最初にちょっと、お知らせです。 製造実行システム(MES)に関するオンライン・シンポジウムが、10月7日(木)午前9:00-12:30に、(財)エンジニアリング協会「次世代スマート工場のエンジニアリング研究会」の主催で開催されます。内外の有力ベンダー5社による最新の製品と事例紹介等に加えて、わたしも最初に基調講演「実務者の目線から見たMESの重要性」をお話しします。 参加申し込みは、10月4日(月)一杯までになります。製造とデジタル化・IT技術に関心を持つ皆様のご参加を、心からお待ちしております。 申込みサイトURL: ※※※ 私の働くプラント・エンジニアリング業界では、中東の仕事が結構多い。ところでご承知の通り、中東イスラム諸国では、お酒はご法度であり、なかなかおおっぴらにアルコール飲料を手に入れることができない。 しかし、一日過酷に働いた後、夜に1杯ひっかけてリラックスしたくなるのは、人情だ。酒が手に入らないのなら、自分で作りたい、と思う人たちが出ても不思議は無い。中東ではぶどうジュースはいくらでも手に入るし、イーストだって探せばある。 だから宿舎でこっそり、ぶどうを醸造しようと瓶に詰める人が後を絶たない。もちろん売ったり飲んだりするのが許されないのだから、酒を密造するのも法律違反だ。でも飲みたい。それも、単なる醸造酒では満足できず、もっと強い酒が欲しいと、蒸留に手を出す人まで現れる。 醸造酒は、水とアルコールの混合物だ。アルコールの方が沸点が低いので、温めるとアルコールが先に蒸発する。その蒸気を取り出して冷やし、再度液体に戻すと、最初よりもアルコールの濃度が高まる。これが蒸留の原理である。 ポットに原料の醸造酒を入れて加熱し、出てきた蒸気の成分を調べると、アルコールの含有率は連続的に変化する。アルコールが先に蒸発して、ポットに最後に残るのは水分ばかりになるから、蒸気は次第に薄くなるわけだ。 実は、エンジニアたちが昼間、一生懸命建設しているプラント類も、同じ原理で動いている。石油や化学などのプラントでは、混合物の原料を分離するのに、連続蒸留装置が使われる。プラントの写真を見ると、背の高く太い円柱のようなものがいっぱい立っているが、あれが蒸留塔である。 連続蒸留なので、温めた原料が次々に投入され、沸点の差によって、軽い留分が上から、重い留分が下から連続的に取り出される。とは言え、外気温等の変動によって、出てくるプロダクトの組成は常に微妙に変化し続ける。 プロセス産業で働く人間は、それが当たり前のことだと思っている。流体は任意の比率で混合する。それに従って、品質特性も変化する。それも時系列的に、連続的に変化するのだ。モノはきちんと管理しないと、勝手に混ざり合ってしまう、と。 これは機械や電子部品などのように、固体の製品を作っている工場の人たちとは、ずいぶんと違う見方だろう。この分野の部品や製品は、一つ一つバラバラ(ディスクリート)な存在であり、それぞれが品質特性を持っている。一旦出来上がったモノの品質特性は、急に変わったりはしない。 つまりディスクリートな固体の世界では、個別のものが識別可能であり、必要ならばシリアルナンバーやロットナンバーを付番することができる。それら個物に属性がぶら下がっていて、その属性値は時間的に変動したりはしない(経年劣化等を除けば)。 他方、流体を扱うプロセスプラントの世界では、物には具体的な境界がない。そこで配管の中の流れ(ストリーム)に属性がぶら下がっており、しかもその属性値は時系列的に変化すると考える。 いってみれば、プロセスとディスクリートの世界では、物と属性に関する概念データモデルが、根底から異なるのだ。このような違いがある以上、例えば製造を司る製造管理システムを考えた場合にも、両者のデータ構造はおのずから相当異なるだろう、と言うことが理解出来よう。 もしもあなたが電子機器や機械を扱う分野のエンジニアなら、部品や製品などモノの属性を記録する履歴テーブルは、シリアルナンバーやロットナンバーを主キーとして、測定した性能値や重量、サイズ等の属性値が並ぶイメージを考えるに違いない。 ところがプロセスプラントのエンジニアは、配管のストリームナンバーごとに、時刻をキーとして、測定した温度・圧力・流量などの属性値が並ぶイメージを持つ。 プラントでは要所要所に、温度計・圧力計・流量計といったセンサー類が、多数配置されている。プラントはセンサーの塊だと言っても良い。これらセンサーは、制御系ネットワークを介して、中央制御室にあるDCSなどの制御システムにつながっている。DCSは1秒周期にこれら何千と言うセンサーの値を読み取って、必要な計算を行い、バルブやポンプモーターなどに指示を下していく。 制御型システムにとっては、センサーからの値は計算やチェックで使ってしまえば、後は用がない。