――(あわてて会議室に入ってきて、まわりを見渡す) 遅くなって、どうもすみません。急な現場のトラブルで、電話で呼ばれちゃって。・・あれ、もうお客様は帰っちゃいました? 財務「うん、先ほど帰られたよ。」 ――そうですか、せっかくの話を聞けなくて、残念です。それと、専務と、情シスの次長は?」 営業「専務はお客様と一緒に行かれた。たぶん今夜は会食するんじゃないかな。情シス次長は、エレベーターホールまでお見送りにいっただけのはずだけど、まだ戻らないね。みんな、待っているんだけどね」 ――じゃあ、ぼくらDXチームの社内打合せは、まだ続けるんですね。少し遅れても、来てよかったです。コンサルタントの方々のお話って、どんなでした? 経営企画「いやあ、すごくカッコよかったですよ! GAFAの戦略からはじまって、VUCAの時代にはイノベーションを起こさないと生き残れない、そのためにはデジタル技術をコアに、スモールスタートでいいから、アジャイルなチームをフェイルファーストで高速に回していく必要がある、魅力的なUXでユーザを巻き込んで、リカレントなビジネスモデルを作るのが『DXの勝利の方程式』だから、皆さんの活動こそ、これからの御社を救う道ですって言われて、僕は感激でした。製造IT担当さん、聞けなくて残念でしたね」 生産技術「うーん、そうかあ? 俺にはピンとこなかったけどねえ。なんだか遠い世界の話みたいで。」 設計「GEの、IoTを使ったデジタルツインの事例は、技術屋として興味深かったですよ。」 経営企画「コマツさんのKOMTRAXの事例も、面白くありませんでした? 製品を売った後まで、サービスとしてビジネスを組み立てられるんですから、すごい先見の明ある戦略ですよ。プラットフォームを制するものは、デジタル時代を制す。僕らもやっぱりプラットフォーマーを目指さなくちゃあ!」 財務「わたしはスペインのBBVA銀行の話は少し聞いていましたけど、詳しく知ったのははじめてです。」 営業「でもねえ。銀行と違って、ウチは消費者相手に物売ってないし。ウチが製品を納める相手はメーカーさんで、基本B2Bだからねえ。便利でカッコいいWebサイト作ったからって、注文はくれないよ。コスト勝負だもの。」 ――じゃ、ぼくらはどうやって、DXってのをしたらいいんでしょう? コンサルの人は何かヒントはくれなかったんですか。 営業「いや。答えを知りたければ、こっから先は有料で、ってことじゃないかな。」 品管「コンサルタントって一般に、答えを考えるのはお客様で、ただ答えをだすのを助けるだけ、って私以前ききましたけれど。」 生産技術「そうなの? 使えねえ奴らだなあ。」 財務「それはケース・バイ・ケースだと思いますが。」 品管「でも結局、考えるのは私達なんじゃないでしょうか。製品も作り方も売り先も、知っているのは私達ですから。」 経営企画「ぼくらが知ってるのは、現状のビジネスですよね。で、現状のままでは先行きがない。だからデジタル技術で変革しよう、というのがDXでしょ?」 ――たしかにそうですね。でもなんか、議論が堂々めぐりしていませんか。 人事「今の業務プロセスを洗い直して、デジタル化すべきところを進めましょう、というのがキックオフミーティングでの合意でした。」 生産技術「いや、でも、そもそもデジタル化って、どういう意味なのさ?」 ――自分もなんか混乱しているんです。いわゆるIT技術と、デジタル技術って、どこが違うんですか。 営業「さあ〜。情シスの次長さんが帰ってきたら、聞いてみようよ。おんなじだと思うけど。」 経営企画「違いますよ。デジタル技術ってのは、さっきのコンサルの人も話してたように、ディスラプティブ・テクノロジーなんです。つまり破壊的なイノベーションを起こすものです。AIとかクラウドとかドローンとか。AIはコンピュータが目を持つようになって、顔認証とか自動翻訳とか、人間の代わりができるようになってきてます。Uberも、スマホとGPSとクラウドを組み合わせて、タクシー業界を駆逐したでしょう?」 財務「そういえば、コンサルの人、ちょっとゾッとすることを言っていましたね。」 ――どんなことですか? 財務「近年の日本では、いろんな業界が衰退したり消滅してますけど、それには順番があるんだそうです。それは、デジタル技術が入ってきた順だというのです。」 ――へえ。たとえば、どんなですか? 財務「アナログのレコードは、CDが出てきて駆逐されました。でもCD屋は、音楽のデジタル配信が始まると、売れなくなりました。ビデオ屋も同じです。テープからDVDになり、今はNetflixやYouTubeでレンタルがダメになった、と。」 営業「言われてみると、街の書店もAmazonに駆逐されているし、新聞メディアも同じで、ネット時代は息も絶え絶えだ。」 ――つまり情報を扱う産業は、そうなるっていうことですか。 営業「それだけじゃないと思うよ。サービス業もだ。タクシーとUberがいい例だし、ホテル業とAirbnbなんかもそうだね。旅行代理店もネットで比べて買う時代だし。」 ――まあ、それもサービスの手配情報とか、価格情報ですからね。サービスそれ自体を、たとえば、マッサージを、全部ロボットがやってくれる訳ではないと思いますけど。まして、ウチは製造業じゃないですか。 財務「でも、そこがポイントなんです。なぜ日本の家電産業がおかしくなっていったか。