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サービス経済から、ふたたび実物経済の時代へ

私のプロファイル」 にも書いているとおり、ここ数年は勤務先での中長期的なIT戦略の立案と遂行に、たずさわっている。世の中は少し前からDigital Transformation、略してDXというバズワードが席巻しており、わたしのような者のところにも、戦略コンサルやらITベンダーが入れ代わり立ち代わりやってきては、DXの話をしてくれる。何事も勉強と思い、ありがたく拝聴させてもらっているが、だんだん耳にタコができたような気がしてきた。だって、皆が同じ話をするのだ。

その最大のキーワードは、経済の『サービス化』である。サービタイゼーション(Servitization)という、あまり聞き慣れない英語もついている。これまでの世の中は、せっせとモノを作っては売る、物の経済の時代であった。しかしその時代は終わりを告げ、いまやサービスを中心としたソフトなビジネス・モデルに転換すべき時である。そう、来客の方々は力説される。

モノを作って売り切り、その時点で顧客と縁が切れ、しかも安値競争にさらされるような旧式のビジネスは捨て、これからは、顧客から継続的に収入を得る「サブスクリプション・モデル」に転換するべきである、らしい。すなわち経済のサービス化であり、これがなぜか、DXと共に語られている。御社もぜひDXを進められるべきです、それには、センサーとIoTとビッグデータ解析とAI(機械学習)の活用が必要で、という風にセットで売ってくださる話になっている。

さらに上記に加えて、「デザイン思考」と「アジャイル開発」と「MVP」が、おまけについてくる。MVPって誰のことかと思ったら、Minimum Viable Productの略で、実用になる最小限のプロダクト(といってもモノとしての製品ではなく、ECサイトのようなITシステムを指す)のだそうだ。デザイン思考を使ったグラフィックなファシリテーションをすると、驚くような素晴らしいアイデアが次々と生まれるから、それをベースに、アジャイルなチームが最小限のMVPシステムを短期間にローンチする。そこから顧客接点のデータを収集して、AI分析で製品改善に加速度をつければ、驚異的なスピードでビジネスが成長する、らしい。

あのー、ウチはプラント・エンジニアリング会社で、顧客の数はごく限られていて、一つの受注プロジェクトは終えるまでに3年も4年もかかるんですけど。顧客接点のMVPって言われても、何作ったらいいか想像もつきません。そうお答えしても、なにせ新しき良き便りをたずさえて来られるエバンジェリストの方々には、馬耳東風のようだ。

ご訪問いただく各社とも、いかに自社がユニークな顧客サービスに特化しているかを訴えるくせに、ほぼ同じ提案をしてくる点は、感心するくらいだ。外資系戦略コンサルタントも、欧米ITベンダーも、国内大手SIerも、ドイツ人も日本人もアメリカ人も、全員が似たようなことをいう。こういうのがグローバリゼーションというのだなあ。それとも世界宗教と呼ぶべきかな?

経済のサービス化こそ、救いにいたる道です。そういう話を聞いているうちに、ときどき瞼の裏に、ある工場の部品倉庫の姿が浮かんでくる。中規模な電子機器の組立工場だったが、真ん中にとても立派な部品倉庫を持っていた。そこに部品在庫を、16週間分も保持していると、説明者から伺った。つまり4ヶ月分である。在庫回転率にすれば、わずか年3回。会計士や経営コンサルが聞いたら、目をむきそうな数字だ。

その会社の名前は、Beckhoff Automation。ドイツの制御機器メーカーである。本社は北ドイツの小さな地方都市にあって、わたしは日本法人のご厚意で、3年近く前に、そこを訪れる機会をいただいた。同社は産業用のIPC(Industrial PC)を中心とした高性能な製品群を、開発販売している。

わたしは同僚と一緒に、同社の開発部門のエンジニアと、石油ガス系プラントでの応用についてディスカッションした。石油プラントは爆発性で危険なものを扱うため、安全計装には特別厳しいところがあり、さらにプラントの中はDCSが支配する世界だが、井戸元に近い領域では有用だろう。技術的な内容は省くが、そんな議論を交わした後に、本社の近くの工場の一つを見学させていただくことになった。

その工場の様子については、以前すでに一度書いたので、繰り返さない。平屋造りで天井は高く、内部も明るいし、ドイツらしく清潔で、良い工場だった。夕方近かったので、働いている人たちにもリラックス感があった(なにせ基本は、残業などしない人たちなのである)。でも一番印象に残ったのは、部品在庫を16週間分、持っている、という話だった。

なぜ、そんなに在庫を抱えているのか。それは、「日本に学んだ」からだ、というのだ。といっても、日本企業が得意とする、在庫ミニマムの“JIT生産”や“JIT納品”に学んだのではない。まるで逆である。あの恐ろしかった3.11の震災時に、サプライチェーンの途絶を見て、これは危険だ、と思ったらしい。部品がたった一つ欠けても、製品はちゃんと機能しない。だとしたら生産を継続するためには、部品を保つ必要がある。

ドイツには地震なんて起きないじゃないか。ま、それはその通りだろう。だが、どのような事態が起きて、外部からの供給が途絶するか、誰もわからない。現にドイツは数週間前から、東側との国境を閉ざしており、すでに自動車工場が操業停止に追い込まれた。今年のはじめ、誰がそんなことを想像しただろうか?

