数年前、「世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書」を書いたとき、プロジェクト成功の条件として、「チャレンジのOS」を定義した。組織のOSとは、体系化した思考と行動の習慣を意味する。そして、チャレンジのOSは、頭文字でいうと「S+3K」の4つの項目からなっている、とした。S+3Kのうち、最初のSは、システムズ・アプローチ、すなわちシステムな見方である。 あとの3Kとは、 ・言葉を大切にする ・契約と責任を重んじる ・かならず計画をたてる の略だ。そして、このOSを組織で共有しいていることが重要だ、と(登場人物の口を借りて)主張した。 なぜ、あえて『言葉を大切にする』を最初にあげたのか。理由は簡単。「言霊のさきわう国」のはずだった、わたし達の社会で、多くの人が言葉をぞんざいにしているからだ。いや、ぞんざいという意識はないのだろう。だが、自分の使っている言葉が正確に何を指しているのか、そして、その言葉が自分の所属するムラを離れて通用するのか、意外と無頓着に思えたからだ。 たとえば、「リードタイム」という言葉がある。リードタイム短縮、などという課題もよく耳にする。だが、そこでいうリードタイムとは、具体的に何を意味しているのか? そこを置き去りにしたまま、自分たちの文脈で勝手に理解して、議論が始まってしまう。そこで時々、リードタイムという言葉で何を指そうとしているか、問いたださなければならない。 わたしがよく使う質問は、「15年もののウィスキーをネットで注文したら、3日後に届いた。リードタイムはどれだけと言うべきか?」だ。それは15年なのか。3日なのか? 15年もののウィスキーを作るには、明らかに15年(以上)かかる。「リードタイム短縮」のために、作る期間を10年以内に短縮したら、詐欺である。では3日後に届く商品を、翌日配送できるようにしたら、それはリードタイム短縮ではないのか? いったい、リードタイムとは、何の期間のことを指しているのか。 言葉の意味が問題になるとき、世間では従来、広辞苑などの権威ある辞典をひらいて、定義を見る、みたいなことがよく行われた。最近ではかわりに、無料のWikipediaを検索したりする例もある。だがはっきり言って、Wikipediaはマネジメント・テクノロジー系の語彙に弱い。では、JISはどうか? JIS Z 8114:2001「生産管理用語」という規格はある。だが、この冊子を座右に持っている人は多くないだろうし、率直に言って、問題もあると考える(「下請け型受注生産という日本的形態を考える」 参照のこと)。 ウイスキーの例については、以前も論じたから、簡単に繰り返すにとどめるが、「リードタイムとは、何らかの指示(order)が発せられてから、それが完遂(fulfillment)されるまでの期間をいう」のである。そして、生産や物流の世界では、いろいろな種類の指示・オーダーがある。製品単位の生産オーダーだったり、部品・工程単位の製造オーダーだったり、倉庫からの出荷(納品)オーダーだったり。 したがって、リードタイムの種類は、オーダーの種類と同じだけある、ということになる: 生産リードタイム:生産オーダーが発せられてから、製品ができあがるまでの期間 製造リードタイム:個別の部品(工程)の製造オーダーが発せられてから、それが完了するまでの期間 出荷リードタイム:出荷指示が倉庫に発せられてから、実際に出荷されるまでの期間 搬送リードタイム:物流搬送指示が発せられてから、搬送が完了するまでの期間 納品リードタイム:顧客から納品オーダー(=注文)を受けてから、納品されるまでの期間 ・・・ 15年もののウィスキーの生産リードタイムは、明らかに15年以上である。樽で熟成する工程の製造リードタイムだけをとっても、15年かかるからだ。その前に原料の醸造や蒸留があり、熟成後もボトリング・包装などの工程がある。ただし、納品リードタイムは3日である。それは、出荷リードタイム2日と、搬送リードタイム1日の合計かも知れない。受注したら即日出荷の体制を作れれば、納品リードタイムは2日に短縮するであろう・・ では、リードタイムに類似した言葉である、サイクルタイムはどうか? 仮にあなたが、パン屋の主人だったとしよう。店の旧型のパン焼き釜には、1回に30個のパンを仕込める。焼き上げるまでの時間は、2時間だ。このとき、パン焼きのサイクルタイムは? JIS Z 8114:2001によると、サイクル時間とは「生産ラインに資材を投入する時間間隔。通常,製品が産出される時間間隔に等しい」のだそうだ。あなたは、2時間毎にパンの材料を釜に投入する。