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(くどいけれど)マネジメントにはテクノロジーが存在する

このサイトの目的は、『マネジメント・テクノロジー』について考え、それを読者と共有・議論することにある。マネジメント・テクノロジーとは聞き慣れない言葉かもしれないが、ま、要するにマネジメントのテクノロジーである。

・・えーと、これじゃ何も説明したことにならないか。日本語で『管理技術』と言ってもいいし、スペース節約と通じやすさのために、そう書くこともある。だが、ほんとは少しニュアンスが変わってしまう。とくに「管理」という日本語は、英語のManangementと守備範囲も異なるし、人びとの受け取る感情も違う。なので、決してカタカナ好きではないのだが、マネジメントという表記を選ぶ

テクノロジーの方は、単純に日本語の技術でいいじゃないか。もちろん、そう思いたい。だが、日本語の『技術』がまた、曖昧に使われすぎているのだ。たとえばあなたは、技術と技能を線引きして、使い分けているだろうか? 「あの人のPythonプログラミング技術はすげえ」みたいな言い方は、よく耳にする。でもこれ、実は属人的なスキル、すなわち技能のことを指している場合が多い。

Technologyという英語は、Science - Technology - Engineering、という系列の中で位置づけられる。Scienceは『科学』であり、その目的は真理の探究、客観的な法則性の発見にある。世の役に立つかどうかは二の次、ないし無関係である。科学とはいうなれば、法則性の知識に関する体系である。

これに対し、Technologyは、Scienceの発見の土台の上に構築される発明・方法の体系であって、世の問題解決に資することが大事だ。ただし、実効性が検証されており、役に立つならば、たとえ真の科学的基礎がまだ不明であっても、技術者はそのTechnologyを使うだろう。事実、いろんな分野で使っている。

ではEngineeringとは何か。これを『工学』と訳してしまうと、かえって分からなくなってしまう。明治時代の大学で、科目名を設定する際に、何にでもすべて「〜学」をつけてしまったせいで、この混乱が残っている。Lawはべつに法「学」ではないし、Economicsは経済「学」ではなく、Architectureも建築「学」ではない。同様にEngineeringは工学という名の学問ではない。わたしは長年、「エンジニアリング会社」に務めているが、そこは別に工学の研究をする組織ではない。

Engineeringとは、何らかの仕組みを設計し、実装する諸活動の総称である。その中では、様々なTechnologyを統合して、用いる。もっとも場合によっては、実装をProductionとかInplementationと呼んで、狭義のEngineering=設計と区別する場合もあるが、ここでは広義のEngineeringについて論じている。そしてEngineeringという活動の中心には、複数のTechnologyのインテグレーションがある。

Engineeringという活動は普通、ビジネスとして行われて、その職業に従事する人びとをEngineerと呼ぶ。Technologyは方法の体系であって、それ自体はビジネスではない(まあビジネスの種とは言えるが)。Technologistという職種を自称する人びとも、まずいない。

テクノロジーに話を戻そう。テクノロジーは世に役立つことを主たる価値とする、と書いたが、もう一つ重要な特徴がある。それは、『再現可能』『共有可能』『移転可能』なことである。テクノロジーの多くは、なんらかの「道具」の形に結実して、繰り返し結果を生むことができ、かつ、人の手に渡すことができる。人に渡せないもの、個人の五感やセンスに依存するもの(senseという英語は「感覚」という意味だが)、つまり属人的な能力は、技能(Skill)と呼ぶべきである。

古くから日本では、縄目が均等に12箇所ついた縄の輪を、測量や工事で用いていたと聞く。この輪を、3:4:5の長さの辺からなる三角形に張ると、3:4の辺の角が直角になる。ピタゴラスの定理(和算では「勾殳玄の定理」)の応用である。この道具を使うと、直角の割り出しを、個人の感覚に依存せずにすむ。そして誰でも、経験が少ない者でも、ただしく直角を割り出せるようになる。これがテクノロジーである。誰かベテランが感覚的に、直角をどんなに正確に描き出すとしても、それはその個人の技能に過ぎない。
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つまりテクノロジーとは、組織全体の能力を底上げするものなのである。組織の能力は、構成員の能力の単純な足し算ではない。テクノロジーを用いて、組織全体の能力の向上を可能にする、という発想がそこには必要だ。いや、むしろ組織と言うものは、テクノロジーの力を使って、全体として能力を共有・向上できるように設計されていなければならない。

テクノロジーの道具はもちろん、物的なものばかりではなく、計算チャートやプログラムなど、手順・アルゴリズム類も含んでいる。むしろ、アルゴリズムを記憶媒体に記録して共有・移転可能にしたノイマン型コンピュータは、このテクノロジーの範囲を大きく拡げたと言っていい。