だからふつう一日とかせいぜい1週間程度の履歴データを保持するだけで、捨てていってしまう。 でもプラントの製造オペレーションをマネジメントする立場にある人間にとっては、過去1ヵ月間なり、あるいは1年前なりといった履歴データを参照したい。 そこで、Historianと呼ばれるシステムが登場する。制御システムが現場センサーから得たすべての履歴情報を、長期間にわたって記録し、あるいは分析・計算・画面表示するソフトウェアだ。これは制御システムよりも上位にある、製造実行システムMESのレイヤーに位置づけられる。 プラントにおける運転改善や、故障予兆診断といった取り組みも、ほとんどはこのHistorianのデータをもとに行われる。つまりMESの領域の仕事なのである。 これは固体を扱うディスクリート型の分野とは、大いに違う点だろう。ディスクリート系工場では、半導体工場や、自動車の最終組立ラインのようにMESが入っている工場はまれである。何よりも現場にある機械類は、スタンドアローンで動いているものが大半であり、また手作業の介在も多い。 そこで設備稼働の時系列データを取るためには、何とかして機械制御のPLCに、通信インタフェースを追加するか、あるいはセンサー類を後から外付けで設置するしかない。しかしこうして取得したリアルタイムデータも、MES層(ISA-95のLevel-3)が存在しないために、まとめて受取る先がいない。 やむなく個別に無線通信などを経由して、エッジサーバーやクラウド上のIoTデータ蓄積プラットフォームにあげていくことになる。 もちろんそれはそれで、それなりに有用だろう。「現場にセンサーを設置して、データをクラウドに上げ、AIで分析するのが製造業DXだ」と信じておられる方も、少なからずいらっしゃるようだから、あえて批判するつもりはない。 しかし機械の稼働状況がわかったとして、その機械がどの顧客向けの何の物品を削っていたのか、その品質がどうだったのかが、紐付けられないと、本当の意味のQCDの改善には結びつかないのではないか。 それを結びつけるためには、個別の機械の動作が、どの製造オーダー(製造指図)の作業手順(SOP)に従って働いていたのかが、記録され、紐付いていないといけない。これもまた、MESの仕事なのだ。 たいていの工場では生産管理システムが動いており、製造指図書もそこからプリントアウトされている。ふつう製造指図書には複数の作業が、加工順序(工順)に従って並んでいる。 だが実際の着手日時や作業の順序は、現場側の裁量に任されたり、工程計画担当者が別途、Excelでガントチャートを引っ張って、現場に指図したりしている。だからどの機械が何月何日何時何分に、どのロットナンバーのものを削っていたのかは、現場に行って調べないと誰もわからない。 これが日本の製造オペレーションマネジメントの現状である。それでちゃんと製品ができて、客先に納められているんだから、それでいいじゃないか? もちろんその通りである。 だが、気まぐれな顧客の需要変動、次々と降りかかってくる設計変更、納品後に見つかった品質問題のバックトレース・・こうした問題への対応を、工場スタッフの人間系の努力だけで回していくのは、そろそろ限界ではないだろうか。 わたし達の研究会で「次世代スマート工場」を考えた際に、ポイントとなったことの1つが、ディスクリート系におけるMESの必要性である。現場に設置できるセンサーとIoTの技術は、その重要なイネーブラーであろう。 ただしそれは、データ蓄積基盤につながって、AIで分析できるだけでは、まだ片道通行で不十分なのだ。指示系や品質系のMESデータとつながって、初めてQCDの予測に役に立つことになる。 もちろん、データの基本的構造が違うのだから、プロセス分野のMESにおけるHistorianをそのまま持ってきても、あまり役に立たない事は想像に難くない。あくまで生産方式の特性に従って、こうしたシステムを設計していかなければならない。 それでは、この分野で先陣を切って製品を開発してきたIT企業は、この問題に、どう取り組もうとしているのか。そうした観点からも、内外の複数のベンダーが集まった、このようなMSのシンポジウムは非常に貴重な機会だと期待している。 幸い、緊急事態宣言に伴う日本の「禁酒法時代」も、9月いっぱいで、一段落ついたようだ。製造マネジメントの仕事への過重な負荷を、人間系の頑張りだけで何とか支えてきた製造業の人たちが、少しでもワークライフバランスを取り戻し、できれば勝利の美酒で1日を終えられるように、この分野の進展を望む次第である。 <関連エントリ> (2021-09-17)
by Tomoichi_Sato
| 2021-10-03 18:24
| 工場計画論
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