人気ブログランキング | 話題のタグを見る

書評:「橋本治のかけこみ人生相談」 橋本治・著




「考える」ことの達人になるためには、「考える練習」が必要だ。

これはまあ、それこそ「考えてみれば」当たり前の真実なのだが、たぶんそう考えない人が多い。なぜなら、考えるという行為は、ほとんど物心ついたときからやっている『自然な』ことで、誰でもできるし、そのやり方を誰かに教わった訳でもないから、だろう。

本当は、わたし達は考えるという行為を、親や兄弟を真似て習い覚え、学校でも一応それなりに教育されてきたのだ。だが、なにせ教える側が、「これが考える行為の上手なやり方だ」という風に、親切に説明してくれない。しかも、問題だけ一方的に与えられ、かつ、考える途中プロセスではなく、回答という結果だけを、判断・評価される。だから「考える方法」は、自分流に身につけるしかない。

そして、それが教育というものだと、皆が思っている。なぜなら、教える側の人達自身が、そうやって育てられてきたからだ。

しかし、どんなことであれ、上手になるためには、いくつかの基本的な原理・原則の理解と、良い先生と、そして繰り返し練習が必要だ。これは車の運転だろうと、英会話だろうと、ロック・クライミングだろうと同じだ(ロック・クライミングはやったことないけど)。

だとしたら、考えることだって同じで、練習が必要である。でも、その練習の場は、どこに求めるのか。誰がその良し悪しを、指導してくれるのか?

わたしは大学院のときに、恩師から、とても大事なことを教えられた。それは、「教科書や参考書を読むときは、すぐ答えを見てはいけない」という態度だ。解答を見ずに、まず、自分で考えて、解いてみる。その上で、解いた結果が正解ならよし。解答と違っていたら、なぜ違っているのか、どこがどう違うのか、自分のアプローチの優劣は何かを考えて、糧としなさい--それが、教えだった。

ただしこれは、言うは易く行うは難し、の教えだ。まず、時間におわれて勉強していると、つい、すぐ答えを見たくなる。また、答えに全く行き詰まったとき。・・そうやって、言い訳を積み重ねていると、わたしの決心はすぐ、ぐずぐずになった。だが、先生は確かに、自分でそれを実践しておられた。はたから見ていても、よく分かった。

橋本治の「かけこみ人生相談」は、文字通り、人生相談の問と、その答えを集めた本である。わたしはこの本こそ、『考える練習』のための最良の書物の一つではないか、と感じている。読者から寄せられた、一つ一つの問は、比較的、短い。そして答えがすぐ、あとに続く。だが、問を読んだら、いったん本を閉じて、自分ならどう回答するかを、考えてみる。

「考える」ことの主な目的は、問題解決である。そして人生相談とは、まさに人生において相談者が向き合っている、問題そのものではないか。それは、こんな風な形をしている:

「理由もなく会社がつらいのです。なぜなのでしょうか?」
「農家を継ぎましたが、外でバリバリ働きたいのです」
「母の再婚相手をどうしても受け入れられません」
「中学で不登校に。人生が終わってしまいました」
「上司が仕事の失敗をすべて私におしつけ、人前で叱責、罵倒します」
 ・ ・ ・

問いを読んでは、自分なりの回答を考えてみる。それから、著者の答えを読むのだが、毎回、驚嘆である。親切で、具体的であり、かつ原則が通っていて、しかも見方が新鮮だ。まことに作家・橋本治は、考えることの達人であった。

相談者の問いを読むと、5W1H、あらゆるタイプの質問がある。やるべきかやめるべきか(Which)、どうしたらいいか(How)、なぜなのか(Why)、何があるか(What)・・。皆が迷っている。迷う理由は、答えが見つからないから、あるいは答えがあっても現実的には思えない(できない)から、さらに、二つの選択肢のいずれにも長短あって決めきれないから、だ。

一つだけ、例をあげよう。「疲れるのです。自負心の強い夫と一緒に暮らすのが」という悩みを持つ、59歳の主婦。子育ても終えて10年してから、単身赴任していた夫がかえってきた。スポーツ好きの夫につきあって、一緒にスポーツクラブに通っているが、自分は本を読んだりするほうが好きだ。ただ夫は、自分は間違った人生を歩んでいないという自負がある。そんな夫と暮らすのが疲れるのです、というお悩みだ。

あなたなら、どう回答するだろうか?

