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プロジェクトのゴールと目標と目的は、どこが違うのか?

西暦の紀元を、さらに遡ること5百年前。古代中国の呉王は、斉(山東省)出身の孫武という男を召しかかえた。知略に優れた武人との話であった。王は彼の書を読んで感心し、謁見した後、彼の実力を見るため、模擬演習で兵を指揮してもらいたい、といった。そして宮中の女達180人を呼び集め、左右の二隊に分けると、自分の愛姫二人をそれぞれの隊長に任命した。

孫武は一同に矛(ほこ)を持たせると、「お前たち、いいか。左の合図をしたら自分の左手を、右の合図なら右手を、前の合図では自分の胸を、後ろの合図で背中を見よ。」といいわたした。そして再度訓令して何度も申し伝えてから、さて大太鼓で「右!」の合図を打ったところ、うら若き女達はどっと笑いこけた。

「取り決めが徹底せず、命令が行きとどかないのは、将軍たるわたしの責任です。」孫武はそういって、再三訓令し、何度も伝えさせてから、今度は「左」の合図を打った。ところが女達はまたどっと笑った。

「すでに取り決めが徹底している以上、決まりの通り動かないのは、これは監督の隊長の罪だ」と孫武はいい、二人の隊長を斬り殺そうとした。台上から見ていた呉王は、自分の愛姫が殺されそうになったので、あわてて伝えた。「将軍が立派に軍隊を指揮できるのは、もう分かった。しかしこの二人の女は殺さないでほしい」

しかし孫武はこう答える。「自分は命を受けて将軍となりました。軍中にあっては、王の命令といえどもきけないときがあるのです」。そして見せしめのために、本当に二人の女を切り捨てた。青ざめた女達は、さすがに次の太鼓では定め通り整然と動いて、声もなかった。

「軍はすっかり整いました。王よ、おいでください。お望み通りに、たとえ火の中といえども動かせます。」奏上した孫武に対して、呉王は「・・予は気分がすぐれない。将軍は休息を取って宿舎に帰られたい。」と答える。すると孫武はこう言い放つ。

「王はただ兵法の言葉づらを好まれるだけで、実際の運用はおできにならないのですね。」

——司馬遷が「史記」に伝える、孫子の逸話である。呉王は深く恥じ、孫子を実戦の将軍に任命すると、西の大国・楚を撃破し、北の斉や晋にも威勢を示したという。

ずいぶんと剣呑なエピソードだ。だが「孫子」13巻は、今読んでも確かに面白い。「戦わずして人の兵を屈するのが善の善」(=戦争をせずに勝つのが最上)だとか、「彼を知り己を知れば百戦あやうからず」とか、有名な言葉だが、まことに含蓄がある。

また結構数字に詳しい点も、興味深い。孫子はきちんとデータにもとづいて考え、数字をベースに作戦を立てた人だと分かる。「(謀で戦わずに勝つことなどに比べて)最もまずいのは城攻めである。櫓など城攻めの道具の準備に3ヶ月かかり、土塁の土盛りにさらに3ヶ月。その間に将軍が待ちきれずに総攻撃をかけたりすれば、兵の三分の一を戦死させて、しかも城が落ちなかったりする。これが攻の災いだ」などという。

(なお、本稿の引用は、金谷治訳注「孫子」岩波文庫版に依っている。といっても、かなり自由に改編させていただいたが、非常に読みやすい訳文で、お勧めである)

孫子が生きていたのは、春秋戦国時代の動乱期であった。古代国家・周の力が衰え、諸国乱立で戦争の絶えなかった時代である。もっとも、それから2千5百年経っても、人類は相変わらず戦争をやめないのだから、この間の進歩とは何だったのか(・・なんだか、前回記事でも似たようなことを書いたなあ)。

少なくとも、この、戦争がやめられない問題に関しては、人類のメンタリティの設計自体に、何かバグが内在しているのではないか、という疑念が生じてくる。だが、今はこの問題には深入りしないでおく。

ここで考えたいのは、Why、すなわち、なぜ戦(いくさ)をするのか、という事である。戦争目的といってもいい。最近の流行の言い方ならば「パーパス」かもしれない。

孫武は将軍だが、斉の出身者で、呉国の人ではない。呉王とは、いわば契約関係で結ばれているだけである。つまり、傭兵隊長のようなものだ。古代中国の帰属意識がどうなっていたのか、わたしは詳しくはない。だが、呉国と命運を共にする必要はないし、そのつもりもなかったろう。もちろん、実際の戦闘は命がけだが、彼が命をかけるのは自分の任務、あるいは自分の名誉のためであって、呉への愛国心ではない。

