「あなたは、同期30人の集まるパーティの幹事になりました。 あなたが最初にすべきことは何ですか?」 以前も書いたが、これは、わたしがプロジェクト・マネジメントを学生や社会人に教えるときに、最初に出すクイズの一つである(「Structured Approachができる人、できない人」)。「店を探して予約する」「日取りを決める」「参加者を確定する」、等々、いろんな答えが考えうるし、どれも間違いとは言えない。しかし、わたしがあえてPM講義の最初にこの問いを出すのは、「計画を立てる」という、もう一段抽象度の高い答えが欲しいからだ。 時限的で一過性の取り組み、それも複数の人が関わって、失敗のリスクも伴うような事に取り組む際は、「まず計画を立てる」という思考習慣がほしい。言われなくても、当たり前のことである。そう思う人も多いだろう。ただ、その『当たり前』が、ちゃんと意識され言語化されていてほしいのだ。 ちなみに上記の記事を書いたのは、8年前の2012年7月だ。この年、わたしは東大大学院の柏キャンパスで、毎週金曜日の午後に「プロジェクト・マネジメント特論」の講義を持つようになった。東大PM講義の資料をもとに、2015年には著書『世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書』を上梓した。もっとも、大学の講義同様では面白くないので、製造業の若手エンジニアを主人公にした、ストーリー仕立ての対話編である(わたしが本を書くときは、なぜか対話篇が多くなる)。 東大柏キャンパスの講義は、今年からは同じ勤務先の後輩に譲ることにした。とても楽しい仕事で好きだったのだが、移動も含め毎週、半日を割くことが、次第にきつくなってきたのである。ただ、同じ東大の本郷キャンパスでの講義は、まだ引き受け続けている。こちらも10年くらいやっているが、年2コマのみなので、時間的にはずっと楽である。幸い評判も良いらしく、複数講師の交代する形式だが、毎年、継続のリクエストを頂いている。 ところで今期は、パンデミック禍の影響で、どこの大学もオンライン授業形式になっている。だから先週の東大本郷の講義も、横浜の自宅からzoomで行った(東大はzoomが標準らしい)。わたしは授業を極力、インタラクティブにやりたい人間なので、ずいぶん勝手が違ったが、まあそこは仕方がない。 プロジェクト・マネジメントの入門編を教える場合、まずは「アクティビティ」の概念と、WBSについて理解して貰う必要がある(無論、ここでいっているWBSとは、プロジェクト・スコープの階層的構成の意味であり、世間で誤解しているようなガントチャートのことではない)。 これを教えるため、上記の同期会パーティの質問に加えて、わたしは次のような簡単なグループ演習を出すことにしている。 「あなたは同期30人の集まるパーティの幹事になりました。企画のはじめから、パーティを終えるまで、やらなければならない作業(アクティビティ)をすべて洗い出してください。 ただしアクティビティは、1枚のカードに1つずつ、必ず動詞を使って書くこと。」 こういって、いつもは学生たちを二人一組に分け、それぞれの組にPost-It!の付箋カードを、20枚ずつ配って考えさせている。もちろんパーティについては、予算その他、もう少し条件をつけて説明し、イメージが湧きやすいようにしてある。こうすると、一気に教室の中が活性化し、隣同士でああでもないこうでもないと、議論雑談が始まるようになる。 わたしは教室の中を巡回して、課題がちゃんと理解されているかどうかをチェックし、進んでいない班には相談に乗ったりして、授業を進めることにしている。パーティの幹事とは、いいかえればプロジェクト・マネージャーである。プロマネがプロジェクトを始めるにあたり、計画の第1ステップとして、やるべきアクティビティを洗い出してリストアップする。これを体験してもらうのが、この演習の狙いだ。 ところが今回はオンライン形式だったので、やむなくzoomのブレークアウトセッション機能を使って、二人一組に分けて、考えてもらうことにした。Post-Itは配れないので、Excelの表を共有してもらい、そこに書き出すやり方である。 簡単な、ある意味で他愛もない演習だが、学生たちの頭がブーンと回りだす音が聞こえる。ここが楽しいところだ。なぜなら、事を始めるにあたって、最初にやるべきアクティビティ(作業)を、全部洗い出してリストアップする、という行為自体を、たいていやったことがないからだ。 全アクティビティの洗い出しというのは、プロジェクトの最初から最後までを、頭の中でシミュレーションすることに他ならない。