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エンジニアリング・チェーンをゆるがす『個別性の罠』とは

前回の記事「エンジニアリングとは統合力(インテグレーション能力)である」(2020-01-12)では、エンジニアリングが複数の設計技術要素を束ねるすり合わせ型の仕事であり、そこでは設計変更(チェンジ・コントロール)が重要な機能となる、と書いた。では、もう少し具体的に、それはどのような仕事で、そういう課題があるのか。

これについて、昨年11月に、わたしは名古屋でダッソー・システムズエスツーアイ社共催のセミナーで、「BOM/部品表とエンジニアリング・チェーンのマネジメント」という講演をした。名古屋を中心とする東海地方は、日本の製造業のメッカである。そこから大手・中小の来聴者がおいでになり、一応好評だったと伺っている。そこで今回は、その講演の中から、とくにエンジニアリング・チェーンに関係するトピックの部分を取り出して、紙上講演録の形で(多少アレンジしつつも)再現し、お届けしようかと思う。

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皆さん、こんにちは。ただ今ご紹介にあずかりました、日揮ホールディングス(株)の佐藤知一です。

本日は「BOM/部品表とエンジニアリング・チェーンのマネジメント」というタイトルでお話をする訳ですが、エンジニアリング・チェーンとは、製造業における、設計業務を中心とした業務連鎖を指す言葉です。商品企画から始まり、製品設計、工程・設備設計、ライン設置、生産準備を経て、生産までをつなぐ、技術系の縦軸を指します。

製造業で設計技術に関わるエンジニアは、多くの方が、このチェーン(業務連鎖)に関わっていると言っていいでしょう。ものづくりに携わるエンジニアの、仕事の価値も悩みも、このチェーンがきちんとつながって、機能的に動いているかどうかに、かかっています。きちんと業務同士がつながり、かみあっていれば、設計の仕事も生産性高く進みますし、その価値も認められやすいでしょう。逆に鎖の輪がバラバラで、からんでいたり切れたりしていたら、仕事はやり直しと徒労が多くなり、その能力も正当に評価されない、という事態が生じかねません。

ですから、このエンジニアリング・チェーンの構造と機能をきちんと理解し、的確にマネジメントしてくれる管理職がいるかどうかで、設計技術者の働きがいも、大きく変わると言っていいでしょう。

ちなみに今、エンジニアリング・チェーンを「技術系の縦軸」といったのは、製造業には『サプライチェーン』(供給連鎖)という名の、大きな横軸があるからです。サプライチェーンとはいうまでもなく、最上流の原材料からはじまって、素材メーカー、サプライヤーからの調達、そして自社内での生産・物流、さらに流通業者を経て最終顧客におさめるまでの、業務の連鎖をこう呼びます。

サプライチェーンは自社を中心として、上流側と下流側に分かれます。APICS/SCORの用語・概念にしたがえば、上流側をマネージする仕事をSource、自社の生産をMake、そして下流側をマネージする仕事をDeliverと呼ぶことになっています。あるいは、上流側を「インバウンド・サプライチェーン」、下流側を「アウトバウンド・サプライチェーン」と呼ぶことも行われます。

サプライチェーンは、モノの動きの連鎖でもあります。ですから、これが切れると、製造業の売上と利益が止まってしまいます。いわばライン業務の中心です。なので、これが一日たりとも、切れたり止まったりしないよう、どの企業も細心の注意を払っています。

エンジニアリング・チェーンという概念は、これに対して、一種のスタッフ的業務の連鎖と呼ぶこともできます。これは、新しい製品の生産や、既存の製品・工程の改良に伴う仕事だからです。とくに、繰返し生産の業種では、注文が途絶えない限り、エンジニアリング・チェーンが一日、いや一月止まっても、あまり利益に影響は出ません。大手から図面をもらって加工するだけの、下請けの中小製造業には、エンジニアリング・チェーンが存在しない会社すら多いのが現実でしょう。
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ついでの話ですが、「エンジニアリング・チェーン」という用語は、和製英語ではないかと最近疑っております。たとえば、ガートナー社の用語集にもAPICS Dictionaryにも、英語版Wikipediaにも、そのままの形では出てこないのです(ためしにネットを英語のみに限って検索すると、いろいろと別のものが引っかかってきて、それはそれで面白いですが)。欧州系のITベンダーの資料にはときおり出てくるのですが、肝心の米国では、少なくともあまりポピュラーな用語ではないようです。

代わりに、海外では、PLM(Product Lifecycle Management)という領域が、製品設計の流れをカバーしていると考えられています。もっともPLMは、生産後の保守・廃棄までをカバーする、かなり広い領域の概念ですが。

