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冬ごもり読書のための、お薦め3冊:「ファスト&スロー」「わたしの名は紅」「ウィトゲンシュタインのウィーン」

クリスマスと年末年始のシーズンを迎えたが、現下の情勢からGo Toキャンペーンも中止となり、「冬ごもり」休暇を過ごそうと考えている方も多いと思う。そんな方のために、静かな季節にふさわしく読みごたえのある、かつ、ちょっと知的でペダンティックな(笑)3冊をご紹介したい。冬の夜に書を紐解き、思索を楽しむ時間を持つのも、たまには悪くない経験かもしれない。


「ファスト&スロー」 ダニエル・カーネマン著


何年か前、プライベートでフランスに旅行し、昔つかえていたボスに再会した(ほんの短い期間だが、仏企業に駐在して働いていたことがあるのだ)。その時、彼が、最近読んでいて面白い本、と紹介してくれたのが、この”Thinking, Fast and Slow”の原書だった。仏訳も出ていたのだろうが、彼は英語のまま読んでいた。日本に帰って、わたしも早速、翻訳を買い求めた。ただ例によって「積ん読」にしたままだったので、読み終えたのはずっと後になったが。

著者のダニエル・カーネマンは、心理学者だ。だが、彼は2002年にノーベル経済学賞を受賞する。対象の業績は、「プロスペクト理論」を中心とした、人間の意思決定に関する実験的研究で、いわゆる『行動経済学』を確立した立役者の一人である。

本書はそのカーネマンが、はじめて一般読者向けに書いた入門書である。「ファスト」と「スロー」とは、人間が思考する際に示す、二つのモードを表している。彼はこれを『システム1』(速い思考)と『システム2』(遅い思考)と呼ぶ。システム1は直感的・反射的で、単純な連想に従って動く。システム2はより論理的だが、起動にはメンタルなコストがかかり、怠け者である。

この二つのシステムがどのように発動し、どのように絡み合って、人間の思考や感情を支配するか、というテーマだけでも興味深い。本書には、それを調べるための、巧妙な心理学的実験がたくさん紹介されている。わたしはこの本を読んで、はじめて心理学者という人種の方法論や関心事が、少し分かったような気がした。

しかし著者カーネマンが、早く亡くなった共同研究者エイモス・トベルスキーとともに探求したのは、この二つの思考のシステムが、「リスク」や「財貨」や「不確実な環境」においてどう意思決定に影響するかであった。ここから、心理学は経済学とドラマチックに交錯して行く。新古典派経済学では、人間は経済合理的にふるまう、という前提から出発する。だが本当に人間の判断は「合理的」なのか?

たとえば、ワイン好きの経済学者R教授は、$35以上のワインはめったに買わなかった。逆に売ってくれと言われたときは、$100以上だったら渋々売った。しかし、あるワインが教授にとって$50の価値あるのなら、$60で売ってくれと頼まれたら売るべきだし、$40で売っていたら買うべきだ。R教授にとって、$35のワインは、自分が保有すると$100以上の価値になるらしい。これを「保有効果」と呼ぶ(下巻第27章)。

もう一例。「ある女性が$80の芝居のチケットを2枚買いました。ところが劇場についてバッグを開けるとチケットがありません。この女性はチケットを買い直すでしょうか?」(下巻第34章)

経済学における埋没原価の原理からいえば、買い直すのが正しい答えだ。だが、多くの人が、答えに迷う。ちなみにカーネマンは、「もし同額の現金をなくしたのだとしたら、あなたはチケットを買い直しますか?」との質問と比較する。後者の場合、大抵の人が「買い直すべき」と答える。だったら、最初の問にもYesと答えるべきなのだ。

「プロスペクト理論」では、人間の利得と損失に対する心理的な評価は非対称で、現状から何かを得る可能性よりも、失う可能性のほうが大きく感じられる、という事を実験的に証明している。そしてシステム2は、確率的・統計的な判断がじつは苦手なのだ。ところが、現代のビジネス上の意思決定は、多くがリスク確率や期待値などをベースに行われる(とくに金融の世界では)。それがいかに危険なことか、わかるだろう。

