「真説・企業論」中野剛志・著 (Amazon) 「真説・企業論 ビジネススクールが教えない経営学」 (honto) 「突然ですが、あなたのお勤めの会社で、入社三、四年目の若い部下が『起業してイノベーションを起こしたいから、会社を辞めます』と言い出したら、あなたは上司として何と言いますか? 私は国家公務員を二〇年ほど勤めていますが、実は、私にも、若い部下が突然『ベンチャー企業でイノベーションを起こしたい』と言って辞めてしまったという経験があります。見どころのある青年だったので、私としては、できれば辞めてほしくはなかったのですが、結局、その時は、説得することができませんでした。」(P. 7-8) 本書はこういうエピソードで始まる。ちなみに著者の紹介欄には、「1971年、神奈川県生まれ。評論家。」などと書かれているが、じつは著者は経産省の現役の官僚である。だからその若い部下は、霞ヶ関の、将来を嘱望されるキャリアをなげうって、ベンチャー企業に転身したわけだ。イノベーションを起こすためだ。 それ自体は1つの決断だろうから、はたの人間が良し悪しを議論しても仕方がない。だが、日本におけるベンチャー企業が成功し、成長していく勝率はどれくらいあるのだろうか。そもそも日本は、イノベーションが育ちにくい社会だと、しばしば指摘される。これは本当なのだろうか。 著者は次に、ある著名なコンサルタントの主張を紹介する。アメリカではシリコンバレーに代表されるように、ベンチャー企業がどんどん起業してイノベーションを起こしている。それは80年代のアメリカの国家戦略、特に教育政策と規制緩和がもたらしたものだ。したがって日本も同じような構造改革の政策を取らなければならない・・ ちなみにこのコンサルタント氏は、東大工学部を卒業し、大手メーカーに就職。そこから企業派遣でスタンフォード大学に留学、帰国後にマッキンゼーに転職する。さらにその後シリコンバレーのベンチャーキャピタルを経て、国内でベンチャー支援を続けている。いかにもかっこいい、頭の良さそうな経歴である。政府の研究会にも呼ばれ、メディアでも発言をしている。 だが、この主張は本当だろうか、と著者は疑問を投げかける。そして続く各章で、具体的な統計データと、様々な経営学者の先端的研究を引用しながら、問題点を次々と明らかにしていく。それは極めて驚くべきものだ。 まず、アメリカにおける企業の開業率は、1980年代半ばから低下傾向にある。2009年以降の開業率は1977年の約半分にまで減り、2010年には廃業する率の方が上回っている。国際比較で見ても、アメリカは決してベンチャー企業の天国ではない。 でも、シリコンバレーと言う見事な実例があるじゃないか。ところが著者は、具体的ないくつもの事例を引きながら、80年代のシリコンバレーは、軍事関連産業の集積地で、国防総省の強力な支援があって成長したことを明らかにする。IT産業も、その要素技術をたどれば、多くが軍事技術の応用で、軍から開発資金提供を受けたものだ。 ベンチャー・キャピタルも、リスクマネーをスタートアップ企業に供給して、イノベーションを育てると言う世間のイメージと、実態は違っているという。「ハイテク・ベンチャー企業の7割は、最後に資金供給を受けてから2年以内に倒産」している(P.77)。言い換えればベンチャー・キャピタルは、2年以内に結果を出すことを求める。 だが画期的な技術がビジネスの利益を生み出すまでに、2年では明らかに短すぎる。逆に言うとイノベーションは、長期的に持続する組織と人間関係がなければ、育たない。それは本来、大企業の役割のはずだった。 著者は「イノベーションのジレンマ」で有名な経営学者クリステンセンの言葉を引きながら、アメリカ企業が短期主義に走り、イノベーションに挑戦しなくなった理由は、ビジネススクールの教える経営手法にあると言う。 さらに経済学者のR・ゴードンや、T・コーエンの研究を引きながら、アメリカは過去40年間、むしろ経済的には停滞に陥り、生産性が鈍化し、画期的なイノベーションが起きにくくなってきたことを、統計的に明らかにする。 にもかかわらず、日本では、アメリカに留学しビジネススクールで洗脳された官僚たちが主導する、「コーポレート・ガバナンス改革」を進めている。これは日本企業の経営をも短期主義的にする結果をもたらしており、結果として日本を、イノベーションが起きにくい国としてきている。 アメリカに学んではいけない。これが著者の、中核的な主張である。 しかしながらこの主張が、残念ながら今の日本で受け入れられにくいだろうことも、著者は理解しておられるはずだ。著者の中野氏とは、わたしも数回、会議などの席上でお話ししたことがあるが、非常に洞察力のある、頭の良い方である。だからこそ本書はユニークで、読んでいて面白い。どこか外国の教科書の引き写しではなくて、自分の頭で考え、自分の目で調べたことを積み重ねて、描かれているからだ。 