ともあれ、製造業において、エンジニアリング・チェーン(設計系の業務連鎖)のマネジメントが、サプライチェーン・マネジメントと並んで重要であることに、変わりはありません。では、どちらがより難しいのでしょうか。

サプライチェーンのマネジメントの特徴は、基本的に複数企業にまたがっていることにあります。また、サプライチェーンはモノの流れが中心にあるため、それを構成する各機能(調達・生産・物流など)の連鎖が、モノの「在庫」で分断されがちになります。その結果、下流側の変動が上流側で増幅される「ブルウィップ現象」(→Wikipedia)などが生じ、全体のマネジメントが働きにくくなる問題があります。

他方、エンジニアリング・チェーンを構成する鎖の要素は、原則的にすべて、自社内の機能です。また、情報のやり取りが中心であって、「在庫」による分断は、基本的にないはずですね。だからサプライチェーンよりはずっと、マネージしやすいはずでしょう。

・・にもかかわらず、現実には、エンジニアリング・チェーンのマネジメントに悩む企業が多いようです。そこには大きく、2つの理由が関わっていると考えられます。

まず第一に、設計業務は個別性が高い、という事をあげましょう。

設計とは、つねに個別の、一度限りの行為です。エンジニアは、全く同じ設計図面を、繰り返し2枚も3枚も作成したりはしませんね。全く同じなら、設計し直す必要がないからです。必ず違う部分があるから、図面を作り直す訳です。作るのが図面ではなく、仕様書でも、プログラムのソースコードだろうと、同じです。全く同じなら再利用すればいいので、作り直すはずがありません。

逆に言うと、前と少しでも違えば、設計図面や仕様書を作り直す必要がある訳です。かりに、違っている箇所がほんのわずかだったとしたら、他の部分は古い設計図書からのコピー&ペーストになります。そして、エンジニアリングにおいて、まるっきり新規の設計というのは、そんなに多くないのが事実です。

ということは、設計に携わるエンジニアの仕事の多くの部分は、
(1) 古い図面を探す
(2) コピペする
(3) その一部を修正する(そして他の部分との整合性をチェックする)
という『コピペ作業』に費やされている、ということになりませんか?

そうした「コピペ・エンジニアリング」の作業は、その企業が以前からの設計情報の蓄積をもっていればいるほど、比率が増えていきます。まっさらの新規企業なら、以前の設計図面なんかないから、毎回が「新鮮なチャレンジ」になるのです(もちろん、その分、設計ミスのリスクも大きい訳ですが)。

「コピペ・エンジニアリング」の煩雑な、生産性の低い作業をどうするかは、それ自体、重要な問題です。しかし、その話は後回しにし、ここでは、設計という仕事は全て個別性の中にある、という点を注視したいと思っています。

個別性の高い業務をマネジメントするとは、具体的にどういう意味なのか。ここが実は、よく理解されていない点に、日本の製造業の抱える問題が隠されているのではないか。わたしはこれを、『個別性の罠』という言葉で呼んでみたいと思います。

製造業の方に、「マネジメントとはどういう仕事ですか?」とたずねると、「マネジメントとはPDCAサイクルを回すことだ」という答えが、よくかえってきます。継続的改善こそ、マネジメント・システムの中核にある、と。これはかなり広く共有された認識のようです。そして「標準なければカイゼンなし」の標語が示すように、標準の存在が前提となっています。

だとすると、個別性の高い、一度限りの仕事は、どのようにPDCAサイクルに乗せるのでしょうか? なるほど、既存の設計の98%を受け継ぎ、2%だけを改良するような仕事ばかりなら、たしかに見通しはつけやすく、PDCAも論じられるでしょう。しかし、技術進化の激しいこの時代にあって、そういう繰返し的設計だけしていたら、あっという間に競争から取り残されてしまうはずです。

ゼロベースからの設計のように、個別性の高い仕事。それをどう、業務の中に位置づけ、マネジメントするか。そこがよく認識されていないことが、問題の本質にありそうです。

たとえていえば、個別性の高い仕事は、農耕民にとっての野獣・害獣のようなものかもしれません。時どき襲ってきて、秩序ある畑を荒らす。取り押さえられれば、貴重な栄養源になるけれど、野放しになりがちである、と。

では、個別性・一過性の業務をマネージするとは、どういう意味なのか。それは、2つのことから成り立っています。業務を「予見(計画)可能にする」という事と、「再利用可能(繰返し可能)にする」という事の2つです。

(この項続く)


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by Tomoichi_Sato | 2020-01-19 22:48 | ビジネス | Comments(0)
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