ただし、テクノロジーという言葉を、ITやデジタル技術のみに限って使う人が、ときどきいる。「当社はテクノロジーを活用した成長戦略を云々」というから、どんな事かと思って資料を読んでみれば、デジタルの話ばかりだったりする。CTOという役職の人が、専らアジャイルとデータ分析の話ばかりしたりする。こういう傾向は、MBAあがりのコンサルタントなどにも、結構多いが、それは狭すぎる使い方である。

なぜ、こういう偏った語法が通用するようになったかというと、例によって米国のトレンドの真似なのだ。主にアメリカで、金融業とか、小売業とか、B2Cのサービス業などの業界において、大企業がIT (Information Technology)を導入活用するようになった際、IT技術を単にTechnologyと呼んだことに由来しているらしい。

なるほど、こうした業界では、日本風に言えば「文系」の仕事ばかりだから、ITという理系チックな方法の体系が入ってきたら、Techonlogyという語を独占できるのだろう。かつ、こうした業界は戦略コンサルタント業の良いお客様だから、その語法がコンサル業界にもうつったらしい。

しかし、自動車メーカーでも半導体メーカーでもいい、モノづくりに電子やら機械やら計測やら、さまざまな分野技術を総合して使っているような企業では、CTOがITのことしか語らない、などという現象は起こらない(そしてついでながら、戦略コンサルの人達は、こうした、本来の意味でテクノロジー・リッチな企業の成長戦略は、業界出身者でない限り、なかなか描けないのである)。

もう一つ、ついでに書いておこう。それは、「テクノロジー」と「テクニック」の違いである。テクノロジーは、繰り返すが、移転可能な(=客観的・非属人的な)方法の体系である。では、テクニックとは何か。それは、主に道具や方法の使いこなし方に関する、個人的なスキルを言う。また、体系化されていない、ちょっとした道具や方法を、テクニックと呼ぶことも多い。日本語の「コツ」にも通じる。

誰かが、自動車を複雑な街路をすごいスピードで運転できたら、その人は高度な運転テクニックを持つ、という。まちがっても、その人は運転テクノロジーを持っている、とはいうまい。上記の縄目による直角の割り出しも、それ単体だったら、まあテクニックの部類である。それが木造の日本建築の体系の中に組み入れられているから、テクノロジーの一部とよべるのだ。

それこそ端的に、「あの人はすごいテクニックを持っている」というが、「あの会社は高度なテクニックを持っている」とは言うまい。そう言われると、どんな会社なのか、妙な想像がしたくなるではないか(笑)。かくのごとく、テクノロジーとは、組織単位のものなのである。

だから、マネジメントのテクノロジー、というとき、それはマネジメントに関して、再現可能・移転可能な、組織の共有する方法の体系を意味するのである。

・マネジメントには、客観的で移転可能な方法論がある
 (その根拠には科学的な法則性がある)
・マネジメントは、属人的・主観的なスキルではなく、組織レベルで共有できる能力である
・マネジメントのテクノロジーは、組織のパフォーマンスを上げることができる

これは、通常信じられている、下記の考え方と真っ向から対立することが、お分かりいただけるだろう。

・マネジメントは、リーダー個人の属人的な能力で決まる
・リーダーの成果を決めるのは、その人の「やる気」と、「資質」や「運」である
・組織の能力とは、構成する個人の能力の足し算である
・組織のパフォーマンスが落ちたら、リーダーを取り替えればいい

もちろん、マネジメントは人が人を動かすことであるから、不可避的に属人的な要素が関わることは、否定しない。そして、人の活動は、モチベーションが大切であることも、いうまでもない。ただ、それらは必要条件かも知れないが、十分条件ではないといいたいのだ。下側の考え方は、そこを不必要に強調しすぎているというのが、わたしの意見だ。

わたし達の社会のマジョリティが、下側の考え方で動いている限り、現在のような不況と混沌からは、決して抜け出せないだろう。だが、残念ながら、今の大学教育でも、企業研修でも、マネジメントのテクノロジーについて教えている場所はきわめて少ない。だからこそ、ささやかながらセミナーやら研究会活動などを通じて、同志を集めようと心がけているのである。


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  (2019-10-05)


by Tomoichi_Sato | 2021-05-23 23:18 | ビジネス | Comments(1)
Commented by としま at 2021-05-24 03:27 x
ごもっともです。
管理技術の弱さは、昨今のコロナ対策の遅れやゴタゴタに象徴されていると思います。
生産性を高めよ、といくら声高に叫んでも、その手法が何たるか知らない管理職が多すぎます。
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