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トランスフォーメーション(変革)を可能にするために

去年の2月上旬頃だったが、ある証券会社の営業マンの訪問を受けた。もちろん金融商品の売り込みに来た訳だ。ちょうどそのころ、クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号が3700人の乗客を乗せたまま、横浜港の外に釘付けになっていた。わたしは、武漢で発生したウィルス危機は中国の外にも広がって、国際的に経済の問題をひき起こすのではないかと、懸念を口にした。すると、くだんの営業マン氏は笑って、「NYダウは史上最高値ですよ」と答えた。

わたしは結局、彼のすすめる商品には手を出さなかった。2月下旬を過ぎ、3月に入ると欧州に都市封鎖(ロックダウン)が広がり、経済的影響は明らかだった。株価は下がり、いろいろなところに損失が出た。航空分野を筆頭に、飲食・サービス業など多くの分野の企業業績が低迷した。やれやれ、言わんこっちゃないと、わたしは内心考えた。

だが、結局のところ、間違っていたのはわたしの方で、彼は正しかったのだ。なぜなら、年末の日経平均は数十年ぶりの高値を記録し、NY株価もさらに最高値を更新したのだから。

株式市場は、素人のわたしには、まことによく分からない。株価は景況の指標かと思っていたが、もしそれが正しいなら、今、わたし達は好景気の真っ只中にいるはずである。右も左も景気の良い話ばかり、人手不足でエンジニアも引く手あまた・・のはずだろう。読者諸賢はそれを実感しておられるだろうか?

実際には、景気はひどいまだら模様のようだ。状態は業種によるのである。昨年底を打ったが急回復中の業種もある一方で、出口の見えぬ需要低迷にさらされている業種もある。株式市場は公的資金の注入など、需給原理とは異なるロジックも働いているらしく、景気の実態を正確に写す鏡ではなくなっている。
 
そして、わたし達が住んでいるのは、ある分野・ある場所で発生した危機が、残りの分野や場所に、あまり伝わらない社会であるようだ。これは近年のたび重なる自然災害のときにも感じたことだ。今の社会は、まるで各部分がセルのように遮断されていて、その中だけで生き残りを問われるのである。

メディアは一応、問題の所在を報じる。だが、社会の中での、横のつながりが弱い。本来、人間社会というのは、個々には弱い存在である個人や家族、地域コミュニティが、互いに支え合うために機能するはずだ。だが、現状はあまりそうなっていない。

ちょうどそれは、縦割り組織に似ている。役所や大企業病に悩む会社では、決まった守備範囲だけをまもる、サイロ化した部門が林立していて、問題が起きたら共同で解決するどころか、互いに押し付けあっている。部門間の決まったインタフェースだけでやり取りがあり、あとは自部門の存続と利益だけを考える。そういう組織カルチャーを、わたし達は周囲に見かけていないだろうか?

昨年はデジタル・トランスフォーメーション、略してDXという言葉がとても流行した時でもあった。正直に告白するが、わたしにとってはいまだに、よく分からない概念である。DXについて語る人は世に多い。理解したければ、そういう人たちに、耳を傾ければいいはずである。

で、聴いてみると、DXという言葉は、AI、アジャイル、プラットフォーム、サブスク化などの特徴的キーワードとともに、語られる。AIもアジャイルも、プラットフォームもサブスクリプションモデルも、どれも結構なものだ。でも、適用範囲は万能ではない。だから、いざ自分のことに引きつけて理解しようとすると、よく分からなくなるのである。

なんとなく、わたしは昔の流行語だった、e-Businessだとか、SISだとか、スマートシティといった言葉を思い出した。「e-Business」というのは、2000年頃流行った言葉だ(ドットコム・ビジネスともいった)。インターネットを利用した新しいビジネス、という風な概念だったが、結局ドットコム・バブルと一緒に潰えた。

「スマートシティ」は、2010年ごろが流行のピークだったように思う。全国各地、いや世界中の色んな場所で、スマートな都市、なる構想が提案された。こちらはまだ概念的には生きているが、スマートシティで大儲けしたという企業の話は、まず聞かない。Googleも北米でトライしたが、断念したようだ。

SISというのは「戦略的情報システム」の略で、流行は90年代はじめ頃だったろうか、TVコマーシャルにもなっていた。そういえば80年代には、OA(オフィス・オートメーション)という言葉もあったな。どれもわたしには、実態のない、曖昧模糊とした雰囲気的概念に感じられた。DXがそういう蜃気楼のようなものでないことを祈るが。

ともあれ世間では、2020年は「DX元年」みたいな扱いだった。言葉は数年前から登場していたが、口にされる回数が圧倒的に増えた。

DXは、企業がなんらかの形で、ビジネスモデルの根幹を変えよう、という取り組みであるはずだ。だとしたら、既存の組織体制、とくに縦割り組織の枠組みの中で、そのような変革を成し遂げられるはずはあるまい。

なぜなら、会社レベルの変革のためには、機能別組織を横断した取り組みが必要であって、しかもそれなりのマンパワーが必要なのだ。しかし企業はどこだって、効率化したギリギリの組織で業務を回している。どこにも対して、人員的な余裕はない。そんな中、既存の縦割り組織が、余技みたいな形で動いて、実現できるのだろうか?

