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価格リスクと豊作貧乏を解決する、サプライチェーン・マネジメントの知恵

前回の記事「経済学を疑う — 価格リスクと豊作貧乏は本当に不可避か?」で、わたしは、農産物のサプライチェーンに「在庫・納期」による調整機能が存在しないため、需給のアンバランスは価格メカニズムのみに頼ることになると書いた。その結果、豊作になると供給過剰で価格が下落し、それが生産者を直撃する仕組みになっているのである。

ちなみに、昭和時代にできあがった、従来型の農産物のサプライチェーンは、図のような形をしている。生産者(農家)はとれた作物をJA(農協)に集める。JAはそれを青果市場に送り出す。青果市場は、それ自体は在庫機能を持たない。一日に入荷した商品は、原則としてその日のうちに、全量をさばききってしまう。供給過剰の時は、価格を下げてでも売り切る。そして、仲買や二次卸等を通じて、青果店やスーパーなどに卸していくのである。
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経済学者は、「市場メカニズムは人類最大の発明」と信じている人達だ、だから、価格メカニズムで需給が一致すれば一件落着、それで何がまずいんだ、均衡点が経済効率の最大値となる状態なのだし、と考えるかも知れない。でもそれは、農業という天候と自然に左右されがちな産業の安定性を損ない、働く人達のモチベーションを傷つけることになる。

誰も農業をやらなくなると、社会全体の経済効率は、今より案外、もっと最大化するかも知れない。だが、われわれは皆、飢え死にしてしまう。だとしたら、この問題を解決する方法を考える必要があろう。

解決策の一つは、「在庫ができない」という商品性質をどうにか改善する事である。

事実、たとえばコメという作物は、昔から貯蔵がきく。芋類なども、比較的長持ちする。だからこうした作物は、少なくとも在庫による需給調整が、ある程度までは可能だ(コメには価格制度という別の問題があるが、ここでは深入りしない)。

冷蔵ないし冷凍の物流も、多少その助けにはなっている。冷凍・冷蔵の物流技術は、「鮮度の高い商品の遠隔デリバリー」が主目的で開発されてきたが、在庫機能を拡大しうる面ももっている。いいかえると、優れた貯蔵・保管方法の考案は、サプライチェーン・マネジメントにおける、最大の技術的イノベーションなのである。

他にも、在庫の方法が無いではない。それは、「畑に在庫する」方法だ。これについては以前、埼玉県深谷の農業生産者の方に関する記事「農業のサプライチェーンを考える」 (2011-07-05)で書いたことがある。深谷ネギは、植え付けは1ヶ月以内だが、収穫期間はなんと9ヶ月間もある。その間、注意深い栽培方法を用いて、少しずつ平準化して出荷していくのだ。だから1反あたりの収入で比べると、米に比べて、ネギは断トツに高くなるときいた。

もちろん、この栽培方法は、誰もがすぐ真似られるような簡単な技術ではない。また、すべての作物に使えるわけではない。だが、明らかにヒントにはなる。生産量をできるかぎりピークの小さい、平坦化(平準化)した形にすること。かつ、市場の需給状況を見ながら、生産量を調整できる能力を持つこと。それは、農業の高度化の、一つの方向性だ。

在庫以外に、もう一つの需給ギャップの解決方法がある。それは長期契約や直販といった、別な販売チャネルを構築するやり方である。これも以前から、様々な形で工夫されてきた。長期契約である程度、事前に供給量と価格を合意することができれば、価格変動の直撃を避けることができる。

これは、上の図に示した、JA(農協)と青果市場と仲卸をバイパスして、生産者と流通を(場合によっては消費者を)ダイレクトに結びつける方策だ。基本的に当事者同士の相対取引(「あいたいとりひき」)だから、市場メカニズムのような、その日その場で、多数の候補から最適な相手を探し合うことは、できない。事前の合意が必要であり、そのためには、供給者と需要者との間で、双方向の信用が必要である。

ただ、知り合いの専門家・河野律子氏によると、青果市場には「商品の目利き」能力という、独自の提供価値があるという。それを全部スキップしてしまうのは、せっかく過去から蓄積された仲買・卸のノウハウを、社会的に捨ててしまうことになりかねまい。また、直販といっても、個別の生産者がマーケティングできる能力には限界がある。職人的な作物作りの能力と、商売人の才覚は、別物だ。両者を兼ね備えるのは、なかなか難しい。

