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そうか、製造業のデジタル化って、そういう意味なのか

前回までのあらまし)工場で『製造IT担当』として働くあなたは、ある日、「全社DXチーム」の一員に任命され、会議のため本社に呼び出される。事務局を務める情報システム部次長のもと、経営企画・営業・設計・生産技術・品管など、社内各部の若手中堅が集められていた。何をすべきなのか皆で議論するが、甲論乙駁、なかなか方向性が定まらない。あなたは、社内の各種ITシステムがバラバラで、かつ情報が一方向にしか流れない状態を何とかすべきと訴える。と、そこに突然、DX活動の責任者である専務から電話が入る。指示を受けた情シス次長は、こう宣言した。

情シス次長「諸君、専務からだ。方針変更だよ。」

全員「ええ!?」

情シス次長「社用車の中からだったので聞こえにくかったけど、戦略コンサルの方々と接待の店に向かう途中で、さらにいろいろと話されたらしい。それで専務がおっしゃるには、ものづくりの中心は設計だから、DXは設計を変えなきゃいかん。すなわち、製品のアーキテクチャを改革しろ、と。」

設計「そ、そんな・・! 過去の設計資産はどうするんですか。全部捨てることになりますよ!」

情シス次長「でも、設計畑出身の専務兼CTOの、おっしゃる事だからねえ。それで、モジュール型アーキテクチャに変革すべきだ、と。なんでも、オランダのAD・・なんとかって半導体製造装置メーカーの話に、感銘を受けたらしい」

生産技術「今のウチの中核技術は、昔、専務がイギリスから導入したものですよね。今度はオランダですか。つくづく、欧米の輸入とモノマネがお好きらしい」

情シス次長「こら、余計なことは言いなさんな。ともかく、オープンな製品アーキテクチャにして、協力企業を呼び込み、エコシステムを形成しろ、とおっしゃってる。設計は全部3Dでデジタル化する。また技術開発も、オープン・イノベーションに切り替えて、ベンチャー企業を発掘投資する、という事です。すでにその方向で、コンサルとも話を始めたらしい。」

財務「コンサル費用のほうが、ベンチャーへの出資金よりもかかりそうで、心配ですね・・」

設計「・・自分は方針に納得できません。あとで専務に直接談判してみます」

情シス次長「ああ、君は専務の大学の後輩だったね。やってみたら? でも専務もプライドの高い方だからね、いったん口にしたことは、なかなか引っ込めないんじゃないかな。」

――じゃあ、工場側のシステムはどうするんですか?

情シス次長「設計が変われば、製造は自然とあとからついてくる、と。」

――・・・。

情シス次長「専務は工場の子会社化や海外移転を積極的に進められた方だし、製造現場の業務はあまり眼中にはないのかもね。」

――でも、さっきの僕らの話と、なんとか折り合いはつかないんでしょうか? デジタル技術で単調な工場労働を機械に任せる、とか、エンド・ツー・エンドのシステム統合って方向で、みんな一応納得していたと思うんですが。全部忘れるしかないのかな。

(その時、それまでずっと黙っていた標準化部門のベテランが、はじめて口を開いた。こわもてな顔つきだが、口調は優しい)

標準化「別にそれはそれで、両立するんじゃない?」

――どういう意味ですか?

標準化「文字通りの意味だよ。システムの統合と、現場の自動化・データ化と、製品の設計思想の改革と、三つ全部やるべきだろうね。むしろ、どれかを捨てたら、他も効果が出なくなる。」

――もう少し詳しくおっしゃってください。

標準化「さっき品管さんが言ったように、デジタル化はそれ自体が目的じゃない。手段のはずでしょ。で、戦略コンサルの今日の講演によると、流通サービス業や金融業のデジタル化ってのは、ビジネスモデルの変革が目的だって事だ。つまり『売り方の変革』だね。」

――はあ。

標準化「だとしたら、ぼくら製造業にとってのデジタル化のねらいは、『作り方の変革』になると思わない?」

経営企画「それって、現場にロボットとかを並べて作る、って意味ですか」

サービス「いや、いや。ウチの今の製品を、今の材料から、今の作り方していたら、たとえ人手を全部ロボットに変えたって、効率化がちょっと進む程度だよ。ぼくも昔、製造にいたから知ってる。もし製造を根本的に改良したかったら、製品の設計から直さなけりゃ無理です。」

