社内の勉強会で、若手のエンジニアに対し、「スマート工場とは何か」をテーマに話をしている。といっても、スマート工場に関する共通定義が、世の中に明確にある訳ではない。だから、既存の工場にロボットやAGVを1,2台導入して、ちょっぴり作業を自動化したり、タブレット端末やセンサーを数カ所につけて情報化したりしたら、誰でも「ウチはスマート工場です」と言えてしまう。ある意味で便利な(?)社会である。 もちろん、AGV(Automated guided vehicle=自走台車・無人搬送車)を導入してちゃんと動かしたり、センサーで意味あるデータを取得したりする取り組み自体は、意味あることだ。そのこと自体を否定するつもりは、まったくない。また、そうした取り組みは、けっして、端の人間が見るほど簡単ではない。 どうしてかというと、工場はそれなりに多数の設備と業務が組み合わさって、できあがっているからだ。そこに新しい設備や仕組みが、急に割り込んできて、それが場所や電源供給や通信を必要とし、勝手な自分のタイミングで動くのだ。かつ、こうしたスマートでデジタルな新参者たちは、妙に「石頭」なので(=ふるまいを変えるためにはプログラムを変更しなければならない)、周囲とどうしても軋轢を生みやすい。 そうした苦労を経て、ようやく一部の工程をスピードアップし、一部の設備の稼働率をあげたとしよう。担当者はデータやグラフを示して、その有用性をアピールするだろう。当然のことだ。だが、ではそのスマート化は、工場全体のパフォーマンスにどうつながるのか? このところ頻発している納期遅れや、品質トラブル、はたまた人員不足問題を、どう改善したのか。 実は、よく分からない、というのが、多くのケースでの本音だろう。そんなこと大声で言えないから、誰も口にはしない。とにかくプラスにはなっていると思う。なっているはずだ。そうは信じている。だが、数字で示すのは難しい。 理由の一つは、そもそも工場全体のパフォーマンスを示すKPI、たとえば納期遵守率が、定常的に集計されていないからだ。そんなの簡単だ、注文書の納期通りに納めたかをチェックすればいいじゃないか、と思う人もいるだろう。だが受注後に急に仕様や数量の変更要求があり、工場と相談なしに営業が元の納期通りで受けてしまったら、それはどうカウントするのか? 顧客が示した月次の内示と実需の合計が、大幅に違ったら、どうするのか? だが、もっと根本的な理由がある。それは、工場が生産のための仕組み=システムである、ということだ。システムというのは、その一部が変わったからと言って、全体のパフォーマンスが比例して良くなるとは限らない。 かりに自動車で、エンジンだけを、大きな排気量のものに取り替えたら、クルマのスピードや運転性能が歴然と上がるだろうか? 当たり前だが、ミッション系からタイヤ・足回り・ブレーキ系・電装系まで、すべて足並みを揃えて変えていかなければ、全体の運転性能は上がらないのだ。それがシステムというものの性質だ。システムの性能は、要素の性能の単純な足し算ではない。 なので、工場のパフォーマンスを上げたかったら、工場というシステムの仕組みを知らなければならない。良い工場を設計したかったら、工場という『生産のためのシステム』の成り立ちを、まず理解する必要がある。 エンジニアという人種は、新しくてカッコいい技術の話が大好きだ。それに比べて、生産システムみたいな基礎的な話は、地味で、どう役に立つのか、分かりにくい。だから、こういう種類の話は、書籍にも雑誌記事にもなりにくい。ネットの情報も限られている。なので社内の勉強会が必要なのだが。 という訳で、スマート工場を作りたかったら、まず工場の仕組みと成り立ちを理解しなければならない。そのためには、対象とする工場について、 (1) 品種数と生産数量 (2) 生産形態 (3) 生産方式 (4) サプライチェーンの中での位置 を知ることが、真っ先に必要な仕事だ。これをおさえなければ、始まらない。 また、上記の4項目が同じだったら、その工場が何を作っていようが、実はオペレーション・マネジメント上の課題は、共通していると思っていい。極端に言えば、電車の部品を作っていようが、特殊な機能性素材を作っていようが、はたまたお洒落なクッキーを作っていようが、上記の4条件が同等なら(ま、思いつきであげたこの3品目が同等になることは滅多になさそうだが)、同じ知恵が使えるだろう、ということだ。 これは、個別の製品設計や製造技術に関わっているエンジニア達には、意外だろうと思う。