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工場のデジタルツインとは何か、製品のデジタルツインとはどこが違うか

1.「デジタルツイン」概念はどこから来たか

デジタルツインという言葉を、以前よりよく聞くようになった。例によって、DX(デジタル・トランスフォーメーション)に関連する文脈で、登場する。とくに製造業のDXと共に、語られることが多い。

デジタルツインとは、物質的(フィジカル)な存在のモノの、双子のコピーを、サイバー(デジタル)空間内に構築したもの、というほどの意味である。IT関係の流行言葉の常として、あまり厳格な定義がある訳ではない。だから、いろんな人が、思い思いの文脈で使っている。

デジタルツインという概念は、ドイツの「Industry 4.0」戦略とともに注目された。Industry 4.0それ自身も、ずいぶんと広範な概念だが、一応リファレンスとなる定義文書がある。とくに2013年にドイツのAcatech(国立科学技術アカデミー)が連邦政府に提出した、「『戦略的イニシアティブ Industrie 4.0』の実現へ向けて」は、初期の重要な文献である。ドイツ語版だけでなく英語版もあるし、さらには野村総研の藤野直明氏らが訳した日本語版も存在する。

この文書の最初の方に、Industry 4.0は、Cyber Physical Systems(CPS)の活用によって実現し、それは「スマート製品」と「スマート工場」の二本立てで行う、という意味のことが書いてある。とくに、スマート製品というコンセプトは重要である。ここから、デジタルツイン概念までは、ほんの一跨ぎだからだ。

ところで、不思議なことに日本では、「インダストリー4.0は無人工場を目指すものだ」といった誤解が案外、広まっている。昨年わたしは、慶応大学の松川弘明教授らと一緒に、ドイツのフラウンホーファー研究所や複数の工科大学を訪問して、インタビューを行ったが、無人工場が理想だ、などとは誰も言わなかった。むしろ、Industry 4.0は"Human-centered production"(人間中心の生産)を目指す、という発言を聴き、なるほど明確な思想に基づいているな、と感じたものだ。

人間が生きて働くことの中心には、ものづくりがある、とドイツ人たちは思っている。だからデジタルが、それを支えるべきだ、と。

ところが、ものづくり大国ニッポンに来ると、話は全然逆の受け止め方をされるらしい。デジタル技術やロボットは人間を駆逐する、だから無人化の最先端の競争に乗り遅れてはならない、というふうに。どうやらよほど、日本の製造業は(少なくともメディアは)「人間ぎらい」であるらしい。他方、日本のものづくりの現場を見ると、働いている人の「やる気」と、職人的な「感覚」にばかり頼っている。まこに奇妙である。それとも、日本企業は人間ぎらいというよりも、「労働者ぎらい」なのだろうか? たしかにロボットは労働組合を作ったりしないが。

話がそれた。

Industry 4.0の中核にあるCPS (Cyber-Physical System)というのは、これまた一種の抽象概念である。これは特定の種類のITシステムを意味している訳ではない。サイバー世界と現実世界の間に紐づけ、ないし橋渡しをして、上手にマネジメントを進化させる「仕組み」についての概念だ。

フィジカル(現実)空間内だけで戦わないで、サイバー空間内でシミュレーションや分析を行い、決断を下す。これがI4.0のCPSが目指すところである。現実世界で何か試したり、実験したりすることは、製造業の場合、必ずしも容易ではない。サイバー空間内なら、もっと気軽に予測や検討ができる。そこで、現実に瓜二つな「双子」をデジタルで作ろう、という発想になる。これが「デジタルツィン」だ。

もっとも、CPSもデジタルツインも、別にドイツ人が発明した言葉ではない。CPSは2006年に、米国国立科学財団(NSF)が言い出した概念だ。Digital twinという言葉はもっと早く、2001年に米国ミシガン大学のM. Grievesらによって提唱された。だが、どちらの言葉も2010年代の半ばになるまでは、あまり普及しなかった。その証拠に、2012年にGEが作ったIndustrial Internetのコンセプト・レポートには、CPSという言葉は登場しない。

