「あなたは、同期30人の集まるパーティの幹事になりました。 あなたが最初にすべきことは何ですか?」 --これはプロジェクト・マネジメントを人に教えるとき、わたしが必ず出すクイズの一つだ。実はその答えについて、以前このサイトで書いたことがあるのだが、もう9年も前の記事(笑)なので、覚えておられる読者も少ないだろう。そこで、あらためて考えてみていいただきたい。最初にすべきことは何か? 相手が学生の場合、「日程を決める」「店を探す」「参加者のリストを決める」等々、いろいろな答えが思いつく限り出てくる。もちろん、どれもそれなりに正しいように見える。でも、求めている答えはそれじゃないです、どんな種類のパーティやイベントの場合にもあてはまる、唯一の普遍的な正解があるのです、とわたしは続けて説明する。しかし、その『正解』が出てくることは、まずない。 一方、相手が企業人の場合は、ほしい答えを言い当ててくれる人が、ときどき、いる。わたしの求める答えとは、『計画を立てる』である。同期3人の飲み会なら、その場の勢いで決めて動ける場合もある。だが30人の参加するイベントとなったら、計画を立てずに進めることは、まず、できない。 イベント(という種類のプロジェクト)では、 (1)計画を立てる、 (2)準備をする、 (3)当日のイベントを実行する、 (4)終結する、 という大きな4つの段取りを、必ず経ることになる。その第一歩が「計画を立てる」ことなのは、ある意味、企業人から見たら当然だろう。だが、学生にとっては(たとえ東大の大学院生であっても)、「当然の常識」ではないのだ。 そしてここに、わたし達の文化の持つ、弱みが透けて見える。計画という仕事の位置づけが、社会の中で薄いのだ。わたし達の社会が、大規模な兵站(ロジスティクス)に弱いことは、今回のワクチン供給騒動でもあらわになった。その根本原因は、計画能力の弱さにある。だからこそ、わたしは拙著『世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書』で、大事な「チャレンジのOS」の3要素の一つとして、「かならず計画を立てる」を入れたのである。 それでは、計画とは、どうやって立てるのか? 成功する計画立案の技術があるとしたら、それはどのようなものか? 計画の技術について、大学で教わったという読者は、何人おられるだろうか。あるいは、小中高校で聞いた記憶がある、という方は? まあ、たぶんどちらも、ほぼゼロであろう。じゃあ会社に入って、計画の技術について、教わったことはあるだろうか? ある、という方は、それでもきっと少数派だ。だからこそ、当サイトのの存在意義があるのである。 計画を立てるとは、次のようなステップからなるプロセスである。 0 何をなすべきかを明確にする。ゴールは何か。目的・目標は何か。そして制約条件は何か →Project Charterに、それを書く 1 それを実現するために必要なActivityをすべて洗い出し、構造化・リスト化する。重複も、洩れもないように →Activityリスト・WBSに、それをまとめる 2. それぞれのActivityを誰がやるべきかを考える →組織図・分担表で、それを定める 3. Activityの順序と必要な期間から、全体工期と着手・期限を決める →Logic network図とマスタスケジュールに、それを表す 4. 必要な期間・作業量から費用を見積り、収支を計画する →実行予算で、それを規定する 5. リスク・アセスメントを行い、計画全体を修正する →リスク登録簿に、それをまとめ、必要に応じて1〜4に戻って、計画を修正、完成する 個別のステップの説明よりも、なぜ、このような流れなのかを、ぜひ理解しよう。まず、最初はプロジェクトという活動の目的(Why)と、目標・制約を明らかにするところから、出発する。これを定めずに、お金や人の話をしても仕方がない。 では、なぜ次に、ビジネス界で一番重要な、お金の計画に進まないのか? 答えは簡単だ。具体的に何をやるかが決まっていなければ、コストを見積もりようがないからである。だからWhyの次は、何をやるべきか(What)、つまりアクションの洗い出しになる。それが見えてきたら、誰にやってもらうのがふさわしいか(Who)を考える。ここには、外注とか調達などの要素も入ってくる。 そして、誰が何をやるか、が見えてはじめて、スケジュール(When)について議論することができる。スケジュールが分かってはじめて、プロジェクトを構成する各種の活動Activityについて、費用を見積ることができるのだ。とくに人件費や場所・ツールといったリソースの費用は、期間に応じてコストがかかるのが通例だから、スケジュールが決まってはじめて、コスト計画が可能になるのである。 そして、誰が何をいつ、どうやって、どれだけの費用をかけてやるのかが明らかになって、はじめてリスク・アセスメントが意味を持つのである。その結果、何らかのリスク対策が必要になるかも知れない。つまり、計画の見直しとアップデートだ。ここで、計画立案作業に、多少のリワークが生じる可能性がある。だが、この作業を、もっと前の方のステップでやることは、できない(やっても意味がない)。それは失敗への道である。 PMBOK Guide(R)などで勉強した方は、ともすると、スコープ・コスト・スケジュール・品質・調達・コミュニケーション、などの領域を、お互いに対等で平等な関係だと誤解しがちである。だが、そんな事はないのだ。