著者はまず、こう書く。「(人生相談を)なさる方の多くが、自分で自分の悩みがどんなものかを理解なさっている。また、その多くが対人関係に関わるものです。だから、『どうしてそのことを相手の人にそのまま言わないで、人生相談などというところに持ち込むのですか?』と言いたくなってしまうのです」(P.150)。そして、こう続ける。「あなたの『しんどさ』を取り除くことができるのは、あなたの配偶の男性だけなのです。」

ここには、とても明確な原則がある。問題の多くは、人に何かを伝えるべき、コミュニケーションにある。そして、それは当事者がやらなければ、解決には至らないのだ。

でも、この相談者はそれが言えない。自負心の強い夫に、なにか引け目のようなものを感じているらしい。そこで橋本治は、あえて価値観をひっくり返すようなことを書く。「ストレートに言ってしまうと、あなたのご主人は、『他人のことなんかよく分からないスポーツバカ』です。そうじゃないですか?」と。

相談者の夫は、妻が自分とは質の違う人間だということが、見えていない。理解もできない。だから妻の感情にも気づかない。「黙っていても分かってくれる人」ではないのだ。だから、彼女が自分で言うしかない。著者はさらに知恵をつける。「『他人のことがよく分からないスポーツバカ』だと、長い話を呑み込む能力があまりありませんから、少しずつ小出しに言って聞かせるのは必要と思います」(P.152)

それでも相手が聞かなかったら、どうするか。そのときは「最後の武器」を使え、と進言する。それが何かは、ぜひ本書を見てほしい。

作家というのはさすがに、伝えることのプロである。この本では相談者に、どんな媒体で、どういう風に、どんなタイミングで、どういうトーンで、相手に言いたいことを伝えるべきかが、実に事細かく、具体的に書かれている。まことに親切である。

ただし、相談者は「自分で自分の悩みがどんなものかを理解」していると、橋本治は上で書いているが、本書を読むと、必ずしもそうとは限らない。少なくとも、悩む人はしばしば、中核となる問題はさっと撫でただけで、周辺の問題にグルグルと、かかずらっているように思われる。その真ん中にあるのは、一種のコンプレックス(感情の心理的複合体)である。

コンプレックスとは、真逆の感情が絡み合ったもので、優越感と劣等感、好きと嫌い、自尊と自虐とが、固結びのような状態になっているらしい。これに直接触れると苦痛なので、コンプレックスのある人は、問題をすり替えてしまう。あるいは問題となりそうな人を遠ざける。外見に劣等感のある人が、「上司に嫌われているため給料が周囲より安い」と思い悩んでいるが、じつは自分から他人に「寄るな」オーラを発しているのでは、と指摘するケースは、それを表している。

また、本書を読むと、奇妙に自尊感情の低い人が多いことにも気づく。これも競争原理で人を選別していく現代の特徴なのだろうか? 中卒の学歴に悩む人に、「『コンプレックスで胸が張れない』のではなくて『胸を張らないからコンプレックスにつぶされる』のです」(P.105)と語る言葉も印象的だ。多くのケースで、あなたは立派だと思う、自分は幸せなんだと思っていい、嫌いなら嫌いだと言っていい、と答えて、まずは相手を気持ちの上で支えている。

そしてまた逆に、自分勝手で、他者(家族を含む)を理解できず、しかも自分は正しいと信じていて、他者や世間が自分に合わせるべきなのだと思っている、一種幼稚な人間に悩まされているケースも多い。いい年をした大人が、幼稚なのだ。これも単純化されすぎた現代社会の特徴だろうか。

思考の主な目的は、問題解決である。だが、そもそも『問題』とは何か。それは、

 「本来はこうあるはずだ、あってほしい、と思っていた姿と、現実とのギャップ

である。そのギャップを超える方策が見つからない、ないし解決策が阻まれていて不可能に感じるから、人は悩むのである。

だが本書を読んでいくと、多くの相談者が、じつは「問題を正しく設定していない」ことが分かる。本来こうしたい・こうあるはずだと(無意識に)思っていた姿、あるいはギャップが生じた理由、乗り超える際の障害・・こうした事柄が、じつは自分の視野の狭さ故に、あるいは隠された感情に動かされているために、実像からズレて、認識されている。

回答者としての橋本治の至芸は、質問者の短い一言半句から、彼や彼女を取り巻く全体像を洞察して、その認識の歪みや欠落を、ていねいに分かりやすく指摘する能力にある。それは、結局、作家としての彼の、人間に対する洞察力の深さから生まれたのだろう。

すべての問題解決に適用できる万能の方程式は、ない。わたし達はつねに、個別に考えなければならない。だが、一番気をつけるべき点は、慌てて問題に飛びついて解く前に、正しい問題設定をすることなのだ。より適切な問題設定ができれば、より妥当で実行可能な答えが出てくる。「理詰めで責め立ててくる独身の娘が心配」なのではない。実は「自分のモノサシとは違う娘が心配」なのだ。「両親のいう“いい大学”への入試勉強が嫌」なのではない。「両親の言いなりになるのが嫌」なのだ。

だとしたら、最終的に目指したい姿、その歪みないゴールに、どうたどり着くかを考えることができる。そして、どうやって、大事な他人に伝えるべきかも。

本書は、そうした問題解決に悩む人びとへの、応援歌集なのである。




by Tomoichi_Sato | 2021-03-09 23:21 | 書評 | Comments(0)
<< 管理とは何か、を明らかにする1... 素早く考える能力、じっくり考える能力 >>