ただ、デジタルツインの概念については、GEによる積極的な喧伝が大きかった。ジェットエンジンや火力発電用のガスタービンはGEの主力商品の一つだが、彼らはそれを早くから3Dモデルで設計しただけではない。その動作状況を各種センサーとIoTでモニタリングし、コンピュータ内で3Dで精密に再現することを、新しいビジネスモデルのコア技術として採用した。GEのデジタル戦略自体はいささか迷走気味で、業績も近年はふるわないが、IICコンソーシアムの設立活動と共に、デジタルツイン概念を皆に知らしめる上で大きな力となった。


2.スマート製品・スマート工場・デジタルツィン

ところで、ドイツIndustry 4.0でいう「スマート製品」とは、ユーザの手に渡ってからも、自分の状態を克明に検知発信できる機能を持つ。まさにGEがガスタービンで実現しようとした機能である。いや、そればかりか、製造途中の段階でも、それぞれの半製品や部品が、複数工場からなるサプライチェーン上で、次にどこに行くべきかを、自分で知っていて、行き先も自発的に制御できるという、いささかSFチックなコンセプトでもある。

彼らは、なぜ、こんな事を考えたのか。その理由は大きく2つあった。一つは、スマート製品が、顧客の手に渡ってからも、IoT技術を使って、顧客の使用状況をリアルタイムにモニタリング可能とすることで、新しい製品の付加価値をもたらしたり、設計に有用な情報をフィードバックできるようにするためだ。スマート製品は、「自らが最適に機能可能なパラメータ、及び、ライフサイクルを通して消耗の徴候を検知可能な、パラメータ」をビルトインしている(上掲書P. 19)。それによって、ベストな使い心地をユーザに提供できる、という。

もう一つは、スマート製品(スマート部品も含む)により、生産におけるマス・カスタマイゼーションを実現したいからだ。マス・カスタマイゼーションとは、顧客の個別ニーズに応じた製品でありながら、大量生産の利点も得ようとする生産思想である。そのためには、製品のコンフィギュレーションに応じて、部品・半製品が、異なる工順や工場ルートをたどる必要が出てくる。そこで、スマート製品は「製造中でさえ、自らの詳細な製造プロセスを知っている。これは、スマート製品が半自律的に個々の生産段階を制御できることを意味する。」(同、P.19)のである。

このような流れから、とくに、ジェットエンジンや風力タービン、あるいは電気自動車など、複雑な機械の分野におけるスマート製品の開発において、デジタルツィンが注目されるようになった。さらに、ビジネスモデルのサービス化(サービタイゼーション)の道具にもなることで、GEやロールスロイスなどの取り組みが注目をあびた。

ところで、自動車とか携帯電話ではなく、素材を作る業界、たとえば資源・化学・石油・建材などの業界では、どうか。こうした分野では、さすがに「スマート製品」は実現困難だ。そこで、デジタルツインの関心の向かう先は、「スマート工場」の取り組みとなった。

たとえば、海外での石油・化学業界のDXに関する最近のカンファレンスを見る限り、この分野でのデジタルツィンの目的は、生産設備の効率化が主眼にある(彼らはこれをAsset optimizationと呼ぶ)。とくに石油・ガス企業は、オフショア(洋上)生産設備のデジタルツインに関心が高い。洋上設備だけに、安全性の要求も厳しいし、問題が起きたからといって、すぐ見に行くという訳にも行かない。したがって、コンピュータ内に双子のモデルを作り、遠隔から監視・操業できるならばメリットも大きいはずである。

そういう意味で、デジタルツィンは、工場・プラントのO&M(操業・保全)が主目的になっている。そしてITベンダーの積極的な宣伝もあって、デジタルツィン実現への期待は高い。しかし、その具体的な定義や内容はまちまちで、業界としてまだ定まっていないのが実情である。


3.スマート工場のデジタルツイン――その機能と構造を考える

では、デジタルツィンはどのような機能と構造を持つべきなのか。多くの人の期待感を抽象化してみると、ある程度の共通項が見えてくる。すなわちデジタルツインとは、機械や建築など人工物に対して、以下のデータと機能をサイバー空間内に表現したものである:

