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工場コックピットで、何を見たいか?

上層部へのプレゼンは、呆気ないほど短い時間に終わった。あなたが懸命に準備して訴えた、「工場コックピット・システム」の提案は、事業部長からそっけなく拒絶されたのだ。あなたはIoT技術の進展、ライバル会社や欧米企業がスマート工場に向けて着実に動いていること、AIによる故障予知や熟練工スキルのデジタル化などのメリット、工場内で起きている事象をリアルタイムに可視化することの意義を訴えたが、通じなかった。

あなたの脳裏には、2年半前に欧州の展示会で見たエス社のシステムのイメージがあった。エス社が満を持して発表した、M…と言うソフトウェアは、工場内のあらゆる機械やデバイスから信号を受けとり、IoT技術によってクラウドにあげる。ユーザはあらかじめ定義された様々な部品を、グラフィックに組み合わせることで、自社の複数の工場にまたがる、様々な機械や人の動きを、リアルタイムに画面表示できる。

それは工場の通信ネットワークから、産業機械類、それらをコントロールするPLC、さらに上位系のソフトウェアまでを、幅広く持っているエス社ならではのシステムだった。工場に並ぶ工作機械は、ほとんどPlug & Playの状態でM…システムに接続でき、その制御パラメータ等も、上位から変更することができる。あなたはその技術の先進性と、インダストリー4.0に向かって邁進するドイツ産業界のスピード感に、舌を巻いた。

そうはいっても、日本の自社工場内では、様々な状況が異なる。機械もPLCもメーカーはバラバラで、互いに接続できるような通信系統もない。制御盤を持たない古い汎用機も、数多く存在する。あなたはそれでも、様々なセンサーと通信を組み合わせることによって、なんとか主要な機械の稼働状況をモニタリングできる仕組みを考案した。自動倉庫の制御システムWMSとも接続し、在庫状況もリアルタイムに表示できるようになる。セキュリティの懸念からクラウドは断念し、エッジサーバ上に構築しようと決めた。

あなたはこれを「工場ダッシュボード」と呼んだが、副工場長の助言に従って「工場コックピット」といい直すことにした。ダッシュボードでは自動車の運転席みたいだが、コックピットは戦闘機の操縦席である。「うちの会社は今、生き残りをかけた戦闘中だからな」と副工場長は言った。

だが、営業畑出身の事業部長の反応は、ニベもなかった。「うちの工場が、高コスト体質にあるのはよく知ってるはずだろ。このシステムは、下手をすれば億を超える金がかかるそうじゃないか。そんな投資は論外だ。」 賛同してくれると思った工場長も、意外に否定的だった。「うちの工場は、現場改善が命だ。デジタル化やAI技術では、現場主導のPDCAが回らなくなる。」

「こんなものに頼らないと、君は工場を経営できないのか?」事業部長が皮肉を込めて、工場長に尋ねる。「もちろん今でもちゃんとやっております。」当然ながら工場長はそう答えた。 あなたは懸命になって、「ですが、このシステムは一緒のカーナビのようなものです。現在の位置を正確につかみ、より効率的な経路を見つける手助けをしてくれます」とフォローしたが、工場長には響かないようだった。

意外だったのは、頼みにしていた長老の技術顧問も「リアルタイムの可視化だけでは得るところが少ない」と消極的なコメントをしたことだった。あなたは、ゴルフ焼けした事業部長の顔を見つめながら、それ以上反論することを断念した。

席に戻ったあなたは、自分の会社への気持ちが急速にしぼんでいくのを感じた。翌月、あなたは思うところあって、会社に辞表を提出する。政治の世界に転身することを決めたのだ。このままでは社会全体がダメになってしまう。何とか根本から変えなければいけない。

数年後、あなたはいくつかの幸運や、有力者のバックアップなども得て、党代表の地位に上り詰めた。さらにその半年後、総選挙で政権党がスキャンダルのため総崩れとなり、あなたの党が第一党となった。おめでとう。あなたは首相の座を手にしたのだ。

あなたは首相執務室の横に、かねてからの願いであった「首相コックピット」を設置することにした。日本社会全体の状況をリアルタイムに表示し、それを見ながら、あなたは次のうち手を考え、命令を下す。

では、その「首相コックピット」の画面には、何を表示すべきだろうか?

