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ネゴ(交渉)が苦手な人のために(2) 〜 解決策のビジョンを導く3 x 3の質問

交渉(ネゴ)は苦手だ、と悩む人は多い。しかし、わたし達が組織や社会で仕事をしている限り、上司や顧客・周囲の人などへ、自分の意見への合意や理解を求める場面は、数多い。自分のアイデアを理解してもらう事は、広い意味のセールス(売り込み)であり、交渉の一種である。そしてもちろん、相手の人達から、何らかの譲歩を取りつける必要だって、しばしばあるだろう。

わたしは大学や社会人相手に、プロジェクト・マネジメントの授業や研修を行うとき、できるだけ「交渉」に関するレクチャーを入れることにしている。プロジェクトを進める際には、必ず交渉の場面が出てくる。交渉能力は、プロマネの能力の重要な一部だ。だから拙著『世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書』 でも、交渉の練習をする場面を入れている。

だが、ネゴシエーションの技法や、交渉の戦略論を教えてくれる大学の授業は、滅多にない。だからたいていは、素人同然のまま社会に出てくる。先輩だってちゃんと教えてくれないし、実は教えるようなテクニックももっていなかったりする。仕方なく、見よう見まねで、ネゴに向かうことになる。これが海外相手のプロジェクトだと、向こうは交渉に百戦錬磨だったりするから、まあ結果はいうに及ばずである。

かといって、交渉の場面を避け続けると、どうなるか。自分がどんなに優れたアイデアを持っていても、その賛同者を得ることができないだろう。賛同者がいなければ、実現の可能性だっておぼつかない。まして、もっと具体的な交渉、たとえば追加費用の交渉などから逃げ続ければ、当然、赤字という結果に陥るだろう。

そうなれば、自分の評価・査定が下がってしまう。重要なポジションにつけなければ、面白い仕事にかかわるチャンスだって回ってこなくなる。そういう仕事にありつけるのは、陽気で押しの強い口達者な性格の奴だったり、あるいは生まれつき、他人や上司との交渉に長けた連中だったりする。能力や知識や技術でなく、持って生まれた「性格」が、チャンスを射止めるのだ。組織って、それでいいのだろうか?

それでいいじゃないか、とお思いの方は、この先の文章など読む必要はない。何せ、生まれつきで十分だという、ご意見である。いや、それではまずい、と考えられる方のみ、続きを読まれたい。交渉には方法論があり、ネゴの能力はトレーニング可能だ、という風に、わたしは考えるからだ。

そこでまず、基本的な理解からはじめよう。交渉(ネゴシエーション)とは、相手と共同で進める問題解決プロセスである。ここをまず、よく認識したい。

交渉とは、対決でも口喧嘩でもなく、「知的なレスリング」でもない。もちろん知的な相撲でもない(「知的な相撲」ってのがどんなものか、うまく想像できないが)。要するに、勝ち負けのかかった対立confrontationではない、という事だ。

ネゴは対決勝負だ、と考えるから、どうしても緊張感で、および腰になってしまう。でも、最初から逃げ腰では、よい交渉はできない。そうではなくて、これは相手側との共同作業だ、ととらえる。

相手と自分の間に、認識のギャップがある。越えるべき問題点がある。それを明らかにして、一緒にギャップを埋める解決法を探る。それが交渉なのだ。そう考えれば、ケンカが嫌いで平和主義のあなただって、まずは一緒にテーブルに座ろうかという気持ちになるだろう。

こちらが知っている事で、相手が理解していない事がある。その認識のギャップを埋めるためには、まず、相手のペイン(悩み)を推測し、把握する事からはじめるべきだ、と前回の記事で書いた。

ところで、顧客のニーズには、三段階がある。(1) 隠れたペイン → (2) ペイン → (3) 解決策のビジョン、の三つだ。そして、第1段階の『隠れたペイン』を、第2段階の『ペイン』に意識化して格上げするためには、「その悩みは解決可能である」という希望をもってもらうことが大事だ、と書いた。

次に、相手に、ペイン(問題)の解決は、「こうすればいい」とのビジョンをもってもらう。つまり、第2段階の『ペイン』を、第3段階の『解決策のビジョン』まで持って行く訳だ。そのビジョンには、自分が売りたいアイデア(ソリューション)が組み込まれている必要がある。