ただあいにく、私たちの社会の多くの人々は、たとえ知的階層に属していても、どこかにある教科書の正解、どこか外国のカッコいいやり方のものまねという、とても「省エネ的な頭の使い方」から、踏み出せずにいる。 本書の副題は「ビジネススクールが教えない経営学」である。教えてくれないのだから、自分で考えるしかない。自分で考える覚悟があるから、留学しても、洗脳されずに帰ってくる。著者の中野氏は、それができる人だ。でも、残念ながらわたし達の社会の停滞は、「自分で考えるのは面倒くさい」と言う人が大多数である。長い不況はここに、根本原因があるのだ。もしもわたし達がなんとかそこから脱出したければ、本書を読んで、社会的なものごとに対する批判的で客観的な見方を学ぶ必要があるだろう。 「仕事で成長したい5%の日本人へ」今北純一・著 (Amazon) 「仕事で成長したい5%の日本人へ(新潮新書)」今北純一・著 (honto) 今北純一氏は若い頃に日本を飛び出し、自分の実力だけでビジネス界に道を切り開きながら、バッテル研究所(スイスのシンクタンク)、ルノー公団(フランスの自動車メーカー)、エア・リキード(米仏にまたがる素材メーカー)、そしてCVA(フランスに本社のある戦略コンサルティング企業)など、欧米企業の要職を歴任してきた人だ。とくに、技術的な実力派の大企業が多い。そうしたキャリアの著者から見た、日本人ビジネスマンへのメッセージが本書である。 じつは今北氏は、わたしの研究室の大先輩でもあった。惜しくも先ごろ亡くなられたが、晩年親しくさせていただき、薫陶を受けることができたのは、まことに幸運だった。 欧米の厳しい競争社会で対等に働くには、個人の『個』が確立していないと、やっていけない。今北氏はその点を大切にしていたが、日本社会では、そこがある意味、一番わかりにくい。学歴や資格だけでは、勝負できないのだ。 自分の仕事に対する値段として、「いくら欲しいのか」と聞かれたら、どう答えるか? ――これが本書冒頭の問いである。自分の仕事の能力と成果の価値は、どれほどなのか。これを常に考えるのが「個」なのである。組織に従属しているだけだと、こういう問いは頭に思い浮かばない。 「しばらく前から、『3年で会社を辞めてしまう若者』が問題になっています。早々と辞めることは一概に非難はできませんが、『自分の能力を判断するのは自分ではない。他人である』という冷徹な事実は忘れない方が良い。」(P.23)と今北氏は書く。 関する自分の能力に対する自負心は必要だ。だが同時に、自分の能力への判断は他者の方が正確だ、と認める冷静な客観性も持たないと、自己を確立できない。 今北氏は、日産に赴任する前のカルロス・ゴーンにも会って、アドバイスを与えている。「日本には2種類の沈黙がある」と伝えたと言う。1つ目は、ノーアイディアの時の沈黙。これは世界共通だ。しかし、2つ目の沈黙には気をつけなければならない。「それは何かと言うと、あなたが聞く耳を持たない人だと判断されたときの沈黙である。この2つの沈黙を見極めないと、日本に行っても会社組織をきちっとマネージすることが難しい」(P.84) 日本と欧米では、言語に対する位置づけがほとんど正反対だ。欧米人はほとんど、言語至上主義者であるかのように、わたし達からは見える。黙っている人間は、何も意見がないのだ。黙っている人間は馬鹿なのだ。それが欧米、とくにフランス社会の論理である。 そのかわり、対等な個人の間での「対話」を大切にする。会社の上司と部下であっても、あるいは学校の先輩と後輩であっても、個人と個人は対等なのだ。そして対話を通じて、知恵が生まれていく。これが彼らの世界観である。 残念ながらわたし達の社会では、このような意味での対話が成り立ちにくい。対話が乏しいと、創造性も成長もない。今北さんは常に、これを問題と考えておられた。 本書のタイトル「仕事で成長したい5%の日本人へ」はその意味で、非常に象徴的である。仕事を通じて成長し、自己実現を図りたいと強く願い続けている人は、概ね100人中5人程度しかいない。これが、今北さんが経験的に観測してこられた事実である。95%の人は、仕事は仕事、自分は自分、と割り切っているのだろう。 「植物が成長するには、窒素、カリウム、リン酸という3大栄養素が必要ですが、私は人間の成長にはミッション、ビジョン、パッション(MVP)という3大要素が必要だと考えています」(P. 8) この三つを持ち続けるのは、簡単ではない。だからあえて、自分を無理にでもそのような環境に押し出し、リスクをとりながら働き続ける必要がある。まさにそれが、今北氏自身の生き方であった。氏の教えを胸に刻みながら、自分も前に進み続けたいと思っている。 <関連エントリ> →「書評:『ビジネス脳はどうつくるか』 今北純一・著」 https://brevis.exblog.jp/14925783/ (2011-06-09)
by Tomoichi_Sato
| 2022-03-25 07:34
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