人気ブログランキング | 話題のタグを見る

キャパシティか、スループットか 〜 生産能力を理解する

生産マネジメントに関連して、混乱しがちなもう一組の用語について考えよう。それは生産量(生産能力)を表す言葉だ。

キャパシティ』とは何か。それは、ある機械設備なり、一連の工程なり、あるいは工場全体の生産能力を表す、設計上の値である(そしてたぶん、この言葉の用法については、あまりブレがない)。

たとえば、前回の記事と同じく、パン焼き窯を題材にしてみよう。窯には30個までのパンの材料を置くスペースがあり、焼き上げるまでに必要な時間は2時間だ。ということは、平均すると、(パンを窯に出し入れする時間を無視すれば)1時間あたり15個、ないし1分あたり0.25個、という「キャパシティを持っている」といえる。

もちろん、パンが出来上がるタイミングは断続的で、2時間に1回だ(こういう生産方式を『バッチ』型と呼ぶ)。毎分、1/4個ずつ、にょろにょろパンが生まれでてくる訳ではない。だからキャパシティとは、ある時間幅における「平均値」を示している。

店のパン焼き工場(こうば)が、1日8時間勤務の体制ならば、1日あたり120個を生産できるキャパシティをもっている。もしも3交代制・24時間勤務なら(そんなパン屋があるかどうかは別として)、1日あたり360個のキャパシティである。店が週休二日で、1月4週間で換算すれば、月産7,200個のキャパシティになる。

お分かりの通り、日単位以上でキャパシティを考える際には、「稼働時間」の項目が入ってくる。だが、時間平均であること、稼働時間の設定が入ることさえ忘れなければ、キャパシティは、その機械設備の最大限の生産能力を意味する訳である。あるいは、ピーク時の生産可能数、といってもいい。

ただし、先ほど、釜にパンの材料を入れたり、焼き上がったパンを出したりする時間は無視すると書いたが、実際には、セットするのに10分取り出すのに5分、平均するとかかる。つまり全体としては、1つのロットから、次のロットまで、2時間15分かかることになる。一分あたりに直すと0.22個(=1時間あたり13.3個)になる。つまり、毎分0.25個という先程の数字から比べると、約11%の生産能力ダウンであると考えることができる。

パンを焼く2時間という実稼働時間に対して、材料を準備したり取り出したりする、付帯作業の時間を、段取り時間と呼ぶ(英語では、set-up timeという)。より詳しくいうと、パン材料を入れる作業を「前段取り」、焼き上がったパンを取り出す作業を「後段取り」と区別する。付帯作業としての段取りは必須なので、製造ラインのキャパシティーを考える際は、段取り時間を考慮に入れなければならない(釜や炉の場合は、余熱やクールダウン時間の考慮も、本当は必要だ)。

さて、前後の段取り時間を考えると、30個のパンを焼くのに2時間15分かかる。もし1日の稼働時間を8時間とするならば、実際には、4回焼くのは難しく、3回しかパンを焼けないことになる。パンという商品の性質上、夕方途中まで焼いて、次の朝、続きを焼くようなことはできない。つまり1日の生産量は30 x 3 = 90個である。単純な実稼働時間から計算した、最大生産能力に比べて、店の生産キャパシティは25%もダウンする。

そして、窯が動いている時間は2時間15分×3=6時間45分だから、一日のうち1時間15分は、窯は使われずに遊んでいることになる(なお、話を単純にするため、ここでは昼休み時間は無視している)。

ところで、店では手作りパンを売っている。つまり、小麦粉をねってイーストのパン種を仕込み、様々な形にしたり具を入れたり、といった作業もしている。食パンもあれば、菓子パンも作る。これはほぼ、手作業だ。

食パンは形が比較的単純なので、それだけに集中すれば、1個を3分、1時間に20個分の、「あとは焼くだけ」状態になったパン材料を、準備できる。ただし食パンは大きくて場所ふさぎなので、1個が普通のパンの3倍の場所を取る(パン焼窯には10個しか並べられない)。普通のパンに換算すると、60個分が準備できるわけだ。30分あれば、パン焼き釜1回分の材料が作れる。

だが、後工程であるパン焼窯のキャパシティは、段取り時間を考慮すると、1時間あたり食パン10/2.25 = 4.4個しかない。ということは、食パンだけを作るとしたら、あなたの店は全体として、やはり毎時4.4個の生産キャパシティになる。パン焼き窯の能力が、全体のボトルネックになっているのだ。1日8時間営業の場合、釜は3回しか使えないから、1日で30個。普通のパンに換算すると、1日90個分となる。

ちなみに、菓子パンの類は、具を入れて形を作り、焼く前の姿にするまでに、もっと手間がかかる。だいたい、1個に平均5分はかかる。1時間に12個だ。こうなると、パン焼き窯よりも遅いことになる。もしも菓子パンだけで考えるなら、店は全体として、毎時12個の生産キャパシティという計算だ。キャパシティ上のボトルネックは、作る製品によって、場所が変わる可能性があるのである。