そのためには、どうしたらいいか。

前回紹介したボズワースは、3つのステップからなるプロセスを紹介している(『ソリューション・セリング』第2部)。それぞれのプロセスは、質問からなっている。プッシュ型の(押しつけがましい)相手への説明ではなく、プル型の(相手に主導権を持たせる)質問である点に留意されたい。

第1ステップ:「問題点の認識」(原因の特定)

ここでは、まず、相手がペインと意識した問題点について、相手の思考と説明をうながす。そして、その問題点の原因は何かをたずねて、特定する。

第2ステップ:「影響の認識」(組織の力関係とビジネスケース)

次に、そのペイン(問題点)が与える影響について、たずねる。質問の目的は、二つある。一つ目は、相手以外にも共通する悩みである事を、再認識してもらうと共に、そもそも一番解決を欲しているのは誰で、またその決定権を持つのは誰かを、探り当てる事だ。これは特に、社外の誰かと交渉するときに、重要だ。

そして二番目の目的は、影響を金銭的に評価してもらうこと。これにより、どれくらいの改善効果が見込め、逆にどれくらい問題解決に投資できるかを探る。会社では、何かのアイデアやソリューションを導入する場合、出費を正当化するために、投資対効果を求められることが多い。この投資対効果を説明したものを「ビジネスケース」ともいうが、影響に関する質問で、逆に相手が負担できる予算感を探れるのだ。

第3ステップ:「解決策の構築」(解決行動の所在)

ここでようやく、問題解決の方向性について、質問する。ただしまだ、自分が売り込みたいアイデアや商品の名前は、出さない。最初の質問で確認した問題原因を、こんな風に解決できたら、2番目の質問で聞いた影響まで抑え込めるかどうかを、たずねる。これが、相手の意識の中での「解決策のビジョン」になる。同時に、問題解決のための行動が、相手側にある事も、自覚してもらう。

ビジョンを構築できたら、ようやく、ソリューション名やアイデアの中核を説明できるタイミングになる。相手のビジョンが明確になるまでは、質問だけで、説明を急がない。これが大事なところだ。誰も、自分で考えたことでなければ、実行できないのだ。


これだけでは分かりにくいと思うので、例を挙げて説明しよう。あなたは今、新しいタイプの社内コミュニケーション・ツールを導入したい、と考えている。説得の相手は社内関係部門のマネージャー層だ。あなたはすでに会話を通じて、相手が現在のEメールに問題(ペイン)がある、と意識してもらうところまでは、こぎつけた。次は、上記の3ステップだ。

——そうすると、現在の、Eメール中心の連絡のやりとりは非効率だと感じておられるのですね。なぜ非効率なんでしょう?

「まず、保存期間の問題がある。それに、検索機能がいまいちだ。でも、一番の問題は、応答のスレッドが分かりにくい事じゃないかな」

——一応、スレッド表示の機能もありますが、たしかに自分もあまり使っていません。何が足りないんでしょうか。

「結局ね、社内連絡の目的は、通知か、依頼か、依頼への回答じゃないか。ところがEメールって、依頼したアクションがクローズされたのかどうか、一目で分からない。開封確認だけでは、相手がよんだかどうかも不確かだし。」

——確かにそうですね。つまり、今のEメールとスレッド表示機能だけでは、社内へのアクション依頼と回答のステータスが分かりにくい、と。それって、問題を引き起こしていますか?

「連絡の不徹底が生じる。たとえば、設計で何らかの変更が発生したとき、それを関連部門に通知するよね。ところが、変更のフォローがちゃんと完了したのかが見えない。うっかりすると、その古い情報のまま、下流部門やサプライヤーに指示が流れたりする。」

——なるほど。つまり、変更通知のトレーサビリティがとれない、ということですね。

「そのとおり。」(注:ここまでが第1ステップ)

——だとすると、依頼のステータスが分かりにくいことで、社内では他にも影響を受けている部門がありそうですね?

「当然だよ。設計部門だけじゃない。購買部門だってそうだし、営業だってそうだ。」

——範囲は広いですね。上の方、つまりマネージャー層はどうですか?

