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製造業のデータって、ほんとはDXに向いていないのかもしれないね

前回のあらすじ)あなたは、ある製造業の工場に勤める若手のエンジニアだ。案外パソコンに詳しい、などとおだてられて手製のツールなどを作っているうちに、いつのまにか工場長から『製造IT担当』なる係にされてしまった。なんだか技術者というよりも便利屋みたいだな、などと思いながら、それでも製造ラインのデータを取得するIoTなどの仕組みを工夫したり、生産管理システムの改修要件をとりまとめたりしてきた。

そんなある日、本社から突然、「全社DXチーム」のメンバーに任命されたから会議に来い、と命じられる。専務が委員長で、情報システム部の次長が事務局長だ。社内の主な部署から、若手中堅メンバーが集められている。だが、参加してみたものの、皆、何をすればいいのか思案顔であった。最近のデジタル技術は、従来のサーバとPCの中のITより、現実世界とインタラクションが強い、だからそれを利用すればいい、という意見もでた。だが、あなたは何かまだ「つながりが足りない」と感じて、思わずそう発言した・・


生産技術「つながりが足りない? よく分からないな。」

――さっき、ウチの現場は生産管理システムで回っていると言いましたが、それは正確じゃありません。実際には、生産管理システムの個別納期を元に、工程担当者がExcelの工程表を毎日作って、現場の職長に配布しているんです。

設計「そんな事してるのか。」

――はい。現場はその表をもとに作業順序を決めますが、都合によっては必ずしもその通り着手しないし、その通り完成できないこともあります。

品管「検査ではねられて、作り直しも結構ありますよね。」

――だから、実際のところは、どのオーダーがどこまで進んで、最終出荷日がいつになるのか、納期に間に合うのか、現場に聞いて回らないとよくわからないのです。

営業「だよな。だからいつもこっちはお客に責められて、こまっちまう、」

――ええ。そこで工程係には「追いかけマン」がいて、進捗確認をして回っています。

経営企画「だったらそれ、現場にカメラつけて進捗データの収集やりません? AIの画像処理で、追いかけマンに知らせるんです。すごくDXですよ」

――いや、そもそもExcelと進捗の「追いかけマン」は、なんとかやめたいと思ってるんです。ていうより、問題なのは、上位の生産計画と、現場のスケジューリングがスムースにつながっていない事です。ドローンとか3Dプリンタとかいったデジタル技術って、情報処理と物理的な世界が、スムースにつながっているでしょう? でも、ウチの製造現場はそうなっていないんです。

品管「たしかに製造記録と品質データも、つながっていません。あとでロットをトレースするのが、いつも大変です」

生産技術「設計図とNCのプログラムだって、つながってないぜ。そもそも設計部品表と製造部品表だって、俺達がいちいち、手で変換してるんだからな。勘弁してほしいぜ」

設計「設計部品表は、ちゃんとデータ形式で渡しているはずです。なんで自動変換しないんだ?」

――工場と本社で、部品の品番が合っていないんです。それだけじゃありません。営業の月次販売予測と、工場の生産計画も、合っていません。営業が多めにサバを読むからって、工場側で減らしています。

営業「おいおい、聞き捨てならない事を言ってくれるじゃないか。サバを読んでるだとぉ?」

人事「まあ皆さん、ちょっと落ち着いてください。たしかに、あちこちギャップがあるのは分かりました。でも一応、人が介在するにしても、なんとか仕事は回っている訳ですよね。注文を受けたものが出荷できない、といった事は起きていないんですから。これをもっとつなげるのが、製造IT担当さんのいう、デジタル化なんですか?」

――すみません、ぼくはただ、情報系と物理的な世界が、スムースにつながっていない、という事を言いたかっただけなんですが。

(その時、会議室に情報システム部の次長が、汗をふきふき入ってくる)

情シス次長「いやー、ごめんごめん。廊下で、今度来た常務につかまっちゃってさあ。君、ちょっと一言、とかいわれて、部屋でしぼられちゃって。」

人事「常務って、あの銀行から来られた方ですか?」

情シス次長「そうそう。それで、DXチームを集めて活動をはじめましたと言ったら、SAPの話をされるんだよね。『SAPも十分使いこなせないようだから、日本企業は世界に勝てないんですよ』とか言われてさあ。もう、大汗かいたよ」

財務「SAPだったら、ちゃんと使いこなしてますけれど?」

情シス次長「そりゃ会計と販売は、一応ね。だが、肝心の生産系から購買がつながっていない。だからきちんとした原価管理ができていないんだ、個別の受注が儲かっているのかどうかも分からないで、なにがERPだ、って言われてね。いま全社DXで検討してますからって、やっと逃げてきたよ。いやはや、まいった。」

財務「そんな事、安請合いしないでいただきたいですね。たしかに製造の個別原価管理は、大きい課題だと思っています。ですが、同業他社だって、SAPをそこまで生産系に使い込んでいる会社はないです。」

設計「なぜなんですか。ウチの業界だけが製造業で特殊だとは言えないでしょう。キチンと使いこなせないのは、工場側に問題があるとぼくは思います。」

――でもSAPって、細かな生産スケジュールの変更に弱いって聞いたことがあるんですが。

設計「それは、機械がしょっちゅう故障して止まったり、サプライヤーの納品がしょっちゅう遅れたりするからじゃないのか。工場の管理の問題に思える。」

――それは確かにありますが、仕様変更や急な納期の変更など、工場では抑え切れない原因もあるんです。客先の先行内示と、実需がかなりばらつく問題もあります。

営業「それは、ウチだけじゃ抑え切れないな。お客様の都合だから。」

経営企画「でも、新しいビジネスモデルを創造するために、DXを進めるのが僕らのミッションでしょう? そのために顧客接点のデータを蓄積して、AIとアジャイルで高速に回すのが、DXの方程式ですよ。せめて製造原価くらいは分析できるんじゃないですか。SAPの受注データと、生産管理システムのデータを組み合わせて、AIで分析すれば。」