パーティ程度なら身近だから、想像力さえ惜しまなければ、別に有名大学の学生でなくたって、ちゃんとできる。逆に東大生だって、考えなければ、答えは出てこない。この問題は正解のない、暗記型では解けない問題だからだ。 この演習をやっていると、開始して10分をすぎる頃から、議論の声で騒がしかった教室の中が、しだいに静かになってくる。だんだんと、洗い出すべきアクティビティの種が尽きてくるのだ。アクティビティの数も、足りなければカードを追加で配る、と宣言してるが、20を超えることはめったにない。これはどこの大学だろうが、あるいは社会人だろうが、あまり変わらない。わたし達の頭の作りは、だいたい似たようなものなのだろう。 そこで、12〜15分たった時点で演習を打ち切りにし、どこかの班を指名して、出した答えを言ってもらう。カードに書き出したアクティビティを、順不同でいいので、はしから読み上げてもらうのだ。他の班は、それを聴きながら、自分たちの出した答えと、どこが一致して、どこが違うかを考えてもらう。聞いているうちに、「え、それがあったか!」という顔が、あちこちに浮かんでくる。 たとえば「店を予約する」とか「参加者数を確定する」とかは、どの班でも書いている。しかし「部屋の飾りつけの調達をする」とか「司会プログラムを作成する」とか「二次会を予約する」とかは、まちまちだ(別に必須ではないから、ないと間違いだとはいえない)。 そして、「参加費を集める」はあっても、「終わってから会計報告をする」は忘れる班が多い。だが30人の集まるパーティともなれば、費用は10万円をかるく超えるだろう。だとしたら、会計報告はしたほうが良いよ、と学生には教える。 時間があるときは、もう一班くらいに、答えを言ってもらう。案外違っているものだし、それでいいのだ。その違いを体験してもらうことが、もう一つの狙いだからだ。 わたし達が頭の中でプロジェクトをシミュレーションするとき、その想像は個人個人の見方、観点によって、かなり固定されてしまう。だから、二人一組で演習するのである。二人で話し合うと、自分の盲点や死角になっていた部分を、相方が気づくことがある。 でも、二人で考えても、まだ視点は固定されがちで、見えていない。それは3人目、4人目がいて、やっと気づくことだったりする。それが、チームの力なのだ。複数の人間で、異なる視点から、対象となる問題を分析して、総合的に考える。一緒に考える能力を持つことーーそれがチームの能力なのである。 チームワークというと、スポーツで、ポジションを決めてパスを回したり、スクラムを組んで一緒に押したりすることを思いがちだ。それはそれで大事である。しかし、複数の人間が同じ問題を、多面的・総合的に考える、というのも、チームの効果だ。このときは、各自の分担や持ち分を超えて、互いに対等に発想できることが大事になる。「複合的な知の創出」だとか「グループによるデザイン思考」、などとカッコつけてよんでもいいし、三人寄れば文殊の知恵、という古い諺を出しても良い。 下の図は、以前「どうどう巡りの議論を避けるために」に描いたものの再掲である。ディスカッションでは、視点が限られているため、ある時間を超えるとだんだん煮詰まっていってしまう。しかし、そこに新しい視点が加わると、また一段レベルがあがるケースが多い。 このように、東大生が一人でウンウン考えるよりも、普通の人間が数人寄り集まって、あれこれ議論し合うほうが、こうした想像力の部分では、まさることが多いのだ。このことは、暗記上手で、正解をすばやく手繰り寄せるタイプの受験教育を受けてきた学生には、ちゃんと理解して貰う必要がある。もっとも、直接対面している方が、 オンラインより創発効果は高いが、それでも意義は実感できるだろう。 逆に言うと、プロマネは、自分のプロジェクト・チームが、お互いにフランクに議論して、「知の創出」が闊達に起きやすいよう、組織をマネージしていく必要がある、ということだ。 そしてこれが、とても難しい。たいていの会社組織は、ピラミッド型の構造になっている。上司部下・先輩後輩の関係があり、能力もこの順に高いはずだ、ということになっている。予算や人事評価の仕組みも、その構造の中に組み込まれている。上司一人と部下数名でプロジェクト・チームを組んだ時、その中で、対等に議論できるのか? わたし達の社会で、チームが知的生産性において十分機能しにくい理由は、チーム内のディスカッションがちゃんとできないからだ。理由は3つほど考えられる: (1) 権威の存在 上司先輩は、仕事の能力・経験において上である、という建前がある。事実かどうかは別として、彼らは仕事上の意見において、より大きな権威をもっている。意見が異なる場合、権威を持つ側の発言力のほうが強い。