(1) 設計データ(とくに形状に関する3D modelと、構成部品に関するBOM・属性データ)
(2) オペレーション・データ(使用状況、入出力、パフォーマンス、保守履歴等)
(3) 分析・表示・予測機能(シミュレーション機能)
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データは当然データベースに格納されマネージされるが、通常は、3Dモデルのビューから、ユーザに統一的なアクセスを与えるようなUIを持っている。またオペレーションデータは、時系列で膨大となるため、データ・アナリティクス技術の対象となる。もちろん、BIツールでコックピット表示などもできるだろう。しかし、単に過去を分析し、現状を「見える化」するだけでは、意思決定に役立ちにくい。やはり予測のためのシミュレーション機能が必要である。それは以前、「工場コックピットで、何を見たいか?」にも書いたとおりだ。

そしてデジタルツインは、自動車や航空機など機械製品の分野が先行してきた。これに対し、建築や工場・プラントなどの分野では、利用企業もITベンダーも、機械業界のアナロジーから出発しているように見える。だが、機械・建築・プラントでは、特性や機能に差異が大きい点に注意が必要だ。まとめると、以下のようになる。

(1) 機械業界(自動車・航空機など)

・デジタルツィンの対象は、製品である。
・機械製品においては、部品の幾何形状と、その力学的機能・構造が一体化している点に特徴がある。そこで設計データとしては、3Dモデル・部品表(BOM)・材質等が必要になる。オペレーション・データとしては、個別製品の使用状況(IoT技術で取得)、位置・速度・燃費などで、製品数が多いため、ビッグデータになる。
・予測機能としては、動きのシミュレーションが中心だが、構造解析、伝熱なども必要かもしれない。

(2) 建築・土木業界

・デジタルツィンの対象は構築物であるが、この分野では「BIM(Building Information Modeling)概念」を業界全体が志向している。
・建築の全体構造と、設備や各室の機能は、相対的に分離している点が特徴である。そこで、3Dモデル・材料表・コンポーネント属性(ベンダー固有情報等)が設計データになる。オペレーション・データとしては、利用者(人間)の動きが中心で、センサーが少ない。いわゆるビル・マネジメント系+補修履歴などで、データ量は比較的少ないだろう。
・予測機能は、建築では動きのシミュレーションの要素は少なく、構造解析と流体力学が主になる。

(3) 一般製造業(素材産業を含む)

・デジタルツィンの対象は、工場・プラントである。
・工場においては、プロセス(機能)設計と空間設計とは、ある程度独立している。そこで設計データとしては、機能的なVSM(プラントならばP&ID)と、3Dモデル、機械設備(アセット)とその部品表(BOM)・材質・属性等になる。とくに機械設備はベンダー固有情報が多い点が要注意だ。また人の作業が重要な要素となるため、人間のモデリングが必要である点が、特徴だ。
・オペレーション・データとしては、4M(人・機械・物品・製造方法)のデータ収集が望ましい。センサーデータをPLC/DCSがリアルタイムに処理し、データロガーやヒストリアンに蓄積することになろう。保守履歴データも要蓄積である。
・予測機能としては、機械と人による製造・物流のシミュレーションが必要だ。ただ化学プロセスでは、反応を含む動的シミュレーションが必要で、こちらは難易度が高い。応力解析や腐食もテーマだが、優先度は低い。

そして、CPS(Cyber Physical System)の観点から言えば、工場のデジタルツインを実現するためには、少なくともMESが必要であることは分かる。それがないと、現場の機械やデバイスがいくら自動化されIT化されても、そのデータが上位系とつながっていかないからだ。現在の日本の多くの工場では、そこを人手とExcelあたりが繋いでいる。おかげで、現場の機械にセンサーをいくら付けても、それが「どのオーダーの何を作っているのか」すぐに分からず、分析も簡単でないという状況になる。

