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『佐藤、お前は傲慢だ』 〜 あるいは、経験から学ぶことの困難ついて

「佐藤。お前は傲慢だ。」

−−随分昔、上司のSさんに言われた。言われたが、自分がなぜそんな事を言われるのか、よく分からなかった。

たしかその時、わたしは顧客の要求事項について、Sさんに説明していた。客先は、こことここを、こうしてほしい、と言ってきています。でもそれって、元の設計の方針とは少し、ずれてきています。客先の意図と背景を推測すると、実はこれこれこういう要望事項が、隠れているんじゃないでしょうか。だとしたら、顧客の真のニーズに合わせた開発をするべきでしょう。

「顧客が『欲しい』と口で言うことを、ただ実現するよりも、顧客が自分でも気づかない真のニーズを満足させることが、設計者の使命だと思います。」

という意味のことを言ったら、Sさんに

「佐藤。お前は傲慢だ。」

と叱られたのだ。上司に言われたので引き下がったが、内心わたしは納得していなかった。顧客が欲しがる解決手段(How)としての「ウォンツ」ではなく、顧客が何故それを必要とするのか(Why)を示す「ニーズ」にフォーカスすべきだ、と、今でも思っている。

しかし、その時、Sさんがわたしに諭した「お前は傲慢だ」という指摘は、それでも正しかったのだ。ただ、それが分かるまでには20年以上の時間が必要だった・・


この文章を書いている今日は、8月15日、いわゆるお盆の日だ。終戦記念日でもあり、西洋キリスト教社会では、聖母被昇天の祝日(≒聖母マリアの命日)でもある。先祖を追悼し、昔のことを想う日だ。なので、ここにいささか恥ずかしい、自分の反省の記録を書いておく。

2週間前の日曜日である8月2日、本来わたしは演奏会のステージに立って、合唱を歌っているはずだった。曲目はJ・S・バッハ『マタイ受難曲』。指揮は佐々木正利(声楽家・岩手大学教授)、演奏は「佐々木バッハセミナー合奏団および合奏団」。だが、周知の通り、現下の状況では、とても合唱演奏会を開ける状況にない。わたし達は涙をのんで、演奏会の中止・延期を決めた。

この合唱団の母体となったのは、毎年夏に、池袋・目白にある「自由学園明日館」で4日間に開催される、「佐々木バッハセミナー in 明日館」 というセミナーの参加者だ。このセミナーは後援団体のない自主セミナーで、中心となるTさん・Kさん・Tさんらが、佐々木先生をお迎えし、2002年から毎年手作りで開催してきた。曲目は、佐々木先生のご専門であるバッハの声楽曲がほとんど。わたしも一応、運営スタッフの末席にいるが、大したことはしていない。
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自由学園明日館(本館)

このサイトの読者諸賢は、合唱、ことにバロック時代の合唱曲など、興味のない方がほとんどだろう。だからくだくだしい説明は省略するが、多作家だったバッハの作品の中でも、「マタイ受難曲」は最高峰とされている。長大で(演奏すると全部で3時間半くらいかかる)、編成も大きく(二重合唱でオーケストラも二手に分かれる)、名曲のほまれも高いが、演奏技術面でも難曲かつ大編成なので、簡単には演奏できない(費用が相当にかかるからだ)。

だが、バッハの音楽を好む人にとっては、「一生に一度はチャレンジしてみたい」大曲でもある。それは「バッハセミナー in 明日館」の面々も同じだ。とはいえ、わずか3日半のセミナーで、全部を仕上げるのは不可能だ。そこで、段階的なアプローチをとった。まず2017年夏は、マタイの第1部。翌2018年夏に、第2部を、それぞれセミナーで勉強する。その上で、2019年から希望者を募り合唱団組織を作って、月2回の練習を続け、2020年夏に、全曲演奏会を行う、というプロジェクトである。

ところでその第一歩、2017年の夏のセミナーで、わたしはとんでもない経験をした。ゲネプロの舞台の上で、自分のソロの箇所で、立ち往生したのだ。

ゲネプロというのは本番直前の総練習をさす。セミナー最終日の、事実上の仕上げ段階だ。それなのに、自分が歌うべき箇所を、わたしは歌えなかった。それも、長い曲ではない。全部でわずか、7小節である。でも、歌えなかったのだ。緊張であがって歌えなかった、のではない(そんな可愛らしい年齢ではないよね)。拍の長さを、数え間違えたのだ。

