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設計の知恵を、リアルな価値に変えるために 〜 競争的基本設計(Competitive FEED)とは何か

前回の記事「設計の知恵を、リアルな価値に変えるために 〜 問題の所在」 (2020-08-22)で、わたしは「設計で知恵を出しても、ビジネスとして評価されにくい」点に、SI業界を始め、多くの業種が抱える問題の根本原因がある、と書いた。

製品のコストと品質の殆どを決める設計段階でこそ、知恵を出すことが重要である。一般消費者向けのB2Cビジネスでは、製品・サービスの評価や売れ筋から、設計の良し悪しが、すぐ分かる。良い設計はビジネスの結果にダイレクトにつながって現れる。

だがB2Bビジネス、たとえばSI業界の分野などでは、顧客要求をもとに設計をした後、その基本設計書からRFPを作って複数社に引合いを行うのが通例だ。たとえ良い設計をしても、それは価格競争というレース場への、入場券にしかならない。結局は安い単価で実装をオファーできるところが勝って、利益を得る構図になる。SI以外の業界でも、受注産業のB2Bでは、似たような事例を見かけることが少なくない。

だとしたら、誰が好き好んで設計の技を磨こうとするだろうか。良い設計が、利益という形で自分たちのビジネスの評価につながらないなら、誰がエンジニアなどという職種を目指すだろうか? 日本の産業の技術力が下がっていく一因は、ここにある。

とはいえ、このような問題は、必ずしも日本だけで起きるわけではない(日本社会の固有の特殊性については、後で触れる)。設計段階と実装段階が分離され、途中に価格競争のプロセスが挟まるような慣習のある分野では、どこでも生じがちである。わたしの働いているエンジニアリング業界だって、そうだ。

プラント・エンジニアリングの業界の仕事の流れは、ある意味、SI業界とよく似ている。図を見てほしい。エンジ業界におけるプラントの基本設計は、FEED (Front-end engineering design)と略称されるが、IT業界における「要件定義」段階にほぼ、相当する。顧客はどんな製品を年産何万トンほしいか、程度のイメージしかなく、どのようなプラントの機能構成で、どう実現するかは、この基本設計=FEEDの段階で決まる。
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FEEDの作業が終わり、基本設計書が出来上がると、それをもとに投資額を見積もる。これは通常、複数のエンジニアリング会社をよんで、競争入札の形で行う。その上で、(普通は最安値をオファーした企業の価格をもとに)投資判断であるFID (Final Investment Decision)を行う。これは、SI分野で、FRPを元に複数SIerから提案価格を受け取り、その中から1社を選んで、投資判断するのと同じである。

そして、次に実装の段階が来る。プラントの場合は、詳細設計・調達・建設の仕事になる。Engineering, Procurement & Constructionの略をとって、EPCと呼ぶ。SIでいう開発段階、すなわち設計・実装・テストの各段階に相当する。この段階は、一括請負契約で行われるケースが通例だ(例外もあるが)。

プラントの場合、建設を終え、溶接などの品質検査と機能テストを終えると、このEPCの構築段階は終了になる。これをMechanical Completion = MCと呼ぶ。ちょうどITシステムの結合テスト・総合テストの完了にほぼ相当する。ここでプラントは顧客に引き渡され、立上げ(Start-up)段階に入る。そして実際の原料をプラントに導入し、操業の人員を配置して、100%稼働になるまで立ち上げていく。パフォーマンス・テストなどもここで行われる。

いわゆるエンジニアリング会社が活躍するのは、基本設計(FEED)段階と、詳細設計・調達・建設(EPC)段階である。ただ、前者は設計なのでほとんどが人件費なのに対し、後者は資機材を買って現地で工事するので、報酬の対価はかなり大きくなる。したがって、ビジネス的な利益は、EPC段階の方が魅力的に見える(赤字リスクだって大きいが)。

前者のFEED=設計段階で仕事を得るポイントは、もちろん設計能力である。他方、後者のEPC段階で仕事を勝ち取る主な要因は、価格競争力とプロジェクト・マネジメント能力だ。そして設計段階で、いかに良い設計アイデアを出しても、その成果は入札書類の形で、ライバルを含む入札企業全員に共有されてしまう。もちろん、価格競争に勝てなければ、どんなに良い設計をしても、EPC構築段階は受注できない。

このような慣習が続いた結果、何が起きたか。プラント業界の仕組みを見ると、いかにも「設計能力に秀でた企業に基本設計をやらせ、コスト・マネジメントに強い企業に構築段階を任せるのだから、ベストな設計のプラントを一番安く手に入れられる」ように見えるだろう。

だが、現実には、違う結果が生み出されるようになっていった。実際にしばしば起きたのは、品質の低下とスケジュールの遅延だった。なぜか?