賢い上司は、自分の意見は言わずに、部下や若手の発言を待つものだが、(わたし自身を含めて)さほど賢くない上司は、部下の話を遮って、自分の意見を先に出したりする。そうすると、その時点で新しい視点や発想も、打ち止めになってしまう。 (2) 権力者への忖度 上司自身ももちろん、権力を持っている。もっとも、プロジェクト・チームの場合は、複数部門からのメンバーがいて、直属の上司部下関係とは限らない。だが、たとえばプロマネより、もさらに上級のマネージャー(部長や役員など)が、プロジェクト・スポンサーとして影響力を持っていることも多い。この場合、当然ながらチーム員は、その意志を「忖度」して物事を決めやすい。「自分たちとしては、この方式が良いと思う。でも役員は、あの方式を望んでいるんだろうなあ」という具合である。このような場合、判断の結果に自分たちのオーナーシップ(当事者意識)を持ちにくいから、問題が表出すると挫折しがちになる。 (3) 批判・質問を嫌う態度 ワイガヤ的議論では、「なぜ?」「誰が?」「どうやって?」といった質問を投げかけることで、さらに発想をかきたてることが大切だ。だが、他人から質問されると、まるで批判されたかのように反応する人も、案外多い。質問の仕方にも上手下手があるのは事実だが、質問を封じられたり自粛したりしていたら、そこで新しいアイデアの種は芽を出さずに終わってしまう。 ことに(3)番目の問題は根が深い。わたしは授業だとかワークショップだとかをいろいろやってきたが、多くの場合、最後に「ご質問はありますか?」とたずねても、海外と違い、日本ではほとんど挙手して質問する人がでないのが普通だ。だから、本当に相手が理解してくれたのか、講演する側が逆に不安になる。それは、質問=批判である、という通念が邪魔するのかもしれない。ただし日本でも、メールや紙で質問を出させると、それなりに出てきたりする。質問を活性化させるには、一種の「心理的安全性」が必要なのだろう。 かつてオズボーンが「ブレーン・ストーミング」技法を案出した際には、「他人のアイデアを批判しない」をルールにした。しかし質問までは禁じていない。質問=批判を嫌う態度は、「俺の言うことが聞けない(伝わらない)のか?」というスタンスである。逆に言うと、「このアイデアの所有権は俺自身だから、意見への質問・批判は俺に対する批判になる」と考えている訳だ。 こうした態度は、プロジェクトを個人やグループ単位に細分化して分業させ、その間で互いに競わせるような競争原理型の組織で、強まりがちだ。アイデアの発案者=アイデアの権利者、という考えでいる限り、「良いアイデアは組み合わせで生じる」「生まれたアイデアはチーム全体のパフォーマンスを上げるための、共有財産」との思想には、たどり着けない。分業・競争型組織は、繰り返し型オペレーションでは効率的かもしれないが、プロジェクトの計画・設計段階ではクリエーティブになりにくいのである。 それでも、天才的なリーダーがプロジェクトを率いて、彼が一から十まで全てを完璧に計画すれば、仕事はうまくいくはずだ、というのが英米式の思想なのかもしれない。PMBOK Guideなどをよんでいると、紙面の背後にそういった考えを、うっすらと感じるときがある。わたし達の社会も英米型に影響されやすいので、「天才型リーダー」を嘱望する声は高い。 ただ、社会がそんなに大勢の天才を供給できないのも、事実である。東大生は天才的に頭がいい、と思っている人も世の中には多少いるかも知れないが、本人たちに「貴方は天才ですか?」と聞いてみれば分かる通り、そんなのはまるきり見当違いである(笑)。無論、稀には本当に頭のいい人もいたりはするが、そうした人の社会適合性が高いかといえば、また別だ。 わたし達は基本的に、個人個人ではそんなに頭の良くない存在なのである。視点も限られていて、記憶力も頼りなく、判断ミスもする。それでもチームとしてなら、もっと高い思考能力を持つことができる。もし良い成果を出したければ、誰かリーダー個人に頼るのではなく、組織レベルで「知的生産能力」を確保するしかない。そのためにはチームが、対等で率直な議論=ディスカッションの場になるよう、工夫していく必要があるのだ。 <関連エントリ> →「Structured Approachができる人、できない人」 (2012-07-08) →「どうどう巡りの議論を避けるために」 (2018-07-14)
by Tomoichi_Sato
| 2020-07-11 15:45
| プロジェクト・マネジメント
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