ソフトウェア工学で有名なトム・デマルコが、『ゆとりの法則 - 誰も書かなかったプロジェクト管理の誤解』(原題:Slack)という本の中で、分かりやすいたとえ話を出していた。子どもの頃、誰でも15パズルを遊んだことがあるだろう。たて4個×横4個に並んだ、小さな正方形のコマに、1〜15までの数字が書かれている。そして、一つだけ空白の場所があって、そこに隣接するコマを滑らせて場所を入れ替え、1から15まで順に並び替えるゲームである。

このゲームが成り立つのは、1個だけ空白の場所、つまり「ゆとり」があるからだ。もしも、「そんな空白なんてムダだ。リソース効率を最大化しよう」と、空白にピースを入れて埋めてしまったら、もはや全体を並び替えることは――つまり変革することは――できなくなる。組織が変わりたかったら、一見ムダに見えるゆとりを、あえて一定量おいておく必要がある。

既存の縦割り組織は、定常業務を回すのに最適化されている。わたし達の社会の多くの組織は、「最適化されすぎて」いると思う。だから、ある程度以上の大きな変革のニーズや、外部からきた危機的問題に、対処できなくなってしまっている。

その一番いい例が、今回のパンデミック禍への対策ではなかっただろうか。昨年のクルーズ船客への対応といい、マスク不足問題への対応のドタバタといい、お盆の帰省時期とGo Toトラベルの右往左往といい、どう見ても複数の省庁間や政府・自治体間で、きちんと連携が取れていたとは言いがたい。

マスクを例に取ると、「原材料→製造→流通→消費→廃棄(または再生)」のサプライチェーン全体を見て、どれくらいの需要があり、供給能力のボトルネックはどこで、どこを在庫ポイントに備蓄すべきか、といった分析を、サプライチェーン・マネジメントの専門家が入ってリードするべきだった。ところが、製造と流通と消費(医家向けと一般用)は、それぞれ異なる監督官庁の下にあって、横串を指して問題解決にあたる体制になっていなかった。

今月出された緊急事態宣言についても、調査によると8割の人が「遅すぎた」と感じているらしい。ただ、都市封鎖(ロックダウン)それ自体は、感染症対策ではない。それは「時間稼ぎ」なのである。何の時間を稼いでいるかというと、本来は救命に向けた医療体制を整備するためなのである。(ここら辺の感覚が、欧州と日本ではずいぶん違うように感じられる)

そして、緊急医療体制のためには、人材(医師・看護師ほか)と、場所(建物)と、医薬品と、機材(医療機器)と、給食と、資材(リネン等)と、搬送設備その他を揃えなければならない。既存の医療・介護のみならず、消防や運輸や入国管理とも連携が必要だ。これが厚労省だけで済む話でないのは、明らかではないか。

こうした危機的な問題に対処するためには、タスクフォース的な組織と、一時的な権限委譲が必須なのである。責任者を決めて、関係各部門からキーとなるメンバーを一箇所に集め、予算と権限を与えて、情報も集中化して、問題を多角的に検討し対策案を実行していく。まともな企業なら、危機的事態にはそう動くはずだろう。あいにく、国レベルでそういう体制をとったようには、わたしの目には見えなかった。

この問題は深刻である。お気づきかもしれないが、わたしのこのサイトは、経営批評や時事問題を扱わないことを基本としている。これは、記事それ自体がすぐに陳腐化しないため、また会社員として実名を晒して書いているためでもある。しかし、この問題は看過できないと感じたので、昨年の3月から4月にかけて、連続して記事を書いた。あえてCOVID-19という用語は避けた形にしたので、気づかなかった方もおられたかもしれないが。


繰り返すが、縦割り組織というのは、比較的安定した、定常的な仕事を回すためのものである。そこで発生する問題も、それぞれの機能別組織内で、解決可能なレベルのものだ、という前提でできている。そして縦割り組織は、基本的に大きな変化を想定していない。大きな危機も想定していない。

つまり機能別の縦割り組織は、安定した静的(スタティック)な業務能力発揮のためにできている。もしも何らかの意味で、大きな危機に対処したり、トランスフォーメーション(変革)を志すのならば、横串を指すようなタスクフォース型のチームを、時限的に特設するべきである。それは、いってみれば、動的な対応能力=ダイナミック・ケイパビリティのためなのである。

タスクフォース型のチームを動かしていくためには、体系的・多面的な思考習慣(システムズ・アプローチ)と、プロジェクト・マネジメント能力が問われる。この課題を、今のわたし達の社会は、まさに突きつけられている訳だ。

そしてタスクフォースが既存の母体組織とちゃんと連携するためには、人と人の「つながり」が強くなくてはならない。右手のやっていることを、左手が知らないようでは、つながりのある集団とは言えない。つながりとは、互いのへの信頼を意味する。リスクを押し付け合うのではなく、ともにリスクに立ち向かうという事が、「信頼」の意味だ。

だから、わたし達が真にトランスフォーメーションを目指すのならば、基盤になる、人と人の信頼のネットワークを強める仕組みを、同時に作らなくてはならないのである。



by Tomoichi_Sato | 2021-01-11 22:43 | ビジネス | Comments(0)
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