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システムの科学理論は、はたして確立できたのか

3年ほど前のことだ。MITのシステムズ・エンジニアリング分野を率いるCameron, Crawley & Selvaによる大著「Systems Architecture」(2016)を取り寄せて、期待を持って読み始めた。この分野の最新の進歩が学べると思ったのだ。

ところが、表紙をめくって1ページ目で、がっかりした。そこには重要な原則一覧が並んでいるのだが、冒頭に『創発Emergenceの原則があげられていて、こんなことが書いてあったのだ。

「創発の原則:システムのエンティティーが合わさると、それらの相互作用が機能、ふるまい、パフォーマンス、およびその他の特性を創発させる」

(ちなみに同書は現在、東大の稗方和夫准教授による邦訳も出ており、上の文はそちらから引用させていただいた)

うーん、創発かあ。システムには創発的特性emergent propertiesがある、というのは、よく言われる主張だ。だが、本書をめぐっても、創発がどのようなメカニズムで起き、どう予測できるかについての法則性は見つからなかった。

なお、ここでいう「エンティティ」entityとは、システムの構成要素のことだ。ちなみに、彼らのシステムの定義は、(原文では)こうなっている:

A system is a set of entities and their relationships, whose functionality is greater than the sum of the individual entities.

システムの機能は、その構成要素の機能の単なる合計よりも大きい。まぁ言いたい事はわからないでもない。だが、機能って足し算できるものなのか? 頭の中に疑問符が飛び交った。そして彼らのこの主張は、2千年以上前に、ギリシャの哲学者アリストテレスが主張したテーゼを思い出させる。

全体は部分の寄せ集め以上の存在である」(アリストテレス)

2千年間、言うことが変わらない西洋人たちもすごいが、ではこの2千年間の進歩とは一体何だったのか。MITのキャメロンらは工学の研究者で、彼らのテーマは設計方法にある。だが工学の基礎にあるのは、対象物に関する科学である。システムの科学理論は、どう発展してきたのか。現状、どうなっているのか。振り返ってみるのも、無価値ではあるまい。

近代科学が急速に発達した18世紀から20世紀前半まで、科学は「還元主義」の強い影響下にあった。還元主義とは、物事の性質やふるまいを、その構成要素に帰することで説明しようとする態度だ。物質の性質は、それを構成する分子によって説明し、分子の性質は、構成する原子から説明し、原子の性質は、電子や中性子といった素粒子で説明する。

このように深く細かく分け入って対象を分析すれば、全体を説明できるようになるはずだ、というのが還元主義の態度である。

20世紀前半は、このような近代科学を生み出した欧州の貴族社会と文化が、二度の世界大戦を経て、崩壊していく時代だった。同時に、行き着くところまで行った論理主義が、見直される時代でもあった。

こうした流れの中で出てきたのが、オーストリアの生物学者ベルタランフィ L. von Bertalanffyによる「一般システム理論」 (1968)である。ウィーン学派に属する彼は、40年代ごろから構想を発表し始め、54年には数学者ラボボートや経済学者ケネス・ボールディングらと、一般システム理論協会を設立する。

ベルタランフィは、「全体は部分の寄せ集め以上である」というアリストテレスの観点を支持しながらも、アリストテレスが理由としてあげた「生気論」を、神秘的として棄却し、「有機体のシステム論」を提唱する。生物の特徴は、ホメオスタシス(恒常性)があることだ。生物的システムを、環境と相互作用しながら定常状態(動的平衡)を維持する解放系ととらえ、かつ階層性の視点も取り入れた点で、現在のシステム理論に大きな影響与えた。

科学的還元主義への疑問が、物理学ではなく生物学から出てきたのは、興味深い。生き物はやっぱり不思議だからだ。その不思議さに感動しなければ、生物学者にはならない。

生物学の系譜を見ると、1950年代に、米国のオダム E. P. Odumらが、物質循環を基礎とした生態学を確立する。主著は「生態学 Ecology」(1963) 。いわゆる生態系=エコシステム論である。これは後に、ローマクラブの「成長の限界」などの議論と合流し、いわゆるエコロジー運動、すなわち環境保護主義にも結びついていく。

オダムの理論に欠けていた空間的な視点を、エコシステム研究に持ち込んだのが、理論生態学者のレヴィン S. Levin(米)である。わたしはたまたま、この人と縁あって知り合いなのだが、京都賞を受賞する頃に出した一般向けの「持続不可能性 Fragile dominion」 (1999)はなかなか読みやすい。この中で彼は、最近の「複雑系」の研究成果も引きながら、自己組織化臨界の概念を用いつつ、生態系の進化を考えている。