Beckhoff社の製品は、高機能・高信頼性が売り物の、産業用システムである。壊れたら、納入先の製造ラインや工場全体が止まりかねない。だから、すぐに代わりの製品やスペアパーツを納入できる体制が大事なのだろう。4ヶ月分の部品在庫は、それを保証するための担保なのである。

供給責任』という考え方がある。顧客が頼りにするモノは、継続して供給できるようにする責任が売り手にも生じる、との意味だ。医薬品や医療機器・材料の業界では当然とされる考えだが、他の業界ではあまりポピュラーではない。だが同社は、この考え方に立って経営判断をしていると、わたしは感じた。

産業用の製品は、当然ながら性能と信頼性が大切だ。ただ、「信頼性」には、製品の品質的な信頼性(故障率の低さ)以外に、供給の信頼性も含まれる。在庫という「実物」が、彼らの信頼性を保証する。だから、わたし達のような来客に、それをちゃんと見せて説明してくれるのだ。

もちろん、だからといって、バリエーションの多い製品の形で在庫を持つのは愚かだろう。同社は賢いから、そんな事はしないはずだ。部品の共通化をはかりやすい設計思想のもとで、共通部品を在庫するようにしていると思われる。そしてこれは、経営判断の結果である。Beckhoff Automation社はドイツの典型的な中堅企業(Mittelstand)で、創業者がオーナーの同族企業だ。だから、経営者が自分でリスクを取って、決めることができる。

ひるがえって、JIT納品を誇る日本のメーカー各社は、どうやって供給の信頼性を約束するのだろうか? たしかに日本のメーカーは、JITで在庫をギリギリまで削減したおかげで、内部留保のキャッシュはいっぱい持っている。サプライヤーも、忠実だ。だが、供給の継続は、手形のような「約束」でしかない。

いうまでもないが、パンデミックが世を覆う今は、不安の季節である。そして不安の反対語は、信頼ではないか。あなたは口約束と実物と、どちらを信頼するのか。

別の言い方をしてもいい。経済学風にいうと、世の中には実物資産と、金融資産がある。実物資産は目に見えて、その使用価値もはっきりしている。金融資産は紙の上の数字(あるいはどこかの計算機上のデータ)であって、実物資産との交換可能性を示しているだけだ。それが債権であれ手形であれ、あるいは銀行口座であれ、何らかの手段で、実物と交換できるはずだから交換価値があるのだ。

ただ債権も手形も、いや、たとえ銀行口座でも、貸し倒れになるリスクが必ずついて回る。いや、貨幣そのもの無リスクだろうって? でも、お札をよく見てほしい。「日本銀行券」と書いてあるはずだ。あれは実は、譲渡可能な銀行預金証書の一種なのだそうだ。え、日銀はつぶれない? うん。わたしもそう信じたい。だが、インフレでお札の交換価値がみるみる下がっていく可能性は、ゼロではない。実物資産の利用価値のほうが、むしろ安定してる。

ちなみに経済のサービス化におけるサブスクリプション・モデルは、モノの所有権を売買するのではなく、モノの利用権をベースに商売しよう、という思想だ。その事例を、わたしもずいぶん教えてもらった。

たとえば、ジェットエンジンというモノを売るのではなく、エンジンの稼働時間を売る。これは英ロールスロイス(Power by the Hour)、GEもやっている、賢いやり方だ。あるいは、タイヤを売るのではなく、走行距離を売る。これはミシュランとか、ブリジストンなどが試みている。IoTとセンサー技術で、データを取って分析し、活用もできる。かくして、モノを売るのではなく、成果を売るビジネスに転換が進んでいるのだ、と。

またゼネコンは、建物を売るのではなく、建物のサブスクリプション型ビジネスを、一斉に志向し始めた、とも聞いた。すなわち、不動産というアセットを所有し、保守メンテ付きで賃貸する訳らしい。これって、PFI事業と同じに聞こえたが、まあ顧客が民間の場合はPFIとは言わないのかもしれぬ。

あるいは、その昔、計算機メーカーがやっていた、大型ホストコンピュータのレンタルも、一種のサービタイゼーションだったのだろうか? TSSサービスも利用料モデルだった(まあ、こんな化石時代の話を知っているITエンジニアなんて、もうほとんどいないだろうが・・)。