孫子の、最高の兵術家として名をなしたい、という個人的パーパスと、呉国の、領土を拡大し支配を安定させたい、という組織のパーパスが、たまたま重なり合うところに、彼の働きが成立した。傭兵隊長としての孫子、いわばプロジェクト・マネージャーとしての彼にとって、個別の戦争というプロジェクトで成功することだけが、求められる。

戦争をプロジェクトととらえ、将軍をプロジェクト・マネージャーにたとえるのは、いささか不穏当な形容だろうか。まあ、少なくともわたし個人は、ビジネスの用語や概念に、「戦略」だの「戦術」だのといった軍事用語を持ってくるのは、本当はあまり好きではない。争いが苦手な、臆病な性格だという事もあるだろう。だが、冷徹で合理的な判断を要するビジネスに、戦争用語の持つ奇妙な高揚感やヒロイズムが紛れ込むのが、いやだからかもしれない。

ただ、現代プロジェクト・マネジメントの技法や概念が、主に米国のミリタリー分野の周辺で発達してきたことも事実である。その典型例が、1950年代にポラリス・ミサイルの開発に伴って、米軍シンクタンクのRAND研究所で考案された、PERT計画手法であろう。

また、米国NASAによるアポロ計画も、モダンPM論の枠組みを推し進めるのに、大きな役割を果たした。

たとえば、「アポロ計画」全体は、プログラムである(アポロ計画の英語はApollo Program)。その下に、アポロ1号・2号・・といったロケット打ち上げという、個別のプロジェクトが並ぶ。それぞれのプロジェクトの下は、さらにロケットの設計から始まって、打ち上げ後の回収まで、フェーズがある。プログラム>プロジェクト>フェーズ、という周知の階層構造は、このときに概念が定まった。

アポロ計画が1961年のケネディ大統領の演説で始まったことは、以前の記事 にも書いたし、良く知られていることだ。ケネディが宣言した、「'60年代のうちに、人を月世界に送る」という目標については、当時これを聞いた多くの専門家が、「そんなの無理だろう」と思ったらしい。

「一見不可能な目標設定をすることで、人びとの挑戦心を引き出し、イノベーションを実現するのが、ブレークスルー手法である。」みたいなことを、よくコンサルタントが、ケネディを引き合いに出して述べる。だが、実際に米国人達を駆り立てたのは、このままでは宇宙競争でソ連に負ける、という危機感だった。事実、50年代終わりの時点で、ソ連は米国を宇宙開発技術で一歩も二歩も引き離していた。

だが、なぜ宇宙競争に後れを取ることが、そんなにも米国にとって重要だったのか。威信? それもある。だが、もっとシリアスな理由があったのだ。

人類を月に送り込む、というは、ケネディがアポロ計画に設定した『ゴール』である。ゴールというのは、マラソンのゴール地点を思えば分かるとおり、そこに到達したら仕事が終わりになる地点である。

プロジェクトとかプログラムとかは、一過性の仕事だ。一過性とは終わりがあるという意味で、その終点、いいかえれば「完了条件」を定めるのがゴールだ。ゴールは、プロジェクトが何を(What)生み出すか、とか、どこに(Where)到達するか、といったことで決められる。

ちなみに、ふつうの仕事、いわゆる定常業務というのは、銀行の窓口にせよ、営業のセールスにせよ、工場での生産にせよ、毎日続けるものである。定常業務には、終わりがない。むしろ、終わらないために努力するのが、ふつうの仕事である。

ところがプロジェクトとかプログラムは、「終わらせるために努力する仕事」である。そういう意味で、定常業務とは、性質が全く違う。とうぜんながら、マネジメントの方法も相当に違う。

プロジェクトやプログラムがどういう終わり方をしたら、成功と言えるかを測る基準が、「目標」である。目標は、時間・コスト・性能など、客観的に測れる形で定義する事が望ましい。アポロ計画の目標は、「60年代内に」という時間的な期限が目標だった。コストでも、送り込む人数でもなかった。

だがケネディは、なぜ(Why)アポロ計画を始めるのか、本当の理由は言わなかった。彼は単にアメリカ人の競争心を刺激しただけだ。ある意味、多くの米国人にとっては、それで十分なのだろう(なにせ単純な人達なのだから)。

では、アポロ計画の真の目的とは何だったのか。それは軍事にあったのだ。

第一次世界大戦は、欧州を広範囲に巻き込んだ戦争だった。アメリカも途中から参戦した。そして、第一次大戦の勝敗を決したのは、『制海権』=海上の支配権、だった。英語で、Mastery of the seaという。