また、企業を「業種・業界」で分類したがる、メディアや役所や経済団体の人達にも、意外だろう。複数の異なる業種の工場・プラントづくりに関わってきた、エンジニアリング会社の人間だからこそ、ピンとくる話なのかも知れない。 上記の内、(1)品種数と生産数量については、横軸に品種数(P: Product)をとり、縦軸に生産数量(Q: Quantity)をとってプロットする「P-Q分析」が、よく用いられる。品種数Pが少なく生産数量Qが大きいものは、「少品種大量生産」で、図では左上に位置する。逆に、品種数Pが多く、生産数量Qが小さい場合は、「多品種少量生産」になる。図では右下に来る。 次の(2)生産形態については、すでに当サイトでも何度か解説したことがあるので、ここではスキップしよう。 (3)の生産方式は、大きくいうと、化学プラントなどの流体を扱うプロセス系と、組立加工系で固体を扱う「ディスクリート系」に分かれる。日本では自動車産業や電気産業などの裾野が大きく、後者に属する工場が大半だ。そして、ディスクリート系工場における生産方式は、さらに、以下の4種類に大きく区分することができる。 1. フローライン コンベヤで連続的にワーク(加工対象)が流れる方式。いわゆる「フォード・システム」が源流である。作業者は細分化された作業を受け持つ。大量生産向きといえる。 2. フローショップ 上記に似ているが、コンベヤでワークが自動的に流れていくのではなく、複数の工程が別々に並び、その間をワークを順に(ただし非同期的に)流していく方式。 3. ジョブショップ 複数の工程(作業区)間を、ワークが行きつ戻りつ動く方式。作業者は複数台の機械を受け持つことも多い。工順が個別に変わるような、多品種少量生産向きである。 4. セル生産 一人の作業者が「セル」内で、複数の工程を受け持つ。そして工場内には複数のセルが並んでいて、同等の機能を果たす。この用語は90年代に、ソニーから始まったと聞いている。 ちなみに、セル生産方式と、従来のフローショップやジョブショップの違いを説明しておこう。後者では、作業者が特定の工程に専任しており、単能工的になる。技能蓄積にはいいが、負荷変動が大きいと、人が余ったり足りなくなったりしがちである。セル生産は基本的に多能工的な方式のため、負荷変動に応じて、セルの数自体を増減すればすむ。また、モノの搬送も比較的少なく済むメリットがある。 この4種類の生産方式は、当然ながら工場の物理的なレイアウト設計の基本になる。ただ、どこに在庫ポイントをもつかによって、同じ生産方式でもレイアウトは異なってくる。そして在庫ポイントの設定は、(2)生産形態によって定まるから、結局、その両者を適切に選んで組み合わせないと、良い工場にはならない事が分かる。そして生産形態は、さらに(4)サプライチェーン上の位置づけ、に大きくしばられる事になる。 という訳で、こうした工場のマクロな特性を最初に理解することが肝心なのだ。 ・・という話をしていたら、若手から、「そういうことを、もっとちゃんと勉強したいのですが、何かおすすめの本はありますか?」と質問された。 うーん、それがねえ。良い本がないんだよねえ。「モノづくり大国ニッポン」のはずなのに、こういう原理原則を体系的に述べた、教科書的な本がないんだ。そういう技術的・専門書的な本を出しても売れません、と出版社の人は言う。売れないから出ないのか、出ないから売れないのか、本当のところは分からないけどねえ。 いいたかないけど、米国ではねえ、生産マネジメント研究と教育に特化した工科系大学が複数あるし、APICSのような民間ベースの技術者団体があって、資格制度と研修カリキュラムを整備しているので、参考書はいろいろあるんだよ。 でも、日本ではねえ、無いんだよねえ。大学の先生も作ってくれないし。そもそも、大学の先生って、学会誌に論文を何本書くかで、文科省から能力を測られるからねえ、基礎的な本を書いても業績にならないんだ・・ 「じゃあ、どうしたらいいですか?」 うーん、そうだねえ。せめて、僕の個人的なサイトがあるから、それを見て自分で考えてもらうしかないだろうねえ(苦笑)。 ・・という、オチでした。 <関連エントリ> →「自社の生産形態をデザインする」 (2019-02-24)
by Tomoichi_Sato
| 2021-05-15 14:32
| 工場計画論
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