サブスクリプション事業の利点は、大きく3つほどある、という話である。すなわち、

(1) 顧客からみて試しやすい。なにせ資産を買うより、ちょっとだけの期間の利用料を払って、試しに使ってみることができるからだ。言い換えると、新規顧客開拓が容易だ、ということである。

(2) 顧客の囲い込みで安定収入を得やすい。売り切りはワンタイムの収入に過ぎず、安定しないが、サブスクリプションならば継続的に日銭を得られる。

(3) 顧客と継続した関係を築きやすい。なんといっても、良い顧客体験(UX)を売ることで、フィードバックを得て、さらにベストなUXへと磨きがかけれられるし、新しいニーズを知ることもできる。

そういう風に、良い事だらけだと、推薦者たちはおっしゃる。だが、どうして光のあたっている良い面ばかりを見て、反対側を見ないのだろう? 物事には必ず両面がある、というのは基本的な常識、思考習慣だと思うのだが。

新規顧客を得やすい、ということは、顧客が離れやすい事をも、同時に意味している。それは当然だろう。隣にもっと魅力的なサービスを提供するライバルが出たら、顧客はそちらもすぐに試して比較できるのだ。したがって、上記のメリットは、スイッチング・コストが高くて、顧客の囲い込み(ロック・イン)が可能でない限り成立しないはずである。

スイッチング・コストとは、他の製品に替える際のコストである。たとえば、ジェットエンジンは、そう簡単に取り替えられない。だからロールスロイスやGEのサービスは成り立つのだ。

まあ仮に顧客を囲い込めても、まだ問題がある。

このサイトでは何回も書いているが、サービスとは、リソース提供ビジネスである。自社が保有している、人的リソースや、物的リソースの利用料(占有権)を、お金に変える商売だ。そして、リソース提供である以上、その稼働率が、収益性の最大の鍵になる。リソースの維持には、固定的にお金がかかる。だから、つねに高稼働率の状態で回っていないと、利益が出ない。

いいかえると、サービス業は、急激な需要減少に弱いのだ。今回のパンデミックの事態で明らかなように、航空機需要が落ち込んで、エンジンが地上で寝ている間は、サブスクリプションでは一銭もお金が入ってこないことになる。

もう一つ、サービス経済でまずい点がある。それは、需要回復のスピードだ。今回の危機が去って、世の中の需要が元に戻ったとしよう。その時、実物経済ならば、たしかに需要もV字回復するだろう。たとえば医療機関では、マスクその他が足りずに在庫が底を打った。もしもマスクの供給が無事に復活したら、元の在庫レベルまで補充・回復するため、沢山買うだろう。あるいは今後のことを心配して、もっと買いだめするかもしれない。つまり、需要はV字回復する。

しかし、サービスの場合はどうか。あなたは外出自粛要請が終わったら、たくさんの場所を旅行しまくるだろうか? ホテルに泊まりまくるだろうか? 映画を見まくるか? 飲み会を10件、はしごするか? それはちょっと、無理だろう。

低迷期が終わっても、サービス業の需要はV字回復しない。これがサービス経済と実物経済とで、最も違う点である。サービスは「同時性」(リアルタイム性)という特性があるからだ。サービスでは占有時間に応じて、料金ををチャージする。そして、誰にとっても時間は有限だ。1日は24時間しかない。

つまり、サービスは在庫できないのだ。

今回の騒ぎが終わって、パンデミックが去ったあと、どんな世の中になるのか、いろいろな予想がある。ただ、全くもとのままの姿には、もう戻らないだろうと、多くの人が予測している。その理由の一つは、リーン(在庫最小)でグローバルに伸び切ったサプライチェーンの、脆弱性が明らかになったからだ。

だとしたら、供給の信頼性を再び高めるために、また配下のサプライヤーに事業を継続してもらうためにも、ある程度の部品在庫を持っておく選択肢もあるのではないか。もちろん全部の会社が、4ヶ月分も部品在庫を保つ必要は、ない。だが幸にも、大企業の多くは、すでに無借金経営で、キャッシュを持っている。だったらそのお金で、国内のサプライヤーに発注し、自社の常備在庫を増やしてはどうか。むしろ今なら、良い買い物ができる可能性が高い。

このご時世に、金融資産の数字だけ積み上げたって、リターンはそれほどは多くあるまい。むしろ天下の回りものとして、実物経済に寄与するほうが、少しは役に立とうというものだ。お魚券の論議じゃないが、今の大企業は、貯蓄性向が妙に高すぎないだろうか。お金とは、生きた使い方をしてこそ、ご利益(りやく)があるはずなのである。


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by Tomoichi_Sato | 2020-04-23 22:48 | サプライチェーン | Comments(0)
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