何よりも急務なのは、経済の立て直しだ。25年以上の長い不況を、終わりにしなければならない。だから第一に、GDPと、成長率の表示が必要だ。それも国全体だけではなく、都道府県別の数字が見たい。

政策の基本として、人口データの表示も必要だ。高齢化と人口減少が、多くの人を悩ませている。この流れを食い止めなければならない。もちろん就労人口と失業率も、経済指標として大切だ。

ところでGDPとは、企業セクターの稼ぐ粗付加価値額の、総合計である。したがって、各県別のGDPを、その県の就労人口で割ったものは、そこの付加価値労働生産性を示すことになる。これが地域によって案外バラバラなことを、あなたは肌で感じている。

例えば最近では、名古屋都市圏の経済規模は、大阪を抜いたと言われている。だとすれば限りある国の資金も、大阪から引き抜いて名古屋に投入した方が、有効活用されるはずだろう。

有効に活用されてない資源を引き抜き、より活用されているカ所に振り向ける。これこそ政策ではないか。首相たるあなたはそう考える。そういえば会社員だった時、ERPと言う言葉を聞いたことがあったな。ERPとは、Enterprise resource planningの略称であった。すなわち企業全体の経営資源の、最適な再配置をするための道具。だとしたら、自分がやっているのは、National resource planning = NRPシステムの構築だな。

である以上、交通や都市インフラへの、財政投融資の状況も見る必要がある。また、医療費や福祉介護への費用、教育費用等についても見たい。食料自給率の観点から、農業データへの目配りも大切だ。

これを実現するためには、全省庁と自治体をまたいだ、データ収集基盤のようなものが必要になる。時系列で非定形なデータもあるだろうから、巨大なデータレイクといったところだろうか。有能なデータサイエンティストを何人か連れてきて分析させれば、得られる発見も大きいだろう。

いかん、大事なことを忘れていた、とあなたは気がつく。防衛である。国土を守る防衛システムにも接続して、状況を見えるようにする必要がある。国家存亡の危機事態には、この官邸こそが、まさにその司令塔=コックピットになるはずではないか。

よし。これで万全だ、とあなたは思う。これで、某仮想敵国が北海道に攻め込んでこようと、別の某仮想敵国が南西部の島嶼を襲撃しようと、さらに別の隣国がミサイル(最近マスコミは妙に遠慮して「飛翔体」と呼んでいるが)を打ち上げてこようと、すぐに出撃対応できる。さすがに例のT大統領が、思いつきで何か難癖をつけてくるのだけは、防ぎようがないが。

かくて、巨額の費用をかけて、「首相コックピット」は完成した。これであなたは、日本をうまくマネージできるだろうか?

あなたは経済政策こそが第一優先だ、と考えた。だが、経済活動は企業が主役である。あなたは法律や税制を通じて、企業経営者に間接的に働きかけることができるだけだ。計画経済ではないのだから、これを作れ、あれを売れ、と自分で指示することは不可能だ。つまりコックピットに座るあなたの操縦桿は、じつはエンジン出力や翼の方向を直接、変えることができないのだった。

人口動態や保健医療についても同様だ。出世や結婚は各個人の行うこと。命令はできない。保健医療も、国や自治体が担うのはその一部でしかない。後は、民間の事業者に任せて効率化を図ってきたはずなのだ。

そもそも経済対策といっても、あなたに切れる札は、金融政策と、財政出動しかない。では金利を0.1%上げさせたとき、あるいは一兆円の公共事業投資を行った時、経済はどのように反応して動くのだろうか? もしマクロ経済学に確とした予測方法があるのなら結構だが、そうでないからこそ、この国はこんな状況に陥っていたのではなかったか。

あなたは付加価値生産性や失業率を、重要な経済指標と考えた。だが、では、その数値がどの範囲だったら正常で、どこを超えたら変調を示すのか、決めることができない。せいぜい海外や過去のトレンドと比べるだけだ。あとは、あなたのカンによる気付きに頼るしかない。異常が検知できないモニタリング・システムとは、どのような意義があるのか?

