクを後回しにしてしまう傾向がある。つまりいつまでたっても、大事と思っている勉強が進まなかったりするのである。 ここで言う重要度とは、効果の大きさと考えても良い。緊急度とは、遅れた場合に受ける罰や被害などペナルティの程度である。 だから多くの論者は、人がマトリクスの右下にかまけて、左上を後回しにする傾向を批判し、なるべく左上の優先度を上げて着手しろ、と述べる。確かにごもっともだ。 ところで、わたしの意見では、この図には第3の軸があるのだ。ただ、わたし達には、それがよく見えていない。その第3の軸とは、そのタスクを行うための感情的なコストである。もっとわかりやすく言うと、やりたいか、やりたくないかの気持ちである。コストといっても、お金でも時間でもない。ただ、「面倒くさい」「気が重い」「心配だ」「恥ずかしい」など、感情的な障害を乗りこえるための心の上でのコストだ。 そして、このコストが、バカにならない。というか、そういう感情的なコストを、普段は自覚していない。 わたし達は、感情的動物である。それも相当に、感情的な動物だ。わたし達は、好き嫌いとか、快不快とか、面白い・つまらないとかいった、あまり論理的には説明しにくい状態に基づいて、行動を決めていく。でも、わたし達は自分自身に対して見栄っ張りなところがあって、自分は理性的に判断し行動しているつもりになっている。他人にもそう説明するし、自分でもそう信じている。 図でいうと、右上の象限にある、重要で緊急なことでさえ、なかなか手がつけられない経験がないだろうか? 正直、わたしには、よくある。優先順位は高いのだ。ToDoリストでも、上に来ている。なのに、それを飛ばして、次のタスクをやったりしている。なぜか? 感情的に嫌だからだ。 たとえば、顧客に期限を延ばしてくれないかと交渉にいかなければならない。とても重要だ。そして1日延ばしたら、事態はさらに合意が難しくなる。分かってる。だが、どうしても億劫で、つまり感情的なコストが高いので、やりたくないのである。 こういう問題点に気がついたのは4年ほど前だった。以来、単に重要度と緊急度だけで優先順位を決めるのではダメだ、と考えるようになった。重要だが、感情的なコストが高いタスク、いわば『アンチToDo』をどうにか進める手立てが、自分には必要なのだ。 ただし、ToDoリストと別に、もう一つアンチToDoリストを作るのは、あまり良い考えとは思えなかった。なぜなら、やりたくないことのリストなど、そもそも見たくないに決まっているからだ。リストを見なくなったら、何のために作っているか分からなくなってしまう。それに、自分は1人しかいないのだから、ToDoリストも1つにすべてをまとめるべきだ、との方針にも反している。 リストは1つにする。そして、1日の初めには、やるべきリストに緊急度と重要度の観点から優先順位をつける。その上で、優先度の高いタスクの中で、自分が「やりたくない」と感じているものを、一つ選ぶのである。(ちなみにわたしは、優先順位には1-2-3の、3つのランクをつけている。その中で、感情的にやりたくないアンチToDoの優先度を、マイナス1に書き換える。わたしのツールは昇順でソートするようになっているので、自動的に最上位に上がってくる) その日に選ぶアンチTo Doは、1つだけで良い。2つも3つもは、できない。そのかわり覚悟を決めて、それをやる。本当は、朝のうちにやってしまえば、その日は昼から軽い気分で過ごすことができる。だが夕方まで回してしまうことも、しばしばだ。 どうしたら、感情的にやりたくないタスクを、進めることができるのか。この数年間、いろいろ試してみてわかったことを少し並べてみよう。 まず、「やりたくない」感情を自分で認める事だ。これが出発点である。自分には感情がある。理性的な能力も少しはあるが、相当に感情的である。でもそれが多分、普通なのだ。知らぬうちに感情の奴隷になっていなければ、それで良い。 ToDoリストを運用する際には、その日にできなかったタスクを、翌日に回す。あるタスクを、5回続けて翌日回しにしたら、それは一種のアラームだと思ったほうがいい。きっと自分にとって、感情的なコストが高いのだ。 では、あるタスクが自分にとって感情的負荷の高い、アンチ・タスクだと分かったとしよう。それにどう取り組むか。 1つの方法は、それを「やる」と他人に宣言することである。「顧客に納期延長の交渉を始めます」と上長に宣言する。「外国語のオンラインレッスンを、今週始めるから」と家族に公言する。そして後戻りできないよう、自分の背中を自分で押すのである。 もう一つ大事なのは、そのタスクを小さなステップに分解してみることである。顧客との交渉なら、いきなりメールをうったり、相手のところに行って話を始めたりはするまい。交渉は準備段階が大切だ。 ・まずは現在の状況に至った経緯を明らかにする。契約条件、これまでの工程、相手の注文、などなど。 ・次に交渉のシナリオを考える。納期延長のメリットとデメリット、「BATNA」、落としどころなど。 ・そして説明資料をまとめる。関係部署と合意を取る。 ・それから顧客とアポを取る。交渉はやはりface-to-faceが原則だ。 ・一度では合意に至らないかもしれない。帰ってから上司との相談も必要だろう。 ……こんなふうに、大きなタスクを、最低でも4つか5つの小さなステップに分けるのである。そして一つ一つ、進めていく。 もう一つ大事なことがある。それは、1日に15分で良いから、必ず手をつける事である。小分けしたステップの1つが終わらなくてもいい。とにかく、少しでも進める。1日の終わりに、少なくとも自分は先延ばしにはしなかった、と思えるようにする。それによって得られる小さな安心感・自尊心が、実は大事なのだ。われわれは感情的な動物で、自尊感情も、自分を安定させるために必要だからだ。 繰り返しになるが、わたし達は理性で後付けの理屈をつくって説明することが上手だ。その割に、というか、そのために、というべきか、ともあれ自分自身の感情的な状態に案外、無自覚である。そのことが、わたし達の社会的な、あるいは協同的な働きを、いつも難しくしている。 そのためにはまず、自分の感情的な状態について検知する姿勢が大切だ。そういうタイミングをつくる。朝一番でも、夜のふりかえりでもいい。また、そのときは「身体」というセンサーも、案外、役立つ。どきどきしているとか、喉が締め付けられるようだとか、胃が重いとか、頭が痛いとか。予兆程度でも、気づけるようになった方が良いと思う。 そしてまた、「我にかえる」ことが大切である。よく職場などで対立的な議論、言い合いになり、頭に血が上ることがある。あと先を忘れた状態だ。だが、その時ふと、我にかえることができれば、少しはのぼせが冷めて、議論も視野が広がる。 ToDoリスト、タスクリストは、「やらなきゃならないこと」のリストである。だがわたし達には、「やりたくないこと」も少なくないのだ。もちろん、やりたいこと・楽しいことだけやって、お金もやりがいも手に入るのが理想ではある。 でも感情というのは色彩と同じで、一様に見えても細かく寄ってみると、いろいろな色が混ざり合っているものだ。全体として「楽しい」ことだって、細かく見ると「面倒な事」もいろいろ混ざり合って、できあがっている。その面倒な事につっかかって、やりたい事の全体のバランスが失われないよう、アンチToDoとのつき合い方を磨かねばならないのである。 <関連エントリ> (2022-05-12) (2015-09-30)
by Tomoichi_Sato
| 2022-05-28 18:07
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