しかし本書の良いところは、問題提起だけでなく、2つのシステムの弱点や意思決定バイアスの罠を避けるための、実際的な方法についても、いろいろとアドバイスに満ちていることだ。だから、ビジネスとリスクと意思決定に関わる人は、本書を是非勉強すべきなのである。村井章子氏による翻訳も読みやすい。
  
「わたしの名は紅」 オルハン・パムク著


現代最高の小説家の一人(と、あえて断言してしまおう)、オルハン・パムクの代表作。最盛期を過ぎつつある16世紀オスマン・トルコの首都イスタンブール(と語尾を伸ばすのは英語風の発音で、現地ではイスタンブルと短く言う)を舞台に、イスラム細密画家たちの間で起きる謎の連続殺人事件を追う、一種の長編歴史ミステリである。

本書の冒頭は、「いまや死体だ、わたしは。」から始まる。井戸の中の冷たい死体となった被害者が、話者となって、四日前に起きた自分自身の殺人事件について、一人称で語り始める。次の章は、12年ぶりに故郷イスタンブルに帰ってきた、カラという名前の男性が語り手だ。そして、各章が異なる話者によって一人称で交代交代に語られる。だから目次は、こんな風になる:

「第1章 わたしは屍
 第2章 わたしの名はカラ
 第3章 わたしは犬
 ・・・
 第31章 わたしの名は紅」

犬も、殺人犯も、馬の絵も、そして色彩さえが、語り手の地位を得る。つまり、この物語には明確な主人公がいないのだ。もちろん、カラと、彼が恋する寡婦シェキュレとのロマンスが、この物語の重要な縦糸になるから、読者はふつう二人を主人公に擬して、感情移入しながら読むことになる。そして、「ぼくはオルハン」という幼い少年は、明らかに著者の分身である。だが全編を貫くのは、絵画という仕事をめぐる、絵師たちの願望と苦悩である。

「イスラム教が弾圧を加えた最たるものは、女性達に対してですが、もう一つは、世界や人間をあるがままに見て、それを描いたり、眺め楽しむことに対してでした」と、著者は序文『日本の読者へ』で書く。実際、偶像崇拝を厳格に禁ずるイスラム世界では、絵画は常に微妙な位置にあった。インドから中東にかけて長い伝統を誇る細密画の絵師たちも、16世紀のオスマン・トルコでは、方やイスラム原理主義(なんとこの時代からあったのだ)の脅迫、そしてルネサンスを経験した西欧美術からの影響との桎梏に、もがいていた。

イスタンブールは、誰もが知る通り、東西文明の交錯する都市である。かつては東ローマ帝国の首都で、ギリシャ風ビザンチン文化の中心地であり、またその後は長らくオスマン・トルコ帝国の首都でもあった。帝国とは諸国を包含する存在であり、帝国の首都とは、世界の中心である。だからこの街は、ヨーロッパとアジアという異なる二つの楕円の、共通の焦点なのだ。

その中にあって、東西の文化と、宗教の天地の間で、引き裂かれる芸術家たちの魂の悲劇を、著者は共感を込めつつ緻密に描く。パムク自身、小説を書き始めるまでは画家を志望していたらしい。それにしても作家の想像力とはここまでの拡がりを持ちうるのか。トルコの枠を超えて、まさに現代文学の最先端である。

オルハン・パムクは多彩な芸域の人らしく、現代トルコを舞台にした政治スリラー『』は、スピード感を持って読者をぐいぐい引っ張っていく傑作だった。しかし本書はミステリー仕立てながら、むしろじっくりと物語が展開していく。

なお、わたし自身は藤原書店版「わたしの名は紅」 (Amazon)で読んだので、上の引用もすべてここちらからとっている。藤原書店版の訳者・和久井路子氏はトルコの大学の先生で、原文の倒置法をそのまま日本語に移すなど、かなり苦心しているが、必ずしもこなれた訳とは言えなかった。その点、ハヤカワ文庫版のほうが読みやすいとの評判である。ただ、このような優れた小説を、著者がノーベル賞を受賞するよりも前に訳出し、上梓した藤原書店には、あらためて敬意を評したい。