人事「そうですね。社内にはすでに、かなりの過去データが溜まっているはずです。ビックデータ解析できるんじゃないですか」

情シス次長「同じことを、さっき常務さんにも言われたよ。でもね、障害が2つあるんだ。1つは、生産管理システムと財務の過去データが、ちゃんとつながっていないこと。ウチの生産管理システムときたら、20年以上前に稼働したレガシーだけれど、SAPは3年前にやっと稼働したからねえ。それ以前の財務データなんて費目コードやフォーマットが違うし。」

経営企画「フォーマット変換とかできないんですか?」

情シス次長「できなくはないが、 別の問題もある。皆さんが思うほど、ウチのデータはビッグじゃないんだよ。」

経営企画「どういうことですか」

情シス次長「ウチみたいな製造業は、データの全体量は多いけど、言って見れば狭くて深いデータなんだよね。受注一件ごとに見れば、受注・設計・購買・生産・検査・出荷… と、つながりは深いけれど、件数が少ない。年間のオーダー数、つまり製番の数は数千の下の方だ。 IT用語で言うと、テーブル数が多くリレーションが深いが、トランザクション数が少ない。たとえてみれば、井戸か洞窟みたいなもんだ。」

経営企画「はあ?」

情シス次長「 AIのいわゆる機械学習は、広くて浅いデータに向いているんだね。つまりデータ項目数は多くても良いが、複雑につながっていないシンプルでフラットなデータが、たくさんある状態に向いているんだ。プールみたいなもんだね。それでも、教師なしデータの学習には、一声、十万件が必要だと言われちゃう。10年分でも、全然足りない」
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品管「最近では、GANとかいう、少ないデータでも学習できる技術が出たって、読みましたけど。」

情シス次長「さすがにあなたは、よく勉強しているね。画像処理の分野では、確かに進歩してるらしい。でも、お金や納期の分析の分野では、どうかな。ウチみたいな製造業のデータって、ほんとはDXに向いていないのかもしれないね。もしウチがもっと超大企業なら、件数も多いだろうけど」」

設計「何とかならないんですか?」

情シス次長「教師あり学習なら、もう少し少なくても済むらしいんだ。でも、今度は過去のデータに、僕らが一つ一つ手でラベリングしなければならない。君はそんなこと、やりたくないでしょ? 」

設計「それは技術部の仕事じゃありません」

情シス次長「DXなんて、どこの部の仕事でもないさ。そういえば今朝、家内が、僕の予定表にDXチームって書いてあるのを見て、『このデラックスチームって、何のこと?』って聞いてきたっけ、あっはっは。」

(一同、つまらぬ冗談にしらけつつ、しぶしぶ笑う)

営業「どうするね、製造IT担当さん。つながりが足りないってご説だったけど、むしろつながりが多すぎるってさ。」

情シス次長「つながりが足りないって? これでも、社内システムのインタフェース構築には、苦労しているんだけどなあ。」

財務「でもかなり、ツギハギなのは事実です。」

品管「とくに工場の中がつながっていないんです。あちこち手作業があって・・どうしてなのかしら?」

――システムは各部の手作りですから。

設計「工場はコストセンターで、その使命はコストダウンじゃないか。なぜ原価管理だけでもまとめられないんだ。」

生産技術「お言葉ですけどねえ、先生。そのコストセンター政策で、3年前にぼくら工場は100%子会社化したじゃないですか。処遇は変わらないけれど、コストセンターなんだから、利益を上げちゃいけない、全部配当で召し上げる、って状態ですよ。どうやって再投資しろって言うんです?」

財務「必要性があれば、本社が投資を負担する決まりになっています。」

――その説明が、難しいんです。システム導入してもすぐ在庫が減る、コストが下がる、と言うような直接効果が見えないものも多いので。

品管「SAPは、入れたら在庫が下がるって話を聞きましたけど、実際はどうだったんですか?」

営業「実際には減っていないね。誰のせいだか知らないけど」

情シス次長「まあ、SAP導入はさあ、アメリカ帰りの管理部長の、鶴の一声で進められたものだからね。社長の息子さんには、誰も逆らえないじゃないか。ああでも言わないと、株主に説明がつかなかったんだよ。」

設計「そうやって、つぎはぎだらけのシステムを作っていくから、インターフェイスがやたらと増えるんです。当社における、長期的なITのグランドデザインが必要ですよ。」

情シス次長「耳の痛いお言葉だけどね。情報システム部も、コストセンター部門なんですよ。ユーザ側からの要求があって、初めてシステム投資ができる決まりです。自分で投資方針を決められないのに、グランドデザインを作るのは、まぁ難しいですね」

人事「なんだかまた、議論が堂々巡りになっていませんか。全体を考える人がいない。だからつぎはぎになっている。でも、つぎはぎでも一応仕事は回っている。だから全体を考える人がいない。」

――・・いや、やっと自分の言いたいことがわかってきました。たしかにインターフェイスはあるんです。でも、全体がつながるって、別のことだと思うんです。」

(もう一度つづく




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 (2020-10-24)
  (2020-10-12)


by Tomoichi_Sato | 2020-11-01 22:48 | ビジネス | Comments(0)
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