もう一つ。コックピットの前に座る人が、陥りやすい罠がある。それは「選択と集中」による資源の再配置、という思考方法だ。大阪から名古屋に資金や資源を再配置すれば、経済効率が上がるだろう、とあなたは考えた。それは、大阪と名古屋がまったく独立した経済圏ならば、正しいかもしれない。しかし両者の間には、様々なインタラクションがあり、相互依存性があるのだ。ある地域の効率低下が、別の地域の経済の足を引っ張る可能性もある。

それは産業間の資源再配置でも同じだ。各産業が全く独立しているなら、有力な産業に集中する意義もあろう。しかし産業間の連関や労働力のとりあいを考えれば、経済システムというのは単なる要素の足し算ではないことが分かる。

すべての結果は要素の掛け算と足し算で計算できる、という思考を、工学の世界では、「線形的」思考と呼ぶ。人間系が絡む大規模システムの最大の特徴は、線形ではないことだ。それは工場や、一般の企業組織も同じである。そうした要素間の有機的な関係が、コックピットで見えるように表示されていないと、間違った方針設定をしてしまうリスクが高くなるだろう。

結局のところ、「首相コックピット」は、起きている事態のモニタリングはできるが、リアルタイムに現場に指示やガイダンスを出すこともできず、標準値に基づくフィードバック・コントロールもかけられず、異常な変調にも対応できず、要素間の連関性も見えず、打ち手の結果予測すらできない。これでどうやってあなたは、日本国家全体をマネージするのか?

ふりかえって、あなたが会社員時代に作ろうとした「工場コックピット」は、これと本質的にどこが違うのだろうか。

もちろん、国の経済社会システムと、一企業の工場では、いろいろな点が異なる。工場は生産という目的が明確で、利益を目指して動く。製造工程もはっきりしている。一国の社会ははるかに多目的、ないし「存続自体が主要目的」であって、経済合理性だけでは動かない。それでも、より良くマネージするためには、単なる状況の可視化以上の工夫が重要であろう。

誤解しないでほしいのだが、わたしは工場ダッシュボードや経営コックピットといった、可視化の仕組みそれ自体の意義は、十分評価している。ただ、少なくともそこには、現場に対するインストラクションやガイダンスを直接下せる方法と、変調(標準値・目標値からの逸脱)をわかりやすく表示する仕組みが必須だと考えているのである。ユーザの気づきを促すような表示の工夫が大切で、データサイエンティストを連れてこないと状態がわからぬようでは、話にならぬ。

また現場側が、このシステムを通じて、単に「監視されている」と感じるだけではなく、問題が起きたときに、すぐに上が対応し、支援し助けてくれる、という感覚を醸成することも、この仕組みが機能する必須の条件である。

その上で、望むらくは、何らかの予測とシミュレーションの機能が欲しい。あなたが事業所部長に、「これはカーナビです」と言った時、それは半分正しかったのだ。カーナビは少なくとも、最短経路を選んで、到着時間を予測してくれる。

ただしカーナビは、自分の位置を測定するGPSを積んでいる。工場では、どの機械や人が動いているかを知るだけでは、状態把握としては十分ではない。それがどの品目を加工していて、どこまで進んでおり、どのオーダーに紐付いていてるか、までリアルタイムに分からないと「現在位置」の役に立たないのだ。そして、その実現は、決して簡単ではない。

それでも、それは向かうに値する目標である。それは、工場全体レベルでの賢さ(「スマートさ」)を持つためには必須なのだ。賢さとは、答えを出す頭の回転の速さ、の別名ではない。全体を見通し、自分で気づき、事実から学ぶ能力を言うのだから。


<関連エントリ>
 →「『スマート工場』はスマートか?」 (2018-05-26)


by Tomoichi_Sato | 2019-12-01 19:12 | 工場計画論 | Comments(0)
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