設計「しかしモジュール型アーキテクチャへの転換で、製造の非効率が万事解決するとは思えません。」

サービス「いや、ポイントはそこじゃない。デジタル技術の製造業への一番のインパクトは、新素材の開発にあるんじゃないかって、ぼくは考えている。すでにこの何年か、CFRPやらナノファイバーやら、いろんな新素材が出ていて、我々のお客さんの業界にも、少しずつ広まっている。で、こういう新素材の開発って、AIとかシミュレーション技術で、そうとう加速しているらしい」

設計「MI、つまりマテリアル・インフォマティクス技術ですね。それで?」

サービス「結局ね、ものづくりでは、素材の革新が一番大きいと思う。技術の歴史を考えると、設計上の大きな変化は必ず、材料の進歩か、動力の発達によって起きている。自動車業界がEV化で今、あれだけ大騒ぎしているのも、内燃機関から電動への、動力の変化だ。」

――僕らの製品は、昔から電動ですけれど。

サービス「だから、大きく変化するなら素材の方だろう。今の材料は金属が中心だけど、金属加工って結局、鋳物にするか、削るか、折り曲げるか、叩くしかないよね。重いし、うるさいし、煙は出るしで、3K職場になる。でも新素材は全く別の作り方になるんじゃないかなあ」

生産技術「ウチの工場の機械で、扱えますかね?」

設計「新素材なんて、高くてダメですよ。」

――あの、もし性能が5倍や10倍になるんなら、今よりずっと高く売ってもいいんじゃないですか?

営業「ま、そんなに性能が変わるんだったらね。」

経営企画「その新素材を、ウチが開発するってことですか?」

標準化「さあて、ウチができれば最高だけれど、たぶん素材分野の企業さんの仕事だろうね。専務の言うように、ベンチャーかもしれない。でも、新素材を利用した製品設計と、それを加工する技術は、製造業各社のノウハウになるはずです」

設計「くどいですが、過去の設計資産はどうするんですか。全部捨てることになりますよ」

標準化「中核部分に革新的な素材が出てきたら、どうせ設計は全部見直すことになるんだよ。今のウチの技術標準なんかも、全部パー。だったら今のうちから、新素材の出現を予測しながら、設計思想の根本的な見直しを始める方が、賢くない? 欧米のライバルとだって、この点では同じゼロからの競争だからさ」

生産技術「そういっても、新素材の実用化までは、何年もかかるでしょ? それまではどうしますか」

標準化「専務のおっしゃるモジュール型アーキテクチャへの転換だって、試作や製造ラインの準備を入れたら、最低でも2年はかかるはずだよ。今の素材のままでもね。でも、デジタル化の成果がそれまで何も出ないじゃ、ぼくらも専務も、メンツが立たない。」

経営企画「そうですよ、DXにはクイックウィンが必須です!」

標準化「だからこそ、製造現場の自動化から手を付けるべきでしょう。こっちは目に見えやすい。それに専務はお忘れみたいだけど、ウチを含めて今の製造業の最大の問題は、若い人材が離れていくことです。エンジニアも技能員も、工場勤務と聞いただけで敬遠する。」

人事「本社からだって、やる気のある優秀な人財がボロボロ抜けています」

標準化「仕事の中身が変わらないからだよ。だから経験値のある、ぼくらオッサン世代がでかい顔をしてる。仕事の中身が大きく変わって、先がどうなるか誰も読めないときは、若手だって発言権が出るもの。それに、品管さんみたいに、とにかく単調な労働を減らさなきゃ、外国人だって働いてくれなっちゃうよ。仕事は、やって面白くしなけりゃあ、いい製品だって生まれない。」

人事「従業員のエンゲージメントって事ですね」

標準化「ただ、現場作業の自動化を進めたら、今度は当然、製造IT担当くんが指摘したような、バラバラ・システムの問題が表面化する。でも、幸い専務は、設計を全面的にデジタルにしろ、とおっしゃってる。だったら今度こそ本当に、設計部門は出図して終わり、じゃなく、部品表やCAMや生産スケジューラまでつながった、トータル・システムのフロントエンド役になればいい。」