わたしは合唱が趣味だが、別に歌がうまいわけでもないし、声量があるわけでもない。この明日館の夏のセミナーで、ソリストとして舞台に立つのは、たぶん7年ぶり、2度めだったと思う。ちなみにセミナーでは、器楽演奏家はプロの方をお願いするが、歌のソリストは毎回、参加者の中から希望を募り、オーディションで決めることになっていた。希望者が多い場合は、1曲を分割し、リレーして歌い継ぐ。ただ参加者は上手な歌い手が多く、それでも競争は厳しい。わたしはあえて、ソロは希望してこなかった。

でも3年前、セミナーの始まる初日に、家を出る前、連れ合いに「今年はテナーのオーディションを受けようと思う」と告げた。第1部には20番という、比較的短いテナーソロ(合唱のオブリガードつき)があり、そこなら歌えそうに思ったのだ。すると連れ合いは、「度胸だけじゃなく、ちゃんと猛練習しなきゃ恥ずかしいわよ。このごろ、仕事は度胸だけで乗り切っているでしょ」と言い返してきた。図星なところがあってドキリとした。

2017年度のセミナー参加者は、過去最高の103人。自由学園明日館の講堂は、F・L・ライトの流れをくむ名建築で文化財だが、このときばかりは狭く見えた。これじゃソリストへの競争は厳しいな。だが不思議なことに、20番のソロの希望者はわたしを含む2名のみで、佐々木先生は「時間がもったいないから」オーディションは省いて、当選ということになってしまった。

セミナー3日目に、器楽とソリストの合わせ練習が始まる。わたしが分担する箇所は7小節。歌詞なんかワンセンテンスで、「わがイエスのそばで、わたしは目覚めています」だけだ。だが、なぜか、わたしは間違えてしまい、恥ずかしい思いをした。第25小節目(楽譜の印のある箇所)で、シの♭(ドイツ音名でB)を、八分音符で6個半分の長さ、伸ばさなくてはいけない。それを、短く切り上げてしまったのだ。
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その日の午後には、器楽演奏者が全員揃い、舞台配置で再度練習があった。伴奏してくれるのは、チェロ・田崎瑞博氏、オルガン・能登伊都子氏、といった当代一流の演奏家たちである。それなのに、また切れ目を間違えてしまい、2回やり直してもダメ、3度目の正直で、ようやくなんとか通った。家に帰ってピアノで曲をさらい直した。気づきはもちろんあったが、音型自体は単純なのだ。なのに、なぜ間違えるのか?

そして最終日。午前10時からのゲネプロでも、自分のソロの部分を見事に間違えてしまった。今度は逆に、1拍遅れた(伸ばしすぎた)のだ。その後のダメ出しで、お願いしてもう一度やらせていただき、ようやく成功。しかし単なるまぐれで、薄氷だったことは、自分でわかっていた。

本番前のお昼休みの時間に、講堂の裏でもう一度、一人で練習をしなおした。昨日のリハの録音を聞きかえしているうちに、自分のどこが間違えていたのか、ようやく少しずつ分かってきた。練習の時、肝心の25小節に入ると、なぜか器楽が妙に遅くなったように、いつも感じていた。だが、もちろんプロがそんな事をするわけがない。実はその前の23〜24小節の、メリスマ(早い動きの箇所)で、焦ってしまい、自然に自分の側のテンポが早くなっていたのだ。だから音を伸ばす25小節目に入ると、オケが遅くなったように感じたのだった。

ようやく原因がわかった。だとしたら23〜24小節を、ちゃんと正しいテンポで歌えるようにするしかない。昼休みの残りの時間、たぶん20回以上、その箇所を録音とともに繰り返して歌った。

本番の修了演奏会では、幸いなことにソロの部分も、指揮する佐々木先生の顔だけを見ながらテンポをおっていたおかげで、ちゃんと歌い通すことができた。本当にラッキーだった。天の助けだと思った。

あの日の修了演奏会の後の打ち上げパーティのことは、はっきり覚えている。明るい盛夏の午後だった。明日館本館の、ライト自身が設計した食堂に皆が集まって、おいしい食事と飲み物を取りながら、互いに感想を述べるのだ。そして何人もの人に、「ちゃんと歌えて良かったですね」「アルトは皆、数を数えて応援していましたよ」などと声をかけられ、ありがたく感じるとともに、顔から火が出そうな気がしたのだった。

さて、興奮がぬけた翌朝、もう一度、冷静に考え直してみた。Q1:なぜ、わたしはあの簡単な箇所で伸ばし間違えたのか?