まず起きたのは、エンジ会社の専門分化(すみ分け)だった。欧米系のエンジ企業は、設計には秀でているが、人件費が高いので、コスト競争力が弱い。彼らの中には、FEED段階の仕事のみに特化するものが増えてきた。他方、韓国を含むアジアのエンジ会社などは、技術的差別化よりも価格競争に強みを見出して、EPC段階をもっぱら狙うようになった。

その結果、構築段階での経験が、基本設計に反映されにくくなった。当たり前だが、本当は「建設しやすい設計」「立上げ・運転しやすい設計」こそが、真の意味でコストダウンにつながる。だから建設や試運転部門から、いろいろ文句をつけられてはじめて、設計技術者も育っていくのだ。

だが自分で実装・構築しない会社が、設計だけやるようになると、そのフィードバックループが切れてしまう。設計図面が「絵に描いた餅」になりやすい。こうした危険性は、実装を知らないアナリストが作る要件定義書の危なっかしさ、という点でIT業界の人にも理解できると思う。

かくして、基本設計に隠れた品質問題を抱えながら、熾烈な価格競争でEPC構築段階の契約を勝ち取ったエンジ会社は、どうなるか。もちろん、途中でどんどん設計変更問題が生じる。人も足りなくなる。だが、全体は一括請負契約になっている。追加交渉だって時間がかかる。かくして、赤字と納期遅延がしばしば生じるようになった。

こうした状況の遠因は、基本設計と構築実装の分業化にある。基本設計でいくら知恵を出しても、それが構築ビジネスにつながらず、直接の利益にもならない。誰が苦労して、良い知恵を出そうとするだろうか?

ところで、(ようやく本題に入るが)プラント・エンジニアリング業界で近年行われている『競争的基本設計』(Competitive FEED)という方式は、この壁に風穴を開けるものだった。

『競争的基本設計』では、まずエンジ会社を2〜3社選び出し、彼らに並行して基本設計(FEED)を行わせる。無論、ライバル同士がどのような設計をしているかは、お互いに知りえない。基本設計がおわったら、各社に、自分たちの設計をベースにしたコスト見積を行わせる。そして、技術面およびコスト面で優れた方を選び、そこにEPC構築を任せるのである。敗退した方にも、基本設計の費用は支払う。

この方式のメリットは明らかだろう。設計で良いアイデアを出した企業が、構築段階の仕事を受注できる。構築をよく知らないと、プラントを要求性能通り、しかし安価に作る設計はできない。しかも自分の基本設計を自分が実装するのだから、ヘマな設計をしたら自らの首を絞めるだけだ。また、コスト競争と言っても、単なる単価の安値だけではなく、設計能力を含めた総合力が問われるのである。

ちなみに、こういうやり方をすると、調達・建設コストダウンを追求するあまり、実際の運転段階にはいってからの操業コストや保全コストがかえって高くつくような設計が、生まれる可能性がある。そこで顧客は、投資額(Capital expenditure = CAPEX)と、運転コスト (Operational expenditure = OPEX)の両方を見積らせ、総合的に勘案して比較を行うのが通例だ。

なお、『競争的基本設計』が行われる背景として、プラントの基本的な技術(プロセス・ライセンス)を比較選定したい、というニーズも強い。たとえば液化天然ガス(LNG)分野では、APCIとかPhilipsとかLindeといったライセンサーがいて、競い合っている。IT業界でいうと、SAPやOracleなどパッケージ・ソフトウェアの選定に相当する。そこで、ぞれぞれを得意とするエンジ企業を1社ずつ選んで、競争的基本設計を行わせるのである。

こう書くと、いい事ずくめのように聞こえるかもしれない。だが、このやり方にも限界があることは、指摘しておこう。

一番の問題は、発注する顧客側の手間がかかることである。基本設計を二重・三重に進めるのだから、当然である。基本設計をするためには、顧客側の技術者がかなり、はりついてインプットを与え、適時レビューし、注文をつけなければならない。それを公平に、かつ同時に進めるのだ。