ということは、サイクルタイム=120分である、と。 ところで、あなたは設備投資をして、新しいパン焼き釜にとりかえることにした。今度は、コンベヤ式の連続炉だ。もちろん、炉の中を通り抜ける時間は2時間かかる。ただし、連続生産なので、同じ量を生産するなら、4分に1個ずつ、パンの材料を投入する。JISの定義によると、サイクルタイム=4分になる。 1日の生産量は同じで、釜の中で焼く時間もまったく変わっていないのに、サイクルタイムは1/30だという。何か、間違っていないだろうか? もっというと、パン材料が液体で連続供給され、コンベヤの上に1個ずつノズルから絞り落とされるような自動化工程だったら、どうするのか? JISのサイクルタイム定義は、固体のことしか考えていないと言わざるを得ない。 元が横文字の言葉の場合は、米国の生産在庫管理協会APICSの出している、APICS Dictionaryが一応、頼りになる。そこのCycle timeの項には、こういう意味のことが書いてある(拙訳):
語義が2つ書いてあるが、最初はIE(生産工学=Industrial Engineering)の用語で、ストップウォッチを使った作業員の動作時間の分析などに用いる用語である。なので、一つのモノを作ってから次の部品を手に取るまで、といった比較的ミクロな時間を問題にしている。 生産管理に関連する、工程ないし工場レベルのマクロな用語は2番目で、こちらは明確だ。そして、この定義に従えば、パン焼きのサイクルタイムは、どちらも120分であることが分かる。設備(工程)を通り抜ける時間は、普通の釜だろうが連続釜だろうが、変わらない。そしてサイクルタイムは、設備ごとに値が変わりうる。 いいかえると、リードタイムはオーダーを起点とした概念、サイクルタイムは資源(工程)視点からの概念といっていい。でもまあ、一連の工程単位、あるいは工場全体を問題にした場合、リードタイムと、サイクルタイムはよく似た概念である。 もっとも、APICSの定義を注意深く読むと、サイクルタイムは「資材が生産設備に到着してから、出るまで」といっている。つまり、もしもその設備の前に、たくさん処理すべき資材が溜まっていたら、そこで滞留している時間もサイクルタイムに含む、ということになる。もっとも、標準リードタイムの方だって、その設備の前に常に滞留があるのなら、それを考慮する必要があるから、平均的な滞留時間を含むはずである。 で結局の所、リードタイムは「計画上の標準的な設定時間」、サイクルタイムは「実際にかかる時間の実測値」という使い分けをされる場合も多い。 じゃあ、連続釜の4分というのは何か? じつは、これは製造ラインにおける「タクトタイム」なのである。Taktとは、オーケストラの指揮者の振る棒のことで、ようするに一定のリズムのことを指している。とくに量産型の製造ラインで用いられる尺度だ。たとえば乗用車の最終組立ラインは、1分間に1台、というタクトタイムで動くことが多い。 少しまとめよう:
最初におことわりしたように、世の中では言葉の使い方はまちまちである。しかも日本にはAPICSの資格試験みたいな生産管理分野での標準資格もないため、方言が使い放題だ。だから、上述の解説は、あなたの会社の用語とは違っている可能性も大きい。 しかし、あなたの会社の中でさえ、部署によって違う意味でつかっているかもしれない。そういうときは、何か基準を作ることが必要だ。その時に参考になるかもしれないと思い、あえてここに解説する次第である。 <関連エントリ> →「下請け型受注生産という日本的形態を考える」 (2019-03-03) →「その在庫はストックですか、フローですか?」 (2012-06-02)
by Tomoichi_Sato
| 2021-06-03 08:24
| A2 生産計画と生産スケジューリング
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Comments(1)
サイクルタイムとタクトタイムが何を意味するのか、ちょうど気になっていたところでした。ありがとうございます。
私がネットで調べたところでは、トヨタ生産方式でいうところのタクトタイムは タクトタイム=一日の稼働時間÷一日のその商品の売れる数 などのように、市場または次工程から必要とされる数から計算する。それに対し、実際の生産のペースのことをサイクルタイムと呼び、サイクルタイムをタクトタイムに近づけるようにしなさい、 という説明が散見されました。これについてはいかがでしょうか?
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