情シス次長「でもそれも、長い道のりですよ。どっから手を付けるといいのかな。」

標準化「やっぱりね、真っ先に手を付けるべきなのは、最上流だよね。つまり営業と設計の界面です。お客さんの個別要求がすごく増えているでしょ? それをメールで設計部門が受け取って、毎回個別にチェックしては図面起こす、ってやってるから、設計の仕事量も増えるし、行き違いやミスが出やすい。そのしわ寄せは結局、製造と修理サービスに来るんです。」

品管「たしかに、そうですね。」

設計「詳細設計はなるべく、ベトナムの子会社にさせて、コストダウンと負荷分散しています」

標準化「でも設計を外注化したら、相手は新図面を作る事自体が仕事の目的になるでしょ? そうじゃなく、新図はなるべく、起こさない。できる限り標準図面で、まかなうようにしなけりゃ。営業所で直接端末に仕様データをインプットしたら、システムが機能型番を選定して部品表まで自動展開し、追加設計の必要箇所だけ設計部門に回すようにかえるべきです。そうすれば設計の仕事量も減る上に、ミスもなくなるし。」

営業「台湾のライバル会社はそんな風だって聞いたなあ。そうしてくれると助かるんだが」

情シス次長「たぶんそれ、コンフィギュレータって種類のソフトの応用じゃないかな」

経営企画「・・ちょ、ちょっと待ってください。頭がこんぐらがってきた。整理させてください。
(ホワイトボードに駆け寄って)コンサルの方が言っていた、流通サービス業とか金融業のDXって、まずMVPのアプリ作って、魅力的なUXと、AI分析機能で、顧客、つまり買い手のエンゲージメントを獲得する訳です。これがSTEP-1。」

情シス次長「うんうん。」

経営企画「それから、アジャイル開発を高速に回して深掘りし、ニーズの変化に即応できる仕組みを作ります。これがSTEP-2です。STEP-3では、リカレントなビジネスモデルに変革する。これが最終ゴールです。これって、今やろうとしていることと、全然違いますね!」

――そうでもないかもしれませんよ。だって、最初にやるのは、製造現場の自動化・情報化ですけど、それは効率よりも、まず働き手のエンゲージメントを上げる取り組みでしょう?

品管「次は、営業からサービスまで、双方向に情報がフィードバックできるような、統合的なシステムです。これは、ウォーターフォール型から脱して、アジャイルな即応力を作るんだって、さっきご自分でおっしゃってました」
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経営企画「・・言われてみればそうですね。すると最終ゴールは?」

設計「製品アーキテクチャからの設計の変革です。」

標準化「つまり、『作り方の変革』ね。」

経営企画「えと、リカレントなビジネスモデルは?」

――そこまでシステム化できれば、海外工場に展開する時に、製造ノウハウの90%は、ブラックボックス化して持っていけませんか。10%だけ移転するなら、今みたいに立ち上げに苦労はいらなくなります。提携の相手方だって、僕らから離れにくくなるでしょう。

財務「そこまで製造がスケーラブルになれば、資本のレバレッジを効かせたビジネス戦略も考えやすくなりますね」

情シス次長「3つのSTEPとも全部、ぴったり符合しているじゃないか。」

経営企画「ホントだ。そうか、製造業のデジタル化って、そういう意味なのか」

情シス次長「それにしてもあなたは、こういうマンガを描かせると上手いなあ」

経営企画「それって、ほめてくれてるんですよね(笑)。でもなんだか、腹落ちしました」

設計「でもこれは、一般解じゃなくて、我が社の状況という境界条件を入れた特殊解ですね。」

営業「またあんたは、難しいことを言う。でもさあ、さっきの客先仕様を入れると自動展開するソフトの話だけれど、あなたとしては、どう思うの?」

設計「・・考えてみると、これは仕様から機能セル単位への展開ですね。だとすると、たしかに専務のモジュール型アーキテクチャ構想につながりそうだ・・うーん。面白い、ぜひやってみましょう。」

