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製造業のデジタル化におけるミッシング・リンクとは + オンライン講演のお知らせ(10/30)

2000年の4月に、共著で「MES入門」(中村実・正田耕一編)という本を上梓した。わたしは第3章「MESを中核とした垂直統合 -プロセス産業のケース-」を執筆し、その中でMES/ERP/SCM/DCSなど、製造業の生産物流活動に関わるITシステム群の機能関係と構造を図解した、一種のソリューション・マップを提示した。それが下図である。
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この図は、プロセス産業を念頭に置いたものだが、今眺めても、それほど違和感はない。本社にあるSCMシステムが広域の生産・物流計画や需要予測などの計画系業務を受け持ち、ERPが受発注や販売・財務・人事など取引と管理系業務を受け持つ。中央にMESがあって、製造のスケジューリング・指示や製造実績・品質・技術図書(図面)・保全などを差配する。そして、製造のレベルでは、DCSが様々な現場のサブシステムをコントロールしている

念のために、主要な略号を説明しておこう。
SCM: Supply Chain Management(サプライチェーン・マネジメント)
ERP: Enterprise Resource Planning(基幹情報システム)
MES: Manufacturing Execution System(製造実行システム)
DCS: Distributed Control System(中央制御システム)

なんだか英語と日本語が対応していないじゃないか、と思うかもしれない。とくにDCSなど、英語と日本語が、よく見ると真逆の意味になっている(笑)。だが、これでいいのだ。英語ではいろいろな経緯を背負って用語が成立してきたが、日本に翻訳される際には、そのエッセンスで紹介されるので、日本語のほうがむしろ、実情にあっている。(図には、他にもESDだのMMSだの見慣れない用語が並んでいるかもしれないが、ここでは説明は割愛する)。

そして図にあるように、複数のソリューションからなる全体が、きちんと統合されて動いている。もちろん、図はモデルを示したもので、現実の統合の度合いは、会社や工場によって違いがある。だが、目指す方向が概ねこのような姿であることは、業界内の暗黙の合意だ。

過去20年で目指す姿があまり変わっていないのは、石油や化学などのプラント分野の技術変化が遅い証拠だ、と思うかもしれない。だが、それだけプロセス産業は、他の組立加工系などの製造業よりも、先に進んでいたのだ、という解釈も成り立つだろう。

プラントは大型の装置や配管などの中を、原料や製品の流体が動いていくので、基本的に製造の様子が外から目に見えない。したがって、プラント内の随所に、温度計・圧力計・流量計など、各種の計器・センサーが多数、設置されている。そして、そこから継続的に得られるリアルタイムのデータを元に、中央制御室から、プラントの主要な決断や指示や制御を下すことになっている。相手が流体なだけに、手作業の介在も少なく、機械化が進んでいる。

つまり、ある意味では最新の「スマート工場」を、20年以上も前からプロセス産業は実現している訳だ(なので、この産業に働く皆さんは、いまさら「Industry 4.0」だの「製造業DX」だのの言葉にびっくりせずに、もっと胸を張っていいのに、とも思う)。

ただし、プロセス・プラントにも泣き所が一つある。それは品種切り替えとか多品種少量化に弱いことだ。そもそもプラントは24時間連続運転を前提に作られている。そこにはバッチ的な仕組みも混在しているが、順次切り替えて、擬似的な定常運転を作り出すタイプが多かった。

ところが化学産業が、付加価値の高いファインケミカルに特化していくと、次第に顧客別の仕様の受注生産形態が入ってくる。そして多品種化してくる。プラントはあちこちの装置が配管でつながっているので、品種切り替えに伴うレシピの管理、といった問題が出てきた。連続変数だけで制御できていたシステムに、離散変数が入り込んでくる。そして、このようなプロセスを制御する方式を、業界内で共通に記述する方法が必要になった。

この問題を解決するために、『ISA-88』(略称S88)という標準規格が、計装制御の国際組織 ISA(International Society for Measurement and Control)によって策定された。1988年に始めたので、この番号がついている。詳細はここでは説明しないが、興味のある方は、ジャパン・バッチ・フォーラムが「S88入門」という非常に分かりやすい小冊子を出しているので、ぜひ参照されたい。

S88の誕生によって、DCSやSCADAなどの制御システムの設計・運転は、格段に分かりやすくなった。他方、受注生産におけるオーダーや在庫量などの扱いは、本社でERP(基幹業務システム)が受け持つ。あとは、両者をインタフェースでつなげば、これでオッケー、と思われた。

だが、実際にやってみると、話はそんなに簡単でないことが、次第にわかってきた。90年台前半のことだ。なんといっても、客先からの受発注の業務と、製造現場における制御の指示では、粒度が全然違うのだ。受発注は製品単位である。納期だって日単位だ。ところが制御の世界では、相手はバルブや計器などデバイス単位で、流れるモノは工程ごとのバッチ(ロット)単位、そして時間は秒単位だ。この両者を、どうやってつなぐのか。

明らかに、両者をつなぐ輪が、欠けている。ここにミッシング・リンクがあった、という認識が次第に広まって、ISAでは、それをつなぐための新しい標準、『ISA-95』(S95)の策定が始まった。S95は、プロセス産業のみならず、製造業全体における、ERPと現場制御の間をつなぐ業務プロセスをカバーするという、野心的な構想のもとに、進められた。