そして基本設計費用だって、2倍ないし3倍かかるわけである(大型プラントの場合、基本設計だけで数億から十数億かかる)。良い知恵を得るため、とはいえ、構築段階のコスト競争で差があまり出なかったら、何を得したのか分からなくなってしまう。

また、ある程度分業化の進んでしまったエンジ業界において、このような『競争的基本設計』を発注できる相手もまた、限られてくる。日本のエンジ会社は比較的、設計も構築も両方できるが、世界を見渡すと、そういうプレイヤーばかりではない。基本設計はあまり得意でないが、価格競争では非常に突っ込んでくる新興国のエンジ企業を、うまく使って安く仕上げたい、と考える購買責任者だって、発注側には、いるだろう。

ひるがえって、日本のSI業界で、この競争的基本設計の方式を取れるかと言うと、なかなか微妙だと思える。要件定義を二重、あるいは三重に、進められるだけの発注側企業が、どれだけいるだろうか。また基本設計費用をダブルで・あるいはトリプルで払う案を、経営者はのめるだろうか。そして、何よりも、出てきた基本設計書と見積書を、きちんと適切に比較できるだろうか? いずれも可能性はあるが、ハードルは高い。

こうして書いていくと、<設計の知恵を、リアルな価値に変える>ための、真の障害がどこにあるか、分かってくる。それは、実は発注者側の技術的能力にあるのだ。発注者側の能力が高く、設計にもちゃんと口を出せ、コストや納期を決める技術要因も熟知し、かつ、きちんと構築・実装段階のプロジェクトを、発注側としてうまくマネージできる能力があれば、たしかに、望ましい結果を得られるだろう。たとえ競争的基本設計方式をとらずとも、技術の目利きがあるのだから、良い設計にはきちんと評価とビジネス的なリワード(継続的な発注と育成など)を工夫できるはずだ。

だが、発注者側に技術能力が欠けていて、自分が何を望んでいるのかもよく分からず、提案の技術評価もうまくできないまま、業者選定に入るようだったら、どうなるか。技術の目利きの不足の代わりに、購買のコストダウン交渉が上手ならいい、と経営が考えている場合、どういう結果が生じやすいか。読者諸賢ならば想像がつくだろう。

設計の価値というのは、対象が単純で、結果が目の前にできあがっており、かつ自分が使い方に熟知しているものほど、分かりやすい。設計の良し悪しが、B2Cの消費財やサービスで、すぐ結果に出るのはこのためだ。

逆にいうと、対象が複雑なシステムであり、かつまだ設計書の段階で、しかも機能や使い方が広範囲でイメージしにくいものほど、設計の良否を評価するのは難しくなる。B2Bでは基本要件は顧客から与えられるから、設計の自由度もおのずから絞られる。では、これを正しく評価できるのは、どんな人間か?

当たり前だが、設計の価値が一番良く分かるのは、優れた技術者なのである。優れた、というのは、それがどう作られ、どう使われるかも熟知した技術者、という意味である。発注者の側に、そうした技術者がいることが、実は業界全体の技術レベルを上げるためには、死活的に重要なのだ。

良い技術者をを育てるには時間がかかる。職場環境という土壌を整え、仕事という水をやり、報酬という肥料を与えても、技術の花が咲き、知恵の実がなるまでは年月がかかる。それを惜しんで、「技術がほしければ、世界中の良い技術をカネで買ってきて使えばいいじゃないか」とする気短な発想だけでは、自国の社会の中から技術がしぼんでいくのだ。ちょうど肥沃な耕適地を耕さずに、海外から安価な商品作物だけ輸入すればいい、と考えている国のようだ。

技術とは自らの能力を増強するイネーブラーである。もし産業界がそれを必須と考えるならば、技術の価値をビジネス上の報いに直結させる仕組みを、ぜひとも工夫すべきであろう。そして、そうした知恵を出すことこそ、経済団体や官界の仕事ではないだろうか?


<関連エントリ>
 →「設計の価値」(2006-01-01)


by Tomoichi_Sato | 2020-09-05 15:00 | ビジネス | Comments(0)
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