情シス次長「お、さっきは凹んで、専務に直談判に行くとか言ってたけど、立ち直りが速いね(笑)」

設計「自分が前から考えてたアイデアがあったんです。でも、今のままじゃ使えないと諦めていました。これだったら、生きるかもしれません。」

標準化「どうせ無理だと、この会社の人はみんな諦めてるんですよ。それでますます、何事も無理になっちまう。あんた一人だけでも、このループから抜け出したら?」

設計「はい。ありがとうございます」

情シス次長「なあに、君一人じゃない。ぼくらも応援するから。」

経営企画「でもどうして、アーキテクチャ改革だけでなく、三つが全部必要なんですか?」

標準化「経営企画さん、たまには、人の話ばかり聞いていないで、自分でも考えてみなよ。」

生産技術「でもさあ、何だか全体、お金がかかりそうだなあ。大丈夫なの?」

情シス次長「財務さん、減収減益でボーナスはカットされたけど、実はうちは無借金経営だよな」

財務「・・まあ、その通りです。内部留保を戦略的な成長投資に使わないのなら、配当に回せと、投資家からはいつも責められています」

営業「じゃまあ、俺たちが上手に使って、財務さんの苦労を少し減らしてあげますよ(笑)」

財務「でも、こういうデジタル化の費用対効果を、トップにうまく説明できますか?」

標準化「ぼくが運転免許を取った若い頃はさあ、全部マニュアル車だったんだよね。ギヤシフトとか、坂道発進とかを練習させられたもんだ。当時、オートマの車は値段が高いだの、燃費が悪いだの、カーマニアからは散々言われてた。」

財務「??」

標準化「でも今じゃ、街中を探したって、マニュアル車なんかほとんど走ってないでしょ? カーナビもそう。出たときは、そんなもの装備したって、運転が上手になる訳でも、ハンドルさばきのキレが良くなるわけでもないって、みんな言ってたよね。でも今じゃ、カーナビはあって当たり前です」

財務「オートマチック車は現場の自動化に、カーナビはITシステムに相当する、ていうことですか?」

――うーん、確かにそうですね。それなのに僕らの工場では、車にたとえると、今でもマニュアル運転で、毎朝みんなで紙の地図を見ながら、道を探している状態です。海外のライバルなんか、もう自動運転への道を歩んでいると言うのに。

標準化「そいつを称して、『第4次産業革命』とか言うんじゃないのかな。」

情シス次長「・・どうも、ありがとうございます。おかげで議論の方向性がまとまってきました。でも先輩は、どうしてそんなにいろんな物事が見えてるんですか?」

標準化「標準化部門は仕事の傍流だからね、ライン業務の流れに何か無理があると、かえってわかるのさ。それにウチの技術屋は、それなりにみんな優秀だ。機械も、材料も、電気も、制御も、ITもね。だからぼくは、どこの大学でも教えていないけど、みんなが必要とする技術について、ずっと考え続けてきた。」

――教えてないけど、みなが必要とする技術って、いったい何ですか?

「管理のための技術だ。マネジメント・テクノロジーだよ。」

(完)


<このささやかな対話編を、職場の同僚にして畏友、故・秋山聡氏の霊前に捧げます。氏は「マネジメント・テクノロジー」という言葉を作ってわたしに教えてくれたばかりでなく、その普及のために粉骨砕身、尽力されながら、志半ばで亡くなられました。秋山聡氏のご冥福をお祈りいたします。

なお、この対話はフィクションです。特定のモデルはありません>


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by Tomoichi_Sato | 2020-11-15 12:00 | ビジネス | Comments(2)
Commented by 工藤 at 2020-11-15 22:31 x
いつも貴ブログの更新を楽しみにしております。今回の対話編も学ぶところ多かったです。一点、最後から3つ目のセンテンスの発言者はサービス氏ではなく標準化氏ではないかと思いました。的外れなようでしたら恐縮です。
Commented by Tomoichi_Sato at 2020-11-17 22:27
ご指摘ありがとうございます。修正しました。コピペの間違いだったようです。


佐藤知一
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