それは、電子部品が次第にアナログからデジタルにかわっていって、組立や調整が、熟練工の感覚に頼らなくても製造できるようになってきたからだ、というんです。そうなると、製造の競争力は日本国内ではなく、中国やアジアの低賃金国にうつってしまう、と。これが衰退の原因だと説明してました。」 品管「たしかにブラウン管とか、ビデオデッキとか、すごく調整と品質管理が微妙でしょうね。」 財務「自動車産業がまだ日本に残っているのは、機械部品が中心で、多数を順序よく組み立てる部分がまだ、うまくデジタル化できないからだと言ってました。ところが電気自動車の時代になると、もっと部品点数が減って、組立工程もずっとシンプルになるから危ない、と」 生産技術「たしかに他人事じゃねえな。」 ――うーん、それだけなんですかねえ。だったら英国のDysonとか米国のTeslaとか、なんで元気なんでしょう。 経営企画「Teslaは自動運転ですもん! デジタル化の権化ですよ」 ――でもDysonのヘアドライヤーは、自動で乾かしてはくれないですよ。掃除機だって、手で持って動かしてます。 設計「あれはまさに、製品設計の力だろうな。やはり製造業は、製品開発が命だから」 人事「そうなると、設計のデジタル化がポイント、ということでしょうか。」 設計「うちの部はそれを見越して、3D-CADへの転換を2年前から着々と進めています。」 生産技術「着々と、ね。だったら2D図面に手書きのマークアップで流してくるのは、いい加減やめてもらいたいもんだ。」 設計「あれは過去の流用設計だからです。設計部門の人員が限られているので、ベストのやり方をしているまでです。それがいやなら、生産側の出図締切をもっと遅らせてほしいですね。」 ――まあまあ、ちょっと待ってください。デジタル技術って、従来のITと違うのか同じなのか、という議論をしていたところです。 生産技術「あんた自身はどう思うんだね、製造IT担当さん。誰がどう見たって、製造業DXの中心は、製造現場そのものじゃないか。」 ――うーん。正直よく分からないんです。現場にロボットを並べることがデジタル化、とも思えないんです。今でも一応、生産管理システムで作業の指示は回っていますし、実績もとらえています。 生産技術「工作機械だって、ほとんどNC制御化しているし、な。」 ――これ以上、どうするとデジタル化なんでしょう。まさか工場内にドローンを飛ばして、進捗管理する訳にも行きません。3Dプリンタだって、まだコスト的に引き合わないですし。 営業「工場内に5Gネットワークとか引けないの?」 ――まだ5Gについては勉強不足ですが、そもそもそんな高速なネットワークが必要なほど、トラフィックがないと思っています。 品管「ちょっと待ってください。5G、ドローン、3Dプリンタ・・。えーとそれから、GPS、RFID、ビーコン、スマホ、クラウド、ロボット、自動運転、AIの画像認識ですか。そんなのが、最近、デジタル技術って言われているものですよね。」 経営企画「あと、Uberとか、Airbnbとか」 品管「それは実現したサービスの名前です。技術的な要素は、今挙げたようなものじゃないでしょうか?」 人事「何を言いたいの。」 品管「ええと・・これってみんな、PCの箱の外にあるものですよね。」 (一同)「はあ??」 品管「あの、つまり、今までのITって、PCの箱の中にあって、動いていたと思うんです。でも、ドローンとか3Dプリンタとかって違うじゃないですか。つまり、私が言いたいのは・・」 ――物理世界と直接、関わっている、と。そういう事ですか? 今までのITは、PCやサーバの箱の中にあって、端末画面や印刷帳票だけが、UIだった。でも最近のデジタル技術ってのは、物理世界と直結している。そこが違だ、と。なるほど。 品管「結局、こういう事じゃないでしょうか。今までのITは、インプットは端末で、データ処理して、アウトプットも端末か紙の帳票でした。でも、さっきのリストを整理してみると、こんな風に、インプットやアウトプットが現実世界と接する面が、広がってきています。」 設計「ドローンにしても、ロボットにしても、センサー系と機械系がつながっているのは確かだ。だけどクラウドは、サーバをどこか遠くのデータセンターに移しただけじゃないか。」 品管「・・そうなんですけど、それと5Gや4Gの無線通信のおかげで、データ処理機能を持つデバイスが、どこにでも置けるし、動けるようにもなったと思います。」 生産技術「ふーん。現実世界とインタラクションできるようになった、と。もしそれがデジタル技術の特徴なら、NC制御の工作機械なんて、30年前からあるけど、デジタルだった、ってことになるぜ。あなたが頑張って去年入れた、画像認識の表面検査機だって、デジタル化の先駆けなのかい?」 品管「別にそうは思っていませんでしたけれど・・」 生産技術「ウチの製造現場はそうすると、すごくデジタル化が進んでいたってことになるな。よし、これでこのDXプロジェクトは一件落着、チームは解散だ。飲みに行こうよ(笑)」 ――いや、そうは行きません。デジタル化というにはまだ、足りない事があると思います。 生産技術「どういうこと?」 ――つながりです。スムースなつながり。 (この項つづく)
by Tomoichi_Sato
| 2020-10-24 23:36
| ビジネス
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