そうした課題はあるが、たしかに販売チャネルの多様化は、サプライチェーンにおけるリスク回避の定石の一つである。

また、この方策のバリエーションとして、「農産物の加工用途開発」も有用であろう。農業のいわゆる「6次産業化」が提唱されて10年以上になるが、ここで提案されているのは、1次産業の農業に加えて、食品への加工という第2次産業(製造業)、そして第3次産業(流通業)の機能をも、かねそなえたビジネス形態を目指すべきだ、という主張である。

もしも農業生産者が、自分で製造業及び流通販売業も兼ねることができるなら、それは販路の拡大、かつ付加価値の拡大につながる。また、自分で製造販売も行えるなら、在庫・平準化生産の意義もかねることになろう(自分でやらない場合は、この機能は薄れてしまう)。たしかに、これはチャレンジする価値のある事業だと言えるだろう。

(ところで余談だが、この「第6次産業」というのは、1+2+3=6、という足し算ではなく、1×2×3=6、という掛け算を表しているのだそうだ。まあ、言いたいことは分からないでもない。だが、普通の理工系の感覚では、1m x 2m x 3mの直方体の体積が、6mではなく6になるように、1次×2次×3次を計算すると、6次^3になるはずである。提唱者は理科系の人ではないのだろう)

さて、第3の需給ギャップ解決方法は、需給情報の共有である。これは、サプライチェーン・マネジメントでは良く知られた定石でもある。生産側で、供給量の予定(直近の収穫量の見込)の総量を可視化し、自律的な生産調整をできるようにする。

そのために必要なことは、生産品種別(作物別)の生産者の全国レベルの連合体、一種の組合の組織化だろう。現在のJAというのは、地域単位で組織されている。これは農業共同体(ムラ)の歴史から生まれた姿かと想像する。だが、サプライチェーンの視点からいうと、物流の発達した今日では、地域単位の物流集荷機能よりも、作物単位での全国レベルの情報交換機能の方が、重要になっているのではないか?

このような作物別の組合が作れれば、農作物の輸出についても、有用だろう。現在の輸出は、県単位での取り組みになっているようだ。そうやって海外でも地域間で競合するのは、もったいない。全国をまとめたマーケティング機能を持つべきであろう。そうなれば無論、チェーンストア等との長期契約上も、有用だ。

チェーンストアとの長期契約は、個別の小規模生産者単位では、あまり実質的メリットが大きくない(買い手側の方が強い)だろうが、全国レベルの組合となれば、状況はかわる。地域単位での収穫量の変動を、別の地域とのバーターで吸収することができる。交渉力も上がるだろう。

情報の共有という点では、本当は需要側の情報も可視化できるといいのだが、こちらは飲食店と家庭の集合体だから、まずムリだ。でも、少なくとも生産者側が見えるだけでも、サプライチェーンのマネジメント力はかなり向上するはずである。

* * *

まあ、わたしは農業分野については素人だし、上述の案にも、さまざまな現実の障害はあろうと想像する。ただ、本当にめざすべきビジョンがあれば、乗りこえられない障壁はない。障壁はたいてい、人間がつくったものだからだ。

そして、サプライチェーンにおいて農業に当てはまることは、それ以外の産業にも同様に当てはまるのだ。労働力需要にピークと谷があって、不安定な産業。サービス業的で在庫のきかない産業。こういう業種を、あなたは知らないだろうか? あるいは、似たような製品を作っているのに、地域単位で競争していて、情報共有や輸出に目が向かない産業。こうしてみると、たとえば受託ソフトウェア開発のSIerなど、案外よく似た特性を持つ業界がありそうではないか。

前の記事のはじめに書いた、北フランスのシャンパーニュ地方では、ブドウが豊作でできすぎると、シャンパンの価格を維持するために、収穫せずに畑でつぶしてしまうのだという。その話を聞いたときに、「賢い」と賞賛すべきなのか、「愚かしい」と断ずべきなのか、正直、胸の内で二つの感情が入り交じった。お金が儲からなければ生活は成り立たない。だが、作物を育てる人は、ただお金のためだけに、太陽の下で働いているのではあるまい。

葡萄の木々と毎日対話している人達を、列車の車窓から見つつ、経済社会の知恵がもっと働く人のためになればいいのに、と思わずにはいられなかった。


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  (2020-09-28)



by Tomoichi_Sato | 2020-10-05 08:15 | サプライチェーン | Comments(0)
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