パン焼き釜の容量30個分の菓子パン材料をつくるには、2時間半かかる。1日8時間営業では、やはり3回しかパンを焼けないはずだ。だから、もしも菓子パンだけを作るなら、やはり1日90個が、生産キャパシティになりそうだ。

ところで、よく考えてみてほしい。朝9時に、営業が始まるとしよう。パン職人は9時から、まず菓子パンの材料づくりをはじめる。30個分を作るのに、2時間半。それからパン焼き窯にセットする。つまり、パン焼き釜が動き始めるのは、11:30だ。かりに職人がすぐさま、次のバッチの菓子パン材料を作り始めても、準備完了するのは、その2時間半後の14:00。焼き上がるのは、16:15。店の営業時間は夕方5時までだから、あと45分しか残っておらず、もうパンは焼けない。

つまり、菓子パンだけを作る場合、パン焼き釜は1日に2回しか動かず、生産量は60個にとどまる、ということだ。材料作りの工程や、パン焼き工程が、それぞれ持っている生産能力よりも、全体での生産能力は明らかに、小さい。

 材料作りの工程の生産能力:1時間12個、→8時間で 96個
 パン焼き釜の生産能力:  1時間13.3個→8時間で 90個
 パン屋全体の生産能力:        →8時間で 60個

なぜこうなるかというと、それは生産スケジュールの制約(とくに稼働時間と段取り時間の制約)のためなのだ。つまり、工場全体の生産能力は、生産計画に依存する、ということになる。

そして、生産計画は、需要の変化に応じて、どんどんと変わっていく。店にしても、食パンだけ、菓子パンだけを作る訳にはいかないだろう。プロダクト・ミックス(製品の構成比率)は、動的に変わりうるのだ。

ちなみに、次のようなタイム・テーブルで、食パンと菓子パンを作れば、食パン1回、菓子パン2回分を焼くことができる。菓子パン換算で1日90個の生産量を確保できる。菓子パンの方が利益率が高いから、ちゃんと需要とマッチするなら、こちらの方がパン屋としては好ましいだろう。

 材料作りの工程:       パン焼き工程
  9:00 - 9:30 食パン    9:30 -11:45 食パン
  9:30 -12:00 菓子パン  12:00 -14:15 菓子パン
 12:00 -14:30 菓子パン  14:30 -16:45 菓子パン

実際のプロダクト・ミックスと、生産スケジューリングにしたがって、生産量は変わりうる。このような、現実の生産量のことを、スループットと呼ぶ。キャパシティは設計上の最大能力のことを指すのに対し、スループットは実際の結果を示す値である。このことをあえて強調するため、『実効スループット』とよぶこともある。

(なお、ここで言うスループットとは、TOC理論の「スループット会計」でいうスループットとは別の概念である点に注意されたい)

ちなみに、スループットとは現実の値であるから、どこかの工程が遅れたり、材料が足りなくなったり、設備が故障したり、といった予期せぬ変動や、仕掛品の滞留なども、すべて含んだ数字になる。

多品種を作る工場においては、各設備・工程毎の生産キャパシティを設計することができる。ところが、工場全体のキャパシティとなると、プロダクト・ミックスを仮定し、生産スケジューリングを考えないと、推算することができない。生産システムの設計では、ここがポイントになる。

工場づくりの仕事をしていると、しばしば最新鋭の高速の製造機械を導入したい、と考える顧客にぶつかる。それはそれで結構だ。技術的にもチャレンジングで、面白い。だが、本当にその工場にとって、定まった品種の製品を高速大量に作るニーズが大きいのか。じつは、製品ラインナップは多品種化が進み、生産量も変動が大きいのではないか。

高速の製造機械は、セットアップの段取り時間もそれなりにかかることが多い。それならば、高速の機械1台を買うよりも、中速の機械2台を入れて、上手に品種切り換えをスケジューリングしながら作る方が、賢いのではないか。たとえていうなら、町中をちょこちょこ走って荷物を届けるのには、高速なスポーツカー1台より、小型のセダン2台の方が効率的ではないのか。

技術者はつい、単体のキャパシティを追求したがる。だが、本当に必要なのは、総合的なスループットなのだ。

そして稼働後は、実効スループットをきちんとモニタリングして、設計時とどこがずれているのかをチェックする必要がある。その違いは、プロダクト・ミックスすなわち需要の違いによるものなのか、それとも生産スケジューリングの制約から来ているのか、それとも計画では予期しなかったトラブルによるものか。そうした分析がなければ、工場全体の生産量の、真に適切な改善はできない。

もちろん、各工程設備や作業の、個別の改善は可能だろう。そして、そうした努力は続けるべきだ。ただ、改善すべき優先順位は、生産活動全体を仕組み(システム)としてとらえ、データに基づいて分析しなければ、判断できないのである。


<関連エントリ>


by Tomoichi_Sato | 2021-06-12 14:03 | 工場計画論 | Comments(0)
<< ネゴ(交渉)が苦手な人のために... リードタイム、サイクルタイム、... >>