生態学は生物集団の学問だが、生物それ自体の機能研究からも、「オートポイエーシス」なる概念が出てくる。チリの 生物学者マトゥラーナ H. R. Maturanaらが、1970年代に提唱した。「知恵の樹 El arbol del conocimiento」 (1973)などで、彼らは生命システムは、自己の構成要素を自ら生成する、自己言及的なネットワークとして規定する。これは、機械論的なシステムとは異なる性質である。自動車は複数要素からなるシステムかも知れないが、部品を自分で生み出したりはしない。こうしたシステムは「アロポイエーシス」と呼ばれる。

ところで生物学と並んで、物理的な還元主義と折り合いが悪いのが、人間集団を研究する社会科学であった。

1950年代に、米国の社会学者パーソンズ T. Parsonsは、大著「社会体系論 Social Systems」(1951)を書く。彼は人間社会の行動を功利的に説明する、それ以前の社会学を批判し、社会システム論を考える。そして社会システムの各部分に関して、その「機能と構造」で分析する研究アプローチを提唱した。生態学者オダムも、生態系の機能と構造を明らかにするのが生態学の目的だといっているが、この時代の問題意識をよく表している。

ただし、当時の日本の学会では、Social systemの訳語を「社会体制」とすべきか「社会体系」とすべきか、といった議論がなされていたという。いかに「システム」概念が日本のアカデミック世界に乏しかったかが想像される。

パーソンズは後に、サイバネティックスの理論を取り入れた。彼の弟子筋に当たる、ドイツの社会学者ルーマン N. Luhmanは、「Soziale Systeme」(1984)などで、 オートポイエーシス論を取り入れる。

この系譜に入れるべきかは分からないが、「世界システム論」というのも70年代に出てくる。歴史社会学者ウォーラステイン E. Wallersteinの「近代世界システム The Modern World-System」(1974)である。彼は、大航海時代以後の世界全体が、政治・経済・社会的に機能する一つの資本主義的システムとなった、というパースペクティブを提唱する。

人間集団としては、企業組織も重要である。経営学の分野では、早くも1930年代に、米国のバーナード C. I. Barnardが、有名な古典的名著「経営者の役割 The functions of the executive」 (1938)を書く。バーナードは通信会社の経営者で、学者ではなかったが、すぐれて抽象度の高い「協働システム」としての組織論を展開する。彼はある意味で、今日の組織論研究の先駆けだと言ってもいい。

ある意味で、彼の系譜を継ぐのが、経営学者として初めてノーベル経済学賞を受賞したサイモン H. A. Simonである。彼の主著「システムの科学 The Sciences of the Artificial」 (1969)などで、階層的システムの意思決定論を、情報の限定性などの観点から作り上げていく。

さて、生物学・社会科学と見てきたが、科学的還元主義の中心にいた、肝心の物理学・数学においてはどうなのか。

実はこの分野においても、第二次大戦直後に、大きな変化が現れる。それは情報と制御に関する新しい研究の進展だ。その牽引役となったのが、ウィーナーとシャノン、そしてフォン・ノイマンだった。

米国の数学者ウィーナー N. Wienerが「サイバネティクス Cybernetics, or Control and Communication in the Animal and the Machine」(1948)を出したのと、通信工学者シャノン C. E. Shannon(米)が「通信の数学的理論 A Mathematical Theory of Communication」(1948) を出したのが同じ年だ、というのが興味深い。

ウィーナーはフィードバック制御機構を伴うシステムとして、機械と生物に共通性を見いだし、共通の研究方法論としてサイバネティックスを提唱する。今日、サイバネティックスを標榜する大学の学科は存在しないが、この概念は社会的に広範な影響を及ぼした。サイバー空間などの言葉は、ここから来ている。シャノンの通信理論は、後に情報理論に衣替えし、計算機科学の1つの基礎となる。

ただし、現代の計算機科学の中核を作ったのは、数学者であり物理学者でもあったノイマン J.von Neumann(ハンガリー/米)である。彼はプログラム自体をデータとして扱う、ノイマン型コンピュータを開発する(1945-52)。電子計算機はコンピュータ・システムと呼ばれ、結局のところ「システム」といえばコンピュータのことだ、と思う現代の偏った社会的理解を生むもとになった。