「誰が誰に何を頼んだかが分かりにくいから、部下のワークロードがつかみにくいのも問題だね。」

——それって結局、プロジェクトの混乱をまねきませんか。

「大いに招くね。知っての通り、ウチの某プロジェクトで、数千万単位の赤字を出したばかりで、事業部長がカンカンだ。あれだって結局、連絡の行き違いからトラブルに発展したっていわれている。」

——なるほど、コミュニケーションの行き違いの問題は深刻ですね。(ここまで第2ステップ)
 ところで、社内のオフィシャルな通知や依頼・回答などの連絡ができて、そのステータスが整理して表示されるような方法があったら、この問題は解決しますか?」

「するだろうね。でも、それは、今のメールシステムを改造するってこと?」

——パッケージソフトですから、勝手な機能改造はムリでしょう。Eメールとは別のツールが必要かも知れませんが、問題はあるでしょうか?

「保存や検索の制約さえなければ、それもありかもしれないな」

——保存期間に制限がなくて、かつ、ちゃんと全文検索がきくならOKということですか?

「そうだね。」

——そういうツールがあったら、そちらの部門で使っていただけますか?

「試すくらいなら、いいだろう。」(ここまでで第3ステップ)

ここまできで、はじめて、あなたは自分が導入したいと考えている新しいコミュニケーション・ツールの概要と、そのベネフィット、そして既存のEメールと比べたアドバンテージなどを説明できるのである。


なお、ボズワースは、各ステップで、相手をしずかに(押しつけがましくなく)誘導するために、三種類の質問形を使い分けろ、といっている。それは、

(1) 発想のためのOpen question: 「何でしょうか?」「どう思いますか?」といった、自由回答を求める質問
(2) 誘導のためのControl question: 「Aですか、Bですか?」のような、選択肢を限定した質問
(3) 確認のためのConfirmation: 「Aですね?」という、同意を求める質問

質問は、この順に、誘導的ないし強迫的になる。したがって、質問のエチケットとして、必ず、(1)→(2)→(3)の順に従え、という。

つまり、全体のプロセスは3ステップからなり、各ステップは3種類の質問から構成されるため、9つの質問で、相手と対話する事になる。ボズワースはこれを、縦横3 x 3の箱で表現して、「ナイン・ボックス法」とよんでいる。そして最初のうちは、手に持ったメモか、頭の中のイメージで、この9つのボックスを見ながら、会話を進める練習をすべきだとしている。非常に具体的、かつ実践的なアドバイスである。
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読者諸賢も、交渉が上手になりたいとお考えだろうか? 苦手な理由は何だろうか。それは、メソッドを知らず、練習が足りないから、かもしれない。

そして、交渉が苦手であることの影響はあるだろうか? もしかしたら、業績が上がらない、あるいは評価されない一因だと疑っておられるのでは? それどころか、組織の成果にも影響が出て、利益を2-3割くらい損している、といったことは起きていないだろうか。

では、解決策は? もちろん、自分が上手になるしかないはずだ(だって、部下にやらせたら、上司たる自分の立場が弱くなるのが、会社組織だから)。そのためには、交渉(ネゴ)の具体的なメソッドを学ぶべきではないだろうか。

前回の記事でも書いたとおり、わたしの先輩であるKさんは、ここで説明した技法を学び、実践を通して練習し、そしてセールスにおける一流の能力を身につけていった。繰り返し書くが、Kさんは高学歴の技術者である。だが、ゼロから交渉を学ぶ必要があると考え、それを実行したのだ。

この際はっきり言うけれども、日本では、高学歴の人は知識は豊富でも、交渉はむしろ下手なことが多い。交渉なんかしなくても、社会が優遇してくれたからである。そういう人達が産業界をリードしてきたから、わたし達の社会は今、こんなていたらくなのではないか。

コロナ後の社会はむしろ、知識ばかり豊富な高学歴な人よりも、自分の頭で「考える人」が逆転し、有利になれる世の中になるだろう。そうあってほしいと願っている。交渉(ネゴ)とは、すなわちリーダーシップの発揮である。リーダーシップとは、自分が命令できない相手を動かす力だからである。


<関連エントリ>
  (2021-06-19)


by Tomoichi_Sato | 2021-06-26 23:06 | ビジネス | Comments(0)
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