答えは、A1:その直前の小節で歌い急ぎすぎたからだ。

ではなぜ、Q2:前の小節で歌い急いだのか? 答えは、A2: 指揮のテンポや器楽の音に注意が向かなかったからだ。

では、Q3: なぜ、指揮や器楽に注意が向かなかったのか? そんなの、音楽演奏の基本じゃないか、とわたしの中の声がいう。もちろん、そうなのだ。でも、A3: あそこは細かい動きの続くメリスマの箇所だった。

なるほど。だが、Q4: なぜ、メリスマで急いだのか。そのメリスマの箇所はそんなに難しかったのか? −−そう言われると、やや答えに窮するのだ。だって、バッハはメリスマの作曲家と言っても過言ではない。彼のカンタータや受難曲は、長大で困難なメリスマが山のように詰まっている。その中で、この20番など、平均的なものでしかない。

だとしたら、答えははっきりしている。A4: 練習が足りないからだ。

普通なら、ここで自問自答は終わる。だがわたしは、もう一歩だけ先の扉を押した。

Q5: だったら、なぜ練習が足りないのに、お前はソロのオーディションにエントリーしたのか?

A5: 自分が傲慢だからだ。

ここで初めて、わたしは本当の答えを得たように思った。あの歌がちゃんと歌えなかった根本原因は、自分が傲慢だったからなのだ。

曲のオーディションに受かるかどうかなど、結果に過ぎない。大事なのは、自分が納得できるまで練習したかどうかなのだ。それをせずに、ノリで受けるだけだとしたら、それは、誠実に準備してきた他の人達を侮辱することになる。わたしがしたのは、そういうことだった。「佐藤。お前は傲慢だ。」という元上司のSさんの声が、そのとき耳に蘇った。

わたしはその月、すぐに尊敬する声楽家の門を叩いて弟子入りし、歌の勉強を一からやり直すことに決めた。今までも、発声指導の先生についたことはあった。だが長い間、合唱が趣味だと言いながら、ちゃんと歌を習ったことがなかった。それがそもそも、怠惰なのだ。

翌2018年夏のバッハセミナーで、わたしは再び、「マタイ受難曲」第2部の34番、短いテナーのソロに応募した。わずか10小節のレチタティーヴォだ。2人で分け合うことになり、わたしの割当は前半6小節だった。本番当日は風邪気味で、十分な出来ではなかったが、少なくとも今度は間違えずにちゃんと歌えた。その1ヶ月半くらい前から、家でずっと繰り返し練習してきたからだ。家族は(またその曲か、いい加減にしてほしい)という顔をしていたが、我慢してもらった。

それに、歌の先生についたことで、少しは進歩もあったようだ。自分では何が変わったのかよく分からないのだが、佐々木先生からは練習時に、「知一さん、例年に比べて声が出るようになったな。」といわれた。それが一年前のつぐないに思えた。

これでわたしの、短い思い出語りは終わりだ。まことに無様な失態から、ようやくひとつの学びを得たということだ。

それにしても、「お前は傲慢だ」と上司に言われてから、20年近くたって、やっとその意味が分かるとは。これは、「学び」の深さと、難しさを示している。わたしのような自惚れの強い人間が、何かを学ぶには、痛い思いをしなければ、きっかけを得られないらしい。

おまけに、学ぶためには、乗り越えなければならない障害、ないし敵がある。

学びの第一の敵は、傲慢なのだ。傲慢だったら、何も学ぶ必要はないと、うぬぼれる。それでも、たまたま運が良ければ、あまりひどい失態を経験せずにすむ。あるいは、自分の失敗を見ないふりして、生き続けることも、できるだろう。

ただ、それでは、周りが迷惑だ。わたし達の社会は、互いに支え合いながら、できあがっている。どこかに傲慢な人間や組織があると、その負荷を周囲が担っていくことになる。傲慢な人間たちは学ばないから、同じような失敗を何度でも繰り返す。繰り返しつつ、糊塗していく。そのツケは、結局、社会の周囲に回されていく。

わたし達の社会は、わたし達の父祖が苦労して築いてきたものだ。傲慢さは、それを蝕む。もし、わたし達が先人たちの魂に何か感謝を示したいのなら、まず、謙虚になって、「わたし達は経験から学びます」と誓うべき事であるはずなのだ。


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by Tomoichi_Sato | 2020-08-15 15:18 | 考えるヒント | Comments(0)
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