なお、工場のデジタルツイン構築についていえば、既設の工場やプラントの双子を、ゼロから作成するのは非常に手間がかかる。無論、3D Scanなどの技術は利用可能だろうが、それでも大変な仕事だ。他方、新設の工場・プラントならば、設計・建設を請け負うメイン・コントラクター(もし居れば)に、アセットの設計データ部分の作成協力を依頼しやすい。そういう理由か、最近プラント分野では、海外の先進企業から、「フィジカルなプラントだけでなく、デジタルツインも納入してくれ」といった要求が出てくるようになった。

だが、業界としてまだ共通の合意がないので、どこまでがスコープの範囲なのか、から始まって、まだまだ解決すべき道のりは遠い。デジタルツイン構築のためには、プラントのオーナーやエンジ会社だけでなく、多数の機器・装置ベンダーなどの協力も必要になるため、もっと互いのベネフィットとリスクを共有できる、標準的な合意点をつくりたいところだ。


4.スマート化に関する勉強と議論の場の必要性

・・と、ここまで書いてきて、あらためて気づいたことが、ひとつある。本サイトの読者諸賢には、製造業に働く技術者、とくに生産技術者やITエンジニアの方が少なくないと思われる。そういう方々にとって、デジタルツインだの、スマート製品・スマート工場といった話題は、技術的興味の対象にはなりえても、実際の日々の仕事からは遠い領域のトピックに、聞こえるのではないか? 興味はある。だが現実にはあまりに障害が多い、と。

実際、日本の製造業における生産技術者は不足しており、非常に忙しい。しかも、長年の不況の結果、工場への設備投資は抑えられ、通信ポートさえ持たない旧式の機械のお守りや、頻繁な新製品の試作対応、そして海外工場への支援対応などで忙殺されているケースをよく見かける。さらに、製造現場に詳しいITエンジニアが、SIベンダーには驚くほど少ないため、製造用ITシステムの導入・保守もままならぬ。デジタル音痴の上層部については言うに及ばず、という具合だ。

しかたなく多くの技術者が、自分の関われる範囲で、こつこつ実践を重ねてスキルをつけたり、経験をもとに将来の絵を描いたりしている。ただ、それが自らの状況の枠内からの発想に留まっているとしたら、とても残念なことだ。

技術者にとって、環境依存の知識やスキルを積み上げても、これからはあまり活きない。環境依存というとIT系の人は、OSやマシンのことかと誤解されるかもしれないが、そういう意味ではない。「自社内という環境」に特化した知識・技術、という意味だ。自社でしか通じない用語・概念、自社の固有の業務ニーズ、そして自社がたまたま伝統的に使用してきた特定メーカーの技術や製品。そういった物事の上に、自分のスキルや技術成果を積み上げても、汎化も転用もできない。別の言い方をするなら、不況で自分が会社からバイバイを言われたら、その瞬間に価値がなくなるような技術スキルのことだ。

どうせ情報収集をするなら、自分のバリューにつながるような勉強をしたほうが良い。バリューにつながるとは、すなわち「抽象化された概念モデルにもとづく」思考や技術であろう。なぜなら、それならば特定の環境にもベンダーにも依存しないからだ。

そして、そういう問題意識を持つ技術者のために、情報収集や意見交換の場を作りたい、というのが最近のわたしの願いだ。

そこでトライアルとして、今月の後半に、1時間程度の短いオンラインセミナーを、わたしの勤務先の応援を得て実施しようと計画している。くわしい案内は後ほど開示するが、現時点では6月23日(火)午後14時頃からを予定している。テーマは、「次世代スマート工場とは何か」である。わたしがまず40分ほどお話し、残る20分程度を質疑応答にあてたい。

デジタルツインだのスマート工場といった物事は、この会社・この業界・この国では夢物語かもしれない。だが、他の会社・他の業界・別の国では、もう手の届く現実だったりする。そこで、何を考え、どう現実を変えていくべきなのか。簡単な答えはない。だが、少しでも一緒に議論できればと願っている。


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by Tomoichi_Sato | 2020-06-03 22:18 | 工場計画論 | Comments(0)
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