この系譜の発展系に入れてもいいのだろうが、数学的なシステム研究も60年代頃から盛んになる。たとえば、ワイモア A.W.Wymore(米)の状態機械論である。彼は後に、システムズ・エンジニアリングの国際団体であるINCOSEの初代Fellowにもなった。あるいは、クリア G.J.Klir(チェコ/米)のシステム分類論、メサロビチ M.D.Mesarovic(セルビア/米MIT)の数学的階層システム論などだ。ここら辺の研究者の名前はわたしはあまり馴染みがなく、「 世界大百科事典」の 市川惇信(東工大名誉教授・国立環境研究所長)の記事によっている。

最後に、ある種そこから派生したと言っていいのが、システム・ダイナミクスの研究であろう。システム・ダイナミクスの生みの親は、電気工学者で後に経営学者になった、フォレスター J. Forester(米)である。彼のこの分野の最初の著書は「Industrial dynamics」(1961)だ。

フォレスターはさらに社会問題のモデル化にも手を広げ、ローマクラブと出会う。ローマクラブはイタリア人実業家ペチェフィが設立したシンクタンクだ。彼らは1972年に「成長の限界」 を発表する。この中で、システム・ダイナミクスにもとづく地球規模の人口・経済・資源・環境のシミュレーションを行い、このままでいけば人類の成長は100年以内に限界に達する、と予測した。

このショッキングな報告書は世界でベストセラーになり、社会に衝撃を与えた。シミュレーションを手伝ったメドウズ夫妻は、後に「世界はシステムで動く」 などの啓蒙書を出して、半定性的なシステム・ダイナミクスの見方の普及につとめる。その系譜につながるのが、経営学者センゲの有名な「学習する組織――システム思考で未来を創造する」 であろう。

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以上、大きく生物学系、社会科学系、そして数学・物理学系のアプローチによる、システムの科学構築の努力を見てきた。ここに挙げた人たちの名前だけが全てだ、と言うつもりはない。ただ、彼らの多くに共通する問題意識は、システムが持つ特性やふるまいを、その構成要素のレベルとは異なる次元で、予測し説明したいと言うことにある。

その狙いは成功したのだろうか。科学的還元主義は死んだのだろうか。難しい点である。

冒頭に挙げた創発の議論は、この点に関係している。創発という現象に関連して、私が読んだ中で1番驚いたのは、「塩素とナトリウムから、食塩ができあがるが、その塩味と言う性質は、元の塩素にもナトリウムにもないから、創発である」との説明だった。出典は今、覚えていないが、確か欧州かどこかのサイトだったと思う。

分子が「システム」と呼べるかどうかは、さておこう。塩化ナトリウムの性質は、完全に予測し説明できるものだ。通常の科学が予測できる現象は、「創発」と呼べるだろうか。

この論者は、塩味の元素をまぜて化合したら、塩味の物質が生まれるはずだ、逆に言えば、塩味の物質は、その構成要素も塩味のはずだ。なのにそうなっていないのは不思議だ、と主張しているに過ぎない。これは論者の単純な「足し算の思考」、つまり思考の線型性を示している。

創発という現象は、対象としてのシステムに生じるのではない。実は、観測し予測する人間の側の、思考の線型性に、直感的に反するような結果が生じたときに、「創発」と感じられるだけなのだ。

現代のシステム論は、もうそろそろ創発論を離れた方が良いと、わたしは思う。還元主義が全てではないのは、その通りだ。足し算思考に限界があるのも、確かだ。だが、工場やプラントというシステムの性能を上げるのには、構成要素の機械の性能を良くする以外にも、その組合せや流し方を改善する、つまりシステム・レベルでできることがいろいろある。

システムのレベルにおいて、固有の原理や法則性、技術があることは、明らかだ。だがそれに、創発などという、頭の良さそうな説明書きは、要らない。むしろ逆である。わたし達自身の思考に内在する線型性という、わたし達の頭の悪さを意識してとりはらう努力こそが必要なのである。


<関連エントリ>
 →「システムズ・エンジニアリングとは何か」 https://brevis.exblog.jp/25682507/ (2017-04-09)

by Tomoichi_Sato | 2022-02-19 15:10 | 考えるヒント | Comments(2)
Commented at 2022-02-19 17:32 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by Tomoichi_Sato at 2022-02-19 23:53
修整しました。ご指摘ありがとうございました。

佐藤知一
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