スコープ→人的リソース→スケジュール→コスト→リスク、という5大要素は、お互いの間に、明らかな順序的な依存関係がある。計画段階では、それを意識しなくてはならない。 ちなみに、最初のStep-0とStep-1の二つをあわせて、『スコープ定義』Scope definitionと呼ぶこともある。Charterができあがり、Activity ListとWBS辞書が作成された段階で、プロジェクト・スコープはかなり明確になる。つまり、やるべきことは明確になるのだ。仕事の地図が見えたと言ってもいいだろう。 その段階ではまだ、誰が、いつやるか、金はいくらかかるのか等、未定事項も多い。でもここが、プロジェクト計画策定プロセスの、前半の山場だとも言えるだろう。ようやく地図の全体像は見えた。目指すべき地点もはっきりしてきた。だがルートはまだ、ぼんやりしている。 ルートを明確にするのが、後半の作業だ。それは最終的には、お金とリスクの話に収束する。そして会社の経営者が一番気にするのも、この2つだ。だが、それを最初から考えることは、できない。地図もなく、ルートもわからないのに、切符代や旅行保険を議論できないのと同じだ。この順序で立てるから、実行可能な、つまり成功するプロジェクトの工程表と予算が出てくるのだ。 このアプローチのもう一つの特徴は、やるべき仕事(Activity)から、それを遂行する人や組織を考える点にある(上記のStep-2)。仕事を起点に、それに向いた組織を計画する。今すでに存在する組織と人を前提にして、仕事の仕方を考えるのではない。なぜなら、プロジェクトとはかならず初めての試みを含むものであり、それはしばしば、既存組織の境目やスキマに落ちるからである。 あるいは、計画づくりとは、建物のようなものだと考えることもできる。地盤の上に基礎(土台)があり、柱を立て、1階・2階と順に積み上げていく。コストとリスクは最上階だ。最上階から、先に作ることはできない。地盤に相当するのはProject Charterであり、基礎に相当するのがWBSだ。ここが不整形でヤワだと、その上にちゃんとした建物が建つはずがない。WBSはプロジェクト計画に共通する基礎なのである。 計画立案とは、ある意味、プロジェクトのモデリングを行う仕事である。モデルだから、一種の近似である。あまり細部までつっこむよりも、主要な点をうまく模倣できるかどうかが肝心だ。そしてモデルだから、あれをしたらどうなるか、ここを変えたらどうなるか、という検討のたたき台になる。 「ものごとは、計画通りには決して進まない。だが、計画は絶対に必要だ」との名言を残したのは、第2次世界大戦の連合国側の将校だった、アイゼンハワー元大統領である。彼は兵站(ロジスティックス)の重要性を、よくよく認識していた。大勢の人を動かす作戦は、出たとこ勝負では回せない。事前に頭の中で、シミュレーションが必要なのである。たとえ現実が予想から外れたとしても、頭を使ったことは無駄にならない。 わたし達の社会では、しばしばこの逆のパターンを見かける。最初に、ゴール地点の幸せなイメージがありるが、どういうルートをたどるとベストかの思考実験はない。かわりに、既存の人や組織に号令を下せば、あとはなんとか現場の頑張りで実現できるはずだ、という奇妙な楽観論があるだけだ。 そういうやり方も、今から半世紀以上前、前回の東京オリンピックのころまでは有効だったかも知れぬ。あの頃は、「突貫工事」という言葉が流行語になった。それはある意味、昭和的な単純思考の産物だが、社会もそれだけシンプルだった。21世紀の複雑系社会に生きるわたし達は、いきなり走り出す前に、もう少しだけ考える時間が必要なのである。 <関連エントリ> →「Structured Approachができる人、できない人」 (2012-07-08)
by Tomoichi_Sato
| 2021-07-07 23:41
| プロジェクト・マネジメント
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Comments(2)
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受注型ではなく自発型の場合、スコープが大きくブレるので建築の順序イメージとは異なるとは思いますが、それでもStep3,4まで事前に求められて困ってしまいます。
小規模かつ自発型プロジェクトの計画立案手法が確立されるのを切望しております。
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今回のワクチン供給のごたごたは、輸送能力や輸送計画そのものよりも情報伝達の不備によるところが大きいのではないか、と思います。
どこに不足していてどこに充分かの情報を吸い上げる・伝える機能が弱いために分配先の選定がうまく行かなかったり、あるいは在庫と各所の需要から分配量を決定できず、その状態で号令をかけた結果供給が追い付かなくなった、という風に見えています。 以前の別記事でも書かれていたとおり、現場から離れたところから情報を得る手段がない、という問題がここでも起きていて、計画能力の高さ低さ以前に、計画を立てるために必要な情報すら容易に得られていないのが実情ではないかと思います。 根が深いだけに、すぐにはどうにもならなさそうなのが悲しいところですが……
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