そして、製造業における汎用的な階層モデルの記述のために、Purdue Modelが参照された。パデューは、米国の生産分野研究のメッカの一つ、インディアナ大学のある場所の名前だ。階層は下から、
 Level-0(物理的処理)、
 Level-1(インテリジェント・デバイス)、
 Level-2(制御システム)
 Level-3(製造オペレーション・システム)
 Level-4(ビジネス・ロジスティックス・システム)
と分類さている。

では、ミッシング・リンクとはどこなのか。それはLevel-3のところにある。パデュー・モデルでは製造オペレーション・システムとよんでいるが、これはいわゆるMESの層にあたる。本社系ERPと現場の制御系をつなぐもの=それがMESなのだ(最近はLevel-3を表す「製造オペレーション管理」ソフト、英語でManufacturing Operetions Management = MOMという用語もよく使われる)。

そこで、前回の記事の図を思い出してほしい。製造業における情報とデータの流れの、中段に「工場管理者レベル」があった。じつはこれが、ISA-95におけるLevel-3を表している。だから、製造業の生産システムを上から下まで、ちゃんとデジタル化したかったら、真ん中にMES(MOM)が必要だ、ということがわかると思う。前回記事の図は、業務と情報の流れだった。それを、あえてシステムとデータの流れに翻訳し、さらにS95のレベルを追記したのが、次の図だ。
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次世代スマート工場にはMESが必要だ」というわたしの主張は、ここが立脚点なのである。もちろん、MESは工場スマート化の必要条件であって、十分条件ではないから、MESを入れてもスマートでない操業はありえるが、MESがないスマート工場なんて考えられない。

ところが。このISA-95のカバーする概念領域自体が、日本ではほとんど知られていない。なんといっても、80年代後半から90年代初頭まではバブル絶頂期で、「ジャパン・アズ・ナンバー1」=日本的経営の絶賛の頃だ。「もう欧米に学ぶこと無し」と言われていた時代だった。だから90年代の終わり頃まで、日本の製造業には、欧米発の経営思想やIT思想がほとんど輸入されなかった。S88もS95も、流行らなかった。

ERPやSCM、そしてTOCなどが知られるのは、ようやく90年代も終わり近くだった。その頃にはバブルが崩壊し、製造業は不況で生き残りに必死モード、今度は情報投資どころではなくなってしまった。かくて、欧米企業とは20年分のギャップが空いたまま、Industry 4.0やら製造業DXやらの潮流を迎えたわけだ。

このギャップ、経営思想の認識の違いに根ざしているから、お金で最新IoT技術を買ってくるだけで、簡単に埋まりはしない。回り道でも、概念レベルから学び直す必要がある。ただ、幸い日本企業の基本的なオペレーションの水準は高いので、ちゃんと理解さえすれば、キャッチアップは可能だろう。

その一つの手がかりが、ISA-95のいうLevel-3の領域である。ISA-95には問題点もあると個人的には考えているが、知っていて使わないのと、知らないのではぜんぜん違う。もっと普及と認知が必要であろう。

ということで、このような問題意識を共有する人たちと、下記の通りパネル・ディスカッションを開催することになった。テーマは、スマート工場と経営システムのギャップ、つまりまさにミッシング・リンクとしてのLevel-3領域の話だ。出席者の藤野直明氏、水上潔氏、藤井宏樹氏はいずれも、この分野で名を知られた論客ばかりである。


<記>

(1) ダッソー・システムズ『DELMIA Operations World Tour 2020 Japan』(オンライン・セミナー)

日時: 2020年10月30日(金) 14:00 ~ 17:30
   (小生の出席するパネル・ディスカッションは16:30~17:30の時間帯です)

テーマ:「デジタル変革を支える持続可能な製造システムの再考」

主催: ダッソーシステムズ(株)

登壇者: 野村総合研究所 主席研究員 藤野直明氏
     RRI(ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会)統括 水上潔氏
     日揮ホールディングス(株) チーフ・エンジニア 佐藤知一
     (司会)ダッソー・システムズ ディレクター 藤井宏樹氏

セミナー詳細: 下記からお申し込みください(無料、定員なし)

急に決まったので、かなり直前の案内になってしまったが、オンライン形式なので、もし時間があったら少しでもご参加いただけると、大変うれしい。


<関連エントリ>

 →
 (2012-10-12)


by Tomoichi_Sato | 2020-10-19 23:56 | 工場計画論 | Comments(2)
Commented by 静岡大学 大学院 西條 賢二 at 2020-10-26 07:28 x
佐藤先生、ご無沙汰しておりまして申し訳ありません。記事中のダッソーシステムズのオンラインセミナーへ申し込みをしました。登壇者様のご講演、興味深く拝聴させて頂きます。
Commented by Tomoichi_Sato at 2020-10-31 19:50
> 西條さん、
ご登録どうもありがとうございました。昨日のディスカッション、短い時間でしたが、多少は参考になりましたでしょうか。また今後もよろしくお願いします。

佐藤知一@日揮ホールディングス(株)

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