それまでの戦争は主に陸地戦で、歩兵や機動部隊、そして補給線が問題だった。その点では、孫子の時代から本質はあまり変わっていない。だから地形が重要になり、地政学などと言う学問が欧州で育った。しかし戦域が欧州全体から米国まで広がるに及んで、海上輸送による補給の重要性がはるかに増した。そのため、海を支配する側が、戦争に勝つことになったのだ。

ところで、第二次世界大戦のときには、すでに状況が変わってしまった。その間の四半世紀で、一番大きな軍事上の変化は、飛行機の発達だった。戦闘機や爆撃機が、機動的な攻撃の中心になった。そして、第二次大戦の勝敗を決したのは、『制空権』=空の支配権だった。制空権を持つ側は、陸上・海上の軍隊の移動や補給を、空からの攻撃で牽制し断ち切ることができる。したがって、敵地の防空網を破壊し、空域を支配することが、絶対的に重要なのだ。

では、きたるべきソ連との第3次世界大戦で、勝敗を決するのは何か。それは『制宇宙権』だというのが、当時の米国の認識だった。だから彼らは、宇宙技術を進めるために、アポロ計画をはじめたのだ。

アポロ計画の目的は決して、人間を月に送り込むことではなかった。それは当面のゴールに過ぎない。なるほど、ロマンチックなゴール設定ではある。純真な科学者・技術者を駆り立てるには、適切なゴールだ。だが、真のねらいは、米国が宇宙の支配権を確立すること、それによってソ連と戦争し打ち負かすことであった。

プロジェクトのゴールはWhat(あるいはWhere)を示す。目標は、成功基準としてのHowを示す(how fastとかhow muchとか)。

そしてプロジェクトの目的・パーパスとは、なぜそのプロジェクトを行うか(Why)を示すものだ。

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目的はたいていの場合、ゴールよりもずっと先を見ている。短距離走者にとって、ゴールは100m先のテープだ。だが、陸上競走の目的は、100m先のゴール地点にたどり着くことではない。そんなことは、二本足を持つ健康人なら誰だってできる。だから走者にとっての目標(成功基準)は、たとえば「12秒台で走る」とか「自己記録を更新する」になるのだ。

孫武が将軍として兵を率いた西の大国・楚との戦いの、目的はなんだったのか。「勝つこと」は目的ではない。それはゴールに過ぎないのだ。成功基準は、「勝つ」ないし「有利な条件で停戦協定を結ぶ」だったろう。「戦争に拙速はあっても、巧久(うまくて長引く)は無い」と、孫子は書いている。

じつは、傭兵隊長である孫子には、戦争の目的を決めることはできないのだ。だから、戦争を始める権限も無く、勝手におしまいにする権限もない。たとえ戦いが無益に見えても、勝手に休戦したら、それは投降を意味する。プロジェクト・マネージャーは、プロジェクト目的を決めることはできない。彼/彼女には、与えられたミッションを上手に遂行することだけが、求められる。

目的を決めるのは、傭兵隊長の上司である国王(経営者)である。プロジェクトの開始も終了も(あるいは中止・撤退も)、すなわちプロジェクトの全体的な価値判断は、プロマネではなく、その上が決める。「上」とは、経営者かも知れないし、ステアリング・コミッティーという組織体かもしれない。いずれにせよ、プロジェクトを発進させ、プロマネを任命する権限を持つものである。

もちろん孫子は、単に兵術家であるだけでなく、すぐれた思想家であった。春秋戦国時代にすぐれた武将は大勢いたが、彼の名が残ったのは、深い思想を持っていたからだ。彼自身は、従事する戦争の目的についても、内心吟味していたに違いない。

「軍中にあっては、王の命令といえども聞けないときがあります」という彼の冒頭の言葉は、通常は「現場の状況は現場にいる者が一番知っているのだから、権限委譲が必要だ」という意味でとられる。もちろん、その通りだろう。だが、王の愛姫を承知で斬り殺そうとしたとき、彼は自分も無事ですむと思っただろうか。覚悟を決めて、柔弱な王を目覚めさせなければ、いくらでも命が無駄になると悟ったのではないか。

「戦争は国家の大事で、よくよく熟慮せねばならぬ」と、孫子は冒頭に述べる。孫子は戦略家だが、決して好戦家ではなかった。彼はWhatやHowの前に、Whyの方がずっと重要だということを、よくよく知っていたのである。


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by Tomoichi_Sato | 2022-02-28 23:43 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)
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