「ウィトゲンシュタインのウィーン」 S・トゥールミン, A・S・ジャニク著


ITに関わる人は、西洋哲学を勉強するべきだ。なぜなら、ITは西洋哲学の非嫡子なのだから、と以前からこのサイトでは何度か書いている。では、具体的にどの哲学書を手にとって読めばいいのか? そうたずねられたら、「何でもいいのだけれど、理工系のエンジニアなら、まずはウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読め」、と答えるだろう。

論理哲学論考』は比較的薄くて手に取りやすいし、ウィトゲンシュタイン自身が工学者としての教育を受けた人なので、理系的なアプローチの思考に親しみやすい。そして、20世紀の現代西洋哲学に、巨大な影響を与えた。さらに、アウトライン・プロセッサで書いたような、階層的なスタイルで書かれている点も興味深い。たとえば、こんな風だ:

「1 世界は成立していることがらの総体である。
 1.1 世界は事実の総体であり、ものの総体ではない。
 1.11 世界は諸事実によって、そしてそれが事実のすべてであることによって、規定されている。
 1.12 なぜなら、諸事実の総体は、何が成立しているのかを規定すると同時に、何が成立していないのかをも規定するからである。
 1.13 論理空間の中にある諸事実、それが世界である。
 ・・・・・」(野矢茂樹訳・岩波文庫版 P.13より引用)

ちなみに、英語をいとわないなら、Project Gutenbergで無料版を(ちゃんとバートランド・ラッセルによる初版への序文付きで)読むこともできる。そして上記の和訳で受ける印象とは、ずいぶん違うことも分かるだろう。

第二次大戦直後、29歳でこれを書いたウィトゲンシュタインの問題意識は、(ITエンジニアに分かりやすい表現をすると)「モデリング・ツールとしての言語の限界を、内在的に分析できるか」であった。つまり、これはモデリング論なのである。

だが、なぜ彼はこのような問題を立てたのか? それは、彼の師匠だった論理学者のラッセルとか、その後の英米分析哲学だけを見ていても分からない。むしろ、ウィトゲンシュタインが育った中欧・ウィーンの知的伝統と混沌を背景として理解すべきだ、というのが、「ウィトゲンシュタインのウィーン」のテーマである。そして、その背景画は、それ自体がとても魅惑的なのである。

著者のS・トゥールミンは英国人で、ウィトゲンシュタインに若い頃学んだ人だ。A・S・ジャニクは米国人で、二人共、大学の先生である。彼らは広範な文献調査に加え、繊細な想像力を持って、世紀末ウィーンの知的世界を描き出す。ハプスブルグ朝のウィーンは、オーストリア帝国の首都だった。そこから、いわゆる「ウィーン学団」の論理実証主義も、フロイトの精神分析も生まれてくる訳だ。だが、彼らに大きな影響を与えたのは作家のカール・クラウスであり、物理学者のエルンスト・マッハであった。

マッハの経験論的哲学に対して、若くして亡くなった物理学者ヘルツは、一種のモデリング論を立てる。論理的無矛盾性、データとの整合、そして説明変数の単純性を、3つの基準としたヘルツの議論は、現代のAI(機械学習)のモデル論に対しても、十分通用する優れたものだった。そしてウィトゲンシュタインの『論考』は、ある意味でその議論を、「モデリング・ツール(世界記述のツール)としての言語」にまで、拡張しようとする試みだった。だから『論考』は6.4節以降で、急にスタイルを変え、これまでの哲学や神学・倫理学が、いかに無意味なことをやってきたかを、活き活きとした筆致で批判するようになる。

本書はもちろん、『論考』以後のウィトゲンシュタインの歩みも忘れない。事実、彼は後年になって『論考』の内容には否定的な立場を取るようになり、日常言語学派と呼ばれる新しい動きを生み出した。ずっと英国に住んだ彼だが、その倫理的で誠実な生き方は、むしろウィーンの良き文化を体現するものであった。

藤村龍雄氏の訳は、決して読みやすいものとは言えない。原書も一部見たことがあるが、それほど衒学的な文体ではなかったから、英語に堪能な人はそちらにトライするのもいいだろう。しかし、こういう書物は、数多くの固有名詞に関する、詳細な訳注が、情報源として有用なので、わたしはあえて日本語訳をおすすめする次第である。


by Tomoichi_Sato | 2020-12-19 13:18 | 書評 | Comments(1)
Commented at 2021-01-05 22:13 x
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